バグ魔法使い
『バグ魔法使い』。
それが楠才斗のハンドルネーム、プライドに付けられた異名であった。
バグとはシステム上の不都合の事で、何かのゲームをやり込んだ事のある人なら年度か目にしたことがあるだろう。
自分やモンスターが突然変な挙動をしたり、いきなりワープしたりするアレである。
バグには小さい物から大きくなるとゲームの続行が不能な物まで色々と存在し、どんな優秀なプログラマーが頑張ってもバグの完全にないゲームを作るのは不可能だと言われている。
そんなプレイヤーの迷惑にしかならないと思われがちなバグにも稀に性質の違う物がある。
あるスキルをあるモンスターの行動中にあるタイミングで撃つとそのモンスターが突然何もしてこなくなったり、あるスキルの後にあるタイミングであるスキルを撃つとそのスキルの威力や効果が上がったりと、中にはプレイヤーの有利になるバグもある。
そして才斗が何故『バグ魔法使い』等と言われていたかと言うと、その『プレイヤーの有利になるバグ』を『意図的に使いこなし、尚且つ開発していく』からである。
大罪の七星メンバーが3年間はかかると言われた終焉邪龍をたったの2週間で倒せたのはこの要素が一番大きいだろう。
勿論彼等の実力があってこそバグを狙って引き起こせるのだが、才斗の4PCによる神技の様なゲーム技術と、それを使った気が遠くなる程の試行回数が唯一それを生み出せる奇跡と言っても過言ではない。
何故今そんな事を語るのか?
それは。
「……無詠唱だと?」
その奇跡を今才斗が生み出したからに他ならない。
実は無詠唱と言うバグも実はMGOでも存在しており、才斗の愛用するバグ技の一つだった。
それは、詠唱時間が半分になるSSRスキル『大魔導』を装備した状態で、詠唱時間を短くするスキル『クイックキャスト』を発動してから、適当なスキルを使いその詠唱が始まる瞬間に回避行動や瞬間移動スキルでそれをキャンセルし、キャンセルした瞬間に使いたいスキルを使うと言う物だ。
この『瞬間』と言うのは0,1秒ジャストでそれを行う事を指していてそれが0,1秒でも遅かったり早かったりしてもダメという、まさに刹那の瞬間を指す。
そんな神技、通称バグ魔法である無詠唱を使えた事に才斗は喜びと言うより疑問の方が強かったらしく慌てて自分のステータスウインドウを開く。
【名前】プライド
【LV】2
【職業】ウィザード
【称号】大罪人
【状態】不幸、嫌われ者、童貞
【能力】
・HP 20
・MP 120
・STR 2
・VIT 2
・DEX 2
・AGI 2
・INT 12
・LUK -100
【特性スキル】
なし(習得不可)
と表示されている。
レベルが2に上がり数値が正常に上がった事以外は何も変わっていない。
だがそこがまず異常なのだ。
「何度見ても酷いステータスだな……だがおかしい。無詠唱を使うには『大魔導』が必須の筈なんだが相変わらずなしになってやがる。ていうか今更だが習得不可ってなんだ?なんの嫌がらせだよ」
そしてその異常事態を一旦置いておいて更に職業をタップしてスキルを確認する。
ウィザード 魔導の道を歩き始めた者。魔法の基礎を覚える時期。
習得済み職業スキル マジックバレットLV4
習得可能職業スキル ファイアーバレット、アクアバレット、ロックバレット、ウインドバレット
残りスキルポイント 1
とマジックバレットのレベルが4になっている事を除けば、いたって正常なレベル2になりたての状態だ。
そしてそれもまた異常。
「こっちにもクイックキャストはない。もしかしたら習得してるかもしれないと思ったけど違ったか。取り合えず一番攻撃力の高いファイアーバレットを習得しておくか。んっ」
そう言ってファイアーバレットを習得すると、また例の金の波が頭に流れ込む。それが自分に魔法を使わしてくれているコマンドなんだと今度ははっきり感じ取れる。
そしてその覚えたばかりのファイアーバレットを早速使おうとする。
「我炎弾を放つファイアーバレット!」
するとレベルが上がる前のマジックバレットと同じく、3秒の詠唱の後に拳大のサイズの魔法の弾丸が放たれる。違う点は足元に浮かんだ魔法陣と玉の色が無色ではなく燃えるような赤色だったと言う所だろう。
(流石にいきなりレベルが上がった状態で使えないか、詠唱時間も詠唱も省略できてない。それに金色の波の感じがマジックバレットと違う)
「はっ!……うん。マジックバレットはレベル4のままか。無詠唱も使えなくなったかと思ったけど問題なく使えるな。一回コツを掴んで出来る様になれば極限状態じゃなくても使えるって事か」
ファイアーバレットの後に続けてマジックバレットを何もない空間に無詠唱で打ち込み現状を軽く確認すると、才斗は歩き出す。
そして見つけたガルファング達に小石をぶつけていき、4体のガルファングを相手にまた先程の作業を今度はファイアーバレットで行う。
「より強く大きいレベル2のファイアーバレットをイメージしながら……波のコマンドを限界まで早く正確に実行する……はっ!」
すると今度は無詠唱で放たれた倍の大きさの赤い弾丸が放たれ4匹のガルファングに直撃し、その顔を弾き焦がす。そしてHPバーはなんと8割も削られていた。
一撃で自分のHPの殆どを失ったガルファング達は、最後の抵抗とばかりにウインドウを見ながら考え事をする才斗に襲い掛かり、その全てを何もなかったかの如くひょいひょいと避けられる。
