15
ハールート 15
「ハールート様、私に考えがあるのですが。少々乱暴にはなりますけれど…」
「君がそう言うのを待っていたよ、アルタール。聞かせてくれ」
「クラインの話によると、あちらの組織はそう大人数ではないようです。ここは人海戦術と行きましょう」
「面白そうだね」
「ハル様には少し危ない橋を渡ってもらう事になるのですが…よろしいでしょうか?」
「勿論だよ。命がけの仕事なんて、面白いに決まっているしね」
「マスター!困りますよ。あなたにもしもの事があったら…」
「そうならないように、君らがいるんだろ?ウィスタリア。僕は心配はしてないんだ。僕がやる事を君らが理解している限り、僕は死なない。だろ?」
皆が一応に頷いた。
アルタールは、膨大な兵力で相手を屈するという単純明快な計略を説明した。
「魔力の代わりに武器を」とは、魔法使いに対するイルトの侮蔑とも取れる諺だったが、現実に一番の効力がある。
アルトと言っても、個々が持つ魔力は千差万別で、戦力として魔力を扱えるアルトは多くはない、と言うのが、世の通説だ。
しかも彼らの多くはコンプレックスを持って生きているらしい。魔力は違和感であると感じているのだ。
持て余していると言っていいのかもしれない。
彼らはその力を、魔力を持たないイルトの為に使う事で、自分の存在価値を見出している。
だからこそ、魔力を持つアルトを、魔力を持たないイルトはそれ程恐れないのだ。
ウィスタリアもカナリーも魔力を持つ者だが、その能力を使って、人を虐げる事など考えた事はないだろう。
僕は、彼らが僕の為に、その力を使わざるを得ない状況を作り出す事の方が、怖かった。
しかしウィスタリアは、僕がそれを言葉にする前に「ハールート様を守る為なら、相手を倒す事になっても、後悔はしません。それを哀れと思わないで下さい。俺はあなたとの絆を選んだんです。死ぬまで傍でお仕えすると。それが俺の誇りだと」と、言う。
彼らの誇りとして、自分がふさわしい者になれるのかは、これから次第と言う訳か…。
三週間後、僕らはアルビッサの島へ向かった。
月のない暗闇の夜の海を、傭兵を運ぶ何十もの船が行く。そして、音もなく港に着いた。
前もって侵入させた冠者に、島の住民たちへのクーデター制圧の計画を理解させ、味方に引き入れた。
予想通り、エスコバルが率いている仲間は百人ばかり。
夜明けを待たず、政府機関を拘束し、エスコバルの住居を包囲した。
クラインの案内でエスコバルの部屋に向かう。
部屋を開けると五人のボディガードが、僕らを待ち受けていた。
エスコバルは僕の隣に立つクラインに「おまえが来ると思っていた。裏切者め」と、怒りを込めた口調で罵った。
ボディガード達が銃を構えた。
僕は思わず笑った。
「アルトでも武器は必要なんだね。僕は拳銃ひとつ持っていないイルトだと言うのに」
そう言って、彼の前に進み出た。
後ろではカナリーがリュートを奏で、呟くかのような声で歌っている。
一見耳障りの良い音楽だが、アルトの精神を僅かに惑わすメロディを奏でる。
彼独自で生み出した魔法だった。
「島を支配するのなら、皆が幸せに生きていく未来を見せなければ、独裁者と罵られるだろう。あなたは自分の事を『魔王』とか言っているけれど、本当の『魔王』を見た事があるのかい?そこに居るだけで寒気がするような存在の者には、到底見えないんだけど」
「『魔王』を知っている口ぶりだな、お坊ちゃん。おい、クライン。おまえはこんなイルトと仲良くやっているのか?イルトに命じられて、従って生きるのが、そんなに面白いのか!」
「…今のおまえにはわからないだろうね。人は誰かの為に生きてこそ、幸福になれるのだよ。この方はイルトの王となるお方だ。この方にお仕えする自分が誇らしいと思っている」
「だから俺を殺すのか?」
「そうじゃない。この島の人々の暮らしを壊して欲しくないと、頼んでいるんだよ、エスコバル。母と私がこの島に来た時に、君はあんなに親切にしてくれたじゃないか。私は君が好きだったし、尊敬もしていた。あの頃に戻ってくれとは言わない。ただ、失望させないでくれ。この島を豊かにしたいと、君は何度も私に語ってくれたじゃないか。それがこの有様だ。君の語った未来がこの現実なのか?これが求めていたものなのか?それでは、あまりに惨めすぎる…」
「黙れ!」
エスコバルの合図と共に、銃を撃つ音が部屋中に鳴り響いた。
同時にエスコバルの周りにいたボディガード等が次々と倒れていく。
館を囲んだアサシン達が、僕の指示通りに彼らを殺したのだ。
人殺しは好きじゃない。だが、僕は救世主にはなるつもりはなかった。
「…おまえの方こそ、卑怯者じゃないか、クライン」
「頼む、エスコバル。降参してくれ。君を死なせたくない」
「…」
黙るエスコバルに僕は言った。
「あなたの負けだ。愚行を曝したアルトの末路だよ、エスコバル」
「どっちが…」
彼の右手のピストルが僕の眉間に突き付けられた。
誰もが固唾を飲んだ。しかし、その銃の引き金が引かれる前に、エスコバルの身体が沈んでいった。
クラインの銃が彼の心臓を打ち抜いたのだった。
床に倒れたエスコバルを抱き寄せ、クラインは言った。
「君と語った未来を、一緒に見たかったよ」
「俺に…未来を見る魔力なんか…無かった…のさ…。あるのなら…こうはなっちゃ…いない…そうだろ?クラ…イン…」
クラインの腕の中で、エスコバルは死んだ。
この一連の事件は、アルビッサの暴虐として、多くの人々が知る事になった。
そして、僕の存在も世間に広まり、アルトの支配を嫌う者たちの懇願が僕の元に次々と届くのだった。