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わが青春のフランソワーズ  作者: RYO太郎
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第一章  女王フランソワーズ一世 その②



「ひょっとして、これはドラゴニア文字でございますか?」

 

 僕がそう言うとフランソワーズ様は微笑し、


「さすがはランマル。王立学院主席卒の秀才だけのことはあるわね。そのとおり、これはドラゴニア文字よ」

 

 ドラゴニア文字とは、海をはさんだ先にある亜大陸にあって、じつに四千年という歴史を誇るドラゴニア帝国で使われている言語である

 

 大陸の東部一帯を支配するドラゴニア帝国は、今僕が手にしている紙をはじめ、絹、火薬、羅針盤などを発明した偉大な国で、このジパング島の文化にも多大な影響を与えている。

 

 まだ王立学院の学生だった頃、一時、その大帝国の文化に興味をもち、さまざまな文献を読み調べたことがあったのでその文字に見憶えがあったのだ。もっとも見たことがあるというだけで、なんて書いてあるのかまではさすがにわからないが。


「それで陛下。これはなんと読みますので?」


「これは〈テンカフブ〉と読むのよ」


「テンカフブ?」


「そう。武力によって天下を、つまり人の世を支配するという一種の思想ね」


「武力で支配……」

 

 なんとも恐ろしい思想である。僕などはそう思えてしょうがない。

 

 そもそもドラゴニア帝国という国じたい、四千年もの間、戦争と滅亡と勃興を繰り返してきた、まさに〈修羅の国〉であるらしいから、そういう不毛な歴史を刻んできた国だからこそ、こんな恐ろしい思想というか哲学が生まれたのだろう。


「それで陛下。この天下布武なる言葉がどうされましたか?」


「もうすぐ私が即位して一年になるわね?」

 

 質問に質問で、それもそれまでの話とはまるで無関係な質問で切り返されたので、僕は一瞬、困惑のあまり返答に窮したものの、


「あっ、はい。来月の二十日でちょうど一年になります」


「それを祝う式典も予定されているわよね?」


「御意ですが、それがなにか?」

 

 するとフランソワーズ様は沈黙し、かわってなにやら意味ありげな薄笑いを浮かべて僕を見つめた。

 

 妖艶さすらただよう意味ありげな薄笑い。この種の笑いがフランソワーズ様の顔に浮かんだとき、それはその頭の中で「ろくでもない」考えが進行していることを、この半年の間に僕は身をもって学んでいた。

 

 事実、この爆乳女王様。この直後にとんでもないことをのたまりやがったのである。


「その式典の席上で重臣連中に対して大々的に発表するのよ。これよりオ・ワーリ王国は、この天下布武を国政(まつりごと)の基本とすることをね」


「はあ?」

 

 不敬の極み、僕はおもわず間の抜けた反応を見せてしまった。

 

 しかし人間、あまりに突飛なことを突然面と向かって言われたら、誰しも間の抜けた反応しかできないと思う。幸いフランソワーズ様は、例の四文字が書かれた紙を見ていたため不敬を咎められることはなかったが。いや、そんなことよりも……。


「ええと、国政の基本にされると申されますと?」


「あら、わからないの? 国軍を中心とする武力を背景に、まずは国内の完全支配に乗りだすのよ。この女王フランソワーズ一世に逆らう者は容赦なく皆殺しにすると宣言してね」

 

 ……なに言ってんだ、このネーチャン?


