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Again ハールート編  作者: 結城カイン
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ハールート編

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 時々、彼の夢を見た。

 「天の王」で彼と過ごしたあの時。

 本物の「恋」だった。

 彼を心から愛し、彼の「愛」を何度も強請ったあの時。

 今、彼に…ルスランに会えたなら、僕は彼の求めるものをすべて与えられるのに。

 彼の求める者になれるのなら…僕は何でもするのに…。


 アルビッサの事件の後、それまで暇だった僕の裏稼業は一転し、毎日カナリーの切羽詰まった悲鳴を聴く程の忙しさになったが、さりとて、僕にも表のビジネスがあった。

 マイスリンガー財団のトップとして、鉄道事業の拡大とそれに関する投資事業は、莫大な利益を生むものだし、僕には、大勢の従業員の暮しを守らねばならない責任がある。

 特に海外との取引には、僕の接客業が要になる…と、何度もアルタールが耳元で囁くから、ノルマは果たそうと肝に銘じる羽目になるわけだ。


 久しぶりに懐かしい人に会った。

 「天の王」で親しくしていたミカだ。

 あの頃、三学年上の彼は僕の恋人で良き理解者。そして、ルスランの友人だった。

 ノルオン王国の子爵であるミカの父は、国家の中核を成す国務大臣であり、世襲制の為、生まれつき彼もまたその後を継ぐ事になる身の上だ。

 彼はその運命を楽しんでいる風であり、商用の件を伝えると、喜んで自分の邸宅へ迎え入れてくれた。


 ノルオン王国は、所謂都市国家であり、小国ながらも温暖な気候と美しい海岸線に恵まれた豊かな国だった。

 彼の館はその海岸線を見下ろす一等地の高台にある。

 白壁が美しいリゾート風なお屋敷で、高い塀などは一切なく、誰でも自由に入れてしまうぐらいに不用心だ。

「盗まれるような貴重なもんはうちには無いからな」と、ミカは笑って、特等席だと言うテラスへ案内してくれた。

 確かに、テラスから見下ろす弓なりの海岸線の美しさは、一見の価値がある。良く見ると街全体の建物が、白色に統一され、それぞれの言えの壁面や窓からは色とりどりの花々が咲き誇っている。眺めているだけで、こちらの気分も明るくなる。


「この国の名産のレモンを使ったタルトケーキとレモンティーだよ。ガーディアンの方々もどうぞ、召し上がれ。毒は入れてないつもりだから」と、茶目っ気たっぷりなミカに、緊張していたウィスタリアとカナリーもつい笑顔になり、彼の薦めに従った。

 いつもながら、ミカらしい。

 彼は昔から、誰にでも平等に優しく、明るく朗らかにしてくれる。その上、頭も要領も良い。

 彼の美しい金髪と浅黒い肌色は、「天の王」では少し違和感もあったけれど、この国では当たり前に同じ肌色の人々が沢山いる。

 それでも、ミカの容姿は僕が見ても上等だと思う。


「どうした?ハル。僕に見惚れているのかい?それとも久しぶりに再会して、焼けぼっくりに火が付いたとでも?」

「冗談すぎるよ、ミカ。僕は一度だって君に夢中になった事はないよ」

「そうだっだねえ~。君、えり好みが激しいからね」と、嗤う表情も懐かしい。


「要は鉄道入札の話だろ?父上には話を付けておいたよ。うちの国も国有鉄道の方に不満はないが、隣国への行き来が少々不便なのさ。益々の経済発展の為には、他国からの観光とリゾートサービスが重要となる。人の往来の充実には、海外への鉄道路線が必要と思っていたところだ。物流と人の流れが盛んになれば、国庫も潤うだろうしね。君の到来は、正に渡りに船って事」

