終章 祝着至極のはずだけど その③
「ところで陛下。ダイトン将軍らの件なのですが……」
僕がそう話を切り出すと、フランソワーズ様の形よく整えられた眉が一瞬、ぴくりと動いた。
「ダイトン将軍? 連中のことなら今、国軍と憲兵隊を総動員して捜させているわよ。どうあがいたところでこの国からは逃げられっこないのに、ほんと愚かな連中よね」
そう応じたフランソワーズ様の声には、隠しきれない不快と怒りの響きがあった。
表情にいたっては絵に描いたような「しぶ面」で、今の今まで面上にあった上機嫌の笑顔などどこかに吹き飛んでしまっている。まあ、ダイトン将軍らの「悪あがき」のせいで、重要な城のひとつが失われたとあってはそれも当然かなと思う。
いったいなんの話かというと、じつは僕が国都を離れていた間にも、先の内戦終了後も降伏せず籠城して抵抗していたダイトン将軍らの問題にも動きがあったのだ。
当初からフランソワーズ様が見越していたとおり、籠城したものの一月と経たないうちに食糧と水が尽きて「干乾し」になりかけていた将軍と部下たちは、座して死を待つくらいならと意を決したのだろう。籠城していたアーセン城に火を放ち、包囲する兵士らの注意がそちらに向いている隙に城から逃げだしたのだ。
幸い将軍とともに逃げだした一党の大半は、城から出たところですぐに捕まえることができたらしいが、肝心のダイトン将軍はわずかな部下とともにまんまと逃げおおせ、現在も行方知れずである。
その日のうちに隣国へと続く山道や街道筋はすべて封鎖したため、フランソワーズ様の言われるとおり早晩、国内のいずこかで捕縛されることはまちがいないだろうが、それにしても騎士の頭領たる大将軍が騎士団の重要な城に付け火をして逃げだしたというのだから、驚きをとおりこしてもはや呆れるしかない。節操のない人物だとは知っていたが、ここまで恥知らずだったとはさすがに予想を超えていた。
ほんと救いがたいおっさんだよなあと、内心でコキおろしながら紅茶をすすっていると、一人の衛兵がなにやら慌てた様子で僕らがいる四阿に駆けこんできた。
「おそれながら女王陛下にご報告申しあげます!」
「なにごとかえ?」
「はっ。たった今、憲兵隊の急使が城に到着いたしました。先般より逃亡していたダイトン将軍とその一党が憲兵隊によって捕縛され、現在、国都への移送の途についているとのことにございます」
「なに、ダイトン将軍が捕まったのか!?」
驚いて衛兵に訊き返したのは僕であり、傍らのフランソワーズ様はというと将軍捕縛の一報にもとくに態度も表情も変えることなく、黙したまま紅茶を飲んでいる。
それにしても今しがたそのダイトン将軍らについて話をしていたところに、時おかずしてこの捕縛の一報である。
まさに噂をすればなんとやらであるが、ともかくあいかわらず黙して紅茶を口にするフランソワーズ様にかわり、僕はさらに衛兵に質した。
「それで、将軍らはどこで捕縛されたのだ?」
「報告によれば、東の隣国ミカワン王国と国境を接する東部ラルゴ領内とのことで、その地の民家に潜伏していたところを発見し、捕縛にいたったとのことにございます」
「潜伏していたというと、そこの住人がかくまっていたのか?」
「いえ、それがどうやら将軍らが民家に押し入り、住人らを脅して居座っていた模様です」
「民家に押し入った……?」
「はい。民家に潜みながら捜索の手がゆるむのを待ち、隣国のミカワン王国に逃れようと計画していたようですが、それより早く住人が機転を利かして将軍らへの食事に眠り薬を入れ、寝こんだところをみはからい代官所に駆けこんで通報し、将軍らの所在があきらかになったとのこと。憲兵隊が駆けつけたときにはまだ将軍らは眠りこんでいたこともあり、たいした混乱もなく無事捕縛にいたり……」
……衛兵の報告を聞いているうちに、他人事ながら僕はなんだか侘びしい気分になった。
たしかに「無恥」「無能」「無節操」と三拍子そろった度しがたいおっさんではあるが、それでも代々国軍の将軍を幾人も輩出してきた武門の名家出身にして、自身も大将軍にまでなった名誉ある王国騎士である。
そんな人間がいくら捕まりたくないからといって、こともあろうに一党をひきつれて民家に押し入り、住人を脅迫して潜みつつ追っ手の目をかわそうとするとは、やっていることはほとんど押しこみ強盗である。
きっとダイトン家のご先祖様たちも、家名に泥を塗りまくる不肖の子孫に今頃草葉の陰で号泣していることだろう。
ま、おかげで僕らは笑って大団円を迎えることができたので別にいいんだけどさ……。