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Again ハールート編  作者: 結城カイン
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挿絵(By みてみん)


ハールート 2


 「天の王」では魔力を持つ者を「アルト」と言い、そうでない者は「イルト」と呼ばれる。

 異なる者たちを理解し、お互いを信頼しあい、より良い社会を創る基礎を身に付けるこそが、「天の王」に理念であるが、生まれもった能力の差があるのに、平等なんて、建前だけのしゃらくさい偽善に過ぎない。

 僕は魔力を持たない人間。だからこそ、自分を守る為に、財力や自身を売り込んで、より強い者を味方にし、権力を持たなければならない。

 

 正直、アルトの能力を見せつけられた時、僕の自尊心は酷く傷ついた。

 確かにそれまでも御屋敷の中に父が雇った魔法使いを見ていた。

 僕の家庭教師だって、物を動かしたり、占いをしたり…快楽に導く技がとても上手かったり…そういう特殊な妙技は目にした。だが、「天の王」のアルト達は、見せびらかす事も無く、こっそりとこの魔力を使う。

 具体的に言えば、まあ、学生らしくカンニングやら、宿題を誤魔化したり、掃除をサボったり…(大体が先生たちにバレて酷いお仕置きが待っている)

 彼らは魔法を自分の為だけに楽しんでいる。

 他人の考えを読む事もできるが、ほとんどの奴らは他人に無関心なので、実行することはない。彼らによれば、人の考えを読んだところで、メンドクサイだけで何ひとつ有益になるものはないそうだ。

 ところで、僕には魔力はないが、意志の強さで、魔法を受け付けないところがあるらしく、僕を陥落させようとする誘惑者の魔力に、怖気づくことが無い。

 彼らは僕を「イルトの英雄」と讃え、僕の為にならなんでもする、と軽口を叩く。勿論僕はそれが冗句だと知っているし、お互い楽しめるのなら、利害の一致する方法を選ぶのだ。

 セフレを選ぶ条件は、僕のナイトとなるくらいの強い魔力を持つアルトである事、床上手である事、それに、僕にふさわしいくらいの容姿端麗である事…なんてね。


 「天の王」での一年目は、僕の好奇心を満足させるものだった。二年目は学園生活を楽しむ術を覚えた。

 中等科最期の学期を迎える直前の休暇中、僕は御屋敷に帰省していた。

 長期休暇毎に実家へは帰っていたが、しばらくすると母の過剰な執着や、少しも成長しない使用人たちの田舎臭さに辟易したものだった。

 だから日がな一日を、一人きりで遠乗りする事が多かった。


 御屋敷の湖をぐるりと回った奥の森の中。誰もいない静けさが身体にしみ込む。乾いた落ち葉を踏みしめる音だけが聞こえ…。

 ひとりでいると、「天の王」を思い出す。校内にも良く似た林があり、地面に寝転がり、よく空を見上げていた。

 校内で僕は人気者だったが、それが僕のお金や身体目当てや奴らも多かった。僕はお山の大将に過ぎない。でも…それさえも僕への好意は、僕を安らがせ、心地良い空間に導くものだった。


 思ってもみなかった事だが…僕は案外、「天の王」の学生生活を楽しんでいるらしい。


 うとうとしていたら、名前を呼ばれ、いきなり目の前に銃口が突きつけられた。

 驚いて周りを見回したら、数人の(四人…いや五人だ)男が僕の周りを囲み、すぐに僕の身体を縛った。

 目隠しと猿ぐつわを咬まされ、乱暴に抱えられ、どこかへ連れ去られた。

 つまり誘拐、拉致…。

 犯人のひとりには見覚えがあった。

 僕に執心していた家庭教師の男だ。あまりにしつこかったから解雇した。だが二年以上も前に話だ。今更、僕になんの恨みがあるのか、さっぱりわからない。


「よくも私を辞めさせやがったな!何が気に入らなかった!おまえをあれだけ気持ち良くさせてやっただろ!」

 元家庭教師は過去の恨みを晴らすように、僕を乱暴にレイプした。さすがの僕も殺されるかも…と、思った程だ。だが彼に僕は殺せない。

 何故なら、彼は僕のカリスマに抗う事の出来ない魔法使いだからだ。


 僕のカリスマがどの魔法使いにも宛てはまるわけではない事は、「天の王」の学生たちで実験済みだった。だが、僕のそれに惹かれるアルトも少なくはなかった。その差がなぜ生じるのかは、未だに解明できてはいない。


