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わが青春のフランソワーズ  作者: RYO太郎
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第三章  ゴッド・セーブ・ザ・クイーン その③





「と、止まりませんよ、陛下!?」

 

 悲鳴にも似た僕の声に対するフランソワーズ様の返答は「無」であった。

 

 上下の歯をギリギリと噛みしめながら、遠方で繰りひろげられる攻防の様を鋭い目で見つめている。


 その表情は厳しく硬く、追いつめられた敵が死に物狂いで攻めてくるのは予想できたこととはいえ、さしものフランソワーズ様もここまで彼らが奮戦するとは思っていなかったのだろう。


 しかし、まだわが軍には本隊付き三千の兵士が残っている。


 参集してきた貴族の私兵の寄せ集めで精鋭たる四騎士団には遠くおよばない弱兵の集団だが、それでもこれだけの兵力を戦いに投入すれば同盟軍に壊滅的打撃を与えられるはず。


 そう考えた僕はさらなる増援を進言しようとしたのだが、それよりも早くフランソワーズ様が静かな声を向けてきた。


「ランマル。〈アレ〉の用意はできているわね?」


「えっ?」

 

 一瞬、僕はフランソワーズ様の顔を見やった。


 あいかわらず厳しく硬い表情がそこにあったが、一方で微妙な違和感を僕は感じとった。


 吹っ切れたというか達観したというか、とにかく先ほどまで微量ではあるがたしかにその面上にあった「焦り」「驚き「迷い」といった類の感情が完全に消えていたのだ。

 

 僕は生唾をひとつ呑みこんでからおそるおそる訊いた。


「ほ、本当に〈アレ〉を実行されるおつもりですか?」


「当然でしょう。今すぐ準備しなさい」

 

 フランソワーズ様の命令をうけて、僕はまたしても生唾を呑みこんだ。

 

 たしかに〈アレ〉のための用意はすでにできている。仕掛けを終えるのも半刻とかからないだろう。


 しかし、いくら敵とはいえ相手は同じオ・ワーリ国民なのである。勝つためとはいえあんな苛烈すぎる戦法をはたして使っていいのだろうかと、善良で小心な為人の僕としては逡巡せざるをえない……。

 

 そんな批判めいた僕の心の声が聞こえたのだろう。フランソワーズ様は(きつ)とした鋭い目で僕を見すえると、同種の声音で僕を叱咤した。


「やらなきゃ私たちがやられるのよ、ランマル。戦いに情けは無用よ!」


「ぎょ、御意!」

 

 厳しい声に鞭打たれて、僕は慌てて低頭した。

 

 たしかにフランソワーズ様の言うとおりである。


 同盟軍(むこう)だってフランソワーズ様の首を獲ろうとしているのだ。そんな連中にこちらが同情や躊躇をおぼえる義理などない。そう強く自分に言い聞かせながら僕は塔車を降り、本陣詰めの兵士に命じて〈アレ〉の準備を急がせた。

 

 それから半刻ほど経ってすべての準備を終えた僕はふたたび塔車に昇り、あいかわらず腕組み姿で遠景の戦いを見つめているフランソワーズ様の前にひざまずいてその旨を告げた。


「陛下、すべての準備が整いました。いつでも開始できます」


「よろしい。では、すぐに始めなさい、ランマル」


「はっ!」

 

 フランソワーズ様の命を受けて僕は眼下の兵士に合図を送ると、またしても本陣後方から花火が打ち上がった。今度は赤色のものが四発同時にである。

 

 前線の状況に変化が生じたのは直後のことだった。


 それまで必死に同盟軍の突破を食い止めようと奮戦していたフェニックスおよびドラゴン両騎士団の隊列がにわかに崩れ、ついで左右に分断されるとその間隙を同盟軍が突進し、そのままわが軍の包囲網を突破したのだ。

 

 もはや阻む者もなくなった平野を、同盟軍の騎兵がわが軍の本陣に向かって一直線に疾駆してくる。


 対するわが軍はというと、長槍をかまえた歩兵が本陣の前に横隊に並び、槍先を突き向けて迎え撃とうとしている。すくなくとも同盟軍にはそう見えたであろう。


 歩兵などただ一撃で蹴散らしてやるわ! 歩兵がつくる長槍の壁を見ても、少しも速度をゆるめようとしない同盟軍の動きを見るかぎりそうも思ったかもしれない。しかしこの直後、わが軍の本当の狙いが別にあったことを彼らは知ることになった。

 

 それは平野を疾駆する同盟軍騎兵が、わが本陣まであと三百メイル(三百メートル)ほどの距離にまで迫りきたときのことだった。彼らの突進する先にある平野上に、わが軍の本陣から矢が放たれたのである。

 

 それは矢じりに火がついた、いわゆる「火矢」であったのだが、その火矢が地表に降りそそがれた瞬間、地面から炎が宙空に噴きあがった。突如として前方に出現した炎と煙の壁に同盟軍の動きはたちどころに停止し、驚愕の悲鳴が重なりあがった。

 

 これこそフランソワーズ様が「とっておきの策」として考案し、今しがた僕にその実行を命じた「火攻め作戦」である。


 あらかじめ敵兵が進んでくるルートを予測し、そこに大量の油をまいておいておく。あとは敵軍が矢が届く距離にまで迫ってきたところをみはからって火矢をうちこむのだ。

 

 油がまかれた範囲は広く、噴きあがった炎は人馬もろとも同盟軍をたちどころに呑みこんだ。

 

 猛烈な火焔と濃い黒煙の壁の中に閉じこめられた彼らの間からは、断末魔の絶叫と悲鳴が繰り返しあがり、さらに猛火を恐れる馬たちのいななく声が、これまた切なすぎるほど鼓膜に響いてくる。火矢を投じてからここまであっという間の出来事だった。




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