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杖の価値は?

 杖。


 それは魔法使いの唯一の武器。

 別にその杖で敵を撲殺するわけではない。

 杖を構え魔法を唱えると火だったり水だったりが出る。

 それが共通の認識だろう


 しかしゲーマー目線からみた杖は少し違う。


 まず装備する杖で攻撃力が上がる。

 魔法を使うのは杖ではなく自分なのに何故杖で攻撃力が変わるのか?と思った事のある人もいだろうが、そこはきっと魔力の伝導効率とか特殊能力とかそういうファンタジー的な理由があるのだろう。


 そしてもう1つ。

 ゲームでは杖を装備しないとスキルが発動出来ない。


 これに関しても疑問だが大体のゲームではそれがレベルをカンストした大魔法使いでもメイン武器に杖を装備しないとスキルが発動出来ない。少なくてもMGOの時はそうだったのでMBOでも同じだろう。

 ちなみに剣や斧や盾等は装備する事すら出来ない。

 なので杖と言う物は魔法使いを魔法使い足らしめている武器であり、命と等価と言ってもいい。




「あの~……これで勘弁してもらえませんか?」



 なのでこんな風に易々と差し出していい物ではないのだ。


「兄ちゃん正気か!?いやまぁその始まりの杖を売れば1万の価値はあるし金が足りない客には物で支払ってもいい規約があるからいいんだがよ。いいのか?兄ちゃん魔法使いで冒険者なんだろ?ないと困るんじゃないか?そんなあっさり渡しちまって……」


「正気正気!酔いもさめてきたしな。まぁさそりゃ凡人は困るけかもしれないけど、俺は天才だぜ?なんとでもなるさ!つかなったし?」


「お、おう……そうなのか?俺は別に構わないけど……杖は魔法使いの命なんだろ?代わりの杖があるようにも見えないし……それをお前そんな簡単に」


「杖は魔法使いの命?あっははは!大袈裟だなおっさんは!そりゃ確かにしゃべる杖とか、女の子が変身した杖とかなら泣きつくんだろうけどさ。こんなもんあの素晴らしい料理や酒に比べたら神PSのオレには『ハイキングに行った時に小学生がやる誰が一番強そうな枝見つけられるか?』で1位とれそうな枝にしか思わないってだから気にせずに持っててくれ」


「枝っ!?」


 魔法使いの命とも呼べる杖を枝呼ばわりした才斗に酒場の店主も驚愕する。

 才斗は多少酔いは残っているものの正常な思考能力がある。自分に酔っているのはいつもの事なのでこの際触れる必要はないだろう。


 確かにMBOではメイン武器に杖を装備しないとウィザード系列の職業はスキルを使えないのだが、そんなものバグ魔法を習得し女神の使徒にまでなった才斗には関係ない。

 現に杖を放り投げポケットに手を入れて魔法を使えたし、その時に始まりの杖を本当に捨てますか?と言うウザいウインドウが実は出ていたので杖が無くてもこれから魔法を使う事は可能だろう。

 上昇する攻撃力に関しても始まりの杖は上昇値が0であり何も問題ない。

 むしろ杖を売らないで自分の経歴に無銭飲食という罪が残る方が嫌だった。


(マジ危なかったあああ!でもアレは仕方ないだろ。見た目から食欲をそそる色鮮やかな盛り付け。鼻孔をくすぐる香ばしい匂い。口に入れ咀嚼した瞬間に広がり爆発する味の世界。そしてそんな中飲むキンキンに冷えた酒は味の次元をさらに高めもはや官能の領域へと昇華させる。そんな味の異世界召喚や~な事されたら流石の神PSな俺も味覚のメルトダウンするってもんやで~)


『ちょっと!あんた何してんのよ!?』


 そんなグルメリポーターみたいな事を考えながら酒場の店主に杖を渡そうとすると才斗の頭に、少し前に聞いた性格のせいで色々と台無しな女神マリアの声が響く。


『何って見れば分かるだろ?泣く泣く杖を売ってんだよ』


『女神からの初めての念話にノータイムでマジレス!?こういう時はえっ?なんであの美しく神聖なマリア様の声が頭に?みたいなリアクションくらいしなさいよ!?ていうか何であたしの使徒になった途端あんたは問題を起こすのよ!?見てみなさいよ?おっさんが信じられないみたいな顔してるじゃない!それに周りの召喚者もあいつ杖売ってるぞ?ってざわついてるじゃないの!?あたし言ったわよね?騒ぎをおこすなって!』