 連れ去られた狭くて汚い山小屋で、僕は三日間、彼らの嬲り者。あいつらから弄ばれた。

 奴らは小さな僕を嬲りながら、今の政府と特権階級を罵り、自分たち、魔法が使える者達は特別な価値があると大仰に叫び、バカのような理想郷をまくし立てた。

 あげく「革命は聖戦だ。我々に有利な国を創る為には、只の人間、そう、魔力を持たない王が必要だ」と、僕に仲間に加わるようにと言い、最後には革命の王になってくれと、泣きながら頭を垂れた。


 好きなようにレイプしておいて、信用できる筈もない、と、怒鳴りたかったが、怒らせて殺されでもしたら、こちらが本当の馬鹿になる。

 だから従順なフリをし、めそめそと泣いていた。

 時間を稼ぐ必要があった。

 助けはすぐに来るだろう。


 拉致されて三日目の朝、僕は解放された。僕を誘拐した奴らは、父親が雇った魔法使い等によって、皆始末された。


 連れ戻され、僕がベッドから目を覚ました時、傍には誰も居なかった。

 気が付くと僕の身体には包帯が巻かれ、それと共にあちらこちらと痛みが走った。

 召使を呼ぶと、いつものメイドが少し緊張した面持ちで、僕に水を飲ませた。

 しばらくして母が顔を見せたが、今までの溺愛するような態度ではなく、どことなく軽蔑する素振りで、僕を冷ややかに見下げていた。


「マイスリンガーの跡取りが、こんな恥辱を受けるなんて…とても、表沙汰にはできない不始末ですよ。いいですか、コンラート。これからはひとりで遠乗りなんて…いえ、このお屋敷にいる限りはひとりで外へ出かけてはなりません」と、言い放ち、早々と部屋から出ていく。

 母親は穢れた僕を見放したらしい…。


 父親は傷だらけの僕を見て、「おまえを失わなくて、良かった…」と、溜息を吐いた。

 その言葉に僕は幾分救われた気がした。


「いいか、コンラート。おまえはこの家を継ぐたったひとりの跡取りだ。これからも危険な目に合う事もあるだろう。だから自分の身を守るために、強い魔法使いや魔術師を味方に付けることが大事だ。おまえを『天の王』に行かせたのも、優れた能力を持つ魔法使いをひとりでも多く探して欲しいからだ。おまえのカリスマなら、命を賭けておまえを守ってくれる者もいる事だろう。わかるね」

「…はい、父上」

 父親の言う事は理解した。

 僕は力の無い人間であり、魔力を持った者に守られてしか生きられない、と言うことなのだ…。


 この事件は僕を酷く傷つけた。

 身体だけじゃなく、精神的にやるせないものを感じ、どうしても拭いきれない汚泥が心の底に溜まっていく。

 

 僕は誰からも尊敬され必要とされる支配者でありたかった。だが、ただの人間の僕は、あいつら…自分の能力で乱暴に虐げる奴らに敵わない。その事実を突きつけられた上に、自分を守るためにあいつらの能力を充てにしながら、生きて行かねばならない?

 こんな…不実なものがあるものかっ!


 僕が拉致され暴行された事件は、屋敷の者以外は誰も知る事のない汚点として残った。



 新学期が始まり、「天の王」に戻った僕は、機嫌取りの奴らを遠ざけ、信頼できる者だけと付き合うことにした。


 恋人のひとり、三学年上のミカは、陽気な金髪碧眼のコーカソイドだ。母親がジプシー出身らしいが、ミカは品が良く、我儘な僕にも文句ひとつ言わない。勿論、優秀なアルトであり、僕と同じく選ばれた「ホーリー」だ。

