第三章 ゴッド・セーブ・ザ・クイーン その④
「やったぞ!」
炎に呑まれた敵兵の姿に、本陣に詰める兵士たちの口から歓声があがった。
突破を許したと思わせてその実、大量の油をまいた一帯に入ってきたところを狙って火矢を放ち、火攻めにする。
作戦を考案し、実行し、成功させたフランソワーズ様の手腕はたしかに見事だし、それを喜ぶ兵士たちの気持ちもよくわかるのだが、しかし僕はというと、目の前で起きている「現実」をどうしても素直に喜ぶことはできなかった。
それも当然だろう。火に怯えていななき暴れる馬からふるい落とされ、地面にたたきつけられたあげく火だるまになって断末魔の絶叫をあげているのは、皆、同じオ・ワーリ国民なのである。
しかも追い打ちをかけるように前方からは本隊が、後方からは四騎士団がそれぞれ駆けつけ、炎の壁に閉じこめられた彼らに向かって矢の乱射を浴びせているのだ。
行動の自由を奪われた彼らに頭上から降りそそぐ矢の雨をかわすことなどできるはずもなく、火に焼かれたあげく矢に射抜かれた同盟軍の兵士たちが次々と地面に崩れおちていく。あまりにも凄惨すぎるその光景に、さすがに僕はいたたまれなくなって目を背けていたのだが、
「ランマル、ちゃんと見ていなさい!」
という厳しい声に鞭打たれ、僕ははっとして横に視線を転じた。
見つめる先ではフランソワーズ様が、その声に劣らぬ厳しい顔つきで僕を睨んでいた。
「へ、陛下……」
「目をそらさずに見ているのよ、ランマル。女王に……この私に弓引いた者がどのような末路をたどるのか、その目にちゃんと焼きつけておきなさい!」
「は、はい……」
その烈しい語調と表情に圧倒された僕は、命じられるままにふたたび炎立つ野に視線を戻した。
歯ぎしりまじりの独語が鼓膜を刺激したのは直後のことである。
「そうよ、私に逆らう者は皆、こういう末路をたどるのよ。誰であろうと許さない。たとえ身内といえども絶対に許さないわ。絶対に……!」
呪詛の響きを感じさせるその声は小さく低く、おそらく発声者ですら自覚していないのではと思われたが、僕の耳にははっきりと聞こえたのである。
たちまち背筋に得体の知れない冷たいものが流れるのを自覚した僕は、聞こえなかったふりをして前方の戦場に視線を固定させていたのだが、遠景に生じた異変に気づき、慌てて遠眼鏡を覗きこんだ。
「へ、陛下、あれを!」
僕が遠眼鏡越しに見たのは、約五十人ほどからなる敵軍の本隊である。
ダイトン将軍を筆頭にそれまで戦いに加わらず、陣をおいた場所から一歩も動かずにいたのだが、その本隊がにわかに動きだしたのだ。
ただし、こちらに向かってではない。一様に馬首を反転させて反対方向に駆けだしていったのだ。
ようするに逃げだしたのである。炎に呑みこまれた味方の兵士たちを見捨てて。
「ふん、ダイトン将軍らしいわね」
遠眼鏡を覗きこみながらフランソワーズ様が吐き捨てた。
薄い笑いがその面上にはあったが、嫌悪と侮蔑の念をその声から感じとることは容易であった。
「陛下、早く追撃の指示を! アーセン城に逃したら厄介なことに……!」
「いいわ、放っておきなさい」
慌てふためく僕とは対照的に、フランソワーズ様は落ち着きはらった態で言った。
「し、しかし、このままで籠城されてしまいますが……」
「もはや反乱軍は壊滅したも同然よ。今さら籠城戦などしかけてきたところで相手にすることないわ。負け犬など放っておいて国都に進軍し、王城に残る兄上に降伏を勧告するのよ。このダイトン将軍の不様な負けっぷりを伝えれば、おそらく兄上は抵抗することなく勧告に従うんじゃないかしら」
「な、なるほど……」
フランソワーズ様の意図を察して僕は首肯した。
それから一刻余りして、戦場から逃走したダイトン将軍の一党がアーセン城に逃げこんだという一報が入ってきたが、彼らなど無視して僕たちは国都に降伏勧告の使者を差し向けた。
「われら救国王侯同盟は女王フランソワーズ一世の勧告に従い、ここに降伏することを受け入れる。その証しとして同盟軍は武装解除し、王城を女王に明け渡すものである」
カルマン殿下の名で降伏と開城の意思を伝えてきたのは、その日の夜のことであった。
あしかけ一月にもおよんだ謀反とそれに続く内戦は、こうして終結したのである。