少女達のサバイバル
小春乃歌羽は普通の女子高校生だ。
この語りだしで始まる高校生は絶対普通の高校生ではなく、日夜人類や世界の為に戦ってくれている異能力者だったり、魔法少女だったり、美少女セーラー戦士だったりするのがお約束なのだが小春乃歌羽の場合は本当にどこにでもいる女子高校生だ。
小さい頃から歌う事が好きで歌手になる事が夢だったが、そんな難しい夢を追うよりも将来の為にいい大学に入りなさいと両親に言われたのでその夢を断念し、現在は都内の難関大学に合格をする為に少し早い時期から勉強を始めた16才の高校2年生。
もし普通の女子高生と比べて優れた所があるとするならば、それは小さい頃から歌い続けてきたと歌唱力と澄んだ歌声、後は自分の通うマンモス都立高校で行われたミスコンで2位を獲得した事と、そのミスコンで見事一位を獲得した読者モデルをやっている親友がいると言う事だろうか。
そんなただ歌の上手くてかわいい女子高生なんて言う高校生は、神憑ったゲームの腕前で10億円を稼いだりその金で単位と出席日数を買って1日も学校に行かない引き籠りと比べたら珍しくもなんともない。
では何故そんな少女の話をするのか?
それは。
「グギャギャギャ!」
「きゃあああああああ!」
「歌羽危ない!我光弾を放つライトニングバレット!我闇弾を放つグラヴィトンバレッド!」
「グギャアアアアア!」
「あっ、ありがとう灯ちゃん!」
「こんなの当たり前よ。ほらそれより先行しすぎちゃってるあの2人の回復と支援をしましょ」
彼女もまた女神マリアにより召喚され、異世界サバイバルを強いられているプレイヤーだからだ。
「うっ、うん。はう……ごめんね私足引っ張っちゃって……」
「何言ってんの?あんたがどんくさい子ってくらい知ってるわよ。まぁそんなあんたを守るのが親友でありエリートであるあたしの使命でしょ。だからあんたは何も怖がる事はないわ」
「あはははは。灯ちゃんはかっこいいな~。あたしが男子だったら好きになっちゃってるよ」
「すっ、好きに!?歌羽あんたそういう事あたしは女だからいいけど、男に!特に一緒にPT組んでる男に言ったらだめよ!?あんたあたしと同じくらい可愛いんだから絶対面倒くさい事になるわ!」
「も~灯ちゃんは大袈裟だな~。大丈夫だよ。流石にそれくらいは私でも分かってるから」
現在歌羽は女神の塔7層の洞窟ステージにいた。
洞窟と言っても天井はかなり高く横幅も広く光がないと進めない程暗くもないので一般人が想像するような洞窟のイメージとはかけ離れている。
しかし適度に薄暗く、モンスターの鳴き声が硬い地面や岩壁に反響する様はとても不気味であり、普通の女の子である歌羽には怖いものだった。
そのせいでPTメンバーの歩くペースについていけず少し離されてしまい、たった今モンスターの襲撃を受け対応できず危ない所だったのだが、親友の灯のおかげで事無きをえた。
そしてその親友の灯は怖い思いをした歌羽に気を使い、わざと普段よりも明るく振る舞い元気を出させようとしてくれている。
そんな気持ちが嬉しかった歌羽はその気使いにあえて乗っかるが、見た目が派手なくせに実は照れ屋な若干のツンデレ属性をもつ灯は、その属性を少し濃くした様な反応をとり若干百合気味な空気をかもし出している。
とその時。
「ごめんね!オルソルさんのフォローしに行っちゃったせいで危険な目に合わせて……『あかりん』さんが『うた』さんのフォローに行くのが見えたから僕もオルソルさんの援護をしようと思って……」
「何だ俺のせいにするのかよトリス?俺は先に行って進路上のモンスターを狩って進みやすくしただけだぜ?でもごめんな歌羽ちゃん、これからは俺が君の騎士みたいにピッタリくっついて守ってやるから安心してくれよ。勿論灯ちゃんもな。もし宿屋に帰って夜怖くて寝れないようならベットの中でも守ってやるよあっははは」
進行方向から歌羽と灯のPTメンバーである、トリスとオルソルがやって来た。
トリスは歌羽達と同い年くらいの、いかにも腰の低い気の弱そうな普通の少年であり、魔法使い専用SSRアイテム『覇黒のローブ』と言う黒いローブをを着たウィザードだ。後衛の彼女達を置いて先に進んでしまった事への謝罪をおどおどしながら本当に申し訳なさそうにしている。
対してオルソルという男は剣士専用のSSRアイテム『黒刀虎徹』という黒く長い日本刀を装備してる剣士である。