「皆殺し……でございますか?」


「そうよ。貴族であろうと平民であろうと例外なくね」


「はあ……」

 

 あまりに突拍子もないフランソワーズ様の言葉に、僕は当初冗談だと思って笑おうとしたのだが、その顔は中途半端に凍りついてしまった。

 

 フランソワーズ様の透きとおるような碧眼と視線があったとき、その輝きを見てフランソワーズ様が「ガチ」であることを理解したのだ。となれば、とても平静ではいられない。


「し、しかし、陛下。国内の完全支配と申されましても、先の内戦からすでに一年。すでに陛下の治世は盤石のものとなっておりますれば、そのようなイカレた、いや、苛烈なことをされる必要はないものかと……」

 

 すると、フランソワーズ様はまたしても意味ありげな微笑をたたえながら僕を見すえ、


「ランマル。お前には先の戦いで私に敵対した連中が、本当に心の底から私に忠誠を誓っているように見えるの?」


「そ、それは……」

 

 面と向かって問われると、僕は言葉を詰まらせざるをえなかった。

 

 否、本当は答えられなかったのだ。


 本音を言えば「先の内戦」は終わったどころか、今もその残り火が国内各所にくすぶっていることを僕自身よく知っていたからだ。

 

 ――先の内戦。それは今から一年半ほど前。オ・ワーリ王国の王位をめぐって王族間で勃発した戦いのことである。すべての発端は先代の国王、つまりフランソワーズ様のお父君であらせられる、オ・ワーリ王国十四代国王のオーギュスト十四世が急逝したことにある。

 

 オーギュスト王が生前のうちから後継者をきちんと定めておけば、たとえ急逝したとしても混乱が起きることはなかったであろうが、なにぶん王は当時まだ四十代で、まさかあんなにも突然死ぬ――しかも食中毒で――など、本人も含めて誰も想像すらしていなかった。

 

 ともかく国王が死んだ。となれば、王の子息の中から次の国王を選んで即位させなければならないわけで、その候補となったのは長男のカルマン王子、次男のアジュマン王子、三男のアドニス王子という三人の王子たちであった。

 

 こういう場合、長男のカルマン王子が即位すれば問題はないように思われるが、話をややこしくさせたのは母親の身分である。カルマン王子はたしかに長男だが正王妃の御子ではなく、オーギュスト王が城勤めの女官に生ませた、いわゆる庶子であった。

 

 一方、次男アジュマン王子と三男アドニス王子はともに正王妃の実子で、血統にこだわる重臣や有力貴族の中には、二人のいずれかこそ次の国王にふさわしいと主張する者まで出た。

 

 そんな血統の話だけでも問題をややこしくさせる要素てんこ盛りなのに、それにくわえて三人の王子たちの背後には、それぞれに自分たちが担ぐ王子に国王になってもらって「おこぼれ」にあずかろうと画策する不埒な連中がいたものだから、問題はさらにややこしいものとなり、三王子間の――正確には支持者同士の――対立も日増しに激しくなっていたこともあいまって、結局、醜悪きわまる骨肉の内戦が勃発してしまったのである。

 

 当初、カルマン王子を支持する勢力は北部ジャルジェ領に、アジュマン王子の勢力は西部グランディエ領に、アドニス王子の勢力は東部モリエール領にと、それぞれの私領地に本拠をかまえ、戦いは三つ巴の様相を見せていたのだが、三人の中では比較的兵法の心得と、なにより声望に優れていたカルマン王子がしだいに勢力を拡大し、二人の弟を圧倒していった。

 

 これに焦ったアジュマン・アドニスの両王子は、母親が同じ正王妃ということもあったのだろう。戦いの最中に和睦し、そのまま同盟を結んでカルマン王子に対抗したのである。

 

 すると、それまで戦いを優勢に進めていたカルマン王子も、いきなり手を組んだアジュマン=アドニス連合の前ではさすがに分が悪くなったようで、それまでの快進撃から一転、たちまち敗走につぐ敗走を強いられるようになったというから、いかに二人の王子の和睦と同盟が絶大な相乗効果(シナジー)を生んだのかが知れるというものだが、それでもカルマン王子が幸運だったのは、敵対する二人の弟たちがそろってどうしよもない「愚者(アホ)」だったことだろう。


 アジュマン王子もアドニス王子も、手を組んだものの本心では互いを嫌悪していたらしく、同盟を結んだ後もつまらない内輪揉めと対立を繰り返し、それまで劣勢だったカルマン軍に反攻の隙を与えてしまうというお粗末ぶり。

