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マチューがあれこれと、例のアーシュとか言う初等科のアルトの情報を仕入れてくる。
別段興味ないと言うと、「そうなの?」と、大げさに驚いて、僕を不機嫌にさせる。
マチューは人の考えを読む能力は無いと言うけれど、嘘を付くのが件の学園では、信じるに値しない。
しかもアルト相手だと、何の能力のないこちらが大いに不利だ。
たとえ僕にカリスマがあっても、彼らを自由に操れるわけではない。
「ねえハル。来週、感謝祭があるでしょ?僕も聖堂で劇をやるんだ。王様に仕える騎士の役だよ。鎧なんか着てさ。結構様になってるんだ。観にきてよね」
「マチューが騎士?色子の間違いじゃないのかい?」
「酷いな。サマシティの始祖、リュディア王叙事詩はどの話を読んでも、ロマンと冒険にあふれ、子供の頃からの憧れなんだぜ。その王に仕える十二人の騎士のひとりに選ばれたんだ。素直に喜んでるわけ。四年に一度しかやんないっていうのも変な話だけどさ。ハルの時は何役だったの?」
「…王様」
「凄い!観たかった!」
「リュディア王じゃなくて、敵の王様。槍で刺されて死ぬんだよ」
「…」
「同情するな」
「まあ、敵役って主役の次においしいよね。ハルの敵役観たかった」
「慰めもおまえが言うと蔑みに聞こえる。もういいよ。暇があったら観てやるから、それでいいだろ」
「あの子も出るよ」
「え?」
「アーシュだよ。まあ、羊飼いの役だけどね。セリフも一言だけだし」
「だから、何なんだよ」
「別に…たださ、あの子を狙っている上級生もいるって話だし。ハルが欲しいのなら、手を打っておいた方がいいのかなって」
「余計なお世話だ!」
思わずマチューの頬を思い切り叩いた。
僕を下に見る横柄な態度が許せなかった。
マチューは泣きそうな顔で、僕を見た。
「ハルの役に立ちたいって…そう思っただけなんだ。傷つけたのなら、謝るよ。ごめんなさい。もう、アーシュの事は言わないから…嫌いにならないで、ハル」
赤くなった頬に涙が伝った。
マチューの涙を拭き、彼の唇にキスをした。
「僕の味方でいてくれるなら、嫌いにならないさ、マチュー。僕はイルトだから、君らアルトの魔力を羨んだり、僻んだりする。でもね、だからこそ、僕には君みたいなアルトが必要なんだ。わかるね、君が大切だって事」
「うん」
嘘つきは僕だ。
僕はマチューの愛情を利用している。
当然の事だ。アルトがイルトに従うのは理に適っている。
そうじゃなきゃ、この世に大多数の普通の人間の価値が崩れてしまうじゃないか。
感謝祭の日が来た。
普段は部外者は校内に入る事さえ厳しい学園だが、年に四度ほど行われる祭りの日は、誰でも散策できる。生徒たちの手作りの屋台の売り上げは自分たちの遊興費となる為、毎回色々と趣向を変え、客たちを持て成す。
僕はそんなものには興味はないし、関わりたくないものだから、こういう日は一日部屋で寛ぐことにしているのだが…。
マチューから誘われたものだから、仕方なく例の劇を観に聖堂へ向かう。
感謝祭は、聖堂で行う舞台がメインイベントと言っても良いぐらい、一日中色々な催しを生徒たちが行う。
いつもは何もない聖堂に舞台を作り、観劇用の椅子まで並べられている。
「ハル!ここだよ!」
大勢の人で騒がしい中、ひと際デカい声でマチューが手を振り、僕を呼ぶ。
一番前の真ん中の席に僕を誘導すると、
「来てくれると思って、一番良い席を取っておいたよ」と、破顔する。
心から喜ぶマチューに、さすがの僕も嫌味ひとつも出てこない。
「さあ座って座って」
そう言いつつ、隣に座るマチューを不審に思い、問う。
「おまえ、劇に出るんだろ?ここに居ていいの?もうすぐ始まるんじゃないのか?」
