学園守護者
―――この出会いは偶然か、それとも必然なのか。
この世には「異能力者」と呼ばれる、普通の人には持ち得ない力を持つ人間が存在する。
「異能」それは、人間の力ではできないようなことをする特別な力。
現代科学でもいまだに解明できていない―――すなわち、未知なる力。
「異能力」の扱いは難しく、故に子供の場合では制御できないこともある。
そんな子供の異能力者を集め、教育する学校があった。
「デュナミス学園」
周囲一体が緑に囲まれた、広大な敷地を持つ全寮制の巨大な学園。言い換えると、世間から隔離された一種の鳥かごともいえる学園である。
これは、デュナミス学園に通う6人の少年少女たちが繰り広げた様々な出来事を記録したものである。
さて、どうでもいい前置きはこの辺にしておこう。
現在書き記しているのは、新しく学園守護者に選ばれた6人の少年少女たちの記録だ。
彼らが「学園守護者」に指名されてから、正式に任命されるまで、まぁいろいろあったけれども、それはまた別の機会に。
一応「学園守護者」とは何か、簡潔に記そう。
不定期に、そして無造作に、突如として学園長により6人の生徒たちが指名され、何らかの試験を受けた後、正式に任命される。一般的に噛み砕くと、特進クラスのようなものか。いや違うかもしれない。まぁ、そんなことはどうでもいい。
今回書き記すのは、彼ら6人の対面式と適性試験の出来事だ。
これらの出来事だけでは、彼らのことをすべて書き記すことはできない。
それだけ、今回の選抜は異常だった、といえるかもしれない。
まぁ、学園長の考えていることは、生徒会長ですら把握できていないのだから。
思考したところで時間の無駄だ。そんなことよえい、今は言われた通り、彼らの経過を観察するだけだ。
【コードネームDが記す】
*************
0.5幕:対面式
両開きの扉の前に、少年少女が立ち尽くしていた。
特別会議室――これからそこで、学園守護者の対面式があるという。
学園守護者に任命されるのは6人。
扉を前にして、6人は緊張のためか、気軽に話せる空気ではないためか、皆口を閉ざしている。
なんともいえない気まずい沈黙に支配されそうになった刹那、扉の向こう側から重々しい声が響いた。
「全員そろったようじゃな。中に入りなさい」
学園長の声である。
全員で顔を見合わせ、代表で最も扉に近かった黒髪の少年が扉を開け、中へと入る。
窓を背にして、学園長が机に座っていた。
6人は半円を描くように並んで、学園長と向かい合った。
「ふむ。よくきた学園守護者候補生よ。まぁ、堅苦しいことは後にして、まずは1人1人自己紹介しなさい」
学園長の言葉に、6人は初めて冷静にお互いを見合った。
個人個人で言いたいことはあるだろうが、今は学園長の御前、騒がしくするべきではない。
時計回りで、ということになり、学園長の左隣にいた友里花から自己紹介が始まった。
明るい茶色がかった黒い瞳に、長い黒髪を2つに結わえた少女。
「えっと、初めまして。B組、燃焼系統クラスの福田 友里花です。よろしくお願いします!」
緊張のためか、幾分上擦った声で友里花が言った。
つづいて。
漆黒の瞳に、同じくらい黒いセミロングの髪の少女。
「F組、電磁系統クラス。山本 和実です。よろしくお願いします」
抑揚のない淡々とした声音で和実が言った。
次に。
灰色に近い黒の瞳にメガネをかけ、首にヘッドフォンを身に着けた、一見すると少年と見間違えそうな短い黒髪の少女。
「C組! クラスは氷水系統! 川里 美希奈だ! よろしくっ!」
明るく元気よく美希奈も言った。
そして。
緑がかった黒い瞳に、黒髪の少年。
「A組、気流系統クラス。西猿寺 若那だ。よろしく」
生真面目な優等生的雰囲気を漂わせながら西猿寺が言った。
幾分間をおいて。
明るい茶色の髪に、紫がかった黒い瞳、両耳にピアスをつけた少年。
「……E組、操作系統クラス。三刀 昶。……よろしく」
不機嫌なのか、照れ隠しか、ぶっきらぼうに三刀が言い放った。
最後に。
深い海のような青い瞳に、雪のように真っ白な白髪の少年。
「D組、特殊系統クラス。綾織 真です。よろしく」
穏やかな笑みを浮かべて真が言った。
こうして、全員の自己紹介が終わった。
友好的でも和やかな雰囲気でもないけれども、今ここに、学園守護者の少年少女それぞれ3名ずつが集ったのだった。
お互いの紹介が終わり、6人は改めて学園長に向き直った。
学園長は一人一人の顔を見渡して、言い聞かせるように告げる。
「さて、自己紹介も終わったところで、諸君。君たちは『学園守護者』に選ばれた。今後の行動は、自分の立場をよーく忘れぬよう気をつけなさい。仮にも『学園守護者』ともあろう者が、問題を起こしては面目が丸つぶれになるからな」
『はい』
声をそろえて、6人は頷く。
「うむ、よろしい。『学園守護者』選ばれた君たちには、専用の宿舎が与えられる。今後、そこへ引っ越すように」
「え!? 嘘ぉ!?」
声を上げたのは美希奈だ。
「それって、寮でないとダメってことですか!? 嫌だよ!」
感情のままに抗議の声をあげる美希奈。
あろうことか、学園長に抗議をしている彼女を見て、三刀と真は驚いた視線を向ける。
だが、声には出していないが、寮生である友里花や和実、西猿寺も同じ心境であった。
それぞれ、親しいルームメイトと離れるには抵抗があった。
「しかしな、何かあった場合『学園守護者』は一緒にいたほうが動きやすいのだが……」
困惑して言う学園長に、尚も美希奈は言いつのる。
「だったら、どーしてもって時は、絶対そこに集まるから!
仕事ん時とか、任務ん時とかはそこに泊まっても、会議でも何でもいいからっ!!
だから、普段は、普通の時は、寮でもいいだろ? 頼むっ!! いや、お願いしますっ!」
懇願する美希奈の熱意に、根負けしたのか、諦めたのか、学園長は仕方ないとばかりに答えた。
「致し方ない。君の熱意に応じて、例外を認めてあげよう。しかし、その分しっかり己の仕事を果たしなさい」
「やったー!! サンキュー!!」
「……口を慎め」
「……でもよかったぁ~」
飛び上がらんばかりに、喜ぶ美希奈に、和実が小さく注意し、友里花は安堵の息をもらした。
学園長にどうどうと意見を言える美希奈は尊敬ものだ。
単に学園長の人柄の良さもあるが。
「では、明日から君たちには、普通の授業の他に『学園守護者』の訓練も受けて貰う。君たちの訓練および、監督をしてもらうのは『学園騎士』の3人だ」
「……学園ナイトって何?」
友里花の呟きに、学園長は穏やかな笑みで答えた。
「詳しい説明は、明日、本人たちからあるだろう。彼らに、宿舎への案内や『学園守護者』のいろはを教えてもらいなさい。それから、今後わからないこととかも、全て彼らに聞きなさい」
『はい』
「うむ、では、以上で今日の対面式は終わりとしよう。これから、期待しているよ。新学園守護者の諸君」
質疑応答の隙を与えない学園長の笑顔に見送られて、6人は特別会議室を後にしたのだった。
それぞれ心のうちに多少のわだかまりを抱きながらも。
********************
[chapter:幕間]
生徒が退出した後の特別会議室。
学園長は、部屋の窓のそばに立ち、外を見下ろしていた。
不意に扉の開く音が聞こえ、足音が近づいてくる。
だが、学園長は振り向かず、侵入者に背を向けたまま沈黙していた。
その背に声がかけられる。
「……学園長。何故彼らを選んだのですか」
淡々とした口調だったが、言葉の端々に非難するような響きが少しばかり含まれていた。
「……何か、不満でもあるのかね一ノ宮くん」
一ノ宮莉子――生徒会長は、眼鏡の奥の鋭い眼差しを、学園長の背に向けて答える。
「西猿寺若那は良いとして、残りの5人より優秀な生徒は、この学園に他にもいるはずです」
「彼らは、優秀ではないと?」
「……はい。川里美希奈は、異能のコントロールに未熟な点が多いです。現に、実技の授業において、毎回学園に大洪水を引き起こすという問題児です。
また、三刀昶は、今までまともに授業に出たことがありません。彼の異能を見たことがある生徒はほとんどおらず、彼が本当に異能力者なのか、という噂もあるほどです。
綾織真ですが、彼は特殊な異能の持ち主です。あの『容姿』が問題となり、あまりクラスの者とも親しくはないと聞いております。
それと、福田友里花ですが、彼女の異能はいたって普通。一般の生徒と大差ないかと思われます。
山本和実は、技能レベルにおいては、卓越していますが、普段のやる気がないというのか、どうも、全ての授業に対して手を抜いているように思われます」
学園長の意思を変えるなら“今”とばかりに、
だが、口調はいたって冷静に生徒会長は語った。
「……ふむ。それで?」
学園長は振り向かない。
だから、一ノ宮からその表情はわからなかった。
「ですから、今回の『学園守護者』の選抜はいかがなものかと、生徒会長として意義を申し上げます」
学園長が沈黙する。
生徒会長も黙って返答を待ち続ける
わからないのだ。
『学園守護者』に彼らが選ばれた理由が。
今回の『学園守護者』の選抜はおかしい。
今までは、学園の生徒において、異能力が優秀な生徒が常に選ばれてきた。