『何言ってんだ大袈裟だな。確かにちょっと騒ぎにはなってるけどこんなもん酒場で主人公に絡むお約束に比べたら可愛いもんだろ?それに杖なんかなくてもオレが魔法使えるの知ってんだろ?』


 マリアは才斗に使徒になってこの世界に起こるであろう問題を解決させようとしたのに、逆に率先して問題を起こす行動にかなりご立腹な様子である。


 才斗はと言えばこんな事くらいで何を言ってるんだ?と全く意にも介していないようだ。


『そういう事を言ってるんじゃないの!もし杖を持っていないあんたが魔法を使ってるのを見たらみんなどう思う?それどころか杖の無い魔法使いが1人で女神の塔に入っていくのを他の人が見たらどう思う?そしてもし話が大きくなって『杖がなくても魔法が使えるバグ』を使いこなす奴がいるってなったら?そんな奴を仮にも使徒の末席に分かって加えたなんて事ゼウス先生にばれたらあたしが滅茶滅茶怒られるわ!見られなければいいなんて通らないわよ?』


『お前そんなん滅茶滅茶だろ!?一々そんな噂話を気にして動かないといけないのかよ?大体オレには已むに已まれぬ事情がだな・・・』


『ただ我を忘れて飲み食いしてただけじゃない!?見てたわよ?かなり幸せそうだったわよね!?それにただ根も葉もない噂なら言い訳が出来るけど、今のあんたの場合他の人に言質取られちゃってるからゼウス先生にも言い訳出来ないわ』


 酒場の店主が急に脂汗を書きながらどんどん顔を青くしていく才斗を怪訝そうに見ながら杖を受け取ろうと手を伸ばすが、その杖が才斗によって硬く握られている事に気が付き表情に疑問を浮かべる


『ははははっ・・・まさかこのまま杖を渡して魔法を使ったら天国送りにするとかじゃないよな?』

『勿論するわよ?普通に。怒られるの嫌だもん。それが嫌なら何とかしなさい!女神命令よ!』


「…………………」

「おい兄ちゃん手を放してくれないと杖が」

「うわああああ!オレはなんて事をしてしまったんだあああ!」

「どっ、どうしたんだ急に?」


 その杖を無理矢理抱え込んで急に叫びだした才斗に店主はドン引きする。


「この杖を失ったらオレはもうおしまいだあああ!」

「えっ!?さっき天才だからなんとでもなるとか言って……」

「この杖は実は母の形見で何より大事なオレの命の様な物なんです!それなのにオレは……」

「嘘つけ!さっき枝扱いしてたじゃねぇか!?」

「酔ってたんです!あれ?ここはどこ僕は一体何を?」

「記憶喪失の振りをすんな!あんた酔いは冷めたとか正気とか言ってだろ!?」


 かなりオーバーな演技をしながら無茶苦茶を事を叫ぶ才斗と、それに負けじと声を大きくし的確にツッコミを入れる店主のやり取りは酒場の客の気を引いてしまった様で人だかりを作る。

 そしてその騒ぎはギルドの方まで届いた様でなんだなんだ?と更なる野次馬を呼んでしまい。


『まずいわ!どんどん大事になってるじゃない!こうなったら……こほん。楠才斗様。短い人生でしたが何か言い残す事はございますか?』

『待て待てえええ!諦めるな!嫌だあああ!たった一度の無銭飲食で死にたくないいい!』

『大丈夫よ。退屈だけど天国もいいとこよ?最近では囲碁や盆栽なんて娯楽も認められたし結構若くして死んだ人の事も考慮されてるし』

『どこが若者!?年寄りの暮らし方じゃねぇか!せめてチェスとかトランプをおおおお!』


 もうすぐ夜時間と言う事もあり食事に戻ってきたプレイヤー達が酒場に集まってきた事どんどん騒ぎが大きくなり昼間の二重契約者ダブルくらいの人が集まってしまう。

 そしてそんな中、無銭飲食が原因でマリアに天国に送られようとしている才斗は何とか許してもらおうと『妻が・・・お腹に子供がいる妻が10人いるんです』と滅茶苦茶な事を叫び続け『嘘つけ!』と店主どころか集まったプレイヤー達にまでつっこまれていると。


