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寒い冬が嫌いだから、春になるまでは温暖な気候の街での仕事を最優先にした。
古い城塞を自分の好みにリニューアルして、誰もが過ごし易い環境を整えた。
周りのスタッフも僕の要望を理解した上で働いてくれるから、不満はない。
ルスランを連れてくると約束したリノ・フォリナには、人材派遣の仕事も兼ねてもらっている。即ち、役に立ちそうなアルトをスカウトし、うちの会社に雇うのだ。
アルタールとパラモンドが、スカウトされたアルトの能力を見極め、それぞれに見合った仕事を与えていた。その手腕が見事なもので、褒めると、父の代からクラインにしっかりと仕込まれていたそうだ。
「アルトと言っても、何でも魔力で片付けられるわけではなく、それぞれの際立った能力を引き出す土台が必要なのです。自分の能力が使えない仕事を強要させても、意味が無いでしょう。その能力と性格を見極める作業を、クラインから学びました。ただ…」
「ただ、なんだい?アルタール」
「たまにですけど、けた外れの魔力を持ったアルトは、仕事を選びません。言葉通り、万能の魔法使いに出来ない事はないですからね」
「そういう魔法使いに会った事あるの?」
「ないとは申しませんが…近寄らないようにしているので、よく知りませんよ。何しろおっかなくて…」
「くわばら、くわばらって奴だね」と、パラモンドが大げさに言う。
「大体、向こうも一般の仕事になんぞ、興味がないですからね」
「仕事しなくでも楽に生きていけるしね」
「そういうものなのか?」
「そういうものだと思います。が、普通のアルトである私には、天才的なアルトの嗜好までは判りかねます」
アルトとして優秀なアルタールの言葉は重い。
僕の周りには、そういう突出したアルトが居ないという事実だけ。
一般の市民からのアルトへの不満が、僕が思うよりも遥かに多く、「隣に住むアルトが薄気味悪いから、いなくなるようにしてくれないか」と言う、個人的な依頼から、「街を傍若無人に襲うアルト集団の駆逐を頼む」などの大仕事まで、様々だ。
こちらも法律に認められた警察のような団体ではない為、おおっぴらに出来るはずもなく、要望は聞くが、適えられる件はそう多くない。
それでも相談や依頼は後を絶たない。
春が近づいてきた或る日、五日後にルスランを連れて行くと、リノから連絡を受けた。
突然の事に、さすがに心臓が高鳴った。
どんな顔をして、彼の前に立てば良いのだろうか、何を差し出したら、彼は満足してくれるのだろうか…と、そればかり。
ルスランは偏狭な土地にあるメジェリと言う小さな国の公子だ。だが彼が後を継ぐわけでもなく、今は摂政のような立場で、様々な国事に忙しく働いていると言う。
聞けば、僕が統括する企業の全社員より、メジェリに住む国民は少ないらしい。
そんな小さな国の為に、ルスランが身を投じるなんて変だ。
彼は、もっと偉大で崇高な使命に携わる姿が似合っているのではないのか。
彼もまたそれを望んではいないだろうか…
僕が彼の望むものを、与えてやりたい。
彼を助けたい。
そして、
僕の傍に居て、彼の体温を感じて、彼の柔らかな微笑みをずっと眺めていたい。
「久しぶりだね、ハル。元気そうで何よりだ」
五年ぶりのルスランの姿と声。
戦慄に似た震えが走ったが、それを笑顔で隠した。
会えた懐かしさより、愛おしさの方が勝っていた。
僕を抱きしめてくれる腕の強さも、変わらない。
一段と男らしくなった体格と表情、風に靡く白髪も、金色に輝く琥珀の瞳も何もかもが素晴らしく、想像以上の姿を目の前にして、僕はこの上もなく満足していた。
やはりルスランは、僕が認めた唯一の恋人だ。
「会いたかった、ルスラン…」
それ以上の言葉がなかなか出てこない自分が、やたら恥ずかしくて…。
それからしばらく話を交わしていたが、正直何の話をしているのか、よく頭に入らなかった。バカみたいにルスランに見惚れていたのだ。
街の景色が気に入ったと言うから、「屋上での展望はもっと素晴らしいよ」と、ルスランを案内した。
景色を満喫する彼に、僕は傍に居て欲しいと頼んだ。精一杯の心を込めて。
「どうか、僕の魔法使いになって欲しい。僕を導いて欲しい」
彼は僕の願いを聞き届けてはくれなかった。
ルスランが喜んで僕の誘いを受けるとは思ってはいない。でも、全身全霊を掛けた願いならば、受けてもらえると信じていた。
彼の優しさを信じていたかった。
でも、ルスランは心に決めた相手がいると、言った。
誰のものにもなりたくないと、言っていた彼が、見返りを求めない愛を見つけたと言うのだ。
僕の誘いを断わる理由とかも考えたが、幸福気なルスランの顔を見て、嘘ではないと分かった。
昔から彼が誰かを求めていたのは知っていたが、本当に巡り遭ってしまったのだね…
たったひとつ…
ルスランだけで良かった。
そう思っていたのに。
その想いも届かないなんて…
僕のこの特別な…大切に育ててきたたったひとつの「愛」は、どうしたら苦しみから救われる…
ルスランが去ってすぐに、カナリーとウィスタリアが僕を心配して駆け寄ってきた。
「ハル様…泣かないで下さい」と、僕に縋りつくカナリーが泣いているのを見て、僕は自分が泣いているのを知った。
ああ、ルスランが去って僕は悲しいのだな…と、思った。
そう思ったら、込み上げてくる涙が抑えきれなくなった。
エンパシーの強いカナリーは僕の想いを感じ、より一層大泣きして僕を抱きしめるから、益々泣けてしまう。
そんな僕らを見て、ウィスタリアが立ち去ろうとする。
「待て、ウィスタリア。ルスランを引き留めては駄目だ!」
「しかし、マスター。あなたがあれだけ惚れこんだ男を、簡単に諦めてもいいのか?もっとよく話し合ったら、戻ってきてくれるかもしれないだろう」
「彼はもう…戻ってこないよ、絶対に。それくらい僕にもわかる」
「…」
涙交じりの僕の言葉を聞くと、ウィスタリアは厳しい顔つきで屋上から去ろうとした。
「ウィスタリア!彼に何かしたら、僕はおまえを許さないよ。ルスランは…ルスランだけは、特別なんだ…」
ウィスタリアは僕の言葉に従い、泣き続ける僕とカナリーの背中をずっと撫でてくれた。
陽が沈むまで、彼らは悲しみくれる僕を、何も言わずに慰めてくれた。
彼らの絆をありがたいと思いつつ、僕はルスランを引き留められなかった自分が嫌になった。