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Again ハールート編  作者: 結城カイン
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13

ハールート 13


 僕よりも大分年下だと思っていたカナリーは、歳を聞くと18だと言う。

 誰が見ても僕と同い年とは思わないだろうが、どうやらアース外から来た漂流民は、年齢の割に、見かけが若く見えるらしいとの事。やっと納得した。

 兎に角、カナリーは大人しく控えめで、いつも自分の存在を消すかのように部屋の隅にそっと佇んでいる事が多かった。

 僕が呼ぶと、子犬のように走り寄り、じっと僕の命を待ち、何かを頼むと、脱兎のごとく用事を片付けに行くが、それがまたおぼつかない有様で、色々と手数を増やすことになる。要するに不器用なのだ。

 ベッドの中でも同じで、全くの受け身で、何をされようが構わないが、何をされても反応は薄く、快感の意味すらよく理解できていない様子。

「不感症ではないと思うけどね」と、僕が笑うと、カナリーは「申し訳ありません」とただ泣きながら謝るばかりで、不憫になってくる。

「きっとカナリーはまだ本当の恋を知らないんだね」

僕はカナリーを優しく胸に抱き寄せ、フワフワした黄色の髪の毛を撫でる。

「恋…?」

「そうさ。恋は自身の感情を制御できなくなる。四六時中、相手の事ばかりを想い、胸が騒ぎ、そしてその人の心も身体も欲しくなる。自分が夢中になるみたいに、相手も夢中にさせたいんだ。そして、身体を求めあう。セックスはね、お互いがお互いを楽しむ行為だ。君にもいつかわかる時が来るからさ、焦らないでいいんだよ」

「でも…」

「今でも君は充分に僕を満足させてくれているさ。さあ、歌を聞かせておくれ。君の子守歌は僕に良い夢を見せてくれる」

 そう言うと、カナリーはパッと明るい顔になり、裸のまま、リュートを手にして、優しい声で、聴いた事もない言葉で詩を歌う。

 昔の叙事詩の一編だと言う。

 優しく揺れる音色は、懐かしい人を思い起こさせる。


 ルスラン…あなたは今、何をしているのかな。

 時々あなたのキスが、欲しくてたまらなくなるよ…


「また変わったアルトをお迎えになりましたね」

 少々呆れ気味にアルタールが言う。隣のパラモンドはそれを聞いて、大いに笑う。

「さすがは、我が主様。まあ、見るからに魔力は低そうだが、伸びる素質はあると見た。ね?アルタール」

「そうであって欲しいが…」

 大げさな溜息を吐くアルタールに、恐縮しきっていたカナリーはますます縮こまる。それを見て、僕も噴出してしまった。

 やはり信頼する仲間と居るのは、安らいだ気持ちになる。


 カナリーを連れ、マイスリンガー家の事業の中心と言うべき本社に帰った。

 自宅の館とは大分離れた街中にある煉瓦造りの瀟洒な建物は、昔の大貴族が住んでいたそうで、父は没落した貴族を救うために、彼らの不動産を高値で購入していたらしい。

 アルタールは、「マスターは人助けがお好きでしたから」と、愛おしそうに苦笑する。


「事業の方は順調に成果を出しています。意外と言ってよいかもしれませんが、ルビー鉱山を閉じた事で、社員たちのモチベーションが上がっているんですよ。コン…いえ、ハールート様…の判断は大正解だったって事です」

 アルタールはまだ慣れない僕の名を恐々と呼ぶ。

 僕は僕の為に働く魔法使い達には、コンラートではなく、ハールートと呼ぶように頼んだ。

 「天の王」で与えられた「真の名」だと言うと、彼らはすぐに納得した。

 魔法使い、即ちアルト達の間でも、「天の王」や「真の名」と言う単語は特別に響くものらしい。彼らはこの「真の名」を恐れ、敬うのだった。


「そうなの?」

 僕は鉱山を閉じた事と、社員のモチベがどう関係するのかが理解できなかった。

「こう言ってはなんですが…労働者は、自分の保身や利益の為は勿論ですが、もっと他の…愛する者や社会や自分よりも弱者の為に、何かをしたいという欲求が、働く情熱を掻き立てるものじゃないのかなと思うんです。要するに単純な話で、生活に必要不可欠ではない宝石より、人々を繋げる鉄道事業や道路などのインフラ整備、人々の生活の為の土地の開墾や建設業の方が、遣り甲斐を感じるし、正しいと思えるものなんです」

「人間は正しいものにこそ情熱を捧げて奉仕するって事か…。すべての人間がそうあるのなら、平和な世の中って世界も見れそうだけどね」

 僕はこの世界に住む人間が、同じものを共有出来るなんて夢物語を、切り捨てている。

「まあ、正しいものの観念がひとりひとり違うからねえ~。それにやっぱり自分が一番大事って人間の本質じゃん」

 一見能天気に見えるパラモンドが軽い調子で吐く言葉が、的を得ているから、僕は思わず苦笑した。

「あ~、笑うなんて酷いな。真面目に言ったのにさ」

「パラモンドが良い人間でいてくれて、僕の味方でいてくれて、本当に良かったとしみじみと思ったんだよ。まあ、仕事の方は君たちを信頼しているから、自由にやって欲しい。実はさ、しばらくの間、表の仕事から距離を置こうと思っているんだ」