しかし、今回は違う。
問題児、平凡、やる気のない者たちが選ばれたのだ。
これを不審に思わずにいられようか。
『学園守護者』は、学園を守るために存在する者。
そんな重い任を、あんな彼らに任せていいはずがない。
「例えば」
不意に学園長が口を開いた。
己の思考の渦に没頭していた生徒会長はハッと我に返る。
「例えば、一ノ宮くん。君が何者からか追われているとしよう」
「は?」
「君が何者かに追われていて、その追っ手が学園にまでやってくる。追っ手の狙いは君だが、君は『学園守護者』ではない。一般の生徒である君は、他の大勢の生徒と逃げるわけだが、そのせいで君一人のために、大勢の生徒が傷つく恐れがある。君の追っ手を追い払う役目は『学園守護者』だから、君は何もできない。けれども、その追っ手は君の追っ手なのだよ」
「……何がおっしゃりたいのですか?」
学園長は依然として振り向かない。
学園長の言わんとしていることが、一ノ宮にはわからなかった。
「君が逃げまわることで、他の生徒に被害が及ぶのなら、君が逃げなければいい。君自身で何とかすればいいのだよ」
「……彼らを囮にして、学園の敵を追い払わせる、ということですか?」
「違うよ。彼らは、彼らの意思をもって、学園のために働くのだよ。彼らは、彼ら自身の敵と向き合うことで、成長していくことにもなる。これは、彼らのためであり、学園のためでもあるんだよ」
「……」
「大丈夫さ。初めの頃は心配かもしれないが、彼らをフォローする『学園騎士』だっているのだからね。『学園騎士』の“彼”がいるから、大抵のことは問題ないだろう。“彼”が手に負えない事態が起きるということは――それは、戦争を意味するのだから」
さぁ、これで話は終わりだ、とばかりに学園長はゆっくりと振り向いた。
生徒会長は悟った。
自分がなんと言おうと、学園長の意思が変わることはないのだと。
『学園守護者』は、あの6人で決定なのだと。
「……わかりました」
何を言っても変わらないのなら、もはや自分がここにいる意味はない。
一ノ宮は、学園長へ礼をすると踵を返して、退出していった。
だから、生徒会長には聞こえなかった。
「――『己の敵は、己自身の手で倒せ』ということだよ」
学園長の小さな呟きを――
*******************
[chapter:0.5幕:適性試験]
対面式のあった次の日の放課後。
美希奈たち6人は、学園内にある無数の庭園のひとつに集まっていた。
何故かというと、謎の手紙によって呼び出されたからである。
学園守護者6人の下駄箱に、
『今日放課後、第二庭園集合』
内容それだけ、差出人不明の紙、が入れられていたのである。
「ったく、一体誰だよオレたち呼び出したヤツは!!」
「……昨日、学園長が言ってた、学園騎士とやらだろう?」
「うん、うちもたぶんそうだと思う」
「話聞いとけよバカ里」
「うっせぇ」
美希奈以外、差出人の正体が薄々わかっていたようである。
なんか自分だけのけ者にされたようで悲しい。
まぁ、そんなこんなで、集まったわけだが――いっこうに差出人がこない。
つーか、紙に時間とか書いてなかったな、と美希奈は思い当たる。
「おいおい。まさかこのままずっと待たせるわけじゃねぇだろうな」
不機嫌を隠そうともしない低い声音に、美希奈は視線を向けた。
美希奈、和実、友里花、西猿寺たちからやや離れた場所にいる2人の生徒。
美希奈は、彼らの名前を思い出そうとした。
――み……なんだっけ名前? み、みか……みー……思いだせねぇっ!
ついでに、隣の白髪の名前も忘れた。
――あー……あ、あ、あや……なんだっけ? わかんねぇっ!!
「どうだろうね。まぁまぁ、気長に待ちましょう」
美希奈は思い出すのを諦めた。
「そーだぜ。まったく、みー坊は気が短いなー」
「み、みーッ……!? て、てめぇっ!? 変な呼び方すんじゃねぇっ!!」
いーじゃん。みー坊で。
つーか名前思いだせねぇだけなんだけどさ。
「いーじゃんみー坊で。呼びやすいし。ねー?」
「よくねぇよっ!! ふざけんなっ!! てめぇ……ッ!!」
「昶! ちょっ落ち着いて!!」
「黙ってろ真!!」
「いいぞ、あやー! そのまま、みー坊抑えててー!!」
おー怖っ、っと内心でおどける美希奈。
暴れる三刀を羽交い締めにする真を見て、あれ、と首をかしげた。
真がビックリしたような顔をして美希奈を見ていたのた。
どうしたのだろうかと、何に驚いているのか、わけがわからず美希奈は困惑する。
「……あや?」
真が、驚いたように小さく呟いたのが聞こえてきた。
――悪い。単純に名前思いだせねぇだけなんだって。でも、短くて呼びやすくね?
と、美希奈は内心で舌を出す。
「だからっ!! てめぇ、勝手に人の名前略してんじゃねぇよっ!!!」
三刀が怒鳴る。
もーなんでそんなにカリカリするかなー、と美希奈はあっけらかんと告げる。
「いーじゃんニックネームあったほーが親しみわくし?」
「疑問系で答えんなっ!!」
「もー。みー坊うるさいよーそんなにイライラしてるとハゲるぞー?」
「ハゲっ……って誰のせいだてめぇ――!! つーか、みー坊って呼ぶなぁっ――!! 真!! 黙ってないで、てめぇもなんか言えっ!!」
三刀の声に真がハッとしたように我に返る。
あたふたと戸惑ったような、困った笑みを浮かべていたが、美希奈を見ると、照れたように微笑んだ。
「いえ、ニックネームなんて……つけてもらったの、初めてで……なんだか……嬉しいですね」
その言葉に、美希奈はニヤニヤと笑いながら、三刀を見やった。
三刀はというと目を丸くして、マジかよ、とでも言うように真を凝視していた。
「嬉しいってさ~。みー坊も素直になれよーホントは嬉しいんだろー」
「だ、だ、だだだ誰がっ!! そんなふざけた名前で喜ぶかっ!!」
「オレたちさー仲間なんだから、なかよくしよーぜー」
軽い口調で言った美希奈の言葉に、ピクリと三刀の肩が揺れる。
「なかま……? ……冗談じゃねぇよ……てめぇ……いい加減にしやがれ」
鋭い目つきで美希奈をにらみつけながら、三刀が低く呻いた。
――やべっ……本気で怒らせちった?
ドキリとして少しだけ後ずさった美希奈の耳に、
「あらあらあら~? もう仲間割れしてるの~?」
突然見知らぬ声が響いた。
綺麗な女性の声だ、と美希奈は思った。
「おいおい、そんなんじゃ、ここから先思いやられるぞー?」
続いて聞こえた男の声。
草を踏んで近づいてくる足音。
「誰?」
6人の視線が集中する先に、2人の男女が颯爽と現れた。
「は~い♪ 貴方達が新しい学園守護者ね?」
よく通る高い声で、女性が言った。
腰まで伸びた長い亜麻色の髪に、大きな茶色の瞳。耳元には緑の丸いイヤリングがぶらさがってる。スラリとした美人だ。
なんか大人の女って感じだな、と友里花は思い、モデルみたいだな~、と美希奈は思った。
「えーと、お姉さんどちら様?」
代表して友里花が尋ねる。
「私は――」
「これは、これは可愛らしいお嬢さんだ!!」
は? と声に出さなかったが、一瞬全員があっけにとられた。
短い銀髪と青い瞳のホストみたい整った顔をした色男が友里花へと歩み寄った。
だが、その容姿よりも目を引いたのは、男が背負っていた巨大な大剣だ。
戸惑う6人の視線を受け止めながら、男は友里花の前で片膝をつくと、
「お嬢さん……よろしければ、今夜俺と食事でもどうでしょう?」
男がどこかからか赤い薔薇を取り出して、友里花に手渡した。
戸惑いながらも反射的に受け取る友里花。
「え、いや、あの……」
「あぁ、申し遅れました。俺は天貝ヒュウ(あまがい ひゅう)といいます。コードネームは【Ⅹ】。通称「天」と呼ばれています」
「はぁ……?」
「お嬢さんのお名前をお聞きしても?」
「あ、えっと、友里花です。福田友里花といいま……」
「友里花さんっ! なんていい名前だっ!! まさに、キミにピッタり――ダッグエッ」
華麗なるかかと落としが、天とかいう男に直撃した。
やったのはもちろん一緒にいた女性だ。
うつぶせに倒れた天とかいう男の頭を、ハイヒールで踏みつけながら女性が怒鳴る。
「あんたねぇ。初対面でいきなり女の子口説いてんじゃないわよっ!! え? 女見れば片っ端から口説こうとするその変態グセ、いい加減直しなさい!!」
「い、痛い痛い痛いっ!? ちょっ、やめろ美! はげる! 後ろの髪がなくなるっ!!」
「なくなって結構!! いっそツルツルはげになればいいのよっ!!」
「なっ!? ば、バカを言うなっ!! 世界中の何人の女性が、俺という存在を待っていると思ってるんだっ!? 俺みたいな、この世に滅多に存在しない美男子をおまえは、消そうというのかっ!?」
「黙りなさい。誰が美男子ですって!? あんたみたいな変態を待ってる女なんているわけないでしょうがっ!!!」
「あ、あ、ああああの、えと……」
おろおろする友里花に、女性が優しく微笑みかけた。
「あ。気にしなくていいからね。この変態は、これくらいしとかないと反省しないから」
「はぁ……?」
状況についていけず、6人が沈黙した。
――おいおい、なんなのこの変な人たち。まさか、まさかこの人たちが……オレたち呼び出したとか言う?
