第三章 ゴッド・セーブ・ザ・クイーン その⑤
救国王侯同盟の降伏をうけてフランソワーズ様ひきいる女王軍が国都に入り、さらに王城にも入ったのはあのアセナール平野での戦いから二日後のことだった。
その日の正午。軍勢をひきつれて一ヶ月ぶりに国都に足を踏み入れたとき、僕たちを待っていたのはそこに住む数万の人々の熱狂的な歓声と拍手の二重奏だった。
騎兵の列に周囲を守られた馬車に乗って凱旋するフランソワーズ様に、国都の街路を埋めつくした数多の民衆は心からの声を女王にとどろかせてきたのだ。
「フランソワーズ女王万歳!」
「女王陛下に栄光あれ!」
「女王に神のご加護を!」
やや無秩序ではあるが、人々の力強い熱狂ぶりは偽りのないものであろう。
フランソワーズ様と僕が乗る馬車の周囲をかためる兵士たちも、そんな民衆の歓声に自分たちの戦いが長く語り継がれるものであり、オ・ワーリ王国の正史に記される瞬間に立ち会ったということを実感しているのだろう。皆、誇らかな顔つきで行進している。
ともすれば「暴君」に思われがちな――その一面はたしかにある――フランソワーズ様であるが、じつのところ下級兵士や一般の民衆からは「善王」として高い人気を得ているのだ。
それもこれも税の額を先王時代とくらべて半分にしたり、一部の豪商から特権を奪って誰でも自由に王族相手の商売ができるようにしたり、身分の低い者でも国の要職にとりたてたりと、フランソワーズ様が断行した改革の成果であろう。
もっとも、逆の見方をすればその改革が特権層の反発を招き、今回の騒動とそれに続く内乱を生んだとも言えなくもないのだが。
それはともかく僕たちが国都に凱旋するまでのこの間、アーセン城に立てこもったダイトン将軍の一党はカルマン殿下の再三にもわたる説得にも耳をかさず、あいかわらず籠城を続けていた。
こうなるとこちらとしても攻城の準備を進めなければならないのだが、しかしフランソワーズ様は一笑に付して攻城論をしりぞけた。
「攻城戦など無用よ。周囲を軍兵で取り囲んでいれば、そのうち勝手に干乾しになるから」
その言葉に僕はすぐに得心したものである。
たしかに籠城とは援軍を前提にするものだ。しかし今の同盟軍(わずか五、六十人ほどの極小勢力だが)にはもはや増援を期待できる味方はいない。
大部分の将兵はアセナール平野での戦いで焼け死んだか、もしくは捕虜になり、王城に残っていた勢力もすでに降伏して全員が城内にて監禁されている身である。もはや孤立無援のダイトン将軍らなどは無視して、城内の水や食糧が尽きるのを待てばいいのである。おそらく、ひと月とたたないうちに飢えに苦しんで投降してくることだろう。
さて、そんなこんなで時間は過ぎ、やがて太陽が消えて夜の帳が国都全体を包みこむ時分になると、街中同様、女王の凱旋と帰還に沸きたっていた王城内も静けさと落ち着きを取り戻していたのだが、中にはちっとも落ち着きを取り戻せないでいる者もいた。ほかならぬ僕である。
なにしろあの横暴スイカップめが、凱旋と帰城の余韻にひたる間も与えずに、
「戦勝式典は明日やるからね。ちゃんと準備をしておくのよ、ランマル」
などと、あいもかわらず労働基準法をガン無視することを平然と言いやがったので、おかげで僕はそのために食事も休息もろくにとらずに準備のために奔走するハメになったのである。
なにしろフォロスら城の侍従官たちは戦いが終わって解放されたことによる安堵からか、皆、虚脱感というか脱力感というか、とにかく無気力状態におちいっていて、とてもじゃないが使い物にならない状態であった。
かといってあの女王様がそれを理由に式典を延期してくれるかというとそんなはずもなく、しかたなく僕はほとんど一人で明日の式典の用意を進めたのである。
心の中で「あのデカパイめ、いつか天罰が下るぞ!」などと罵りながら筆を走らせて文書を記し、各部署にあれこれ指示を下し、城内を上に下に走りまわること五刻余り。
夜半過ぎにいたってようやくすべての仕事を片付けた僕は、就寝前の習慣であるホットミルクを一杯飲んでベッドに入ろうとしたのだが、直前に飛びこんできた「勅命」に慌てて身支度を整えた。
現在、城内に監禁中のカルマン殿下が筆と紙を所望されたのだ。それも僕を指名して。
殿下からのまさかの依頼に僕は驚いたが、ともかく頼まれた筆と紙を持って部屋を出ると、その途中、城内の廊下を歩いていた四騎士団長と出くわした。
先刻まで開かれていた凱旋の宴の余韻と言うべきか。程度に差はあれ四人ともそれなりに酒量が入っていたようで、赤らんだ顔で陽気な声をあげながら廊下を歩いていた。