初めての依頼は苦労するもの・・・
まだ昼前の時間なので、お金も欲しいし仕事を探そうと思ったが、ここで思わぬ障害が発生する。
「ヤバい、金が無いから街から出られないじゃん。仕事出来ないよ……」
「ご、ご主人様……」
詰んだ。
街から出るのには税金がかかる。
そのため、無一文の俺たちは仕事のためであろうとも街から出る事が出来ないのだ。
「クッソ……さっき絞めた奴らから少しくらいむしり取っておけば良かった……惜しい事をしてしまった」
「そうですね……迷惑料を兼ねて取っておくべきでした」
あいつらはもういない。
流石に逃げたのだろう。
残骸はまだ残っているが……
「……ダメもとで聞いてみるか?」
「何をですか?」
「仕事だよ。街の中で出来る仕事とかあるんじゃないかと思ってな」
「ありますかね?」
「こればっかりは神頼みだな」
祈りが通じた事なんか一度もないけどな。
「ありますよ?」
「マジでか!?」
ダメもとで受付の人に聞いてみると、街の中で出来る仕事があるという。
「どんな仕事なんだ?」
「孤児院の子供たちの戦闘訓練ですね。人数は三人。報酬は大銅貨二枚です。時間は今日の夕刻の鐘が鳴るまで、とあります。冒険者を一日雇うには少々足りない金額なので、誰も受けない仕事なんですよ。報酬に関しては、依頼を受ける人数が何人であろうと、合計大銅貨二枚とのことなので特に、ですね。どうしますか?」
大銅貨二枚ってどれくらいの価値なんだろうか?
「俺って、凄い田舎から出てきて、始めてきたのがこの街なんだよ。大銅貨二枚って具体的にどれくらいの価値なの?」
「そうですね……お二人で外食が二回出来るかどうか、といった所でしょうか?」
すくねぇ……
確かにその仕事で一日拘束されるって考えると割に合わないよな。
でも金が無いとなぁ……
街から出るのに必要な金額は一人銅貨二枚、大銅貨二枚あれば十分だ。
「じゃあそれでお願いします」
「わかりました。それではギルドカードをお預かりします」
俺とルナはギルドカードを預ける。
「はい、これで手続きは終了となります。こちらの依頼書を持って指定された場所に向かってください」
俺たちはギルドを出る。
「指定された場所ってどこだ?」
俺は依頼書をルナに見せながら聞く。
俺は字が読めないからな。
「えっと、孤児院に直接行けばいいみたいですよ」
「じゃあ孤児院ってどこ?」
「…………」
ギルドに聞きに行ってきた。
初仕事からグダグダである。
俺たちはしばらく街中を歩き回り、ようやく目的地に到着した。
「わかりにくすぎだろ!!孤児院の立地がヒドイ!!表通りからメッチャ離れてるし!!近くにスラム街あるし!!なんて日だッ!!」
「結局ギルドに五回聞きに行きましたからね……道に迷った挙句、スラム街に迷い込んだ時にはどうなるかと……」
「だがまあ、チンピラ共から金を巻き上げる事が出来たからそれはいいじゃねぇか。巻き上げた金が今回の依頼の報酬より多かったのが何とも言えない気持ちになったが……この仕事辞めようかと思ったよ」
「でもキャンセルすると依頼失敗の扱いになりますからね。最初の仕事で失敗というのは……」
「ハァ……これだけの事があったのに思ったより時間が経ってなかったのが幸いしたな」
「やけくそになって街中を走りましたからね……全力で」
まぁいろいろあったが、とにかく無事に目的地に到着したのだ。
「なんだお前ら!!孤児院になんか用か!!」
孤児院の扉をノックしようとした瞬間、後ろから声をかけられた。
振り向くと、そこには一人の少年が立っていた。
手には食材が入った籠を持っている。
「ここに孤児院の子か?」
「そうだ!!なんか用か!!」
何で喧嘩腰なんだよ……
「俺たちはギルドで依頼を受けてきた冒険者だ。これがその依頼書なんだが……」
俺は少年に依頼書を見せる。
「何だと!!どうせ碌な事しないで金だけ持っていく気だろ!!お前たちはいつも「グレイ、何をしているんですか?」ッ!?」
少年がいきなりキレだしてどうしたものかと困っていると、孤児院の扉が開いて、中から一人の女性が出てきた。
「マーラ姉……」
グレイと呼ばれた少年が、女性の名を呼ぶ。
随分若い人に見えるが、この少年の反応を見るに、ただのおねぇさんって訳ではない様だ。
それにしても美人さんだな。
「あなたは、この孤児院の人かな?」
「え?はい、そうでけど……」