「僕の出番は二幕からだから、それまではゆっくり観れるんだ。それに、一幕は初等科の可愛い子が沢山出るからねえ~。目の保養~」
「バカっ!」
思わず頭を拳固で叩いた。周りの生徒やお客が、僕たちを笑う。
僕はマチューを睨みつけた。
マチューは気にしても居ない風に、ウィンクする。
始まりの鐘が鳴り、聖堂の中が暗転し、舞台の幕が上がる。
内容は…四年前僕が演じた奴とそう変わりない。
サマシティに古くから伝わる伝説を、いつしか誰かが「神話」にしたのが、「リュディア王叙事詩」だ。
中身は至って単純な御伽噺だ。
幾千年前、異世界からこの星へ降り立った天空の騎士リュディアが、仲間を増やし、この地の蛮族たちと戦い、自分の理想の国を作り上げる冒険物語。
言うなれば…
異世界から来た、強力な魔力を持った魔法使いが、この星の住民たちを殺し、まんまと自分が統べる王に成りあがった…と、考えた方が早い。
もし、この話に現実的な何かがあるとするならば、それはアルトの存在だろう。
大体、ひとつの星に魔力のある奴とそうでない奴が生まれてくること自体、何らかの外的起因があるはずだ。
それが他の星から来た異星人であるなら、納得できる能力だ。
この星の本当の住民であるイルトを虐げ、ただの外来種であるアルトが、魔力を剣と盾にして、のうのうと粋がっている。
そんな風にも解読できる。
ならば、
イルトの僕がアルトを鬱陶しい存在だと感じる事は、理に適っている。
劇は進み、一幕の最後、リュディアがこの大地に降り立ち、皆の歓迎を受ける場面で終わる。
「ほら、あの子だよ。あの右端にいる黒髪で眼鏡を掻けた子。あれがアーシュだ」
マチューが僕の耳元にささやく。
その方向に目をやり、アーシュを探す。
眼鏡をしている子はひとりしかいなかったから、すぐに分かった。
「…」
大した器量じゃない。
確かに整った顔をしているが、黒縁眼鏡も似合ってないし、天然ウェーブの黒髪も好みじゃない。それに見るからに生意気そうな態度も可愛げが無い。
そいつよりも隣のプラチナブロンドの優し気な男子の方がよっぽど綺麗で可愛いらしい。
「アーシュよりその隣の白金の子が好みだ」
マチューに言い返してやる。
「そうなんだ。僕からすれば…アーシュは極上なんだけどね」
アルトの嗜好は理解しかねる。
一幕の終わりに近づいた。
羊飼い役のアーシュが、前に出て、天井を指さした。
「見ろ!星が…リュディアを祝して天の星が降ってきた!」
覚えのないセリフだった。
だが、皆は彼の指さした方を見上げる。すると、聖堂の天井が光を放ち、煌めく星粒が降り注いでくるのだ。
客の歓声が上がる。
確かに…星が降ってきたかのようだった。
皆が手を挙げ、星を掴もうとする。
あるはずもない星を…とんだ茶番劇だ。
舞台上の演出のそれが、どんな仕掛けをしたのかは、僕にはわからない。
幕が下がり、辺りが明るくなった。
マチューは夢心地で「なんか…感動しちゃったな。最後はアーシュが持っていっちゃったけどね」と、嬉しそうに言う。
「何が楽しい。あんなまやかしみたいなもの。アルトなら誰でも出来るんだろうけれど、プロのマジシャンの方がマシさ」
「僕にはできないよ、あんな大掛かりなヴィジョン。まあ、それなりの仕掛けはあるんだろうけどね。あれで初等科だからね、空恐ろしいんだよ、彼は」
「いい加減にしないと、おまえとは別れるぞ、マチュー」
「え?ご、ごめん。もう言わない。じゃ、じゃあ、僕、出番があるから、ちゃんと見ててね~」
走り去って行くマチューとは反対に、僕は席を立ち、聖堂を後にした。
その夜、劇を見なかった事に気落ちしたマチューを見て、少々の後悔をした僕は、いつもよりも丹念に彼を抱いてやった。
別れの意味も込めて。