「え?何か…あったんですか?」

「僕がやるべき事が、ぼんやりとだが見えてきてね」

 今ここで言うべきがどうか一瞬悩んだが、どちみち、彼らには打ち明ける必要があった。


「笑わないで聴いて欲しい。僕は…悪党を減らす事業、アルト狩りをしたいんだ」

「…アルトを狩る?」

「僕は『天の王』に居たからさ。良いアルトも悪いアルトも知ってる。多分『天の王』で教育されているアルトはマシな方だろう。だが世の中には、魔力を楯に好き勝手な悪さをしているアルトも多いと聞く。僕はただの人間だからね。アルトに対しての嫉妬やら、無駄に卑下してしまう事もあるんだよ。魔力を持つ君らには理解しにくい事だろうけれど…」

「俺たちだってわかっていますよ。アルトがすべて正しい者じゃない事ぐらいは。強い魔力を持つアルトが、弱いアルトや普通の人間を好き勝手に蹂躙している事も。奴らには魔力の恩恵の意味が分かっていないんだ…。魔力は誰かの為に、何かの為に使うものであるべきはすなんだ」

「バカだね、ウィスタリアは。さっき言ったろ、立場が違えば、正義も変わる。俺たちが悪と思うどんな悪さも、奴らは正義として行っているに過ぎないのさ」

 彼らの言葉はそれぞれに正しい見方だと思う。だからこそ、僕もけじめをつけなければならないのだ。

「僕は僕の正義で、奴らと戦おうと思う。勿論僕一人の力ではどうにもならないだろう。…僕が思う悪いアルトを懲らしめるのに、君らの力を借りたいとは、勝手な言い草に聞こえるだろう。でも僕の正義の為に、君たちに協力して欲しいんだ」

 僕の言葉を聞き、黙って僕を見つめる彼らの考えを読む力は、僕にはない。だから信じるしかないんだ…。


「ハールート様…。ボクはハル様を信じます。ハル様の命令なら、何だってやります。ボクは力の弱いアルトで、ボクに出来る事はあまりないかもしれないけど…ハル様のお役に立てるように頑張るから…ハル様…悪い奴らをいっぱいやっつけて下さい」

「ありがとう、カナリー。やっつけるのは中々難しいかもしれないけどね」

「ハールート様、魔力の強いアルトにしたって、できる事は限られているんです。ハールート様ほどの資金力があれば、どうだってできます。能力の高い魔法使いだって、多数に無勢。数人の強力なアルトと、大勢のイルトで案外と簡単につぶせるものですよ」

「自信があるんだな、ウィスタリアは」

「俺の専門はそちら方面でしたから」

「こいつすげえですよ。ひとりで組織を叩き潰した事もあるんだよな?」

「ひとりじゃない。協力者が何人もいたし、計略も図っての事だ」

「そうか。じゃあ、僕は安心してターゲット探しを始めてもいいって事だね」

「ハールート様には、潰したい具体的な敵がおられるのですか?」

「いや、まあ、最初は人助けになりそうな地域の情報を集めようと思う。それから…協力してくれるアルトも探したい。信頼できるなら金で雇ってもいい」

「わかりました。こちらも伝手を探しましょう。それから、一般の傭兵はこちらで集めます。ハールート様は危険な事にはあまり手出しされないように願います。あなただけが私たちの希望の光のようなものなのです」

「希望の光?僕が?…アルト殺しを企む僕が?」

「そうですよ。あなたは僕らに生きる気力をくれたのです。あなたの意思に沿える為に、誠実に尽力することを誓いますよ」

「アルタールを信頼しているよ。君が父の魔法使いで居てくれて、本当に良かったと思っています」

「俺は?ハールート様」

「勿論パラモンドもだよ。これからもずっと傍に居てくれたら、どれほど頼りに思うだろうかわからないよ」

「死ぬまでハールート様の役に立ちますよ。約束します」

「俺もアルタールとパラモンドと同じですよ。最も俺は主従の契りを交わしているから、お前らとは絆が違うけどな」

「なんだよ!偉そうに。ハールート様に紹介したのは俺たちだぞ!なあ、アルタール」

「まあ、ウィスタリアが軽口叩くぐらい明るくなったのは、マスターのおかげには違いない」

「ボクも…ずうっとハル様のお傍に居させてもらえませんか?なんでもしますから」

「カナリーを手放しはしないよ。ずっと僕の傍に居て、僕を癒しておくれ」

「ありがとうございます!」


「ありがとう…僕はまだ未熟で、自分勝手なところも多い。皆、間違っていたら、遠慮なく言ってくれ。僕が皆の為になるように。この世界に必要とされる為に。僕には、教える者の言葉と魔力が必要だ」


 僕を見つめる彼らの瞳は、それぞれの情熱の所為か、赤く、涙で濡れていた。

 彼らの期待に応える為に、僕は僕の生き方をこの世界に示さなきゃならない。




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