一応言葉では軽い謝罪を口にしてはいるが、微塵も反省している色が見えない。それどころかそこら辺の女性と比べるとかなり容姿のいい歌羽と灯に向かって嫌らしいセクハラをしている。
見た目もくすんだ金髪に沢山ピアスをつけたチャラい見た目をしており、自分達をハンドルネームで呼ばず本名で呼んでくる慣れ慣れしい所や、その見た目や言動からセクハラと言うよりは自分の力を誇示して口説いている様にも聞こえてしまい、少女達は嫌悪感を覚える。
しかしそんな事を口にしてはPTの雰囲気が悪くなると思い、歌羽は愛想笑いでそれを躱している。しかし灯は性格上こういうタイプに下手に出る事が出来ないらしく苛立ちを不満に乗せて発言する。
「もう済んだ事だからいいわ。それよりも今日の所は終わりに帰って休まない?レベルも歌羽の『天才』とあたしたちが二重職業者のおかげでもう20レベルになって転職も出来るし、こんな異常な事があった初日で精神的にも疲れてるのよ。それにもう夜時間でこれ以上は危ないわ」
「何言ってんだ灯ちゃん。9階層に1000PT以内に到着すればあの伝説のグラトニーとスロウスが作ったクランの上級メンバーになって生活が保障されるんだぜ?それだけじゃねぇ、運がよきゃそのまま最速攻略PTの仲間入りして異世界のアイテムを持って帰れるかもしれないんだぜ?何で『セブギル』が分裂してんのかは分かんないが、こんなチャンス滅多にないんだ!それに俺達は二重職業者だ。多少モンスターが強かろうが余裕だって」
「うっ……それは……」
そう歌羽達4人は二重職業者で構成されたPTだった。
灯が召喚され立ち尽くしていた歌羽の元へ駆けつけると、すでにオルソルが自分は二重職業者だから守ってやると言い寄っており、今は強い仲間は性格がどうあれ必要だと感じPTを組んだ。
そしてフレンドに念話を送れる事に気が付いた灯は同じクランに属していたトリスに連絡をとり、このPTが完成した。
それが彼女達のあらましである。
「それとも早く帰って俺にベットで可愛がられたいのかな?ん~?」
「なっ!?何を言ってるの!?そんなわけないでしょ!」
オルソルはそんな事を言いながら邪な目線を歌羽と灯を交互に送る。
歌羽は絹の様な綺麗な黒い髪を肩で揃えていて、見た目からおっとりしてそうな愛くるしい幼い顔をしており、アイドルですと言われても普通に頷いてしまうレベルだ。しかしその愛くるしい顔とは逆にその体はとても艶かしく、かなり豊満な胸を持っている。
一方灯は、逆に少し寂しい胸周りをしているものの、モデルの様なスレンダー体系であり短いローブから見える足はとても綺麗だ。少し明るい髪を胸まで伸ばし緩いパーマを当てていて、その切れ長な目は性格も相まって強気できつい印象を与えるが、恐ろしいほど整った顔の造形をしており、可愛い系というより可愛さを持つ美人系と言った印象に塗り替えてしまう。
そんなかなり目立つ容姿をしている二人は男性からの邪な視線には慣れているのだが、オルソルの様な物の言い方をされた事は殆どなく、灯は声を荒げ、歌羽もその愛想笑いを崩している。
「じゃあ問題はないよな?安心しろよオレ達は上位10%のプレイヤーなんだぜ?見た所モンスターはかなり強化されてるが別にちゃんと連携とって戦えば問題ないだろ。なぁ?トリス!」
「えっ?はっ、はい。確かに僕たちの構成で二重職業者と言う事とレベル20と言う事を考えればステージボスに挑むとかではない限りいけるとは思いますが、これはゲームではないですし……」
「あぁ?」
「いえっ!すいません!余裕かと思いますので行きましょう!」
今の現状とこれからを的確に分析しいけると判断したが、攻撃を食らえば勿論傷を負うし、HPが0になれば本当に死ぬ異世界のサバイバルならば安全に行きたいと提案しようとしたトリスだったがオルソルに凄まれその意見を180度変えてしまう。
灯はMGO時代から知っているトリスの気の弱さに溜息をつき、最大限の嫌味を込めて発言する。
「その上位プレイヤーさんが連携出来ないから歌羽が危ない目にあったんだけど?そんな人が10%に入るとかあたしが知らないだけで結構ぬるいゲームだったのね。あぁCM効果で人数が倍になったからこんなのでも上位プレイヤー気取り出来るのかしら?」
「あぁ?なんて言ったてめぇ?殺されてぇのか?お?」
「灯ちゃんいいって!私頑張ります!皆さんの足を引っ張らない様に努力しますので進みましょう!オルソルさんが守ってくれますもんね」
「歌羽……」
