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Again ハールート編  作者: 結城カイン
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5

挿絵(By みてみん)


ハールート 5


 この世界で、一番愛しいと思っていたルスランが「天の王」を卒業し、僕の前から居なくなってしまった。

 居なくなってわかる喪失感…。

 ああ、僕は失恋したのだなあ…

 その哀れな心のうろたえ様に、自身の弱さを初めて認めざるを得なかった。

 誰かを好きになる愛しさも、愛してもらえない悲しみも、会えない寂しさも、ルスランが僕に与えたもの…

 そして、欲しいものは与えてもらえなかった…。

 きっとルスランは、僕を忘れてしまうだろう。

 彼の中では、必要としない、他愛もない、ただの一時の恋人…それが僕なのだ。


 何がどう間違っていたのだろう。

 僕のルスランへの愛は、真実まことだったのに…


 中等科を卒業した夏休み、帰省した実家の歓迎ぶりは、いつもの事だけれど、僕の心は少しも動かなかった。

 独りにして欲しいのに、世話人たちが僕の気を引こうと、やたらとうろつく事にイラついて、怒鳴ち散らす毎日に嫌気がさす。

 それでも僕から離れない連中から逃れるため、田舎の小さな別荘にひとり移ることにした。

 近所の女に食事の用意だけをさせ、過ぎていく時間の中、僕はひたすら失恋の痛手を癒そうと心掛けた。

 だけど、どうしても何故ルスランが僕を愛してくれなかった理由が、わからない。


 僕の何が悪かったと言うんだろう。

 僕には愛される資格がなかったのか。

 それならば、ルスランの求めるモノは一体何なのだろう。

 それを得られれば、僕はルスランに愛されるのだろうか。

 それは、今からでも遅くはないのだろうか…


 いや、違う。

 ルスランは「宿命」と言った。

 「宿命の誰かが自分を狂わせてくれる、その時を待っている」と…

 そして、僕はそれ「誰か」ではないとはっきりと示したじゃないか。

 諦めるしかないんだ…


 僕は…ルスラン以外の「誰か」を、僕を心から愛してくれる「誰か」を、探さなきゃならない…。


 高等科に移り、少しばかり大人になった僕は、抱かれるばかりじゃなく、肉体的な支配欲に興味が出てきた。

 少しばかり従順そうな可愛い中等部の子を誘ってみると、苦も無く捕らえられた。しかも、大体アルトの奴。

 彼らは日頃、自分がイルトよりも立場が上だと勘違いしているらしく、初めは魔力のない僕に対して横柄に構えるが、一旦僕の魅力に取りつかれると、下僕のように僕の言う通りになる。

 僕のお抱えの魔法使いよりも、彼らは精神的幼さから、僕を尊敬し崇める。

 僕は彼らの魔力を少しも怖がる必要もなく、あまつさえ、それを利用し、言うがままにできるのだ。

 なんという優越感。

 無力が人間が、魔力を持つ奴らを操ることができるなんて!


 そうやって誰ともなく戯れながら迎えた二年の秋。

 僕はあの悪魔に出会った。

 否、僕だけが奴の本性を見抜いたのだ。

 

 僕は自分が善人だとは思っていない。

 自己顕示欲は高く、気取り屋で横柄、我儘と評される。その通りだ。

 だが、僕が欲しいのは、僕を見下さない信頼するパートナーであり、僕が求める高みへ共に連れ沿って行きたいと願っているだけなのだ。

 それが高望みだとは、到底思えない。

 具体的に何をどうしたいという具体的な図面は、はっきりとはわからない。

 父の仕事を継ぐ事も考えないわけじゃない。

 生きていくのにお金は必要だし、莫大な資金は多くの人を従わせることができる。

 だが、それは僕より弱い人間でなくてはならない。

 上に立つ者にはすべての力が必然だからだ。

 その為の理解者が、僕の願いを叶える僕の魔法使いだ。

 ルスランと同等の、いや、それより強い魔法使いが、僕は欲しい…。



「ねえ、ハル。また次もここでやろうよ。寂れた地下室で抱き合うのも、燃えるものでしょ?」

「そうだね。まあ、ベッドが固すぎるのが難だけど」

「スプリング壊れてるしねえ~」

 中等科三年のマチューが、ケラケラと笑う。

 淡いアッシュの髪が気に入って付き合ってみた。

 身体の相性も中々良く、近頃はよく寝る事が多い。そのマチューが今は使わなくなった納屋の地下室に良いねぐらがあると、僕を誘い、セックス三昧。

 余韻を楽しんだ後、そろそろ帰ろうとした時、何人かの声がした。

 壁際にある机に上り、天井近くの狭い明かり窓から、外を覗いてみる。

 ここからは地面しか見えないが、足元のズボンの形から中等科の生徒だろう。

 酷く詰るような数人の声と「許して」と泣くじゃくる甲高い声。


「ハル、どうしたの?」

「来てごらんよ、マチュー、面白いものが始まりそうだ」

 僕はマチューに手を差し伸べ、彼を引き寄せ、顎で外を見るように促した。


 目の前の窓際のすぐ傍に立った三人の足元に、小さな子…初等科の子供が投げ出され、泣いている。

「おまえが俺の財布から金を盗んだんだろ?」

「ぼ、僕やってない…」

「嘘だ。俺は見てたぜ。おまえが盗むとこ。保育院上がりはこれだから…」

「泥棒は犯罪だぜ?俺たちが罰を与えても、先生は怒りはしないさ、なあ」

 一人が少年を足で蹴り上げた。

「や、やめて…やめた方がいいと思う」

「なんだと!」

「僕、アルトでも力が無いから…あの、その…」

「なんだよ!アルトであろうがなかろうが、泥棒は泥棒なんだよ!」

 その声と同時に、倒れた少年を交互に踏みにじる三人の足が見えた。

 少年は「ひぇ!痛いっ!助けてっ!」と泣きながら叫んでいる。

 これ以上は、いくら何でもやりすぎだろう。

 