 ホーリーだけに与えられる真名は「ミカル・アンテ・ユーティライネン」。

 真名は「天の王」の学生にとって、「誇り」以外の何ものでもなく、一生付きまとう「紋章」なのだ。


 最上級生の彼は、大学進学を望んでいる。

 父親はノルマン王国の子爵らしいが、彼は親を頼らずに、大学に行くつもりだ。

「奨学金を充てにしているけど、成績優秀者にしか貰えないから、今期は頑張らなきゃね」

「それじゃあ、僕と遊ぶ暇が無いってこと?」

「そうは言ってないよ。ハルとのセックスは最高だから、手放すつもりはないさ。苦学者にも息抜きは必要だ。まあ、君から別れたいっていうのなら、仕方なく諦めるけどさ」

「すごくいい加減で、気分悪い!」

「だったら謝る。さ、機嫌直せよ、お姫様。折角の昼休みを何もしないで終わるって事は無いだろ?」

「…」


 学生は放課後までは寮に戻る事は基本的に禁止だから、逢引は図書室にある十二の自習室が一番人気。狭いけれど防音付きの個室だし、何をしようが部屋の外には判らない。小さなのぞき窓はあるが、それも情欲のエッセンス。勿論、他の奴らも同じ穴のムジナで、二時間の長い昼休みは、盛った学生の性欲の捌け口となる。


 ミカはセックスが上手い。

 いつもは紳士なクセにセックスとなると、サディステックに僕を翻弄する。

 ミカよりむしろ夢中なのは僕の方だった。

 それ以上に僕がミカを離したくない理由があった。

 いつの間にか僕は、エモーショナルなセックスの相手が、信用できる相手だとわかるようになっていたんだ。

 下心だけの奴と寝ても、少しも感じない。

 だから、ミカは特別だった。

 ミカが僕をどう思っているのかはわからない。

 彼のような優秀なアルトの本音を引き出すのは、僕には難しい。けれど、ミカが信頼に値する相手だとは確信している。


 資料を探したいからと、三十分もの休憩時間を残して、ミカは自習室を出ていこうとする。

「悪いけどどうしてもやらなきゃ宿題があってさ。ハルはしばらく立てないだろうから、休んでいろよ」

「僕も…行くよ」

 情欲の波がまだ納まっていなかったけれど、置いて行かれるのが嫌で、慌てて僕も服を着て追いかけた。


 自習室を出ると地下と上段の図書庫に繋がる階段、それに自習室を使えなかった学生の為の机と椅子が並べられている。

 ミカの姿を探すと、一番端の窓際に居た。

 少し屈んで何やら、見たことがない学生と懇談中。

 僕には見せない真面目な顔で、相手と話している。

 少し僻みながら、彼らに近づいた。


「僕を残してひとりで行っちゃうなんて、酷過ぎない?ミカ…」

 ミカと話している男子学生に、なんとなく目を移した。

 流れるような白髪が窓からの日差しに輝き、思わず目を細くした。

 ゆっくりと僕に目を移した彼は、僅かに口の端で笑っただけ。

 アルビノかと思えるほど白い肌、だけど、口唇は赤く、その目は澄んだ琥珀色に染まり…一瞬で惹きつけられた。

 

「悪いな、ハル。探してた資料をこいつが持ってたんで、交渉してたわけ」

「ついでに論文を写させろ、だろ?」

「悪い!ルスラン。今回は頼む!自分で調べるには時間が足りないんだ。ミューク教授は特に厳しいからな」

「気にするな。次回は僕がミカに頼るから」

「任せとけ。じゃあ、これ借りておくよ」

「ああ」

「勉強中のところ、邪魔して悪かったな。自習室なら、俺達の後が空いてるから、遠慮なくどうぞ」

「ありがたいが…。まだ図書の方に用事があるから、自習室に籠る時間はなさそうだ。じゃあ…」

 そう言うと、ルスランと呼ばれた彼は、(彼はミカと同じくらい背が高かった)僕の前を擦り抜け、書架が並んだ地下の階段を下っていく。


 その姿が消えるまで、僕はただ茫然と彼の後姿を見つめるだけで…。

 

 僕の心に永遠に枯れない花が、咲いたような気が、したんだ。





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