「そう言ってもらえると、ありがたいよ、ミカ…ミカって呼んでもいいのかな?それともオリヴィエ・シャミナード子爵って呼んだ方が良い?」

「二人でいる時はミカて結構。だが、僕の方も他の者がいる時は、君の事はサー・マイスリンガーと呼ぶ事にするよ」と、言い終わらぬうちに、ミカは笑い転げている。

「いや~、あのハルが、ちゃんと仕事人として、僕の前に居ることが、僕には衝撃を通り過ぎて笑えて仕方ないんだ。ああ、ゴメン。君のガーディアンには不敬だったかな」と、僕の後ろに控えているウィスタリアとカナリーを指さしながら、まだ笑っている。

 さすがに僕も少々呆れて「仕方ないじゃない。父の跡を継がなくちゃならなくなっちゃたんだもの。でもそんなにバカにしなくてもいいじゃないか。君って…君って昔のままに、全然僕を認めていないんだね!」と、ついムキになって反論。

「そんな事はないさ、ハル。極めて美しく華麗に成長した昔の恋人の姿に、素直に感動しているよ。良かったよ、君が立派な大人になってくれて。僕もルスランも心配していたんだぜ。ハルは絵に描いたような金持ちの我儘息子だったからね」

「…」

 ルスランの名を聞いて、思わず胸が鳴った。

「ルスラン…は、どうしているか?知ってる?」

「ルスランと連絡は取っていないのか?」

「うん…、学園も中退しちゃったし、なんかかっこ悪いじゃない。心配かけるのも嫌だもの…」

「…相変わらず、そういうところがハルはかわいいねえ~」

「ほら、またバカにして」

「してないよ。そういうハルだから、ルスランも気に入っていたんだと思うし。僕達は、時々便りを交換しているんだ。羨ましいだろ?彼も色々あるけれど、自国で頑張っているよ。あ、そうそう…。今夜はどうせ、街一番の高級ホテルのルビアスに泊まるんだろ?じゃあ、明日、またうちに来てごらん。面白い人を紹介してあげる」

「面白い?」

「ああ、ハルも気になると思うぜ。なんせルスランの初恋の男だ」

「え?」

「ちょうど明日ここに来る予定なんだ。彼は旅人でね。色んな役に立つ情報を持ってきてくれる。彼は『天の王』を優秀な成績で卒業した男だよ」


 ルスランの初恋の男…

 頭がぐらぐらする。

 ルスランの心を捕らえた奴ってどんな男なんだろう…。

 頭の中はその事ばかりで、その夜はあまり良く眠れなかった。

 