美希奈が若干引きながら、謎の男女の経過を見守っていると、ため息をつきながら女性が長い髪をかき上げた。
「――ふぅ。自己紹介が途中だったわね」
天とかいう男の右耳を掴みながら、女性が気を取り直したように言う。
先ほどまでの光景を、唖然としながら見ていた6人は我に返る。
「私は、美堂流牙。コードネームは【V】。「美」って呼んでね。……名前で呼んだら殺すわよ? わかった? はい、返事は?」
有無を言わさぬその口調に、美希奈には一瞬、美とかいう女性の背後にドス黒いオーラが見えた気がした。
でも、今ここで逆らったら、確実に殺されそうだ、と本能で察した。
他の5人もそれを察したらしく、素直に返事した。
『はい』
「よろしい。……で、こっちの変態は天貝ヒュウ」
「よ、よろしく」
耳を掴まれたまま、ぎこちない笑みを浮かべる天とかいう男。
あーあ。色男が台無しだな、と美希奈はそっと思った。
「……とりあえず、私達が、今日から貴方達の監督を務めます『学園騎士』です。よろしくね」
えぇー……うっそマジデ。と美希奈は口に出しかけて止めた。
ねぇねぇこんなんが学園騎士でいいの? と、他の5人を見やるが、誰も何も言わない。
「ホントは、あともう一人いるんだけど……今日はお休み」
軽い口調で肩をすくめて言った直後。
「――で、さっそくなんだけど!」
ガラリと変わった美とかいう女性の声に6人は息を飲んだ。
綺麗な笑顔を浮かべて、美が高らかに告げる。
「これから、貴方達の異能力をチェックしたいと思います」
***
「異能の……」
「チェック?」
首をかしげた6人に、美はニッコリと微笑んで告げる。
「そう! まぁ、具体的に言うと、今から貴方達には、この天と戦ってもらいます」
「え、俺?」
指名を受けた天が驚きの声を発した。
どうやら何も知らされていなかったようだ
「それは、6対1ということですか?」
西猿寺が聞いた。
「そういうことになるわね。あ、手加減とか変なこと考えなくていいからね。もう全力で、コイツ殺る気でかかっていっていいから」
「ちょっ、待て美!! 聞いてねーよ!!」
「言ってないわよ」
さらりと返す美。
謝罪も何もない、あまりにも堂々たる態度に、天は唖然とした。
「何よ。それとも、こんな子供6人、相手にできないっての? あんたそれでも学園騎士? 先輩の威厳ってヤツを見せてやんなさいよ」
「いや、それと、これとは――というか俺、女の子に手あげたくないし」
グチグチと不平を漏らす天に、美は天の耳へと顔を寄せると小声で囁く。
「……ここで、あんたがかっこいいトコ見せれば、もしかしたら彼女たちあんたに惚れるかもしれないわよー」
「いよっしゃぁ――――!! かかってこい小童共――!! この俺様が相手してやるぜぇっ――――!! ……あ。女の子には手出さないから安心してね?」
一瞬で態度を変換させた天を見ながら、美はやれやれと溜息をつく。
一応作戦通りだ。
見れば、学園守護者6名もやる気はあるようだ。
なんだか、雰囲気がピリピリしているのは気のせいか、と考えてまぁ相手するのは天だからいいか、と流した。
***
「……おいおい俺たち馬鹿にされてねぇか?」
西猿寺が頬を引きつらせながら言う。
「……子供相手だと侮ってもらっては困るな」
和実も同意するように答える。
「よっしゃ、オレがぶっ飛ばしてやろーじゃないかっ!!」
拳を握りしめ、美希奈が意気込み、
「だ、大丈夫かな……」
不安そうに友里花は呟く。
4人から少し離れたところで、2人もまた話していた。
「……あの天とかいう野郎、調子のってんじゃねぇぞ……」
三刀が低くうめいたのに対して、真が神妙な面持ちで言いよどんだ。
「……でも、昶……僕たちは――」
真の言葉に、ハッとしたように三刀の表情が強張った。
「――チッ……真。おまえはどうする?」
「僕のことより、昶のほうが重大だよ! ――彼らに、見せるつもり?」
苦しげに顔を歪める三刀。
真にはかける言葉が見つからない。
生半可な言葉では、余計に傷つけるだけだと、分かっていたから。
「――力は、使わない」
絞り出された声に、真は三刀を見る。
「昶――」
苦渋に歪む彼の表情を見ると、真は思わずにはいられなかった。
――決めたハズだ。3人で、なるって覚悟を決めたハズだ……!! だけどっ――
――どうして
どうして、僕らは、
『学園守護者』に選ばれてしまったのだろうか?
「……おまえが、そんな顔してんじゃねぇよ」
三刀の声に、真は思考の淵から呼び戻された。
「でも、昶……!」
「はーい。準備はいいかなー? あ。でも庭園で暴れたら学園長に怒られるわね……場所を変えましょうか」
美の声が響いた。
「ほら。いくぜ」
移動し始めた集団に続くよう、三刀が歩き出す。
真は一度目を閉じて、次にしっかりと前を見据えると、三刀に続いて歩き出した。
***
たどり着いたのは、こんなとこあったっけ? と6人が疑問に思うような広大な空き地。
障害物は何も無し。
だだっ広い茶色の地面が果てしなく続いていた。
未知の世界にきちゃった☆的な呆然とした表情の6人を見渡して、美が言い聞かせるように告げた。
「ここはね、『学園守護者』が訓練するために作られた練習場よ。もう存分に暴れてかまわないから。制限時間はなし。貴方達全員が、天にノックアウトされたら、貴方達の負け。貴方達のうち誰か一人でも、天に攻撃を与えることができたら、貴方達の勝ち。いいわね?」
ハッと我に返った6人は、それぞれ小さく息を吸うと心の準備を整えた。
「では、始めっ!!」
かけ声と同時に、天へと突き進む影。
「いっくぜぇぇっ!!」
美希奈が、右手に集めた水の球体を天へと投げつける。
「へぇ~水の異能、ね」
左へ跳んで、天は攻撃をかわした。追撃するように続けて、天へと水泡が飛んでくる。天は慌てた様子もなく、軽やかな身のこなしで全て避けた。
「えぇえぃっ!!」
今度は友里花が、天へと火球を放つ。
「おっと、お次は火の異能、ね」
友里花の攻撃も跳んでかわす天。
「そこっ!!」
天の行動を目にとめ、予測をつけた友里花は、当てずっぽうに攻撃する美希奈と違い、天の着地地点めがけて、初めより巨大な火球を撃ち放った。これには、天も焦るかと思いきや、当の本人は余裕の表情だった。
「おぉ~……考えたね友里花ちゃん。でも、甘いっ」
天は背中から大剣をはずすと、棒高跳びの要領で、友里花の予測した着地地点を飛び越えた。
「あっ嘘っ!?」
友里花が驚きの声をあげる。
再び美希奈の水弾が天を襲うが、ひらりひらりとまるで舞い落ちる落ち葉のように踊りながら、天は全て紙一重でかわした。
「くっそ~当たらねぇ……」
悔しがる美希奈に、和実が冷静に忠告する。
「……闇雲に攻撃するな。体力の無駄遣いだ」
「だってよぉー!」
「頭を使えよバカ里」
「あぁ?」
不敵な笑みを浮かべて、西猿寺が飛んでいく。文字通り“飛んで”だ。
「これはかわせるかっ!?」
西猿寺は、天めがけて両手を突き出す。生み出された無数の風の刃が、広範囲に降り注ぐ。
「風の異能、か……フンッ」
ニヤリと笑みを浮かべた天は、背中にある大剣の柄に手をかけた。
迫り来る刃。
天は、空中にいる西猿寺を見て不敵に微笑んだ。
「悪いけど、俺。野郎には容赦しねぇからな」
次の瞬間、天は右手で抜いた大剣を横殴りに振り抜いた。
それだけだ
たったそれだけの動作で、風の刃が霧散し、周囲には強風が吹き荒れる。
それだけではなく、同時に放たれていた真空破が、浮遊していた西猿寺を襲う。
「なっ――!?」
即座に作り上げた風の防壁共々ふっ飛ばされた。
タイミングよく受け身をとりつつ転がって、かろうじて地面への墜落はまぬがれた。
「……マジで容赦ねぇな」
転がった衝撃にできた擦り傷を見ながら、西猿寺は呟いた。
***
「くっそ……異能すら使ってねぇのにコレかよ」
西猿寺が天を横目に毒づいた。
「……まぁ、先輩だしな。普通こんなものだろう」
和実が淡々と答える。
「でもでも、全然うちらの攻撃あたんないし! ちょっとぐらい、かすったりしてもいいと思わない!?」
「あぁぁあぁぁぁっ!? オレらの何が足りないんだ!?」
美希奈の脳裏に、生徒会長との一件が蘇る。
――オレたちはまだ、ただのガキってことか?
