表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Again ハールート編  作者: 結城カイン
3/17

3

挿絵(By みてみん)


ハールート 3


 僕は図書館で出会った「ルスラン」の事が忘れられなくなった。

 恋人のミカは、ルスランとはクラスメートで、仲も良いらしい。


「ルスランの事が聞きたいって?あれあれ、通な君もとうとうルスランに目を付けたってわけか…。それで、ハルはルスランと寝たいのかい?」

「駄目?だって、彼、インプレシブで、なんとなくミステリアスじゃない?そういう男に僕、興味あるなあ~」

 ベッドの中では、誰もが優しい。

 ミカの腕の中で、他の男の話なんて、嫉妬心に火が点くかもしれないけれど、それはそれで、楽しい。

 でもミカは至って真面目な顔をする。


「ルスランはいい奴だけど、お勧めはしないよ」

「どうして?」

「彼は一度寝た相手と、二度は寝ないんだ」

「どういう意味?」

「あいつはモテるし、それに優しい。お誘いを受けたら、一応は応じる。だけど二度目は無い。本気で人に惹かれたり、愛したりしないそうだ。本人は面倒臭いからだと言うけどね」

「…ふ~ん」

「益々興味が増したって顔だね」

「だってさ、そういう男をこちらに振り向かせるのって、奮い立つもの、でしょ?」

「彼を見ただろ?あいつは相当に強い魔力を持つアルトだ。ハルのカリスマも通じまい」

「そんなの、やってみなきゃわからないじゃない」

「…君のそういうとこ、僕は嫌いじゃないけどね」


 ミカはそう言って、僕の身体を軽々と抱き上げ、自分の胸に抱き寄せた。


「ハルはまだ子供だからわからないかもしれないけどさ、…人は誰だって、誰にも見られたくない秘密を持っている。勿論ルスランにもね。僕はルスランのいい友人でありたいから、彼の奥底を覗いたりしない。それが、友人であり続ける秘訣だと思っているのさ」

「…」


 僕はミカとは違う。

 僕はルスランのすべてが知りたい。

 彼を理解したい。

 もし、彼の魂が暗闇に隠れているのなら、僕が光指す庭に引きずり出してやろう。

 もし、彼の過去が暗いものなら、明るい未来を僕と一緒に歩ける為の努力をしよう。

 もし、彼が…

 僕の恋人になってくれたなら、

 僕は、どんなに嬉しかろう…


 ひと目見ただけなのに、どうしてこんなに惹かれるのだろう…

 本物の恋は、魔法にかかった如く…なんて言うけれど、僕は彼の魔法に操られているのかしら。

 そうだったらいいな。

 彼の意志が、僕を求めるなら、僕はなんでもあげるのに…



 ルスランは「天の王」の特待生だ。

 特待生は、授業料が免除になる代わりに、成績優秀、品行方正でなければならない。

 成績優秀はわかるけれど、「天の王」に品行方正や生徒なんて、どこにいるのさって話。ちゃんちゃらおかしい。

 聞いた話によると、彼はメジェレ公国の公子と言う話だから、貧乏ではないはずだけど、休日は図書の整理や教師らの資料をまとめたりと、アルバイト的なものもやっているらしい。