 翌日、早朝から仕事が立て込んでいたにも関わらず、上の空で、ウィスタリアとカナリーを呆れさせた。

 起きてから何も食べてなかったから軽食を取り、急いでミカの邸宅へ向かった。


 ミカはやたら勿体ぶった様子で僕を迎え、そして、彼に会わせてくれた。

「リノ・フォリナだよ。僕の五学年上だから、ハルにしてみれば八つも年上になるね」

「はじめまして…、コンラート…いえ、ハールート、ハルと呼んでください」

「わかりました、ハールート。リノ・フォリナです。どうぞ、よろしくお願いします」

 握手する為に差し出された手を繋ぐ。

 この男がルスランの初恋の相手…。

 背が高く、濃い褐色の髪に眼鏡の一見目立たない男だ。

 ただ確かに、研ぎ澄まされた刃のような鋭さが、眼鏡の奥の瞳から見え隠れする。


「聞いてもいいかな。あなたもアルトなの?」

「はい、そうです。『天の王』ではホーリーでした。でも握手しただけで、相手の考えを読む…なんて能力はありませんので、ご安心を」

「それを聞いて安心しました」

 随分と大人の感じがした。アルト独特の感受性の良さも分かる。

 だが、ウィスタリアやアルタール達に感じたシンパシーは、彼には感じなかった。


 ミカが席を外すと僕は早速リノに質問した。

「ルスランの初恋の相手だと伺ったのですが、本当ですか?ルスランはどんな学生でした?何故あなたが選ばれたの?今でもルスランと付き合いはあるの?」

「驚いたな。ミカから伺ってはいたけれど、今を時めくマイスリンガー財団のトップの御方が、ルスランにそこまで執着されるとは…」

 執着…と、言う言葉に引っかかった。そんな下卑た言葉で、僕のルスランへの想いを口にしないで欲しい。

「可笑しいかな?離れて何年も経つのに…連絡ひとつ交わしていないのに、彼に拘るのは…変なのかな…」

「そんな事はない。誰でもひとつぐらいは…私でも、そういう想いは持っているものですよ。誰にも理解できない想いをね」

 そう呟くリノは、少しだけ寂しげに微笑んだ。

 その顔を見て、僕は彼を信用する気になった。


「ルスランに会いたいんだ。でも僕は彼に会いに行く勇気がない。リノ、あなたは世界中を旅する者だと聞いた。その旅費はすべて僕に出させて欲しい。だから、彼を連れてきて欲しい。ただ僕の前に…それだけでいいんだ」

「…わかりました。僕も当座の金は必要だからね。勿論、約束は守ろう。まあ、彼も色々と忙しそうだから、気分転換に旅行でも誘ったらきっと付いて来るだろう。旅行がてら色んな所を見物しながらが良いのかもしれない。そうだな~…半年後、あなたの前に連れてくる。それでどうですか?」

「ありがとう。あなたを信じているよ、リノ。必ずルスランを連れて来てくれ」

 僕は小切手に金額を書き彼に渡した。

 その額を見て、リノは驚いたように口笛を鳴らす。

「あいつを連れてくるだけでこんなに貰っては、割に合わない。他の件で何か俺にして欲しい事があるなら、いつでもどうぞ。一応何でも屋なので、対価に応じた仕事はさせていただくつもりだ。こちらもちょくちょく連絡はいたしますよ。マスター」  

 慇懃な挨拶をした後、彼は仕事に向かうと言って、さっさと部屋を出て行った。


 率直に言うと、彼は僕の苦手なタイプに属する。彼の本心がひとつも分からなかった。

 あんな掴めない男がルスランの好きな相手だなんて…

 アルトを従わせると言う僕のカリスマは、彼にも効かないらしい。自信喪失だ。

 だが、彼はルスランを連れてくると約束した。

 それはきっと守られるだろう。


 ルスランに会える…そう思うだけで、胸が高鳴る。

 僕はひとりになった部屋で、ソファに座り、息を整えた。


 しばらくして部屋に来たミカが、「遅くなったが昼食をしよう」と言うので、と言うので、僕はその誘いを受けた。

 この国では、夕食よりも昼食の方が、豪華だで時間をかけて取る。

 次々と運ばれる料理と丁寧な給仕に、ミカの心からのもてなしを感じた。


「リノとの話はついたようだね。君の仕事を受けてくれて良かったじゃないか。彼、意外と仕事を選ぶ奴だよ」

「そうなの?僕には彼の思惑が全然見えなかったよ」

「トゥエ・イェタルのお墨付きだ。彼は信頼できるアルトだよ」

 トゥエ・イェタルか…懐かしい名前を聞いた気がした。

 「天の王」の事は、僕にとっては思い出になってしまったのかもしれない。


「それでさ、鉄道事業の話だが…君の会社に大方を任せようと…上の方からの了解を得たよ」

「本当!それは有難いよ、ミカ。早速、ウィンザルフ王に感謝申し上げたいな」

「勿論、そう願いたい。ただ条件があるんだ」

「なに?」

「君のところの鉄道を、うちのターミナルに接続するんだろうから、ターミナル自体も新しく作る事になるよね。で、それらすべての建設費用はそちら持ちで頼むよ。君の財団だったら、それくらいの初期投資は無駄じゃないだろ?むしろこれからの利益を見込めば、はした金…と言っても良いぐらいだよね、ハル」

 嫌味ひとつも感じさせない推しの効いたミカの要求に、さすがの僕も撥ね付ける気力は起きなかった。

 結局、鉄道事業に関する費用はこちらですべて請け合う事になった。まあ、駅のターミナルに直結するホテルはうちの企業で経営する権利を頂いたけどね。


 ノルオン王国を後にした列車の中、僕はひとり、走る線路の行く先を目で追い続けた。

 自分のやっている事は、誰を幸せに、また不幸にしていくのだろう…と、思いながら。





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