「おーい。どうしたー? もう終わりかー?」
両手を大きくふりながら天が叫んだ。
「まだまだだっ!!」
叫び返した美希奈が、駆け出すより早く、2つの影が飛び出していった。
「へ?」
勢いをそがれた美希奈は、飛び込み態勢で固まったまま2人を見送る。
飛び出しっていったのは、三刀と真だった。
「おっ。次はキミたちか。よっしゃ! かかってこいっ!」
天が戦闘態勢にはいる。
本人も言ったとおり、男には容赦しないようだ。
「昶!」
「おう!」
三刀は、走る勢いのまま跳び蹴りを放った。
天は、すばやくかがんで蹴りをかわす。
続く二撃目を左に転がりよける。
三刀の体術をことごとくかわしていく天。
「チッ……!」
三刀が、フェイントからの蹴りを繰り出す。
天は、後方へ跳躍して攻撃を避けた。
「おい、おまえ、何で――おわっと!?」
天が何か言いかけたところへ、槍が背後から襲ってきた。
土色の槍を握っているのは真だ。
真の迎撃を天は大剣でもってはじく。
はじかれ、バランスを崩した真に、天は大剣を繰り出した。
槍がまっぶたつに斬られる。
「武器の扱いがなってないぞー?」
「くっ……!」
後ろへ転がった真が、地面に両手をつくと、土色の剣が現れた。
剣の柄を握りしめ、真は天へと斬り込んでいく。
「それは、土の異能か――? いや……」
真の剣を薙ぎ払うのと同時に、天はしゃがみこんで、繰り出された三刀の蹴りをかわす。
「――違うな。……なんだソレ?」
考えている間にも、繰り出されている三刀と真の攻撃を、天はあっさりかわしていく。
「んー……なぁ、もっかいやってみ?」
そう言うや否や、真の剣が壊される。
剣は無惨な土塊にもどっていく。
「貴方――本気だしてないですね」
真が天を見据えながら問いかける。
「まぁ、そりゃぁ……おっと、ね。何か問題でも?」
天は三刀の攻撃をかわしながら飄々と答える。
「てめぇ……! なめてんじゃねぇよっ!!」
「は?」
突如、天の声が低くなったのを理解した瞬間、三刀は吹っ飛ばされた。
「昶!」
真が駆け寄ってくる。
「――あのさ。俺が本気だして、おまえらが勝てるとでも思ってるわけ?」
天がゆっくりと2人へと近づいてきた。
***
天VS三刀・真の様子を傍観していた4人は、首をかしげていた。
「みー坊……なんで異能使わないんだろう……?」
美希奈が疑問を口に出す。
「おまえと違って、なんか策でもあるんじゃねぇの?」
西猿寺が小馬鹿にしたように言う。
「ねぇ、綾織くんのアレ。何の異能なの?」
友里花が誰にともなく問いかけた。
「わかんねー。土じゃねぇの?」
「俺もそう思うけど……なんか違う気もすんだよな」
美希奈と西猿寺が口々に答える。
「和実は、どう思う?」
友里花が話をふるが、和実は答えない。
その瞳は、目の前で繰り広げられている戦闘に向けられていた。
「和実?」
再度と呼びかけると、ようやく和実がハッとした表情で顔を向けた。
「……ん? あぁ。何だ?」
「いや、だから、綾織くんの異能について」
「……わからんな。特殊系統、と言っていたから土ではないだろう」
和実にも真の異能は、わからないようだった。
「そっかー……」
「なぁ……オレさ、さっき変なこと聞いたんだけどさ……」
美希奈が独白し始める。
「このテストが始まる前、みー坊とアヤさ、2人で話してたじゃん?」
「そうだったか?」
おまえには言ってない。
美希奈は西猿寺の言葉を無視する。
「その会話がさ、ちょっとだけ聞こえちゃったんだよな――」
美希奈は常人より数倍耳が良い。
故に、数メートル離れて小声で話をしていても、普通に聞こえてしまうのだ。
「なんて、言ってたの?」
友里花が聞く。
「断片的にしか聞こえなかったけど、みー坊が――『力は、使わない』って」
「――……なるほど」
和実が呟いた。
「え? 何!? 今のでなんか分かった!? てか、わかる要素あった!?」
友里花の驚きの声には答えず、和実は歩き始めた。
「おい、どこ行く?」
西猿寺が呼び止める。
「……決まっている。あそこだ」
和実が言ったのは、天と三刀・真が戦っている渦中だ。
「いや、今入ってくのは……」
「……私はまだ、チェックを受けてないしな?」
和実は不敵に笑うと、戦場へと向かっていった。
***
「ちっくしょっ……!!」
どれだけ攻撃しても、天には一撃も当たらない。
かすりさえもしなかった。
「いい加減にしろよー。おまえ、体術だけで俺に勝てるとでも?」
「うるせぇ」
「何で異能使わないのか、しんねぇけどさー……よっと」
背後から攻めてくる真の長刀を跳んでかわす。
「それじゃぁ、異能チェックできねぇじゃん……ほっ」
どんな攻撃も、不意打ちも余裕でかわされてしまう。
息一つ乱さず、普通に話しかけてくる天に、三刀も真も焦りを感じていた。
真は、左手で地面に触れると、短刀を創り出す。
「んーキミの異能――……もーちょっとで、なんかわかりそうなんだけどー……」
なんだっけなーと天は首をかしげる。
三刀と真は、一端天と距離をとった。
「くそっ、拉致があかねぇ」
「僕らの体力が減るだけだね」
2人は深呼吸して弾んだ息を整える。
「あーもーなんかメンドくなってきたぁー……野郎の相手してもつまんねぇー……ってわけだから、一発でかいのいっていい?」
そう言いながら、天は背負った大剣を抜くと両手で構えた。
三刀と真も抗戦態勢に入る。
「ちゃんと受け止めろよ?」
天が、獲物を狩る猟犬のような獰猛な笑みを浮かべた。
次の瞬間、天の姿が掻き消えた。
風が2人の頬を撫でる。
――やばいっ!?
2人は同時に悟った。
よけれるわけがない、と。
瞬きの間に天の大剣が目の前に迫っていた。
だが、そこまでだった。
「……?」
巨大な刃は、2人にあたる寸前で停止していた。
「な……」
三刀は左を見て、驚きに目を見開いた。
同様に真も右隣を見て、大いに驚いた。
「あ、貴女は……」
突如2人の少年の間に乱入してきた少女――和実は、大剣の先――天の顔を見て、抑揚のない声で告げた。
「……先輩。本当に紳士ですね」
***
ゆっくりとした動作で大剣をおろしつつ、天は内心で冷や汗をぬぐった。
(……あっ……ぶなー……おいおいダメじゃないか俺。危うく女の子傷つけるところだったじゃないか俺。気をつけろよな俺。危うく世界中の女の子の敵になるところだったぞ俺)
天は両手を見つめながら、自分に言い聞かせるように呟いていたが、次の瞬間思い出したように、乱入してきた少女――和実に顔を向けた。
「お嬢さん……っ!! 大丈夫ですかっ!? お怪我はありませんかっ!? あぁっ!! 俺としたことが……っ!! こんな見目麗しいお嬢さんに気がつかず、ましてや剣を向けたなど……っ!!」
一人自己嫌悪に陥る天に、和実は淡々と言った。
「いえ、全然気にしてないので。お気になさらず」
「何て最低な男なんだ俺はっ……!! お嬢さん、このお詫びと言ってはなんですが、今夜俺を一緒に食事でもどうで」
「結構です」
皆まで言わさず、和実はバッサリ切り捨てた。
「あぁっ……!! そんな冷たい貴女も素敵だっ……!! どうだろう? お近づきの印に、この薔薇を受け取ってはもらえないだ」
「いりません」
間髪入れずに再び、和実は即答した。
「クール! なんてクールなお嬢さんなんだっ……!!
