第三章 ゴッド・セーブ・ザ・クイーン その⑥
「これは四騎士団長の方々。まだお休みにならなくてよろしいのですか?」
僕がそう声をかけると彼女たちはなにやら噴き出しそうな表情で視線を交わし、ややあって「女傑」パトリシア将軍が応じた。
「なんだか落ち着かなくてね。なんというかこう、まだ興奮状態というか、体中の血が騒いでなかなか眠れないのよね」
なので、今の今まで四人集まってお酒を酌み交わしていたのよ。そう言って苦笑するパトリシア将軍に、傍らのガブリエラ将軍が人の悪い笑みを浮かべて、
「まだ暴れ足りないのまちがいなんじゃないの、パティ?」
と、からかうと、四人の騎士団長たちはキャッキャと笑いあった。
こういう姿を見ると、皆、ごく普通の女の子といった感じである。
実際、彼女たちはまだ二十歳にも満たない正真正銘の「ギャル」なのだが、それが甲冑をまとい剣や槍を手に馬にまたがって戦場に出ると、ああも勇猛な戦士に一変するのだからまことに女性とは恐ろしい生き物である。
ふと笑いをおさめたヒルデガルド将軍が僕に訊いてきた。
「それにしても、あなた、こんな夜遅くにまだお仕事をしているの?」
「いえ、仕事の方は一段落しました。これはカルマン殿下に頼まれた筆と紙をお部屋までお持ちするだけです」
僕がカルマン殿下の名を口にすると、彼女たちの表情が一瞬の変化を見せた。
皆、たちどころに笑いを消し、なんとはなしに互いの顔を見やると、ふたたびヒルデガルド将軍が僕に訊いてきた。
「ねえ、ランマル卿。女王陛下はカルマン殿下をどのように処されるおつもりなのかしら?」
「どのようにと言われましても……」
とっさの返答に窮した僕に、ヒルデガルド将軍が重ねて問うてくる。
「やはり重刑は避けられないの?」
「私にはなんとも申しあげられません。すべては陛下の御心しだいですので」
僕としてはそう答えるしかなかった。なにしろうかつに口にしていい類の話ではないのだ。
それは彼女たちも承知しているので、それ以上僕に質すことはなかった。
四騎士団長らと別れた僕は、カルマン殿下が監禁されている宰相執務室に向かった。
部屋の前に立つ監視役の兵士に扉を開けてもらい、僕が執務室に足を踏み入れたとき。その部屋でカルマン殿下はガウン姿で肘掛け椅子に座り、一冊の書物を手にしていた。
「夜分失礼いたします、殿下。ご依頼の筆と紙をお持ちいたしました」
「ありがとう。机の上においてもらえるかな」
「はっ、かしこまりました」
言われたとおりに執務用の机の上に筆と紙をおくと、僕は殿下に向き直り、
「読書をされておいででしたか」
「うむ。沙汰が下るまで、これといってやることもないのでな」
沙汰という言葉が耳を打ったとき、僕の中に緊張が走った。
先ほどは四騎士団長らに対してあのように返答したものの、じつのところ僕にはカルマン殿下に下される沙汰、すなわち刑罰の内容はあるていど予測できた。
おそらくは最重罰の刑が言い渡されるであろう。むろん、それはカルマン殿下ご自身が一番承知しているはずなのだが、にもかかわらず殿下からは刑に対するわずかな恐怖心も悲壮感も感じられなかった。
みるからにくつろいだ様子の、普段と変わらない温雅な雰囲気を漂わせている。これが「死期」を前にした人間の姿なのであろうか……。
そんな殿下を前にして僕は逡巡したものの、意を決してある疑問を向けてみた。
「あの、殿下。僭越ながら、ひとつだけお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「うん、なにかな?」
「殿下はなにゆえダイトン将軍らに……救国王侯同盟なるものに与されたのですか。あのような集団に正義も正当性もないことは、殿下が一番おわかりだったはずでは?」
そう僕が問うと、カルマン殿下は一瞬、驚いたように両目をしばたたいたが、すぐに微笑を口もとにたたえながら僕の疑問に答えてくれた。