「助けに行こう。マチュー」

「待って、ハル…何か…来るよ」

 俺はマチューを見た。

 セックスの最中よりも目を輝かせ、窓の外をじっと見つめ続ける。

 そうだ、こいつはアルトだった。

「何だっていうんだ?」

「しっ……来た!」


 マチューが指さす先を見ても、僕には何も見えない。

 だが、声が聞こえた。


「ちょっとやり過ぎだぜ、中等科のにーさん達」

 まだ声変わりのない、よく通る少年の声だ。

「誰だ?」

「痛がってるじゃない。暴力はよくないな。俺も嫌い」

「木の上で高みの見物とは、良いご身分だな。降りてきて姿を見せろ!」

「俺たちは泥棒を捕まえて、罰を与えているだけだ。正当な理由による処刑だっ!」

「親も居ない孤児のくせに、俺たちと同じ『天の王』に居る事自体、おかしいだろ?こいつら、痛い目に合わせなきゃわかんねえんだよっ!」

「ばーか。おまえらと違って、俺たちは選ばれた子供って証拠なんだよ。才能の欠片も無いイルト諸君!」

「なんだと!」

「正当防衛という学校法に基づき、その子の受けた痛みは、数倍にして返させてもらおう」

「なにを!」

 言う間もなく、叫び声が続けざまに聞こえた。

 何が起こっているのか、ここからでは見えない。

 だが、目の前にはバタバタと倒れのたうち回る少年たちが居る。

「さて、降参する?それともまだ足りない?今度は目玉か?それとも脛の骨でも折ってみる?医療室で治して貰えるけどさ、すげえ痛いんだって」

「わ、わかった!もう止めてくれっ!も、もうしない!」

「じゃあ、自分の陣地へお帰りよ。知ってた?ここは俺の管轄なんだぜ…」

 彼らは何か恐ろしいものを見たような大声を出しながら、走り去っていく。


「…彼だ」

「何?」

 マチューが瞳を輝かせながら、外を見つめる。

 だが、僕には何も見えない。

「…噂は、本当なんだ」

 彼は夢み心地の顔で、そう呟く。


 倒れた少年が、ゆっくりと立ち上がり、近づいた少年の足と重なった。

「大丈夫かい?サリュ」

「うん、魔法で防御してたから、何ともないよ。それより、バレるように盗む方が難しかったよ。ほら、財布」

「中身を抜いたら、焼却炉に捨てておけよ」

「まったくもってねぇ、新しい魔法を使いたいからって、僕をこき使うのやめてくれる?ルゥやベルにやらせればいいじゃん」

「俺もあいつらも顔が知られてるんだよ。さっきだって俺の顔見ただけで即効で逃げだしたじゃん。まあ、おかげでこのビー玉の攻撃力もわかったし、サリュも懐があったまって良かったんじゃね?」

「まあね」

 ふたりの笑い声が重なり合いながら、次第に遠くなった。


 僕は薄ら寒くなり、思わず両腕で自分の身体を抱きしめた。

「なんなんだ、あれは!あいつらがすべて仕組んだ茶番って事なのか?」

「多分ね」

「…」

 さっきの様を眺めていながら、平然と楽しんでいるマチューにも、空恐ろしいものを感じていた。


「初等科に凄いアルトが居るって噂があってね。アルトの王とか魔王とか呼ばれてて…でも見たのは初めてだ」

「何の事だ」

「彼はアーシュだよ。…不思議だ。同じ学校に居るのに、初めて見るなんて…ふふふ、いいもの見ちゃったね」

「何の話だ。僕には何も見えなかった。一体何が起こったと言うんだ」

「アーシュが、あの三人を魔法でやっつけちゃったんだよ。ほら、見て」

 マチューが手の平を僕に見せた。小さなビー玉がひとつある。

「このビー玉をコントロールしながら、あいつらの急所に当てたのさ」

「いつの間に…」

「これは転がってきた奴を拾っただけ。なんだ。ハルには見えなかったの?」

 その言い方が気に障り、僕はマチューの頬を軽く叩いた。

「僕を軽んずるなよ、マチュー」

「ごめん…そういうつもりじゃなかった。怒らないで、ハル」

 マチューは素直に頭を下げ、恐々と僕の機嫌を垣間見つつ、僕に媚びる視線を送る。


「別にもういいじゃない。アーシュの事なんかさあ。僕にはハルだけしか見えないんだから」

 そう言いながら、キスを求めるマチューの本心は、僕には何一つわからなかった。

 

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