なぜだろう……ますます惹かれていく俺がここにいる……っ!!」
さすがに和実も鳥肌が立ってきた。
和実は未知の生物でも見ているような視線を天へと向けた。
「すみませんが、先輩。これから作戦会議するので、ちょっとどっか遠くへ離れていただけませんか?」
「OK。わかった。貴女のようなレディの頼み事とあらば、俺はすぐにでも従いましょう」
精一杯の拒絶を込めて言った和実だが、どうやら天には通じなかったようだ。
去り際に放たれたウインクをかわして、和実は三刀と真に向き直る。
***
驚愕したまま硬直していた三刀と真は、和実が向き直るのと同時に我に返った。
「おい、てめぇっ!? なんつータイミングで出てきてんだよ!? どういうつもりだ!?」
「いや、だけど結果としては、そのおかげで僕たちは助かったんだよ昶!」
「そういう問題じゃねぇ! 俺が言いたいのは――」
「喚くな。うるさい。過ぎたことはどうでもいいだろう」
三刀の抗議を和実は遮った。
それでも尚言いつのろうとする三刀を真が制する。
とりあえず場が落ち着いたのを認めた和実は、感情の読めない表情を三刀へと向けた。
「三刀とやら。私に協力しろ」
「はぁ? てめぇ、いきなり何言いだしやがるっ……!? ざけんなっ! 誰が――」
「……異能を使いたくはないのだろう?」
「――ッ!?」
反抗の意思を見せた三刀だが、次の瞬間告げられた言葉に凍り付く。
真も同様に言葉を失った。
2人の内心の動揺をよそに、和実は淡々と言葉を紡いでいく。
「……しかし、全員が異能を使わない限り、この審査は終わらない」
一瞬で空気が張りつめたものとなる。
「――どういうことです?」
真が尋ねる。
「言葉通りの意味だ。……ルールは私達が先輩に一撃を与えるか、全員倒されるか、ということだったが、本来の目的は異能のチェックだ。誰が、どんな異能を、どれほど使いこなせているか、確認したいのだろう。だから、全員が異能を使うまで、この審査は終わらないのだよ」
「……ですが、それなら始めから普通に言えば――」
「……普通に使う異能と、闘いの中で使う異能は違う。おそらく、それを知っているのだろう」
和実の言葉に三刀が舌打ちする。
「……メンドくせぇことしやがって」
「今までの戦闘を見ていたところ、三刀。おまえは異能を使いたくはないのだろう?」
「……」
三刀は顔を背けた。
沈黙を肯定ととった和実は、言葉を続ける。
「そこで、提案だ。私がおまえの異能を、誰にも見られない状況をつくってやろう」
「は?」
「それは、どういう……?」
「残念だが、先輩に見られないと意味がないから、先輩にはバレてしまうことになるが……そこは潔く諦めてくれ。だが、私を含むその他4人に見られることはない。どうだ?」
どうだと言われても、と三刀は内心困惑していた。
「……そんなことが可能なのか?」
「可能だ。信じろ、とまでは言わないが」
「昶……」
真が三刀に視線をやる。
2人で視線を交わすと、三刀が感情のこもらない和実の瞳を見据える。
「――何故それをしようとする?」
「……ただの気まぐれだ」
そっけなく和実は答えた。
だが、思い直したように淡々と付け加えた。
「……あえて言うなら、この茶番劇をさっさと終わらせたいだけだ」
その言葉が本当かどうかは、三刀にはわからない。
真にもわからない。
もっとわからないのは――
「――どうして理由を聞かないんだ?」
三刀の心の底からの疑問に、和実がやはり淡々とした口調で答える。
「誰にでも、隠したいことが一つや二つはあるだろう? 私もある。だから、無理して聞こうとは思わない。まぁ、話してくれるのなら聞くがな」
「――わかった。てめぇに協力する」
三刀は決断した。
きっと、いつかは知られてしまうかもしれない。
だけど、今はまだ知られたくないのだ。
どうしても――
――拒絶されるのが、怖いから
でも、いつか、いつか話せるようになったら――
三刀は一度真と顔を見合わせた。
真は黙って頷いた。
「それで、どうすればいい?」
***
「ちょっと天。あんた何やってんのよ」
「え? 何って?」
きょとんとした表情で聞き返す天に、美はあきれて溜息をつく。
「あのねぇ。あんた今、あの子たちの訓練相手なのよ? わかってる?」
「わかってるよ。ちゃんとやってるだろ俺。それに「殺らない程度に加減する」って難しいんだぞー! おまえさ、俺が、そういう細かいのダメだって知ってんだろ! 何で俺に任せんだよ! こういうのは使綺にやらせろよ!」
天がふてくされたように文句を言うと、美は鬼気迫る表情で拳を握りしめた。
「言ったわよ……!」
美の肩がわなわなと震えだす。
「そしたら、あの野郎……!! 「興味ない」の一言よ!? 信じられる!? あんたの興味なんざ知るかっつーの!! これは仕事なのよ! 仕事!!」
いきり立つ美に天は妙に納得した表情で頷く。
「……あー……なんだ、アレだ。アイツらしいと言えばらしいんが…………そんな理由で仕事放棄できんなら、俺だってしてえぇ――!!」
「させるかぁ――!!」
華麗なる回し蹴りが見事に天にヒットした。
為す術もなく天は吹っ飛ばされた。
「あんたにゃ絶対仕事サボらせないから」
威圧感10倍増しで美は天を見下ろしながら言い放つ。
正直に言おう。
怖い。
「先輩。準備できましたので、再開しましょう」
いつの間にかすぐそばまで来ていた和実の声で、天が元気よく起きあがった。
「よっしゃ! 待ってました!」
「ちょっと!? 戦闘は私がいないとこでやってちょうだいっ!!」
非難とばかりに、美は天から離れた。
天は屈伸をしながら、和実に問いかけた。
「それで、作戦会議とやらは、大丈夫なのかい?」
「はい。問題ありません」
「そっか。じゃ、再開すっか!」
天が満面の笑みを浮かべて言い放ち、再び審査が始まった。
***
天と和実はお互い数十メートルの距離を保ったまま対峙していた。
彼のポリシーからして、攻撃してくることはないのだろう。
ならば、こちらから攻めるのみ。
和実は、黒い特殊繊維製の手袋をはめた右手を天と向ける。
「一回しかやりませんので、よく見ていてください」
「え」
天が瞬きするかしないかの間に、その細腕から莫大な威力を秘めた雷撃が放たれた。
少し遅れて轟音が響き渡る。
そう、まるで落雷が落ちたときのような轟きが。
舞い上がる土煙が視界を大地の色に染め上げた。
しかし、それは一瞬のことで、次の瞬間土煙は渦巻く強風に霧散する。
「――ッ……危なっ!? いや、マジで、今のめっさヤバス!!」
大剣を構えた天の姿が露わになった。
「さすが先輩。無傷ですね」
言葉の割には、まったく感情がこもっていない声で和実は言った。
「私の異能、わかりましたね? では、選手交代です」
「は?」
困惑する天に背を向けスタスタと歩き出す和実。
「えっと……何この流れ?」
「次は僕がお相手します!」
そう言って現れたのは真だ。
「あ、うん。どうぞ」
展開にまったくついていけない天は流されるように平凡な返事をした。
「僕の異能がわからないようなので、ヒントを差し上げます」
「ヒント?」
真は、両手を何もない空中に両手をかざした。
その行動の意味が分からず、天は訝しげに眉をひそめる。
まるで何かを握っているかのように、体の前で両手を握りしめた真は、前方に佇む天を見据えて言った。
「――いきますよ」
真が大きく振りかぶり、振り下ろす。
何がしたいのか天にはまったくわからない、だけれども、何かを察知した本能が反射的に天に防御の構えをとらせた。
「なっ……!?」
見えない斬撃が天の大剣とぶつかりあった。
わけがわからないまま、天はそれを薙ぎ払った。
真を見る。
しかし、真の手には何も武器はない。
――いや、違う……?
