要請
「捜査、ですか?」
「組織としてのきちんとした説明がまだだったね、我々は国王直属対魔術特別警邏隊ジャッジメント。君が尋問されたであろう地方警吏とは発足の経緯や目的のまったく異なる組織だ。とはいっても、国家の安寧を守るという一点において目的は一致しているはずなのだけれどね」
「ようは魔術を悪用するわるーい奴らを叩きのめして鎖につなぐお仕事ってわけ」
仰々しいオルガの言葉を茶化すようにライオが続ける。
ジャッジメント、警吏との話でも出てきた単語だ。たしか犯罪者と思しき人を独断で罰することができるんだっけ。というかあの白服の人ジャッジメントでもなんでもなかったんだ、思ってたよりずっと理不尽だったじゃないだろうか尋問。
「それで君に協力をお願いしたいってことだけど大丈夫かい?」
「協力や捜査っていったいどんなことなんでしょうか?」
思わず聞き返すと、オルガの答えが返ってくる。
「実は協力というのは建前でね、まずは君の保護を優先したかった。警吏の彼らはあれをただの殺人だと思っているようだが、我々に言わせれば明らかに魔術師がらみの事件だろう。そこで第一発見者である君が不当な拘留等を受けないように協力という形で君を保護する必要があった。もちろん、その後の聴取などはゆっくりさせてもらうけれどね」
なるほど、とアスランはうなづく。そういうことだったのか。たしかにあそこでライオが来てくれていなかったらと思うとぞっとする。王都についてすぐにこれなのだから全く運がいいのやら悪いのやら。しかしアスランには一つだけ懸念があった。不安ながらも恐る恐る声を震わせる。
「実は...発見する前のことを何も覚えていないんですが」
おずおずと周りの顔色をうかがうアスランに対して周囲の反応はいたって淡白であった。
「気にすることはないさ、第一発見者の記憶喪失なんてそう珍しいことじゃない。ゆっくり思い出すといい、ねぇ隊長?」
「ああ。あれだけ凄惨な事件だったんだ、尋問は落ち着いてからでいいんだよ」
思いがけない反応にほっと胸をなでおろす、と同時に緊張がゆるんだのか尿意を催す。
「すみませんお手洗いにいってもいいですか?」
「いいよ、あそうだ、おーちゃーん」
ライオが大きな声を出すと、部屋の奥から丈の長いワンピースを着た女性が出てきた。
「彼女はメイドのおーちゃん、ここの家事とかは全部やってくれてるから用事があったら彼女に言うといい。おーちゃんトイレまで案内してあげて」
メイドは僕に向かって軽くスカートのすそを持ち上げてお辞儀をすると、ついてきてという風な視線を送ってゆっくりと歩き始めた。無口なことよりもすごくキレイな人だなぁと思っていたので目が合った時にはドキリとしたがすぐに追いかけてついていった。
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バタンという音ともに扉が閉まり二人が出ていく。
残された二人が口を開く。
「全部俺が説明してもよかったのに」
「君は結果を優先させすぎる。協力要請にしても強引なやり方で協力せざるを得ない状況にするつもりだったんだろう?たとえば正義官大権をちらつかせるみたいな」
「失敬な、そんな場末の警吏みたいなことしないさ。ただうちの保護を受け入れないなら、さっきまでの取調室に逆戻りだよって話をするつもりだっただけさ」
「君はもう少し心証というものを学ぶべきだね、王国最強の盾の名が泣くはめになる」
「さっすが剣聖はいうことが違うね」
ははは、といつも通りの飄々とした表情が一転、突如として鋭い猛禽の目へと変わる。
「ところでオルガどう思う?気づいているだろ、アレのことだ」
「あぁ、把握はしているよ。しかし今ではないだろう、もう少し泳がせておくほうがいいと思うがね」
「同感だ。それと彼についてだが、救出時にはおそらく初めて見たであろう攻撃性の魔法に極めて冷静に判断、回避していた。魔法に関してはわからないが多少は面白そうだと思うけど?」
「そうだね。しかしこの事件で何が起こるのか、そして最終的には彼自身の意思だ。我々の仕事は決して他人から強要されるものではないよ、いいね」
凛としたものの穏やかだった声の語気が強まる。
「わかっているさ。これは単なる業務連絡さ」
「わかっているならいいんだ」
鎧の騎士は鷹揚にうなづくとライオから資料を受け取り目を通す。
「なかなかに縁というのは罪なものだな」
鎧からのぞく表情はどこか複雑な色を帯びているようにみえた。
あの白服警吏はヤンキー崩れの新人です
すべての警吏がああではありません