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Again ハールート編  作者: 結城カイン
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4

挿絵(By みてみん)


ハールート 4


 耳元で名前を呼ばれた気がして、目を開けた。

 目の前に、ルスランの顔がある。


「やっと起きてくれたね。このまま朝まで君の寝顔を眺めているだけなのかと、少し焦ってしまったよ」

「ルスラン…」

「遅くなってゴメン。気になっていた資料を図書室で見つけてしまってね。夢中で読んでいたから、約束の事をすっかり忘れてしまった。どうもいけない」

 彼は僕の眠るベッドの隣に横になり、肘を立て、僕の顔を覗くみたいに見つめていた。

 僕は思いがけないシュチュエーションに、眠る前に溢れていた絶望感などどこかへ消滅してしまっていた。

 サイドテーブルの時計を覗いたら、針は二時を指している。


「でも…どこから、部屋に?もう遅いから寮の門は閉まっていたでしょう?」

「バルコニーの鍵は開いていたから、忍び込んでみた。でも凄いね、バルコニーのある部屋なんて初めて拝見したよ。僕の狭苦しい部屋とは雲泥の差だ」

「バルコニー?って、ここ四階だよ?」

「これぐらいの高さは、魔力で飛ぶことができる。誰しもではないが」

「…すごいね」

 アルトへの嫉妬はいつもこんな感じ。僕のプライドを鑢で削るみたいに、ちくちくと痛み続ける。つまりは劣等感って奴だ。

 でも、ルスランが僕の為に魔力を使い、僕を守ってくれれば、僕はアルトの力を怖れなくて済む。

 そう、僕だけのものに…


「ねえ、ハールート。この夜を、君と楽しみたいのは山々なんだけどさ…ゴメン。少しだけ眠らせてくれる?実は昨日も一昨日も徹夜しててね…。とてもじゃないが、欲情する気が起らない…と、言うか…このベッド…フカフカで寝心地…いい…ね…」

 言い終らぬ先から、ルスランは僕の身体を抱き枕代わりにして、眠ってしまった。

 

 鼻先がくっ付くぐらいに迫った顔を見たら、彼を起こす気なんて微塵も起きなかったし、彼の腕の中で眠れるのなら、セックスをしなくてもまあ、いいか…なんて、気持ちになってしまった。

 

「この次に抱いてもらえばいい。ルスランは一度寝た相手とは二度と寝ないと言うけれど、セックスはしてないんだから、次もあるって事なんだろう。絶対そうだ。約束してくれたんだから」

 僕は自分にそう言い聞かせて、ルスランの涼やかな呼吸を耳元で聴きながら、ゆっくりと目を閉じた。



 朝起きた時、一緒に寝ていたはずのルスランの姿は無かった。

 昨夜の事は夢?と、一瞬思ったが、テーブルに「また、二日後に」と、走り書きを見つけ、僕は上等な幸福を味わう事が出来た。


 その二日後の夜、彼は小さな花束を手に、今度は普通にドアから姿をあらわした。

「僕の為に、花まで用意してくれたの?」

 ひと目見て、全く豪華ではない花と判ったが、ルスランの気持ちが素直に嬉しかったから、お礼を言った。

「校内の花壇から失敬してきたんだ。まあ、僕が世話しているから、誰も文句は言わないんだけどね。ハルジオン…野の花だけど、美しいと僕は思っている。君にはつまらなく見えるかもしれないけれど。君が道端に咲く花にも、心を寄せてくれれば良いと思って」

「…なんだか、子供扱いされているみたいで、気に入らない。僕の事、馬鹿にしてる?」

「いや、抗えない魅惑的な男の子で、とても気に入ってしまった…と、言えば、君のプライドも満足するかい?」

「ほら、やっぱり馬鹿にしてるじゃないか」

「してないよ…」

 ルスランはそう言うと、僕の手を取り、キスをして、ベッドへ押し倒した。

「欲しいのはコレだろ?」

 僕は黙って頷き、後は彼の為すがままに…。

 

