第三章 ゴッド・セーブ・ザ・クイーン その⑬
「それでは殿下。女王陛下の御沙汰をお伝えいたします」
意を決してそう告げると、僕は小脇に抱える木箱から厚紙に包まれた一通の書簡をとりだして、それを眼前に掲げた。
「上意である!」
僕の一語に殿下が片膝をついてかしこまる。
その姿を見やりつつ僕は厚紙からさらに一枚の宣告状をとりだし、そして内心で大きく息をついた後、全身の勇気と覚悟を総動員してそれを読みあげた。
「王国宰相カルマン・ルイ・シャルル・ド・ウル・ウォダー大公。先の謀反および内戦における咎により、その首謀者たる汝に国外への追放を申しつけ……えっ?」
一瞬、僕はとっさに口を閉ざし、手にする宣告状に顔をぐっと近づけて書面を凝視した。
緊張のあまり読みまちがえたか、もしくはやるせない心情が目の錯覚でも引き起こしたのかと思ったのだが、しかし何度読み返しても書面には、あるべきはずの「死を賜る」とか「自裁を命ず」といった非情な文言のかわりに、「国外追放」の四文字が記されてあったのだ。
国外への追放だって? なにこれ、どゆこと? 死罪を申し渡すんじゃなかったの!?
予想外の事態に直面して、僕は自分の役目も場の状況も忘れてつい思考停止におちいってしまったのだが、やがて思考力が回復すると僕はすべてを理解した。
すなわち、フランソワーズ様がカルマン殿下をお許しになられ、ほかの貴族たち同様、罪を減じられたということをだ。
もちろん国外追放も十分に重刑ではあるけれど、殿下も言われたように命さえ永らえればいつの日か罪を完全に許されて、祖国の土をふたたび踏むこともできるだろう。人間、死んでしまえばそれっきりだが、生きてさえいればいくらでも可能性はあるのだ。
まさに罪を憎んで人を憎まず!
フランソワーズ様の寛大でイキな御沙汰に「いいとこあるじゃん、あのスイカップは!」と、僕は底知れない興奮と嬉しさにおもわず小躍りしかけたのだが、とっさに自制したのはカルマン殿下のお姿が目に入ったからである。
おそらくは、いや、まちがいなく僕以上に意外すぎる御沙汰に驚いているだろうに、そんな心情など表情にも態度にもだすことなく、あいかわらず片膝をついた姿勢で黙している。
そんな殿下の「大人の態度」を前にして、僕は自分の未熟さというか、子供っぽさというものを痛感して気恥ずかしさをおぼえたのだが、ともかくひとつ咳払いをした後、僕はあらためて宣告状を読みあげた。
「王国宰相カルマン・ルイ・シャルル・ド・ウル・ウォダー大公。先の謀反および内戦における咎により、その首謀者たる汝に国外への追放を申しつける。期限は本日より三日以内とするものなり。オ・ワーリ王国女王フランソワーズ一世……以上であります」
弾む声と高揚する気持ちをどうにか抑えつつ僕が言い終えると、カルマン殿下は低頭したあとに静かに立ちあがった。そして、僕の顔をじつと見つめながら口を開いた。
「ランマル。最後にひとつ、お前に頼みたいことがあるのだが」
「はっ。私にできることでしたらなんなりと」
エマ様への伝言かなと思った僕は、この直後、殿下の意外な一語に声を失うこととなった。
「どうかフランソワーズを守ってやってくれ、ランマル」
「……は?」
とっさに言葉の意味を理解しそこねて目をパチクリさせる僕に、殿下がさらに言う。
「あれは烈しい女だ。むろん、その烈しさと天賦の武才があったからこそ現在の彼女があるわけだが、しかし、あの烈しい思考性がいずれ自身の仇となる日が来るやもしれん。そんな日が来なくてすむように、万が一にも仇を招くような兆しが妹に見えたのなら、そのときはお前が諫めてくれ。余人はいざ知らず、ランマルよ。お前の言うことなら妹は受け入れるはずだ」
僕にはとてもそうは思えなかったが、あえて黙っていた。さらに殿下が語を継いだ。
「かさねてフランソワーズを頼む。私が言うのも奇妙と思うかもしれないが、これは偽りのない本心だ」
「は、はい……」
僕が消え入るような声で応えると、カルマン殿下は微笑を漏らし、
「では、さらばだ、ランマル」
そう言うなり踵を返して、そのまま殿下はホールから出ていった。
そんな殿下の去りゆく後ろ姿を、僕はなかば放心した態で見つめていた。
別れ間際に僕に見せたあの笑み。おそらく僕は一生忘れることができそうにもなかった。
王族として生まれながら謀反人として咎をうけ、今まさにその罪で祖国を追われようとしているのに、そんな悲哀を微塵も感じさせないほど穏やかであったあの顔を……。