「見えない斬撃。何もない……」
天の脳裏で何かがひらめいた。
「そうかっ、空気……!?」
驚愕に目を見開いた天に、真は頷いた。
「そうです。僕の異能、ご理解頂けたでしょうか?」
「あぁ……初めて見たぜ。そんな特殊な異能――……いや」
天がじっと真を見据えた。
「……ある意味『当然』ってことか」
「え……?」
それはどういう事か、と真が聞き返す前に、天がニヤリと笑った。
「それで、今度はおまえが相手だって?」
「あぁ、そうだよ」
真の後ろから三刀がやってきた。
「昶!」
「てめぇのチェック終わったろ? 次は俺だ」
***
「まだ、体術だけで俺様に勝とうってか?」
「……いや」
無理して冷静を保とうとしているのか、三刀の表情は硬い。
三刀の表情の変化に気がついた天は、何かが起こるかもしれないという予感に心躍らせた。
「じゃぁ、どうする気だい?」
あえて攻撃を仕掛けず、相手からやってくるのを待つ。
異変に気がついたのはその直後だった。
「――ッ……なんだ!?」
熱風が頬を撫でる。
天と三刀の周囲を、巨大な円を描くようにして炎が取り囲んだのだ。
始めは小さかった炎が、風にあおられて大きくなっていく。
今この時だけ、天と三刀の2人だけの隔離されたフィールドができあがりつつあった。
「――これも、作戦ってか?」
「……あぁ、そうだ。――そして、これが……俺の異能だっ……!!」
最後に現れた高波によって完成したフィールドは、2人の姿を外から完全に覆い隠した。
***
まだ、天と三刀が対峙していた時。
少し離れた位置で機をうかがっていた和実は、友里花へと向き直った。
「……友里花。おまえの火であの2人を取り囲んでくれないか?」
「えっ!? 先輩じゃなくて、三刀くんごと!?」
和実の言葉に友里花は驚く。
「そうだ。なるべく大きな円を描くようにだな……」
「いやいや、ちょっと待ってよ! いいの!? 三刀くん閉じこめるみたいになっちゃうけど!?」
「本人の希望だ。問題ない。早くしてくれ」
催促され、三刀くんの希望なら、と若干納得してはいなかったが、和実の言うことに従い、友里花は2人を取り囲むように、周囲に炎をめぐらせた。
人の膝ぐらいの高さの火のサークルができあがる。
「これでいいの?」
「あぁ。そのまま意地してくれ。できれば、もう少し火力強めにしてくれるとありがたい」
「わ、わかった」
次に和実は西猿寺へと顔を向けた。
「……若。風であの火をあおって大きくしてくれ」
「いいのか? 中のあいつら危なくね?」
「問題ない」
きっぱりと断言する和実。
「わかったよ、なんか作戦でもあんだろ?」
「まぁ、そういうことだ」
西猿寺は右手を火の輪へとかざして、風を送り込んだ。
またたくまに、火の壁は大きくなり、天と三刀の頭から下をすっかり隠すまでとなった。
「最後に美希奈」
「え? オレも?」
「いつもの洪水もってこい」
「……はい?」
一瞬何を言われたのか、美希奈には理解できなかった。
何故って、現在目の前で繰り広げられている光景は、巨大な火のサークル。
そこへ自分が、大量の水を送り込んだら、火は消えてしまうではないか。
「えっと、アレ消せってこと?」
「……いや、正確に言うと、ほどほどに2つの力が均衡するぐらいにしてほしいのだが……無理だろう?」
始めからできないと諦められていたことに、美希奈は幾分ショックを受けながらも、必死に和実が何をしたいのか理解しようと頭を回転させる。
先に意図にきづいたのは、やはりというか、西猿寺だった。
「……火と水がぶつかり合う――水蒸気の発生か?」
「えっ!? そんなことして何の意味があるの!?」
友里花の問いに和実が淡々と答える。
「目隠しになるだろう?」
「そうかっ! ……ってそれ中の人関係ないじゃん!? うちらに目隠ししたって無意味でしょ!?」
当然といえば、当然のセリフだが、唯一理由を知っている和実は満足げに言う。
「……いいや。それでいいんだ。――美希奈、やってくれ」
「よくわかんねーけど、よっしゃっ! いっちょやってやらぁ!」
美希奈は両手を後ろから前へと押し出すようにつきだした。
大量の水が火のサークルとぶつかりあった。
ジュッ、と水が熱で蒸発していく音が、広範囲にわたって響いた。
火と水の力がせめぎあい、上空に湯気がたちのぼる。
それが、白いベールのような円柱を創り出した。
その中で何が起きているのか、外からはまったくわからなかった。
「あわわわわ……三刀くん大丈夫かな……」
友里花が不安そうに呟く。
「これくらいで、みー坊はくたばらねぇって」
美希奈が励ますように言った。
やがて、数十分のしないうちに、火は止めとばかりに美希奈によって放たれた大水で鎮火され、後にはずぶ濡れになった三刀と天が残されていた。
***
「みー坊ー!! 無事かっ!?」
場が一端落ち着いたのを見て取った4人は三刀のもとへ駆け寄る。
「……ってうおっ!? どうしたその腕!? 右袖ボロボロじゃねぇかっ!?」
真に助け起こされていた三刀の上着の袖は、刃物で切り裂かれたかのようにズタズタになっていた。
あの隔離された空間の中で、何が起こったのか美希奈たちは知るよしもない。
唯一の当事者である、天はというと、自慢である銀髪から水滴をしたたらせながら、「水も滴るいい男って、まさにこの俺様にピッタリだな」とかナントカふざけた台詞を呟いている。
「一体あの数分で何が起こってたの……?」
友里花が困惑したように囁く。
普通に考えると、天の大剣による攻撃をうけたと思われる。
しかしそれにしては違和感があるのだ。
何しろ、袖が裂けているだけであって、その下の三刀の腕には傷一つ無いのだから。
天の斬撃をうけて衣服が裂けるだけなどありえない。
「……なかなかの隔離空間だっただろう?」
和実が三刀を見下ろして小さく唇の端をつり上げた。
「てめぇ……ずぶ濡れになるだなんて聞いてねぇぞ……」
濡れて張り付いた髪の下から三刀は恨めしげに睨んだ。
「……文句なら美希奈に言ってくれ」
しれっと自分に責められるいわれはないとばかりに和実は三刀の傍を離れた。
「……チッ――って、おい。てめぇは何してんだ!」
先程からずっと三刀の右腕を触ったり、眺めたりしていた美希奈は怒鳴られたにも関わらず悪びれもせず答える。
「いや、こんなに袖ボロボロだから、ケガしてたら大変だなーと思ってー……でも、どこもケガしてないね」
「気安く触んなっ! クソ女!」
三刀は乱暴に美希奈の手を振り払った。
「昶! 一応心配してくれたんだから、そんな邪険にしなくても――」
真が慌てたように言うが、三刀はふいとそっぽを向いた。
「あんだよー。ホントみー坊は照れ屋さんなんだからー。人の厚意は素直に受け取るもんだよー?」
「誰が照れ屋だっ!! ざけんなっ!!」
「そんだけ起こる元気があるなら大丈夫だなーアハハ」
茶化す美希奈に三刀は気分を害してふてくされる。
「はいはーい! 全員注目―!」
いつの間にかやってきていた美が声を張り上げる。
「とりあえず、異能のチェックはこれで終わりにします」
「え? でもまだ、勝負はついてませんけど……?」
友里花が疑問の声を上げると、美は優しげに微笑む。
「うん。正直、勝負なんてどうでもいいのよー。貴方たちの異能を見たかっただけだから」
突然すぎる美の発言に、理解できないのは美希奈と友里花と西猿寺の3人だった。
和実、三刀、真の3人は予測していた通りになったので特に驚かなかった。
美は、まだずぶ濡れのまま座り込んでいる三刀を見ると天に言った。
「天。彼、濡れたままじゃ可哀想だから、あんたの異能で乾かしてあげてよ」
「……いや、俺の異能そんなことに使うもんじゃないんだけどな……」
ブツクサと言いながらも、すでにずぶ濡れになっていたはずの天の髪も衣服も乾いている。
そのことに気がついた6人は、一体いつの間にと驚いた。
天は近づいてくると、三刀の額に右手をかざした。
ボッと青い焔が三刀を包んだかと思えば、一瞬で全ての水分が吹き飛び、濡れて重たくなっていた衣服が軽くなった。
鬱陶しく張り付いていた髪も元通りに乾いていた。
「おぉーすげぇー」
見ていた美希奈が感嘆の声を漏らした。
「ほら、昶。先輩にお礼は?」
まるで母親のように促す誠に、渋々ながら三刀は小さく呟いた。
「……ありがとう……ございまし、た……」
「先輩! その異能は何ですか!?」
興味津々といったように、友里花が問いかけた。
「おっ! いい質問だ友里花ちゃん! 俺の異能は『焔』だ。系統としては、友里花ちゃんと同じだな」
キラリと嘘くさく白い歯が光る。
「ちなみに、美先輩の異能は……?」
「私? 私はね――」
話の矛先を向けられた美は、何かを探すように首を巡らすと、西猿寺に近づいた。
「腕をだしなさい。ケガしてるでしょう?」
「え、いや、ただの擦り傷です。放っておけば治りま――」
「いいから。特別に治してあげるわ」
「……え?」
困惑する西猿寺の腕を容赦なく取り、袖をめくりあげる。
天との戦闘でできた擦り傷が露わになった。
「よく見ておきなさい」
そう言うと美は、傷跡に右手をかざした。
次の瞬間、みるみると傷口がふさがっていく。
「な、治ってく……」
ものの数秒で傷跡は完全になくなった。
呆然とする一同を見渡し、美は悠然と微笑んだ。
「私の異能は『治癒』よ。戦闘には向いてないけど、よほどの重症でない限り、私に治せない傷はないわ」
救急箱も医者もいらず、だ。
残念ながら、自分の傷は治せないんだけどね、と美は続けた。
「さぁ、今日はこれでお終いよ! みんな解散っ!!」