 想像以上の彼の仕打ちに圧倒され、僕の身体は粉々になった。

 ルスランの肌の熱さに、甘い吐息に、力強さに、我を忘れた。

 セックスなんて、数え切れない程経験したはずの僕が、処女の様に声を荒げ、夢中になっている。

 このまま時が止まればいいと、どこかの下手な戯曲のセリフを叫ぶ程に…

 彼を僕の中でずっと、ずっと感じていたかった。


「…ねえ、ルスラン。本当に、一度しか抱いてくれないの?」

「なんだい。まだ足りないって言うの?」

「全然足りないって言ったら、また抱いてくれる?」

「さあ、どうかな。僕は人に執着するタイプじゃないから」

「僕は、あなたが欲しい。どうしても…。その為なら、あなたが欲しいもの、なんだってあげ…」

 彼はその先を拒むように、僕の唇にキスをした。


「ハルの事は嫌いじゃないよ。気分が向けば、また寝てあげるよ」

 最後まで子供扱いをするルスランに腹も立つけれど、また会えるチャンスをくれた事を喜んだら、また笑われてしまった。

 惚れた相手には、弱腰になってしまう自分を初めて自覚した。



 僕がルスランの恋人になったと言う話は、瞬く間に学園中に広まった。

 今まで特定の恋人を作らなかったルスランの恋人の座を射止めた事で、学生たちの僕への眼差しが変わった事に驚いた。

 ルスランはそんなに目立つ生徒じゃないと思っていたけれど、皆が一目も二目も置いている存在なのだと初めて知った。

 今まで恋人だったミカに、ルスランの事を伝えると、「彼から聞いたよ。良かったじゃないか。君の希望が叶って」と、いつも通りの笑顔をくれた。

「それで…今まで、良くしてくれてありがとう。ミカとこれで別れるのは嫌だけど…二股かけているのもなんだかルスランに悪いから…」

「ハルにしては殊勝な事。まあ、聞きな。ルスランからは、今まで通りハルとも付き合ってくれと、頼まれた」

「え?」

「いくら恋人になったとはいえ、あまりかまってやれる暇はないから、君を頼むとの事らしい。君にしてみたら、不本意だろうけど、ルスランは勉強にバイトに、あっちこっちと本当に忙しいんだ。気の毒なくらいにね」

「…なんだか…ムカつく」

「だから言ったろ?あいつには君のカリスマは通じないって」

「…だって…」

「お、おい、泣くなよ、ハル」

 悔しくて涙が出た。

 こんなに好きなのに、僕の想いに応えてくれないルスランを本気で恨みたかった。

 

「ねえ、ハル。どっちにしろ、俺もルスランも来春にはこの『天の王』を卒業する。それまで、楽しまなきゃ損だろ?ここほど、自由で幸福を味わえる場所なんて他にはない。ねえ、限りがあるから、精一杯浮かれ、燃やし尽くし、一生の思い出にできるんだから」

 ミカの言うことなんか、全然わからない。

 僕はここが自由とも、ルスランとの恋を思い出にする気なんか無い。

 ルスランを一生僕のものにするんだから…


 冬が近づいたある夜、ルスランが連絡もせずに、僕の部屋へ来た。

「良い匂いがするね」

 ルスランがにっこりと笑いながら、紙袋を僕に渡した。

「焼き立てのアップルパイ。林檎が沢山手に入ったんで、食堂のシェフに頼んで、作ってもらった。明日のデザートにも出るだろうが、先に君と味わおうと持ってきたんだ」

「へえ~、市場にでも行ったの?それとも実家から?」

「…校内の片隅に林檎の木あるんだ。僕がずっと育てていたんだけど、今年初めて実を付けてくれてさ。それで…まあ、ひとりじゃとても食べきれないから、アップルパイにして、皆におすそ分けって訳」

「僕だけの為じゃないって訳ね。つまらないなあ~」

「まあ、食べてみなよ。本当に美味しいから」

 いつもよりも随分と嬉しそうなルスランを不思議に感じながら、切り分けられたアップルパイを口に入れた。

 なるほど、確かに文句をつけようもないほどに、美味しい。


「大した事ないね。僕の家で食べるガトーショコラの方が数段上だ」

「…ハルは本当に負けん気が強いね。ベッドの上の時ぐらいに素直だと、可愛いのにねえ」

「ルスランが僕の機嫌を損ねる事ばかりするからだ」

「何を?」

「僕が会いたい時にいない。僕が欲しい時にくれない。僕が…こんなに好きなのに、僕の想いに応えてくれない。僕はあなたに負けてばかりだ。お菓子ぐらい、僕が勝ちたいって思うだろ?」

「…君って…ホントに面白い…。あはは…大好きだよ、ハル。そういうところ、本当に魅力的だ。本当だよ」

「でも…愛してはいないんだろ?」

「君を好きだよ。それだけじゃ駄目かい?」

「あなたのすべてが欲しい。いつもそう言ってるじゃない!」

「僕は…誰のものにもなりたくはないんだ…」

 彼は視線を僕から窓の外に移し、その果てのずっと向こうを静かに見つめた。

 目の前に僕が居る事を忘れて…


「でも…もしかしたら、僕は待っているのかもしれない…。僕を狂わせてくれる誰かを」

「それが僕じゃ駄目なの?ルスラン!」

「誰にも宿命があるんだよ、ハル」

「僕はルスランの宿命じゃ、無いって事?」

「…」

 「違う」と、はっきり言わないルスランを、僕は憎んだ。

 彼は優しいんじゃない。優柔不断なだけだ。

 居もしない「誰か」を、求めているなんて、馬鹿げている。

 それとも、もうその「誰か」と、巡り会ったとでも言うのか?



 僕とルスランの恋人ごっこは、彼が卒業するまでは、続いた。

 卒業するその日、彼は僕にいつもの優しい笑顔をくれた。

 その表情には僕と別れる未練など、微塵も無い。

 

 彼を憎めたらどんなに良いか…

 だが、最悪な事に、僕のルスランへの執着は増すばかりだった。



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