「流石オレのお気に入りの歌羽ちゃんだ!腰の抜けのお友達とは一味違うなあっははは」
物怖じせず真実を嫌味を込めて言った灯と、図星を突かれてブチ切れるオルソルが衝突すると、歌羽はこのままではまずいと思い、私は平気だからと言う意味を込めたウインクをこっそりしながら進む事に賛成する。
オルソルはその歌羽の豊満な胸をこれでもかと言う程下心を込めた目で見ると満足そうにそう言って先に歩き出す。
自分を腰抜け呼ばわりされた灯がまたオルソルに突っかからなかったのは、自分が馬鹿にされた事に自分より更に激しい怒りを込めた目を親友がしてくれているからだろう。
歌羽のおかげで少し冷静になれた灯は未だに少し震えている親友の暖かで柔らかい手をギュッと握る。
「あっ、灯ちゃん!?」
「あんただけは絶対にあたしが守るわ」
「灯ちゃん……」
そんなやり取りを小声でした2人は少し見つめ合うと、笑顔で歩き出した。
美少女2人の美しい友情を見たトリスは微笑ましい気持ちになり、気弱な自分だがこの世界ではこんな自分を変えたいと思ったのか少女達をいつでも助けれる位置に移動し歩く。
3人が少しでも笑顔になれたのはいい事である。
「「「グッギギギギャアアア!」」」
これから先には絶望しか待っていないのだから。
「くっ、くそ!ダークゴブリンだと!?なんでそんのが7階層にいるんだよ!?」
「知らないわよ!我光弾を放つライトニングバレット!」
「あり得ない!こいつら50階層のモンスターですよ!?くっ、我風弾を放つウインドバレット!」
そこには悪魔が創造した黒いゴブリン3体がいた。
歌羽達はあれから1時間程歩きもうすぐ次の階層にいけるポータルがある7階層の最奥まで来たのだが、違和感を覚えていた。
モンスターと殆ど遭遇しなかったからだ。
それをラッキーだと4人は考えていたのだがそれは甘かった。
モンスター達は怯えていたのだ。この黒いモンスター達に。
本来ならダークゴブリンは50階層の雑魚モンスターなのだが、7階層のモンスターからしたらそれは自分達より遥かな上位の存在が現れた事に他ならない。
しかもそのモンスターは明らかに精錬された動きと連携を見せプレイヤーを襲っているのだ。
こんな事はシステムと言う名の常識を持つモンスター達にしてみれば想像もしなかったイレギュラーの中のイレギュラーであり、自分達に存在した生き物の本能が身を隠す事を選んだのだろう。
「はっ!何が起きてるか知らないが50層のモンスターでも雑魚は雑魚!ピンチどころが経験値もバベルもうまいってもんだぜ!ヘヴィースラッシュ!クイックステップ!スラッシュビート!」
「グギャグギャアアア」
オルソルはそう言って灯とトリスの魔法を食らい弱っていたダークゴブリンに強烈な1撃を放つ。
かなり強烈な一撃だったが、上層のモンスターの為生き残ってしまう。
その隙をねらった2体のダークゴブリンが襲い掛かってくるが、それを回避系のスキルで何とか避け、凄い速さの6連剣撃を叩き込む。
オルソルはウォーリアーとアーチャーの二重職業者であり、ウォーリアーの威力の高い剣スキルでSSRアイテムの黒刀虎徹を振るい、アーチャーの優秀な回避スキルで避けるチート剣士だ。
そのうえ動きも上位プレイヤーと言うだけあり、すべてクリティカルポイントの首より上を正確に切り裂いている。勿論他の者にしてもそれは同じであり遠くから各属性の魔法の砲弾を狙いすましたかの様に放ち、その顔面を弾いている。
その結果20分の死闘を経て3体のダークゴブリンを倒す事ができた。
レベルも歌羽の『天才』のおかげで3つ上がり、受けたダメージも失ったMPも全回復する。
「はぁ……はぁ……怖かった……もうダメかと思っちゃったよ……でもみんな無事でよかったよ……それにしても何で上の階層のモンスターがここにいるの?」
「わかりません……流石にこんな異常なリメイクするはずがありませんし、何かのバグ?いや女神が与えた試練ですかね?」
「それはあり得るどころかそれしかないわね。そう考えるとここから先もダークゴブリンやもっと強いモンスターが出ると考えて間違いなさそうだし帰還石もない、ここは一旦出直した方がよさそうね。いいわよね?オルソルさん」
「当たり前だくっそ!なんだって言うんだまったく!」
何とか生き残った歌羽達は始めた感じた死の危険とそれを乗り切った安堵で地面に座り込む。
全てを回復出来るレベルアップも精神的疲労までは回復出来ないらしい。
