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「天の王」学園を中退し、僕は館へ戻った。
僕はもう学生ではない。
父の跡を継ぎ、世間に認められる実業家としての一歩を踏み出さなければならない。
これから何をすればいいのか、的確に指導する者と、共に歩んでくれる者が僕には必要だ。
「取り合えず一度ルビー鉱山を観てみたいんだ。父が亡くなった場所を、僕自身の目で確かめておきたい。いいかな?クライン」
「勿論です、コンラート様。私はこちらでこれからやるべき仕事を整えておりますのでご一緒できませんが、護衛にパラモンドとアルタールをお連れ下さい」
父の事業は、商業貿易が中心だったが、先んじて交通事業にも携わっており、必要な街への輸送として鉄道を広めていた。その折、偶然にルビー鉱山を見つけたという訳だ。
まさに思いもよらない好運という奴なのだろうが、それで命を落としてしまっては意味が無い。
父の二の舞になるつもりはない。
父の残した鉄道で鉱山へ向かう。
まる三日の車内の旅だ。特別室の個室の居心地は悪くないし、パラモンドとアルタールが入れ替わり立ち代わり、僕の様子を伺いにくるから、寂しくはない。
「用心深い事だね。そんなに心配しなくてもいいのに」
「クラインに重々言われてますし、マスターを狙ったアサシンは、未だ見当もつかないままでして…。坊ちゃんは俺らが絶対守りますから。なあ、アルタール」
食堂車で三人で顔を突き合わせて、夕食を取る。
パラモンドは、食べるのも豪快で、早口で喋るから時折、食い物を喉に詰まらせては、隣のアルタールから「落ち受け」と嗜まれている。
「申し訳ありません、コンラート様。私もパラモンドも育ちはあまり良くなくて…特にこいつは下町の孤児だったので、食事の作法もあったもんじゃないんです」
「かまわないさ。美味しそうに食べる人を見るのは、嫌いじゃないよ。良かったら僕の分も食べるといいよ。はい」
パラモンドの前に自分のポークチャップの皿を差し出すと、パラモンドは驚いた様に僕を見た。
「え?嫌いだった?僕はもうこれ以上食べられないからなんだけど…」
「いいえ、そんなんじゃない。坊ちゃまが…想像してた人と全然違ってて…見た目はマスターと全然違うのに、なんか…なんかマスターと似てて、優しくて…俺…」
そう言って涙するパラモンドに、アルタールは半分呆れながら後を続ける。
「コンラート様の事はマスターから聞いてはいたのですが、こうやって接してみて初めてマスターの見込んだお方だと分かって、安心というか…嬉しくて仕方ないんですよ。…私たちは従うべき主人を失くしました。行くべき先が見つからない。不安定なままだ。こうやって坊ちゃまと一緒に居ると、ヘルムート様と一緒に居るような気にもなるんです」
アルタールの言葉に、僕も胸が熱くなる。
「もし君たちが良ければなんだけど…これからも僕の為に一緒に働いてはくれないかい?指輪の誓いがただ一人のマスターの為にあるとは知っているけれど、今の僕には君たちの力が必要だ」
「嬉しいお言葉です。指輪の掟により、私たち魔法使いは、あなたに従属する誓いはできません。けれど、生前のヘルムート様から命じられているのです。もし自分の身に何かあったら、坊ちゃまに従うようにと。だから、私もパラモンドも、坊ちゃまにお仕えしたいと思っています。勿論、坊ちゃまの許しがあればですが」
「指輪の掟なんか、僕はあまり信用してないんだ。そんなものが無くても、信頼は繋げるはずだよ」
「ですが、坊ちゃん、指輪の誓いって案外強力な魂の縛りがあるんですよ」
「本当?」
