第三章 ゴッド・セーブ・ザ・クイーン その⑦
「そうだな……一番の理由は、将軍たちが信じる大義を彼らに与えたかったからかな」
言葉の一つ一つを噛みしめるような語調であった。
「大義……にございますか?」
「そうだ。ダイトン将軍たちが謀反を計画し、私に同盟の盟主に就くことを要請してきたあの日。来たるべき日が来てしまったと私は思った。どう考えても妹の急進的すぎる思考や手法をダイトン将軍らが甘受するはずがないからな」
ごもっとも、と内心で同意しつつ僕が沈黙していると、殿下はひとつ息を吐いてから語をつないだ。
「もはや彼らを説得できぬと悟ったとき、私がすべきことはひとつしかないと思った。要請を受けて盟主となり、彼らが信じる大義を与えてやることだと。先王の長子たる私を戴き、オ・ワーリ王国にかつての正義と秩序を回復する。それが彼らのいう大義であり、はたしてそれが大義と呼べるものなのかどうかはあえて言わぬが、大事なのは彼らがそれを信じて疑っていないということだ。ならば彼らの意を汲んで盟主になることこそ、代々わがウォダー王家に尽くしてきてくれた彼らと彼らの父祖に対する王族としての責務だと、そう思ったのだ」
「……それが、ご自身の破滅を招くことだとしてもですか?」
「そうだ」
殿下の返答は端的であったが確固たる意思があった。
避けられない死を目前にしてなお、自分のとった行動に対してわずかな後悔も抱いていない者の声であり、そして表情だった。
そんな殿下に僕は圧倒されて声も出せずにその場に佇立していたのだが、ふと殿下は微笑を漏らすと、どこか興がったような声で別の話を口にされた。
「そうそう、じつはお前に直接頼みたいことがあったのだ、ランマル」
「私に? なんでございましょうか?」
寝酒のワインでもご所望されるのかなと思ったのだが、この直後、殿下の発した言葉に僕は自分の聴覚を疑った。
「どうかエマを頼むぞ、ランマル」
「……はい?」
一瞬、僕は不覚にも臣下にあるまじき間の抜けた声を発してしまった。
しかし人間、突拍子もないことを突然面と向かって言われたら、誰しも間の抜けた反応しかできないだろうと僕は思う。いや、そんなことよりも……。
「あ、あの、殿下。エマ様を頼むというのはどういう……?」
「お前とエマが恋人同士であることは知っているよ」
(じぇじぇじぇっ!? な、なぜ、それをご存じなのですかっ!?)
まさに驚天動地の殿下の一語に、たちまち心身麻痺状態におちいった僕はあやうく卒倒しかけたのだが、そこはあの横暴スイカップに鍛えられた忍耐力を発揮してなんとかこらえた。
しかし言語力はいまだ麻痺したままで、口をもごもごさせる僕に殿下は愉快そうに笑ってみせた。
「心配するな、私は咎める気などない。むしろ喜んでいるのだ。あの子が地位や身分などにとらわれない恋愛観を持っていたことにな」
そうカルマン殿下は言ってくれたので僕はいくぶん平静を取り戻すことができたのだが、しかしながら問題はもう一人のデンジャラスなあのネーチャンのほうだ。
いまだざわつく胸中を必死に抑制しつつ、僕はおそるおそる殿下に訊ねた。
「ま、まさか、そのことは陛下も……?」
「さて、そこまではわからないが……」
言いさして口を閉ざしたカルマン殿下は椅子から立ち上がり、僕が持ってきた机の上の筆箱を開けて毛筆を一本とりだした。そして、その筆を手にしながら肩越しにさらに僕に語りかける。
「ランマルよ、どうかエマのことをよろしく頼む。いかに王族として生まれたとはいえ、せめてあの子だけには政略結婚のような不毛な婚姻をしてもらいたくないのだ。それはフランソワーズも同様だが、あれには女王としての立場があるゆえそれもかなわぬだろう……」
「殿下……」
殿下の言葉に僕はどう応じていいかわからず、それ以上言葉を続けることができなかった。
その場に佇立したまま、それでも発すべき言葉を脳裏で必死に模索したのだが、結局見つけられないままに殿下の部屋を辞去したのである。