しんみりとした空気を振り払うように、明るく美は告げた。
「よっしゃ! 帰ろーぜっ!!」
美希奈が叫び、6人は寮へ戻るため足を動かす。
言われたとおりにそのまま解散しようとしていた中
「あぁ、三刀昶くん。あなたはちょっと残ってちょうだい。お話があるわ。……あと、綾織真くんと、山本和実さんもね」
3人だけが、美に呼び止められた。
***
「……先に寮へ行っていてくれ」
和実に言われて、美希奈と友里花は一瞬微妙な表情を浮かべて美をみやったが、おとなしく寮への帰路へついた。
和実は、同じく呼び止められていた三刀にチラリを視線をやり、それから美を見た。
「……帰るとみせかけて、盗み聞きしよう、とか考えるなよ?」
続いて放たれた言葉にビクリと2人の肩がはねあがった。
ギクシャクとした動きで首だけ和実に向けると、空とぼけたように返事をする。
「な、ななな、なんのことだろー? ぬ、盗み聞きぃ~まっさかぁ~」
「アハ、アハハハ、そそそ、そんなことするわけないじゃーん」
あからさまに動揺を隠しきれてない。
本当に実行する気でいたようだ。
「……若。そいつらをしっかり寮まで連れ帰ってくれ」
しっかりのトコロを強調して言った和実に、西猿寺は複雑な表情を見せた。
大丈夫か、と暗にその表情が告げている。
問題ないからさっさと連れてけ、とでも言うように和実は西猿寺を見ないままヒラヒラと手だけ振った。
それでも西猿寺は心配そうな顔をしていたが、和実が振り返らないとわかると、諦めたように美希奈と友里花を引きずって寮へ向かった。
「放せクソ猿――!!」「触るな変態――!!」等、しばらく2人の罵詈雑言が絶え間なく響いていたが、やがて聞こえなくなった。
***
「さて……単刀直入に言わせてもらうわね」
美はそう切り出すと、3人の顔を見渡した。
まるで事件の犯人を見極めようとするかのように。
「アレを考えついたのは誰かしら?」
アレとは、三刀と天を隔離した水蒸気現象の事だろう。
隠し立てすることでもない気がしたので、3人はそれぞれ顔を見合わせると、和実が答えた。
「……私ですが、何か?」
何か文句でもおありでしょうか、とその後ろに続きそうな響きだ。
だが、美は大して気にした風でもなく、言葉を続けた。
「どうして、あんなことしたの?」
和実は三刀に視線を向けた。
三刀は一瞬視線を彷徨わせたが、ぶっきらぼうに言い捨てる。
「……俺が他人に異能を見せたくないと言ったら、コイツがアレを実行したんだ」
多少違うが、結果としては問題ない。
「そう。じゃぁ……この審査の意図に気がついたのはいつから?」
「……始めから薄々と」
淡々と和実は答える。
えっ嘘、と素っ頓狂な声を上げた天の足を、美は思いっきり踏んづけて黙らせる。
「……まぁ、いいわ。一応全員の異能はわかったし。しいて言うなら、貴方達がどこまで連携プレイができるのか見てみたかったんだけど――」
「……出会ってまもない、赤の他人同然だった人たちと、いきなり連携プレイなどできると本気でお思いですか?」
和実は眉をひそめながら問いかけた。
赤の他人――三刀と真の目の前できっぱり言い切った。
事実と言えば事実だが、他人呼ばわりされた2人は微妙に顔を歪めた。
「それもそうだけど……あぁ、この話はもういいわ。本題はこれじゃないの。貴方たち3人に聞きたいことがあるのよ」
美は諦めて話を打ち切ると、再びゆっくりと3人をみやった。
「そうね……順番にいきましょうか。まずは、山本和実さん――あぁ、ちょっと待って。まだるっこしいのは嫌いなの。みんな呼び捨てでいいかしら?」
3人は黙ったまま頷く。
「まず和実。天に放ったあの雷撃。あれ、何割の力?」
「全力です」
「嘘ね」
和実の即答に、美も即答で切り返した。
しばし2人の間に沈黙が落ちる。
無言の睨み合い。
まるでお互いの腹の中を探るかのように。
やがて、諦めたようにため息をついて和実が口を開く。
「……3割前後です」
それを聞いた三刀と真は思わず絶句した。
間近で見ていた限り、とんでもない威力を持った雷撃だった。
それでいて、全力ではなく3割。
「私、始めに全力でやりなさいって、言ったわよね?」
「……灰になりますよ?」
さらりと物騒なセリフを吐く和実。
さすがの美も和実の冗談ではない本気の圧力に小さく息を呑む。
「……自分の力量をきちんと理解した上で言っているのかしら?」
「……冗談でこんなこと言うほど、愚かな異能力者に見られているのでしょうか?」
感情の欠けた口調で、質問に質問で返す和実。
「わかったわ。……まぁ、貴方のことを考えれば、仕方のないことだし」
意味深な言葉に和実は眉をひそめた。
それでは、まるで和実のことを知っているかのような口ぶりだ。
どういうことかと和美が追求しようとする前に、美は話の矛先を三刀へと変えた。
「昶。貴方の異能に関して、いくつか質問があるわ。紙で得た情報だけじゃなくて、私達は直接本人の口から事実を知りたいの」」
美の言葉に三刀の表情がこわばった。
察した和実が声をかげる。
「……席を外しましょうか」
しかし、三刀の心情を知ってか、知らずか、美はそれを拒否した。
「それはダメよ。……昶、貴方の異能、あれは――」
「ちょっと待ってください!」
遮ったのは真だ。
「……何故僕たちが、あんなことをしたのか先ほど説明しましたよね!? それに、今の言葉から……昶がどうして異能を使いたくないのか、すでに分かっているハズですよね!?」
「そうね。知っているわ。でも、これからはそんなこと言ってられないのよ。貴方達は学園守護者。私的な理由で、任務がおろそかになる、なんてことになっては困るのよ」
それでも、と真は言い募る。
「……どうしても答えないといけないのでしょうか? 人には、触れられたくない事があるとしても?」
美はいっそ冷酷ともいえる表情で3人を見渡す。
「……貴方達は、お互いに秘密を持ったままで、お互いを信じることができるの? 全てをさらけ出せとは言わない。だけど、貴方達はこれから、同じ学園守護者の仲間として、一緒に行動していくのよ? お互いに秘密を持ったままでは――その人の全てを信じることが難しくなるわ」
美の声音は、最後の方だけほんのわずかに悲しみを帯びていた。
「……だけど」
「――真。もう、いい」
言い募る真を止めたのは、三刀だった。
何かに耐えるように奥歯をかみしめながら、それでも三刀はゆっくりと、声を絞り出すようにして美に告げた。
「……てめぇは、俺に、何を聞きたいんだ」
美は少しだけ表情を緩めた。
「……それは、いつから?」
多少の配慮はしてくれたのかもしれない、と三刀は思った。
それは当事者同士でしか理解できない質問だった。
――異能はいつから使えるのか?
美の言葉は一般的にはそう解釈できる。
現に、聞いていた和実はそう解釈していた。
異能は、生まれたときから持っている者もいれば、成長過程の中で突然異能に目覚める者と2タイプある。
だから、美の質問は普通の異能力者が聞けば、大抵和実と同じ解釈をされるだろう。
しかし、三刀の解釈は違う。
――いつ、異能を使えるようにされたのか?
己の異能を知っている三刀には、今この場で放たれた美の質問の意味はこうだと確信していた。
三刀は直接異能の内容に関する問いではないことに、少なからず安堵した。
和実にはバレない。
「……5歳のときだ」
「……そう」
美は何とも言えない複雑な表情をすると、質問はそれで終わりとばかりに次いで真へと顔を向けた。
「真。もう一人の貴方に会いたいのだけれど、連れてきてはくれないかしら?」
「もう一人の僕?」
問いの意味がわからず、真は首をかしげた。
首をかしげたのは美も同様だ。
「貴方ともう一人、『2人で1人の学園守護者』ということになっていると学園長から聞いているのだけど? それから――」
「待て、美」
天が美の声を遮った。
「どうやら綾織真は、何も知らないみたいだ」
「え……そんな馬鹿な」
美の瞳が大きく見開かれた。
当の真は何のことだかさっぱりわからない。
美が真を見据えて問う。
「真。“使綺”という名前を知っているかしら?」
「しき……? いいえ」
真は首を横に振る。
「じゃぁ、どうして自分がそんな容姿をしているのかも知らない?」
今度は真の瞳が大きく見開かれた。
真の容姿――すなわち、白髪・青眼のことだ。
「知りません。どういうことですか!? そうだ……! 天貝先輩、あのときの言葉の意味は何だったんですか!?」
確かに、あの時――異能審査のとき、真の異能を目にして言ってしまった言葉
『当然といえば当然だな』と意味深なセリフを真に言った記憶がある。
言ってしまった言葉は残念ながらいまさら取り消せない。
天は唸って顔をしかめた。
「うーんと、いや、あれは……悪いが、この話は俺にはできない」
「教えてください! 何か知っているんでしょう!?」
必死に言い募る真に、美が言う。
「その話を知りたいのなら、直接『使綺』に聞いたほうがいいわ。とりあえず言えることは、私たちには教えられないということよ」
見るからに真は落ち込んだようにうな垂れた。
美は一瞬申し訳なさそうな表情をしたが、話を続ける。
「それで、話をもどすけど、真。もう一人の貴方を連れてきてくれるかしら? 実力がどれほどのもので、どんな異能か見ておきたいんだけど」
美の頼みに、真は困ったような表情をする。
美が言った『2人で1人の学園守護者』という言葉で、「もう一人の貴方」が真の双子の弟、実のことを言っているのだとわかった。
けれども、実をつれてくるのは難しい。