「俺たちは、冒険者ギルドから依頼を受けてきたんだが……これが依頼書だ」
俺は依依頼書を見せる。
「そ、そうでしたか!すみません、どうやらご迷惑をおかけしていたようで……」
「大丈夫だ。特に気にしていないよ」
「ありがとうございます。……立ち話もなんですから、中へどうぞ。お茶も出しますよ」
「お気遣いどうも。ルナ、入るぞ」
「はい!」
「マーラ姉!」
「グレイ、ダメですよ。ちゃんと話をしないと」
「…………」
……この空気をどうしろと。
来ちゃいけなかった様な気がしてきた……
建物の中は、子供たちの声が聞こえてくる。
俺たちは案内された部屋に入る。
そのまま俺たちは適当な椅子に腰かける。
「改めまして、先ほどはご迷惑をおかけしました」
「大丈夫ですよ。それで、仕事の件だけど……戦闘訓練と書いてあるが、具体的には、何を目的とした訓練なんだ?」
「そうですね……具体的に、ですと、魔物になると思います。この孤児院は15歳になった子たちからここを巣立っていく、という決まりがあるんです。といっても、孤児院で育った子が仕事を見つけるのはとても難しく、多くの子たちが冒険者という道を選ばざるを得ないんです。来年には、新たに3人の子たちがここを巣立っていきます」
「その3人の訓練が、今回の依頼内容になる、と」
「そういう事になります」
なるほどね。
冒険者の仕事って命がけみたいだからなぁ。
俺はまだ外で仕事をしてないから何とも言えないけどね。
すると、部屋の扉がノックされた。
「お茶を持ってきました」
「ありがとうティナちゃん。こっちに置いてくれるかしら?」
「はい」
この孤児院の子であろう少女がお茶を置いてくれた。
「ありがとう」
「い、いえ」
お礼を言ったが、返事がぎこちない。
人見知りなのだろうか?
「……ご主人様」
「どうした?」
「これ毒が入ってますよ?」
マジでか。
「何かの間違いじゃなくてか?」
「間違いじゃないですね。これは分かりやすいですよ。有毒の植物から絞った液が入ってますね」
「じょ、冗談か何か、です……よね?」
「あなたは心辺りが無いと?」
「あ、ありません!」
ハァ……この世界の人は毒が好きだな。
「お茶がもったいないですね」
「どんな毒が入っているかは分からないか?」
「さすがにそこまでは……でも、人が死ぬような毒ではないと思います。おそらく、飲んでもお腹を下す程度かと」
「ティナちゃん……何か知らないかしら?」
マーラさんが少女に問う。
すると、少女はビクッと反応して俯く。
「………知って、いるのね?」
「…………」
マーラさんの問いに少女は何も答えない。
マーラさんはとても悲しそうな顔をしている。
「お願いします。どうか、ここの子たちには何もしないで下さい。私が代わりに……なんでもしますので……どうか……」
「マーラ姉……」
「黙りなさいッ!!」
「ヒッ!?………」
マーラさんに怒鳴られた少女は泣きそうな顔をした後、扉を開けて走り去っていった。
「……子供を庇いますか」
「あの子は、何も言ってくれませんでしたが……きっと、何か考えがあってやったのでしょう。私は、小さい頃から、この孤児院を、ここに居る子供たちを見ています。ここを、巣立っていった人たちの事も。……決して、楽な生活ではありません。でも、ここでの日々はとても幸せな物だったと、ここから思います。……時々、ここを巣立った子から、仕送りが届くのです。自分たちのために使えばいいのに、命がけで稼いだお金を、この孤児院に届けてくるのです。ここで育ったから今がある、ここが大好きだから、と言って。……私も、ここが大好きなのです。つらい事も、楽しい事も、全部含めて、大好きなのです。私はここを守りたい。だから、お願いします」
「…………」
ヤバい。
特に思うところもなかったし、飲んだわけじゃないから気にしなくていいよって言おうとしたらメッチャ重い話語られちゃった……
めちゃくちゃ空気が重い……
「難儀な物ですね……ズズッ」
「なに飲んでんだよ……」
「このくらいの毒なら私には効かないですし、お茶が勿体ないのでいただいてしまおうかと……」
台無しだよ。
マーラさんは下げた頭上げないし……
「まるで……本当の家族のみたいだ……」
「……私にとっては、ここの子たちは家族です。私が、守りたいものなんです」
「……声に出てたか」
俺には考えられない事だ。
