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Again ハールート編  作者: 結城カイン
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ハールート 14


 「天の王」を中退して、二年近くが過ぎようとしていた。

 あの頃の生活が、いかに平穏で、退屈で、雑多なものだったかと、懐かしい気がする。

 今の僕の生活はと言えば…まさにもう一人、僕自身が存在すれば少しは楽になれるだろうに…と、思わない日々はない程に多忙を極める毎日だった。

 仕事も半減しても、最高責任者である僕が動かなければならない諸事は少なくなかった。

 犯罪者のアルトを処罰するという僕の決意も、そう簡単に思い通りにはいかなかった。そもそも、悪質な犯罪者が名乗りでるはずも無く、弱者の訴えを叶えたくても、相手が狡猾な上に、魔力を持つアルトなら、より困難を極めるのだ。

 分かっていたとはいえ、アルトの魔力に対抗するには、より強力な魔法使いを味方につけるしか無いのかも知れない。


「お久しぶりです、ハールート様」

「クライン!」

 半年ぶりに、クラインが顔を見せてくれた。

 父が一番心を寄せていた魔法使いのクライン。

 僕が父の跡を継いだ後、自分の役目は終わったと仕事から身を引き、余生は好きな事をしたいと、方々への一人旅を楽しんでいた。

 それでも僕の事を何かと気にかけて会いに来てくれたり、励ます言葉を綴った便りを寄こしてくれるのだった。


「今日は珍しく暇を持て余していてね。ゆっくりと、旅の話でも聞かせてくれると嬉しいんだけどね」

「ハールート様直々に手づからお茶を頂きまして、恐縮してしまいます」

「そう?お茶ぐらい、皆に振舞うよ。アルタールからしっかり教え込まれたからね。ね、アルタール?」

「ハールート様がどうしてもとおっしゃるから…」と、困り顔のアルタールに、パラモンドは、「アルタールは何かにつけて、ハル様に会う機会を増やそうとするんだよ。自分の仕事も片付いていないのにさあ。かまってちゃんなんだよ」

「おい、パラモンド。皆の前で言うなよ」

「ウィスタリアに張り合ってるんだよね。指輪の絆も結んでないのにね。ヘルムート様が生きてたら、泣くかもよ」

「…」

 いつもはクールなアルタールが、しょんぼりとした顔を伏せて黙ったのを見て、僕は思わず噴き出した。

 こういう場合は、クラインが助け船を出すのが常だ。

「こら、パラモンド!アルタールを虐めるんじゃない。ヘルムート様はもうこの世にはいない。今のお前たちの新たなマスターはハールート様だ。たとえ指輪の契りは無くても、おまえたちはウィスタリアとカナリーと同じマスターに仕える者として、精一杯働きなさい。それが、ヘルムート様の恩に報いるという事だよ」

「わかってます。…ごめん、アルタール」

「いつもの事だから気にはしない。それより、クライン。何か大事な話があるんじゃないのですか?私の勘ですが…」

 ウィスタリアの能力のひとつは、先見の明がある事だ。具体的な事ははっきりと見えないらしいが…


 二度目のお茶を飲みほしたクラインは、それまでにこやかだった顔を曇らせ、躊躇いながらも話し始めた。

「実は…今日ここに来たのは、私の個人的なお願いを聞いて欲しかったからです。とても難しい事象で、ハールート様にお頼みするのは、私も本意ではありませんでした。しかし、こうなってはもうあなたさまを頼るしか手立てが無いのです」

「クライン、君は大切な家族だ。僕に出来る事があるのならば、何でも言ってくれ。近頃僕はこう思うんだ。僕の力は大した事はないけれど、皆で協力すれば、出来ない事はないんじゃないか、ってね。本当だよ」

 僕は殊更明るくクラインに答えた。

 クラインの相談が、相当に重いものに感じたからだ。


 クラインは少しの間、下を向いて沈黙し、そして、ひとつ深呼吸をして口を開いた。

「南のカンタリー海にアルビッサという小さな島国があります。そこは私の故郷でもあるのですが…。大きな産業もなく、二万ほどの住民たちは、漁業と田畑を耕すことで、暮しを賄っています。島で生まれた者の大半が島で育ち、働く者たちです。島は大陸との交易はそれ程盛んでもなく、閉鎖的でありながら、牧歌的な風土と言いますか…。住人がのんびりした気質でして、私は他国からの移民なのですが、快く受け入れてくれました。