「あの~どうかなさったんですか?」


 青い髪と瞳をしたクレリックの少女がそんな才斗に声をかけた。

 その少女は先刻女神の塔の2階層で6体のブルファンガにその命を仲間と共に散らされようとしていた時に、颯爽と現れた才斗が信じられない動きでその全てを撃破した事により生き残った少女であった。

 ちなみにその後才斗は「たかが猪相手に何ラスボスと戦ったみたいな空気だしてんだオレえええ!」と恥ずかしくなりその場を走り去ってしまったのだが。


「おおおお!あんたはあの時の命の恩人の兄ちゃんじゃないか!」

「ほんとだ!いやー本当に助かったよ!あの時はもうダメかと……」

「本当それな!お礼をしようとしたんだが走って言っちまったから困ってたんだよ」

「あのそれでですね。何かお困りな用なのであの時のささやかなお礼を出来たらと思いまして」


 よく見るとその仲間達も一緒の様で全員が才斗への感謝の気持ちを口にし、今の才斗の現状を見て恩返しをしようと自分達に何か出来ないかと声をかけてくれたのだ。


『神はいた……』

『ちょっ!ここに女神がいるじゃない!?それにしてもこれはチャンスだわ!あたしの目によればあの子達いい子みたいだし、自分に出来る事なら何でもやるくらいの意気込みだわ!その気持ちに付け込んで毟れるだけ毟り取るのよ!』

『お前本当に女神か!?本当は邪神とかじゃないよな!?だがその通りだな。生憎俺もそんな事を躊躇う人間じゃない。なんならこのまま念願の童貞卒業だってできる!よし!』


 完全に女神とは思えない事を言ったマリアは才斗の最後の言葉にドン引きしているが、そんな事は才斗にしてみれば関係ない。

 彼女達は結果的に人外認定されるバグ魔法を完成させるのに一役買ってくれたのだがそんな事も世界一の嫌われ者神ゲーマー様には関係ないらしい。


「いやそれがこの酒場のおっさんに言われるがまま飲み食いしたら金が足りなくなってしまって、金がないなら魔法使いの命で償えよ!仕方ないよなぁ?だって金がないんだからよぉ?ぎゃはははは!とか言われて身ぐるみ剝がれそうになってるんだ」


「「「「なんて酷い……」」」」

「えっ!?ちょっ!」

「黙ってください!私達の命の恩人に何て事を……招致しました足りない分は私達が立て替えます」


 才斗の咄嗟の機転を利かせた『自分の失態を全部亭主のせいにしてなんの負い目もなく金を出してもらおう作戦』の効果は思った以上に強かったらしく、青髪青目の少女やその仲間達は店主をまるで鬼畜を見るような目で見るとお金を立て替えてくれる様に提案してくれた。


 事情に明るくない野次馬達も、口々にこんな美味い飯で人を陥れるなんて……とか言い出した事により完全にアウェーになった店主は悪くないのに何も言えず口をパクパクしている。


「いや~なんか悪いな。『命』を『わが身を顧ず』助けたからって、それを『何でもします』みたいに思ってここの代金を『全額』立て替えてもらうなんて」

「いえいえあなたは私達の命の恩人なんでこれくらい当たり前です!他にも何でも仰ってください!」

「えっ?今何でもって言った?じゃあお言葉に甘えちゃおうかな~!あれだよ?俺としては困ってる人を助けるなんて『当然』だと思ってるんだけどね~」

「あなたは私達を命を賭けて守ってくれたとても優しく勇敢な心の持ち主ですもんね!これからも困った事があれば私達にできる範囲であれば何でもします!」


『流石あたしの使徒!見事な洗脳ね!清々しい程のクズだわ!』

『だまってろ!』


 やけに恩着せがましく要所要所を強調する様に言った才斗に、いつの間にか足りない分を払うどころか全額払う空気になり、それどころか何故かこれからも尽くす感じになっている事に青髪青目の少女はまったく違和感を感じていない。


 そしてそんな無垢な少女はお金を払おうとしてある事に気が付く。


「申し遅れました。私はリーゼ。リーゼ・フォン・ローゼンクロイツという辺境の国で一応貴族をやってる者でございます。それでですね恩人様。あなたのお代を立て替えたいのですがこのゲームはRMT対策でプレイヤー間でのアイテムやバベルの移動は両者の同意があっても『商人』の『契約』と言うスキルが無いと出来ないようになってまして、一応酒場には『奢り』と言うシステムがありましてお代を立て替えれるんですけどもそれがフレンド限定になってまして……こんな私とフレンドなんて嫌でしょうけども……」