他人のために自分を犠牲にするなど……
まぁいいか。
俺には関係のない事だ。
「ま、別に何もするつも「マーラ姉!!」……ハァ」
開けっ放しになっていた扉から、表で出会ったグレイという少年が入ってきた。
状況がこじれる予感……
「ッ!?おいお前!!マーラ姉は何もやってない!!ティナだって……反対してたんだ!!俺が全部やったんだ!!だからマーラ姉には何もするな!!!」
お前かよ。
いや、何となくコイツしかいないよなぁとは思ってたけども。
何で出会って直ぐに毒を盛られなきゃいけないんだよ。
納得いかねぇ……まぁ、理由とかは何となく予想がつくけども。
「……あれか?今までここに来た冒険者は碌な奴じゃなくて、金だけ持っていこうとした奴らばっかりだから、俺たちもどうせ同じだと思って腹でも壊して追い出してやろうってか?」
「ッ!?」
「当たりかよ……マジか、俺って探偵の才能とかあるんじゃね?俺ってば教養あるからね、頭いいからね」
「教養あるのに文字読めない(ボソッ」
「聞こえてるぞくそトカゲ、お前は後で氷漬けの刑だ」
「ヒィッ!!ごめんなさいごめんなさい!!」
さっき、外でこのガキが「どうせ碌な事しないで金だけ持っていく気だろ!!」って言ってたからね。
しかも前もあったみたいな事も言ってたし、もしかしたらと思ったけど。
「浅はかにも程があるな。仮にそれがうまくいって冒険者を追い出せたとしても、もし複数人の冒険者が来ていて、同時に同じように腹を下したら間違いなくここが疑われるだろ。そしたら被害にあうのはお前だけじゃすまないだろうに。そんな状況になったら、本当に苦しむのは誰になってただろうな?」
「う、あ……」
「お前の考えなしの行動が、ここの孤児院に居る人たち全てを巻き込みかねなかったんだぞ?だからこの人は自分を差し出すことで被害を最小限に抑えようとしたんだ」
「お、れは……」
本当に何も考えてなかったんだなぁ。
もし相手が俺たちじゃなきゃ、無事じゃすまなかっただろうに。
さっきまでギルドに居たんだ。
酔った勢いで何かをやらかしそうな連中ってのはパッと見ただけでも沢山いた。
最悪のケースもあっただろうな。
「ま、良かったな?相手が俺で。俺は他人に対して、基本的には何も期待しないんだ。お茶を出された時だって、大して何も思っちゃいなかった。それに毒が入ってると知った時も、マジか~ってだけで、なんとも思わなかったよ。端から期待も信用もしてないからな。特に思う事なんか無いよ。もちろん、怒りも感じない。毒が入っていたって、俺にとってはこういう場所なんだなって思うだけだ。……じゃあ、マーラさん、でいいのかな?仕事に関してはどうする?お茶に関してはもういいから」
「え、え?」
「やっと頭を上げてくれたな?で、どうする?」
「えっと……本当に、いいんですか?」
「俺たち、ちょっと生活に困っていてね。ちょっとでも金が欲しいんだ。もちろん仕事は真面目にやらせてもらうから、そこは安心してくれ。訓練という名のリンチとかもしないから。何なら見学していてもいいよ?」
早く決めて欲しいな、こっちは本気で困ってるんだし。
あんたらとは別の意味で切羽詰まってるんだよ。
≪数分後≫
「どっこいしょ……」
俺は孤児院の庭の端に置いてある椅子に腰かける。
庭の真ん中の方では、ルナが一人で依頼の三人に戦いの指導を始めている。
俺は何もしないのかって?
俺は戦い方なんて知らないから、教えようがないんだよね。
だから、『魔物』であるルナに魔物との戦い方を教わった方が効果的だと思ったんだ。
「……少し、いいですか?」
俺はダラダラしようとすると、いつの間にか横にいたマーラさんが話しかけてきた。
「大丈夫だけど、何か?」
「その……先ほどの会話で、少し気にな「ご主人様ぁあ!!」……」
「悪いな、大丈夫じゃなくなったみたいだ。終わったら続きを話そう」
俺はルナの方に向かう。
「なんだよ、どうしたんだ?」
「この子たちが一番低いランクの冒険者の指導なんて意味が無いっていって何も聞こうとしないんですよぉ……」
「ハァ?アホくさ」
「なんだと!?」
喧嘩腰に突っかかってきたのはグレイという少年だ。
またお前か。
今回指導を受けるという三人は、表で出会った毒を盛ってきたグレイ、毒入りのお茶を持ってきたティナ、そして始めましてのシェイド君の三人だ。
さて、どうしたものかね。