「ステータスが倍になって、マジックバレットの倍の威力のファイアーバレットをレベル2で撃ったからこの威力か。ワンパンで倒せなかったのは悔しいが仕方ない。だが無詠唱もスキルレベル上げも感覚を掴んじまえば楽勝だな。おらっ!よしこりゃレベル3になったろ。次いくか」
そして女神の作ったシステムでバグを狙って起こす事を楽勝と言い切った才斗は、レベル3になったファイアーバレットを無詠唱で放ちオーバーキルな威力で焼き払うと2階層を目指して走りだした。
才斗は元の世界では100メートル走っただけで立てなくなってしまう体力の持ち主のだが、この世界で女神のシステムのサポートを受けている為1キロの距離を全力で走っても息切れすら起こさない。
(この世界の体はマジですごいな、これなら冒険者じゃなくてスポーツ選手になった方がいいだろうに。まぁそんな事はどうでもいいか……確かにスキルレベルをポイントを使わないで上げれるのは相当ありがたいし無詠唱で魔法が撃てるのもスキがなくなってかなり便利だ。充分チートにカウントしていいとは思う。だがこんなもんじゃあいつらには恐らくまだ届かないだろう。ならやる事は一つだ)
才斗はそんな事を考えながら次の階層に向かうポータルまで迷う事なく最短距離で走り抜け、現在2階層にいた。
2階層も1階層と同じ草原ステージの様で、広大な大草原が広がっている。
女神の塔はMGOのマップまでも完全に継承しているらしく迷わず真っすぐ辿り着く事ができたのだ。
そしてマップが同じと言う事はモンスターの出現する場所も同じなのでは?と考えた才斗は2階層の経験値効率のいいモンスターが沢山沸くポイントに移動したのだが。
「ブフフォォォンン!」
「助けてくれえええええ!死ぬうううううう!」
「なんなのこの攻撃力!?ヒールが追い付かない!?」
「しかも硬くて攻撃が全然通らないぞ!?」
「ダメだこのままじゃ俺達全員死んじまう!」
大猪のモンスター『ブルファンガ』により目の前でPTが壊滅していた。
ブルファンガはその巨体に分厚い脂肪と硬い毛皮を持ちとても高い耐久力を持っており、さらにその巨体から繰り出される強烈な突進は後衛職が食らえば1撃で死んでしまう威力を持つ強力なモンスターだ。
よく見ると彼等はギルドでステータスの自慢をしていたPTであり、恐らく彼等も経験値効率のいいブルファンガを狩ろうと思ったのだろうが、やはり彼等も動きが悪く、前衛は攻撃を食らい過ぎてヒールを貰っても耐えきれず、火力職の後衛もクリティカルを出せないで決定打を与えれずジリ貧の戦いを強いられている。
1階層は持ち前のステータスで何とかなっていたようだが、リメイクにより強化された2階層のモンスターには通用しなかった様だ。
「なんでオレが見かけるPTはこんな下手なんだ?というかチートを持っていながら2階層で死にかけるってどんだけ鬼畜な難易度でだしてんだよ、こんなもん完全にバランス間違えてる糞ゲーだぞ……これも女神のシステムのせいか?まぁ目の前で死なれるのもあれだし助けてやっ……」
「ブルブゥオオオオオン!」
「くるな!くるなあああああ!」
やれやれといった感じで助けようとした才斗だったがその挙動を止めた。ブルファンガに怯えたアーチャーがめちゃめちゃに弓矢を撃ちまくり、神のシステムの恩恵をうけた矢は見事ブルファンガに当たったからだ。
周りにいた5体のブルファンガに。
低い階層にいるモンスターはその性質上こちらが何もしなければ攻撃してくる事はない。
だが攻撃判定が少しでもある通常攻撃の弓矢や、それが小石であったしても当たれば敵と見なされ全力で攻撃してくる。
つまりこの場では6体のブルファンガがあのPTを狙うと言う事になる。
(助けれない……さすがのオレでも6体のブルファンガを相手にあいつらを守って戦いながら攻撃を全て躱すのは流石に厳しい。もし一発でも掠れば重症を負う上にエレメンタリストの『PTを組まずに一度も攻撃を受けずレベルを20にする』と言う転職条件が満たせずラース達に勝てなくなっちまう……ここはこいつらを見捨てるしかない)
6体のブルファンガは息を荒げ獲物であるPTを睨みつけており、いつ突進してきても可笑しくない。
プレイヤー達は恐怖の余り腰が抜けてしまったのかその場に膝を付き絶望の表情を浮かべている。
才斗がそのPTから目を逸らそうとした時、その中のクレリックの女性と目が合った。合ってしまった。
その女性は綺麗な青い髪と青い瞳にをしており、その顔を悲しみと絶望に染め瞳には大量の涙を貯め何かを懇願するような視線を送ってくる。
(そんな目でオレを見るのはやめてくれ……オレはこんなとこで終わるわけにはいかないんだ……終わるわけには……終わる……わけには……)
「「「「「「ブルルルルオオオォォォォォォォォンン!」」」」」」
「「「「うああああああああああああああああああ!」」」」
ズバアアアアアン!ドパアアアン!
「この俺がこんな豚6匹相手に終わるわけないだろ?」
無色の魔法弾と赤い魔法弾がブルファンガの群れを穿った。
獲物を仕留める所を邪魔されて怒ったのか、レベル4になった2色の魔法弾の威力を脅威と感じたのか、その敵意の全てが一斉にを才斗に向く。
(やっちまったああああああああああああああああああああ・・・・)
長すぎたので2つに分けますね