 公子なのに、不思議な人。なんだか益々興味が沸いてしまうじゃないか。


 彼の姿を見つけるには図書館に行けばいいと、ミカから教えられたけれど、中々捉えられない。

 自習室は覗き窓から見ればわかるけれど、資料室に入る為には司書の許可が必要になる。結構面倒なんだ。

 最近来た新しい司書は、見慣れない東洋系の男。長い黒髪と冷たい目。何を考えているのかわからない顔で、僕を見る。

 僕の下心まで読まれそうで、近づきにくい。だから書架と資料室の受付には近づかないで、図書館や自習室の入り口付近をウロウロと。



 何度も図書館へ出向いていた或る日、自習室に居るルスランの姿を見つけた。

 勿論、ひとりきり。

 僕はドアをノックし、ゆっくりと開けた。

 机を向こうにしたルスランはベッドホンをしているからか、こちらを見ようとしない。

 僕はドアをそっと閉めて、彼の後ろ姿を見つめていた。


「僕になにか用?」

 驚きもせず、ルスランは上半身を捻り、僕を振り返った。

「あ…ごめんなさい。勉強の邪魔だった?」

「うん。次の授業、ケルト語のスピーチだからね。ちょっと忙しい」

「…勉強、好きだね」

 それには答えず、彼は僕から視線を離し、机の方へ向いてしまった。


「知識を得ることは、見えないものが見えていく様に似ている。見なくて良いものまで、目に映ってしまうけれど、見れずにいられないのは、人間の罪…」

 窓からの光に淡く輝く白金の髪を掻き上げ、穏やかなテノールの声が、僕の耳に響く。まるでミンストレルの如く…


「…誰の格言?」

「僕の母」

「そう…なんだ。あの…さ」

「何?」

「頼みがあるんだ」

「どんな?」

「僕と…その…付き合って欲しい」

「…君、ミカの恋人なんだろ?」

「そう…だけど、ミカの許しは得ているし、一度だけ寝てくれるだけでいいんだ」

「一度だけ…ねえ」

 そう言うと、ルスランは少し笑いながら、「いいよ」と。

「ホント?」

「一度だけなら、断る理由は無い、だろ?礼儀だよ」

「じゃあ、今晩、僕の寮室へ来てくれる?一号館の四階、特別室だよ」

「今日は先約がある。明日は先生の手伝い。その次は…」

 手元の手帳を何枚かめくった後、ルスランは「五日後なら空いてる」と、言ってくれた。

「じゃあ、その夜で構わない。絶対来てよね。待ってるから」

 そう言って、僕は足早に自習室から出て行った。


 図書館を出て誰もいない林まで走って、やっと大きく息を吐いた。

「すげえ、緊張した~」

 馬鹿みたいに身体が火照って仕方が無かった。

 なんだろう…。

 誰かの前で、こんなに緊張したり、ドキドキしたりすることなんて一度だってないのに…。ルスランの声を聞いただけで、頭が痺れた。目が合っただけで、身体が固まった。

 巧い言葉も出ないのに、傍に居られるのがたまらなく嬉しくて、気恥ずかしくて…

 僕はみっともなくなかっただろうか。いきなり寝たいなんて浅ましい奴と思われただろうか。ミカの事を気にしただろうか…

 なんだが…不安になってきた。

 彼は本当に僕と寝てくれるだろうか…


 ミカを呼んで、事の次第を話した。

 ミカは「ハルがねえ~」と、何度も言いつつ、腹を抱えて笑う。

「バカにしてる?」

「いや、君の本気を見て、心から可愛いと思ったよ。君はまだ十五歳になったばかりなんだものねえ」

「僕、ルスランにどう思われたのかしら。寝たいって言ったけど、遊びって思われたなら、そうじゃないって言った方がいい?」

 そう言うと、ミカはまた大きく笑った。

「おめでとう!ハル、それが初恋だ。君は初めて人を本気で好きになったのさ。大丈夫、ルスランは君よりずっと大人だし、アルトだから、君の気持ちはわかっているよ。彼は本当に優しい奴だよ。でも…」

「でも?」

「いや、今はやめておこう。折角君が本当の恋に浮かれているのに、水を差しちゃつまらない。何にせよ、先の事を考えて生きるなんて、この上もなく愚かだし、何事もハルにとっては、貴重な経験になるだろうからね」

「なんだか大げさ」

「今の君にルスランは大げさかい?」

「…ううん。世界はルスランで回っているみたい…」

「じゃあ、全力で彼に向っていけばいいさ。困った時は何なりと。僕は君の信頼に値する恋人の役で十分だ」

「…ミカ」

「なに?」

「ありがとう」

「どういたしまして。まあ、本当のところ、僕は楽しんでるだけだから、気にするな」


 ミカは本気で僕など愛していない。必要ともしていない。

 そう、楽しんでいるだけ。

 「天の王」とはそういう場所。

 本当は本気になった方が、負けなのかもしれない。

 けれど、この熱情は自分でも、コントロールできないんだ。

 僕に本当のカリスマがあるのなら、一時でもいい。

 ルスランを僕に振り向かせたい。

 ああ、僕が力のあるアルトだったら…

 彼の心を、捉えることができるのだろうか…



 約束の夜、いつまで経ってもルスランは来なかった。

 ベッドのシーツも新しくメイクしたし、上等な紅茶とデザートだって用意していたのに…

 酷いや。

 ルスラン…こんなに好きなのに…

 寝てくれるって言ってくれたじゃないか…



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