終章 祝着至極のはずだけど その②
「ランマル、ただいま戻りました」
「お帰り、ランマル。報告ではずいぶんと向こうで苦労したそうね」
そう言葉をかけつつも、こちらをかえりみることなくバラの手入れを続けるフランソワーズ様に僕は小さくうなずいてみせた。
「はい。貴族の心情には凄まじいものがありました」
「そう……とりあえず、詳しく聞きましょうか」
ようやく手入れを止めたフランソワーズ様はその場から歩き出し、園内に建つ四阿に場所を移した。
そこで女官らが運んできた紅茶を飲みながら、僕は現地での出来事と顛末をフランソワーズ様に語って聞かせた。
すべてを失って没落した貴族たちの悲哀と、なにより僕の努力と苦労をすこしでも知ってもらいたかったからだが、しかし当のフランソワーズ様はというと、貴族の悲哀にも僕の苦労話にもたいして感銘をうけた様子もなく、それどころか「胸が痛むわねえ」とか「大変だったわねえ」といった、なんとも空疎な一語で片付けられてしまった。
ほかにもっと言うべきことがあるんじゃないのと僕は胸の中で噛みつかずにはいられなかったが、それでも抵抗した貴族たちを咎めることなく解放したことについては、「お前の判断を尊重するわ」と意外にも寛大なことを言ってくれたので、まあ差し引きよしとするか。
「それでランマル。貴族たちから没収した財産のことだけど、具体的にはどのていどになったのかしら?」
この質問あることをあらかじめ予測していた僕は、声調をととのえてから応じた。
「はい。土地や建物、さらに絵画などの美術品の類をのぞいた没収財産の合計は、金貨換算にしましてざっと百万枚ほどになります」
僕の報告にフランソワーズ様は興がったように小さく口笛を吹き、
「ずいぶん貯めこんでいたものね」
「なにしろ諸侯だけでも十五人。その他の貴族や将軍クラスの騎士たちを含めますと、処罰の対象者は二百人を超えましたから。それと同様に没収した彼らの領地ですが、こちらのほうはしめて二十五領になります」
「すると、王家の直轄領はどのくらいになるのかしら?」
「没収した領地を加算しました天領の合計はちょうど四十領。これはオ・ワーリ国内全領地の五割を占めることになります」
「けっこう、けっこう」
と、フランソワーズ様はますます上機嫌の態である。
そりゃそうだろう。今までは各地の領主から一割が上納されていた年貢が、これからはまるまる王家のものになるのだ。
先の没収した財産を含めて王家に転がりこんでくる財貨は莫大なものとなる。それこそ先の戦いで費やした戦費など「子供の駄賃」としか思えないほどの。
だからであろう。紅茶を口にしつつフランソワーズ様はあいかわらずのニコニコ顔で、
「ま、私の化粧代になると思えば、彼らも没収されて本望でしょう」
などと、都合のいいことをのたまう始末である。
あいかわらずの気分屋ぶりに僕は心の中で舌を出しつつも、声にだしてはこう「ヨイショ」してみた。
「おそれながら陛下の美貌の前には、化粧品などは無用ものと私には思えますが」
「ランマル。そういうことは面と向かって言うものではなくてよ」
困ったものね。そう言いたげな口調で僕をたしなめるフランソワーズ様であったが、本気でたしなめるつもりなどないことはその顔をみりゃわかる。
だって目もと口もとがユルユルじゃん、ユルユル!
「失礼いたしました。しかしながら陛下。財産もそうですが、領地まで完全に取り上げてしまいますと貴族らが困窮し、ひいては今後、自暴自棄に駆られて同様の事件を起こす懸念がありますが……」
「ほんと、胸が痛むわ」
と、ちっとも痛めているようには見えない態で応じたフランソワーズ様は、そのまま黙して考えこんだが、それもごく短時間のことだった。
「そうね……じゃあ一割だけ残してやりなさい。それで十分でしょう。一割だけでも庶民からしたらとんでもない大金なのだからね」
「かしこまりました。では、そのように手配いたします」
先の「ヨイショ」が奏功したのかどうかはわからないが、とにかく寛大な処置に僕は内心で安堵した。
なにしろ一厘から百倍の一割に増えたのだ。
以前までの贅沢な暮らしはむろん望むべくもないが、それでもフランソワーズ様の言われるとおり、庶民からしたらベラボーな大金が手元に残るのだから、すくなくとも日々の生活に困窮することはないはずだ。
あとは女王への恨み辛みをいっさい忘れて、つつましく穏やかに国都で暮らしてくれることを祈るばかりである。
貴族らへの処分と天領化に関する話が一段落したところで、僕は別の話題を口にした。