「あ~あの面倒くさいやつか。お陰で抜け道流石すのに色々苦労し……おっほん!フレンドなんて勿論歓迎だよ。なにせ君とは『これからも』何かと『縁』がありそうだしね」


 RMT防止の為に職人クラスの商人がいないと金品の交換ができないシステムをしっていた才斗はリーゼのおくゆかしいフレンドの誘いを下心満載で了承する。

 ちなみに辺境の国の貴族と聞かされても何故才斗が驚かないかと言われると、MGOはゲームをやらない一般層の獲得を狙って『あの芸能人やハリウッドスターや大統領とゲームができる!?』という前代未聞のあざと過ぎるCMで事前登録を倍にまで増やした事は周知の事実であり、加えて実は才斗の身近な人物にもっと大物がいる為今更どんなVIPがいたとしても驚かないのだ。


「オレの名前はカタカナで『プライド』だ」




「「「「「「「「………………え?」」」」」」」」




 才斗が自分のMBOで登録した世界最強のゲーマーである証のハンドルネームを名乗ると、今から自分の受けた恩を返せると期待に目を輝かせていたリーゼと周りの野次馬達は時を止めた。


「え……あ、あの……プライドと言うとあの?」

「オレの偽物も一時沸いた事があったけど、オレは本物だ。最強の神ゲーマーのプライドだよ」

「きゃああああああああ!犯されるううううううううう!」

「……は?」


 ガタガタと震えていたリーゼは才斗が自分の知っているプライドだと知ると、まるで街を騒がす強姦魔にでも会った様な悲鳴をあげる。

 野次馬達も目の前で世界で指名手配されている犯罪者を発見したかの様に騒ぎ始めた。


「許してください!許してください!許してください!」

「えっ!?ちょ!?」

「プライドだって!?プライドってあの最強で最凶な極悪人のプライドか!?」

「どこかで見覚えがあると思ってあけど間違いない!昔運営の生インタビューで見た時よりさらに髪が伸びてるがあの顔はプライドだ!」

「終焉邪龍事件で喜々として何人も自殺に追い込んでニュースにしたプライドだろ?」

「ちょっ!?まっ……」


「それだけじゃないプライドはああやって可愛い女プレイヤーを見つけると持ち前の腕前で無理矢理恩を売り付けてフレンドになって粘着して最終的には酷い脅迫をして強引に手籠めにするらしいぞ!?」

「それ俺も聞いた事あるぞ!?そういえばさっきお腹に子供のいる妻が10人もいるって……」

「ネトゲで起きる大事件はだいたいプライドのせいって言葉があるもんな!」

「まってくれ!それは身に覚えが……なくもないが……」

『さらに女神様に舐めた態度ばっかりとる史上最低最悪の大罪人らしいわよ!』

『お前は黙ってろ!』


「許してください!許してください!許してください!許してください!靴でも床でも舐めます!奴隷に身をやつしても構いません!ですがあなた様に貞操を捧げるのだけはどうかどうかご容赦ください!」

「どんだけ嫌なの!?君貴族なんだよね!?」


 野次馬達は戦慄しながらも才斗の常人が聞いたらドン引きするようなし悪行や悪評を口々に叫び、リーゼはモンスターに殺されかけた時よりその高貴で美しい顔を絶望に染め、命のある限り土下座をする機械になってしまっている。


「そ、そう!そうよ杖!こっ、この杖はこの世界に来た時にもらったSSRアイテムの『レストレーションスタッフ』でございます!こっ、これでどうかご勘弁ください!そっそれではあああああ!」

「おいっ、まっ……」

『流石クズノキ才斗様……彼女のバベルや貞操ではなく、この世界で生きていく術を毟り取るなんて……まさに悪魔、いえ魔王ね……流石のあたしも驚いたわ……』

『頼むからオレを昔のあだ名で呼ぶのはやめてくれ・・・』


 泣きながら自分のチートをあっさりと捨て風の如く走り去るリーゼを、茫然とした顔で見送る才斗はマリアの念話に力なくそう答えると、投げ捨てられたチートアイテムに哀れみの視線を向ける。


 杖。


 それは魔法使いの唯一の武器。そして魔法使いの命とも呼べる物。

 しかしそれは才斗に乙女の貞操を捧げる事に比べると迷わず捨てれる程度の価値らしい。



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