一度チラリと昶に視線をやり、再び美に視線をもどすと口を開く。
「実を連れてくることはできません」
「どうして?」
「実をここに呼びたいなら……僕を気絶させてください」
『は?』
美と天は思わず間の抜けた声をだしてしまった。
単純に真の言葉が理解できなかった。
和実も何を言い出すんだコイツ、と言わんばかりにいぶかしげに眉をひそめた。
唯一事情を知っている三刀だけが平然としていた。
「……えーと、つまり?」
なんとか声を出した美に、真はまっすぐな視線を向けて答える。
「……このことまでは、学園長からお聞きではないのですね? 僕と実は、同時に活動することができないのです。……4年前の事故の後遺症か、原因は不明です。僕と実には事故以前の記憶が一切ないのです。僕が目覚めて活動している間、実はずっと昏睡状態で目覚めることはありません。同様に、実が活動している間は、僕が昏睡状態となり、目覚めることができません」
にわかには信じられない話だ。
あまりにも突然すぎて頭の整理が追いつかない。
「だから、ミノルに会いたければ、真を気絶させるか、眠らせろと?」
確認するように美が問う。
真はゆっくりと頷いた。
「そうです。僕が目覚めている限り、実は眠ったままですから。僕の意識がなくなった瞬間、実は覚醒して、活動できるようになります」
「……実際に目にするまで信じられないな。……というか理解できない」
天が頭をかかえて呻いた。
「それなら……昶。申し訳ないけど、実をつれてきてくれる?」
真が三刀に頼むと、三刀は本当にいいのか、と目で訴えてきた。
それに真は苦笑しながら頷いた。
三刀が実を迎えに去っていくと、美が真に問う。
「それで、ミノルはどこにいるの? まさか寮に置き去り?」
「いいえ。僕と実は寮生ではありません。病院に特別室を作っていただいていたので、そこで生活をしています」
「……あーなるほどな。使綺と一緒か」
異能力者専門の総合病院だ。
デュナミス学園は全寮制だが、病院が寮と同様学園敷地内にあるので、真のような例外も認められているのであった。
滅多にそのような生徒はいないのだが。
「……あぁ、そうそう。ちょっと聞いておきたいのだけれど、真。貴方の剣やら槍やらを造る異能、なんて言うのかしら?」
「え? わかりませんでしたか?」
美に問われた真が、天に驚きの目を向ける。
「いやー……最後のあの見えない斬撃が、空気の剣によるものだってのはわかったんだけどよー……それが、どういったもんなのか、いい言葉が浮かばなくてな……」
天は気まずそうに頭をかいた。
「そうですか。僕の異能は『創造』というものです。あらゆる物質から、僕は様々なモノを創りだすことができます」
「特殊系統、ね。というと、ミノルも特殊系統ということかしら?」
「はい、そうです。ですが……僕と実の異能はまったくの正反対と言ってもいいでしょう」
「正反対?」
「……僕が説明するより、直接実の異能を見ていただいたほうがわかりやすいでしょう」
真はそれきり口をつぐんだ。
***
それからしばらくして、三刀が実と思われる少年を背負って戻ってきた。
少年を見た三刀と真を除く3人は絶句する。
さすが双子。
真と実は驚くほど瓜二つで、2人とも眠ってしまえば、どっちがどっちだかまったく見分けがつかないだろう。
まさに双子ならぬドッペルゲンガー。
真が事前に説明したとおり、少年は深い眠りについているようで、目を覚ます気配はない。
「で、どうすりゃいいんだ?」
「ホントに目を覚まさないの?」
「はい。目覚めません。ですから、天貝先輩。僕を殴ってでも、何でもいいんで、意識をなくさせてください」
「いや、そんなこと言われてもなぁ~……やりにくいというか、なんというか……」
「僕のことは気にせず。事情が事情なんで、仕方ないことですし」
やりたくないけど、仕方ないかというように、渋々ながら天は実行にうつした。
なるべく痛くないようにと加減して、天は真の首の後ろへ手刀を振り下ろした。
声を上げるまもなく、真はくず折れる。
ふらりと傾いた真の身体が地面に倒れる前に天はしっかり受け止めた。
直後、ピクリと実の指が動いた。
三刀の背の上で双子の片割れがゆっくりと目を覚ました。
***
小さく呻いて、実が顔を上げた。
真と同じ顔と白い髪。
唯一違ったのが――瞳の色だ。
真の瞳は、深い海を思わせる『青』である。
しかし、実の瞳はそれと対照的な『赤』だった。
「起きたか実」
「……昶? どこだここは?」
三刀は背中から実を降ろした。
実は現状把握をするように辺りを見渡して、ようやく美たちの存在に気がついた。
驚きで呆然と立ち尽くしている3人を、実は不愉快極まりないといった表情で眺めやる。
白髪、赤眼。
これまでにも何度もその容姿のために、奇異の目で見られてきたことがあるのだろう。
そんな視線は見飽きたとばかりに実は忌々しげに睨み返した。
そして、天に抱えられている真を見とめると口を開いた。
「……誰だおまえら」
声もまったく真と同じだった。
けれども、常に敬語で話す真と違い、口調はやや乱暴であった。
実は三刀に顔を向けると事情を説明しろ、と無言で問う。
「……この前説明しただろ? そこの2人が学園騎士で、そこの女は俺たちと同じ学園守護者の1人だ」
実は警戒心のこもった目で3人を見ると、胡散臭そうに目を細めた。
「それでこれは、どういう状況なんだ」
「……おまえの異能が見たいんだと。だから、俺がおまえをここまで連れてきて、真が失神してんだよ」
三刀の言葉に、実が自嘲気味に笑った。
「俺の異能が見たいって? 物好きなヤツもいるもんだな」
顔や見た目、声までもが真と同じではあるが、仕草や表情、口調が異なるだけで、こんなにも印象が変わるのかと、3人は思わず関心していた。
やがて、ようやく放心状態から回復した美が、取り繕ったように声を発した。
「……えーと、貴方が綾織実くんね? 初めまして。学園騎士の一人、美と言います。こっちの男は天。同じく学園騎士の一人です」
「あんたか? 俺の異能を見たいって言ったのは?」
傍から見れば傲慢とも思える態度で実が問う。
美は「あんた」呼ばわりされながらも怒ることなく答える。
「えぇ、そうよ。学園守護者である貴方の実力と、どのような異能かを知っておきたいの」
「俺は、俺の異能があまり好きじゃないんだ。それに、加減の仕方というものもよくわからない」
「加減はしなくていいわ。この男はそう簡単にくたばるようなヤツじゃないから」
美の言葉に、天はうんざりと顔をしかめた。
「……また俺が相手すんのかよ」
小さくため息をついて天は呟いた。
見事に無視された。
「お願いしていいかしら?」
美が実に尋ねると、実は不本意ながらも、渋々といったように頷いた。
天は三刀に真を託すと、実と相対した。
実は天を上から下まで眺めやると、声をかけた。
「その背中の大きい剣……大事?」
「は? ん……まぁ、大事っちゃぁ大事だな」
質問の意味がわからず天は曖昧に答えた。
問いかけておきながら、さぞどうでもよさそうに相槌をうった実は続けて言った。
「じゃぁ、それ。なくしたくないんなら、抜かないほうがいいよ」
「んん? あぁ、そう。まぁ、抜くつもりは始めからないけどな」
「あ、そ。ならいいんだ。……ねぇ、いつ始めればいいの?」
早くしてよというように、実は美を見た。
始めて、と美は天に合図をした。
「……んで、どうすりゃおまえの異能が見れんだ?」
「俺の異能が見たいだけなら、相手なんか必要ないよ」
実は地面に手をついた。
真のように何か創り出すのか、と天は身構えた。
けれども、その予想は大いに外れた。
始め、天は自分の目が信じられなかった。
「ちゃんと回避しろよ?」
実がそう言った直後、地面が陥没した。
それはもう、あまりにも突然の出来事だった。
実が手をついた前方、約直径10メートルの円を描くように地面が抉り取られたのだ。
本当に一瞬の出来事だ。
突如地面が消え失せたと言っても過言ではない。
当然のごとく天は大きく後方へ跳躍して回避していたが、その顔はありありと驚愕に彩られていた。
「な、何が起こった……?」
天にも理解できていないようだ。
赤の瞳に嫌悪の光を宿した実は抑揚のない声で答えた。
「……俺の異能は『破壊』だ。この手に触れたあらゆるモノを、俺は破壊できる」
『創造』と『破壊』、なるほど真の言うとおりその2つは、まったくもって正反対の力だ。
実の異能を目の当たりにして、天は納得したように呟いた。
「剣を抜くなって言ったのはそういうことか」
きっと剣が実に触れた瞬間、破壊されることだろう。
剣が大事なら抜くな、実の忠告はもっともだ。
「だけどさ、それって触れなければ破壊できないってことだよな」
天は背中から大剣を下ろした。
両手で柄を握り締め、正眼に構えると、地面の大穴ごしに実と向かい合う。
「これなら、どうだっ!」
そういうや否や、大剣を振り上げ、盛大に振り下ろした。
西猿寺に放ったのと同じ斬撃を、実目掛けて解き放った。
だが、迫りくる斬撃を目の前にしても、実は微動だにしなかった。
口元に不敵な笑みを浮かべると、片手を天に向かってつきだす。
「……あらゆるモノ、と言っただろう?」
実の右手が天の斬撃を迎え撃った。
結果、斬撃は左右へわかれて、それぞれの地面をえぐった。
「斬撃までも、破壊したというの……?」
ありえないことだ。
しかし、そのありえないことが、今現実に目の前で起こっているのだ。
驚きを通り越してそれは、美に一種の畏怖を与える事実となった。