各々がこの異常事態についての疑問を口にする中、事態を重く見た灯は撤退を進言すると、流石に今回は撤退せざるを得ないと感じたのかオルソルも怒りを露にしながら賛成する。
しかし結果的に撤退はしなかった。
「「ブヒブフギギギギガアアアアア!」」
2体の巨大な黒いオークがその撤退を許さなかったのだ。
「「「「……え?」」」」
歌羽達は何が起きているのか分からず頭が真っ白なる。
しかし2体の巨大な黒いオークは醜悪な顔を更に醜悪に歪めると、その巨体にしか持つ事を許されない巨大なこん棒で歌羽達に殴りかかった。
「きゃああああああああああああ!」
一番先に動いたのは灯だった。
灯は歌羽と同じクレリックとウィザードの二重職業者であり、ウィザードの短い距離をテレポートできる回避スキル『ブリング』を使って悲鳴をあげる事しか出来なかった歌羽を抱えてその攻撃を回避する。一瞬遅れてオルソルとトリスも回避スキルを使い何とか避けた。
巨大な黒いオークの振り下ろされたこん棒は、その途方もない運動エネルギーを地面に叩きつけられると、その力を開放しドゴオオオンという轟音と共に地面をえぐる。
「うあああああああああああああ!ヘヴィースラッシュ!」
「ブギイイイイイイイイ!」
「なっ!?こん棒で『ブロッキング』だと?それはウォーリアのスキルじゃ?やばい回避が間にあわっ!うがああああ!」
叫び声と共にオルソルが片方のオークに突撃し、自分の最大威力の剣技で斬りかかるが、それを本来プレイヤーしか使う事の出来ないスキルを使われその剣撃を何事もなく弾かれると、あまりの事に動きと思考を止めてしまい、結果その攻撃をまともに食らいピンポン玉のように吹き飛ばされ壁に激突すると気絶してしまう。
「やばい逃げるわよ歌羽!」
「うっ、うん!」
その光景を見てやばいと思ったのか灯は歌羽の手を引っ張り逃げようとする。
だが。
『グギャアブファアアアアアアア!』
「「ヒッ!」」
そんな事は狩る側となったモンスターが許してくれない。
大型モンスターが持つスキル『ハウル』により歌羽達は恐慌状態になり腰を抜かして膝をついてしまう。
そしてゆっくりと動けなくなった歌羽達に近寄ると、醜悪な笑みを浮かべその必殺の威力があるこん棒を振り下ろす。
しかしそれは歌羽達には当たらなかった。
「ガハッ!」
「トリスッ!?トリス!」
「いやあああああああああああああああああああ」
寸前でブリンクして瞬間移動してきたトリスが、歌羽達を突き飛ばしたからだ。
歌羽達を助ける事を優先したトリスは回避が間に合わずその必殺とも言える攻撃を背中に受ける事になり、背中をえぐられ大量の血をまき散らした。
トリスのHPバーはその全てを失い0になる。
そしてサラサラと光の残滓へと姿を変えていってしまう。
「巡を……妹をどうかお願いします……君達は生きてくだ……」
サラサラサラサラ
「トリス!?嘘でしょ!?いやあああああああああああ!」
「トリスさん!トリスさん!そうだ!我癒しを望むヒール!何で!何でよ!」
トリスはそんな言葉を精一杯の誠意を込めた背顔で言うとその存在を光の残滓に変える。
命を助けてもらった少女達はその光の残滓に向かって叫び続けるが、その叫びがトリスに届くわけでも、そのヒールで蘇生すると言った奇跡が起こるわけでもない。
事実は2つだけ。
トリスは死んだ。
そしてそのトリスによって生かされた少女達にも死が迫っている。
「「きゃああああああああああああ!」」
巨大な黒い2体のオークはトリスを殺しただけでは満足出来ず、悲鳴をあげる少女達に向けてこん棒を振り下ろす。
振り下ろされたこん棒はドゴーンという轟音をあげ地面をえぐりトリス以外の2種類の血を染み込ませる。
2体のオークの血を。
「オークってのは女は殺さず犯すもんだと相場が決まってるんだがな」
何が起きたのか分からないオークの背後で声が聞こえる。
その声はこの場の絶望と言う空気を一切読まない事を喋っていた。
そしてその声の主の腕には、たった今死と言う運命を捻じ曲げられた少女達が抱かれている。
「「……ほえ?」」
少女達は迫り死の瞬間を目を閉じていて何も分からない。
そして目を開けた今も正しく全てを理解できてはいない。
ただ何となく分かった事がある
「さぁ豚共、ゲームを始めようぜ」
この長すぎる黒い髪をし、世界も女神も絶望すら舐めた様な目をした男が全てを何とかしてくれるのだと。
ついにヒロイン登場
次回は久しぶりの才斗のバトルです