 

 一方、敵に生じた混乱を見逃さずにふたたび攻勢に転じたカルマン軍は、ほとんど自滅状態のアジュマン=アドニス連合軍を一気に蹴散らし、ことのついでに二人の王子を自害に(近習の者に謀られて毒殺されたとも言われているが)追いこんで、半年におよんだ骨肉の王位継承戦に終止符を打ったのである。

 

 その後、いったん本拠とするジャルジェ領に戻ったカルマン王子は、その地で戦傷を癒しつつ近日のうちにも国都に凱旋して新国王として即位を宣言しようと考えていたのだが、その矢先、国都からとんでもない報告が届いた。

 

 なんとその国都では、先代オーギュスト王の長女であり異母妹であるフランソワーズ様が、兄弟たちが熾烈な争いを続けている隙に王城に乗りこんで、ちゃっかりと国王への即位を宣言してオ・ワーリ王国初の女王になられていたのだ。

 

 この仰天情報にもちろんカルマン王子とその支持者たちは驚き、困惑し、そして当然のごとく怒り狂い、フランソワーズ様に対して即位を撤回するように求めたが、素直に応じるようなフランソワーズ様ではない。それどころか武器を捨てて降伏し、自分に忠誠を誓えば家来として召し抱えてやるとまで言い放ったのである。

 

 これではカルマン派の人々に喧嘩を売っているのも同様で、実際、彼らもそう受け取ったのであろう。

 カルマン王子は自らの軍勢を急ぎ再編すると、フランソワーズ様を実力で排除すべく国都に向かって進軍してきた。ここに第二次王位継承戦争が勃発したわけなのだが、先の内戦とは異なりこの戦いはひと月弱という短期間のうちに決着を見た。フランソワーズ様ひきいる女王軍の完勝という形で。

 

 経験豊富な将兵をそろえていたはずのカルマン王子の軍勢が、急ごしらえともいうべきフランソワーズ様の軍勢に敗北した理由はいろいろある。

 

 しょせん、女がひきいる「にわか軍」と最初から軽視していたこと。

 ゆえに、具体的な作戦も決めないままに勢いだけで軍を進めてきたこと。

 麾下の将兵たちが先の戦いで傷つき、疲れ果てていて士気が低かったこと。

 

 以上のことが挙げられるが、僕の見たところそれらの理由もまちがいないであろうが、やはり一番の理由は、フランソワーズ様が女だてらに天性の「戦上手」だったことが大きいと思う。

 

 カルマン軍の補給線を的確に潰したり、撤退を装って地の利をえた場所に敵軍を巧妙に誘いこんだり、昼夜を問わずに神出鬼没のゲリラ戦をしかけて、敵兵に休息の時間を与えないようにして精神的に追い詰めるなど、およそ「素人」にできることではない。

 

 ともかくフランソワーズ様の巧妙で的確で、おまけに容赦のない戦術の前にカルマン軍は国都に向かって進撃していたはずが、あれよあれよという間に逆に本拠ジャルジェ領にまで追いやられ、やがて女王軍に街ごと包囲されるとついには降伏したのである。先端が開いてからカルマン軍が降伏するまで、わずか一ヶ月の出来事であった。

 

 かくして、ほとんどの国民もよくわからないうちに王国の支配権を握ったフランソワーズ様は、あらためて女王への即位を宣言し、自らがオ・ワーリ王国の新たな君主であると世に知らしめたのである。一年前のことだ。

 

 他方、弟たちとの戦いに勝利したのも束の間。これまたよくわからないうちに勝者から敗者に転落したカルマン王子は戦いに敗れたものの罪を許され、それどころか大公の称号と宰相の地位を与えられて、妹であるフランソワーズ様に仕えることとなった。以来、オ・ワーリ国内は、とりあえず平穏さを取り戻していたのだが……。 




 

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