「ホント、ホント。マスターを独り占めしたくてたまらなくなったり、マスターの為なら、なんでもしたいって気になるんだから。少しでも褒めてもらいたいとか、喜んでもらう為にどんな事でも…悪事でもやっちゃうからなあ~」
「悪事はやっちゃダメだろ!パラモンド」
「まあ、そんな気分になるって事ですよ。でもマスターが亡くなった途端、それが嘘のように消えてしまったんです…。俺、なんだが抜け殻になったみたいです。マスターがもう居ないなら、俺死んじゃおうかな…って思うぐらい」
「おい、坊ちゃまの前で言う事か」
「だって…」
「たった今、坊ちゃまにお仕えするって誓ったばかりだろう」
「わかっているよ。坊ちゃんの事は好きだし、働けって言われれば働くけど…」
「何か欲しいものがあるのかい?パラモンド。正直に言ってくれよ、怒らないから」
「…」
「お言いよ」
「あなたが、欲しい」
「おい!パラモンド!」
「だって、アルタールもそうじゃないか。坊ちゃまは好みの男だって、言ってたじゃん」
「あのな…そんな事、本人の目の前で言うなよ。馬鹿かおまえは!」
「まあまあ、わかったよ。そういうの、僕は慣れてる。『天の王』でも良く誘われたのさ。どうも僕のカリスマが相手を欲情させるらしい。僕もセックスは好きだよ。上手な人とだったら楽しめるし、ウブな子だったら虐め甲斐がある。君たちにその気があるのなら、いつでもいいよ。僕もここのところ、色々と忙しくてご無沙汰でね。ところで君たちは幾つ?」
「二十八」
「三十三になります」
「そう、まだ老いるには早い。いいかい、僕たちは今から共犯者になるんだ。時は季節と共に過ぎ行くもの。さあ、老いさらばぬうちに、手を取り楽しもうじゃないか…」
意味ありげな目線を送ると、アルタールが笑った。
「坊ちゃまの魅力に逆らうのは、なかなかどうして相当の気力が居るところですが…私たちはあなたのお相手は出来ません。信頼を寄せてもらうだけで十分なのです。それはあなたの決めた人の為に取っておいてください。なまじ情けをかけるのは、私たちにとっても良い事ではない」
「そうなの?」
「私たちはヘルムート様の魔法使いです。マスターではないあなたと関係を持つのは規律違反。争いの種になりかねない。あなたとはもっとクリーンな関係でいたい」
「俺は坊ちゃんと寝てもいいんだけどね」
「いい加減にしろ」と、アルタールの拳骨がパラモンドの頭に直撃した。
「嘘です。もう寝たいなんていいません~」
「ふたりは恋人なんだね」
「腐れ縁ですけどね」
「こう見えて、アルタールは二人の時は優しいんだよ」
「本当におまえは、口が多すぎる奴だな!」
再び拳骨をもらうパラモンドが、涙目でアルタールを見つめる。
「なんだか…君たちが羨ましいよ。本当に…」
「坊ちゃまにも見つかりますよ。絶対に」
「そうだといいんだけど」
魔法でもカリスマでもなく、ただお互いを信頼し、愛し合えるそんな人が、僕の傍に居て欲しい。
「では、僕たちは家族という事でいいかな?父を亡くしたばかりだし、母はあんなだし、気の置けない兄弟ってのはどう?」
「それいい?俺、親兄弟居ないし、家族って何か響きがいいし」
「私としては…上司と部下辺りにしておきたいものですが…。坊ちゃまがお望みなら、それなりに対処いたします。が、近々あなたには誓うべき者が現れると思いますよ」
「それ予言?」
「これでも魔法使いですからね。今の坊ちゃまには、良い気が感じられますから」
「期待してしまうね」
魔法使い、即ちアルトの能力というのもを見せられるたび、自尊心が傷つくのを感じて、自分の小ささに嫌気が差す。
「天の王」で嫌という程味わってきたはずなのに…。
これからもずっと彼らのようなアルトに、守ってもらわなければならないなんて、なんとも情けないものだ。