 一年前、その島を統治する王が亡くなり、後を継ぐ王子はまだ幼く、政治もままならなくなったそうです。すると、少数だったにも関わらず軍部が、あっという間に政府機関を解体させ、王子諸共、主要な政治家たちは島から追放されたのです。それからというもの、島の規律は厳しくなり、それを破る住民が見せしめに処刑される事態に…。住民は島を出る事も許可されずに、軍の制圧に怯えているのです」

「聞いた事がある。クーデターを成功させた指導者は魔王と呼ばれている程の、力を持った魔法使いだって…。フェイクニュースだと思ったけれど、本当なの?」

「その指導者と言うのは…私の幼馴染なのです。…昔、母親とふたり、この島へ移住した時に、頼る身内のない私たちを支えてくれたのが、彼の…エスコバルの家族でした。住む家と田畑を借り、母と私はなんとか飢えずに暮らす事ができたのです。同い年のエスコバルは非常に強い魔力を持つアルトでした。島の住民の中にも魔力を持つ若者はいましたが、桁違いでしたので、孤独感もあったのでしょう。同じような能力を持つ私とは、ウマが合いました。あの頃は、この魔力がアルビッサの島の為に役に立つといいねと…よく話していたんです。それがこんな事になるとは…」

 クラインは口を溜息を吐き、窓の外に顔を向けた。その横顔には疲労の跡がくっきりと見えた。

 少しでも彼の疲れを癒せればと、僕は香りのよいハーブティーを、彼のカップに注いだ。

 クラインは少しだけ僕に微笑み、ゆっくりとハーブティーを味わった。

 周りの誰もが、彼の話の続きをじっと待っていた。


「ふた月前、私はエスコバルに会いに行きました。…もう数十年前になりますが、母が死んだ後、若かった私は島を出て、様々な仕事を経て、ヘルムート様に拾ってもらいました。こう言っては何ですが…故郷を懐かしむ時も無い程、ヘルムート様と共に生きることは楽しかった。島を出て一度も帰る機会を持たなかったのはあまりに冷淡でしょうが、さすがに今回の事は、驚くしかありませんでした…。外で聴く情報はどれもこれも到底信じられるものではなかったので、この目で見る他ないと思いエスコバルを訪ねたのです。何より彼の目指す未来を聞きたかった…

再会したエスコバルは、昔とは違う面差しで私を歓迎してくれました。元々カリスマもあり、強引でリーダーシップを持つ性質ではあったのですが、昔の彼はもっとおおらかで温かかった…。彼は私に協力を求めました。一緒にこの世界を作っていこうと。魔力を持つアルトが、イルトを従え、この世界の上に立つのは当然の事だと、私に訴えました。私は即刻断りました。彼が自身を『魔王』と呼ばせている事も責めました。いくら彼が魔力を持っていても、私はその力量を知っている。島に住む者たちを従えても、それは井戸の中の蛙でしかないと諭しました。ですが…彼には届きませんでした。魔法で人の身体や心を弾圧や暴力で抑制する事を、私は最も嫌悪します。私たちの能力はそんなものの為に授かったものではない。誰かの為に…愛する者の為に使われるべきものだ。…私はヘルムート様にお仕えして、本当に幸せだったのです。エスコバルは力のない者の為に、自分が身代わりになって戦うのだと言いました。そんな耳障りの良い理屈で、住民に無理強いを強いる事は間違っている。魔法を権力に使うエスコバルを、私は許すことができない…」

 クラインの頬に涙が伝った。

 僕は拳を握る彼の手を両手で包んだ。

 彼の怒りや悲しみが、僕の心に流れてくる。それが辛かった。


「どうか、あなた様のお力をお貸しください、ハールート様」

「クライン、僕に何ができるのだろうか?僕にはエスコバルを打ち負かす魔力など、少しもないただの人間だよ?」

「それこそが、あなたの最も神聖な力。彼らを制す力なのです」

 澱みのないクラインの言葉を、僕は信じるしかないのだと、悟った。





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