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わが青春のフランソワーズ  作者: RYO太郎
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第二章  救国王侯同盟 その⑮

   

 フランソワーズ様が軍勢をひきいてブルーク城を発ったのは、城を手中におさめてから十日後のことだった。


 先頭を征くのはガブリエラ将軍のタイガー騎士団、城の守備はグレーザー男爵というカナン城進発時と同じ展開と陣容であるが異なる点もある。兵力の規模がそうだ。

 

 この間、わが軍は新たに参集してきた貴族の私兵も取りこんで、再編の結果、その数は五千人にまで膨れあがった。対して同盟軍の兵力は、クレマンス将軍がひきいた別働隊が敗北したことで今では二千人余りのはず。


 これは数の上で優位に立ったことになる。おまけにクレイモア伯爵によれば、王城に拠る同盟内部は一日ごとに混乱と動揺が増大しつつあるとのことで、ますます僕らは有利な立場にあると言えよう。

 

 それはいいのだが、気がかりなのはフランソワーズ様がブルーク城を進発して以来、口数がめっきり減っていたことだ。僕が意見や報告を述べても「そうね」とか「まあね」とか、あいまいな、というより上の空の返事に終始しきりで、とにかく反応が薄いのだ。

 

 戦いの気配は刻一刻と濃くなっているのになんだか意気も覇気も感じられないし、僕としてはいささか気がかりである。ま、おそらくは来たるべき戦いにおいてどう勝利をおさめるのか、そのことで頭がいっぱいなのだろう。

 

 フランソワーズ様が無口な状態を保っている間にも僕らは進軍を続け、ブルーク城を発って二日後には国都の西に隣接するガナーズ領にまで到達していた。

 

 この間、交戦はおろか敵軍とただの一度も遭遇しなかったことからも、同盟軍がすべての兵力を国都に集結させて彼の地での決戦に備えていることがうかがい知れた。

 

 国都には数万の領民がおり、彼らを戦火の巻添えにすることにはさすがに躊躇をおぼえるが、かといって、こんな国が分裂した状態を長々と続けていては近隣諸国の――というよりミノー王国が――不必要な干渉や介入を招いてさらなる混乱におちいる危険性もある。

 

 国都の領民には申し訳ないが、戦力で優位に立った今こそ一気呵成に同盟軍を攻めて国都を奪還し、あるべき秩序を回復させるしかない。もはや腹をくくってやるっきゃ騎士(ナイト)

 

 さて、ガナーズ領入りした僕たちは、国都攻略における拠点と定めた領内最大の規模を誇るヴェンゲル城に腰を据えると、それから三日間は何事もなく平穏な時間が過ぎていった。

 

 ある日の夜。城内の廊下を歩いていた僕は、その一角でヒルデガルド将軍に呼び止められた。

 

 前線とはいえ城の中ということもあってヒルデガルド将軍は甲冑姿ではなく、すらりとした細身の身体を上はフリルのついた薄手の白いブラウス、下は黒革のズボンに膝近くまである長革靴(ロングブーツ)という軽装でつつんでいた。

 

 美しい光沢のある長い黒髪は束ねられることなく解放されていて、背中の上で軽く揺れている。まさに「男装の麗人」という言葉がぴたりとくる姿で、腰に吊したサーベルがこれまたその装いに絶妙のアクセントをもたらしている。

 

 できればドレス姿も一度、お目にかかってみたいものだと僕は思った。これでもうすこし胸があれば完璧なんだけどな……。


「ランマル卿。今、ちょっといいかしら?」


「なにごとでしょう、ヒルデガルド将軍?」

 

 そう訊き返したものの、将軍の用件はおよその見当がつく。

 

 案の定、そのとおりで、入城して以来、まるで動こうとしないフランソワーズ様についてであった。


「陛下はなにをお考えなのかしら。この城に入ってもう三日目。ただの一度も軍議を開こうとされないし……あなた、なにかご存じではない?」


「それが私にもまったく……とにかくなにを訊いても上の空といいますか、空返事ばかりでして……」


「やはり陛下は、国都での決戦をためらっておいでなのかしら?」


「まあ、常識で考えれば当然かと。どう戦っても被害が大きすぎます」


「かといって、彼らが降伏勧告に応じるとは思えないわ」


「同感です。あの勧告文の内容では、とても期待薄かと……」

 

 じつのところヴェンゲル城に入るのと前後して、ヒルデガルド将軍らの強い勧めもあってフランソワーズ様は王城に使者を送り、同盟側に降伏を勧告していたのである。

 

 無益な戦いが避けられるならそれに越したことがないので、それじたいはけっこうな話なのだが、問題は彼らに送った勧告文の内容である。なにしろフランソワーズ様が提示した降伏の条件というのが、


「全員、爵位は剥奪、領地も没収。財産は残してやるけど、その額は全財産の一厘ね」

 

 というから、これでは降伏するなと言っているのにひとしい。なんだよ、一厘って?

 

 これでもフランソワーズ様に言わせると「限界ギリギリの譲歩。これ以上は無理ったら無理。絶対に無理!」と言うから、なにをか言わんやである。で、当然ながら同盟側は拒否し、現在の睨み合いの状況が続いているというわけだった。

 

「これでは当分、この状況が続くわね」というヒルデガルド将軍のため息まじりの見解に僕も同意見であったが、その状況に変化が生じたのは翌日の昼のことであった。朝早く城に急報がもたらされて、同盟軍が王城を進発し、そればかりか国都をも出て、われわれとの決戦に挑もうとしているのだという。

 

 昼前に招集された軍議の席でそのことを知らされた僕や四将軍は、その一報に心底驚かずにはいられなかったが、その一報を僕らに告げたフランソワーズ様はというと、とくに驚いている様子は見られなかった。いや、それどころか愉悦の色が目もと口もとに見え隠れするあの表情は「してやったり」といった顔つきである。

 

 さてはなにかやったな、このスイカップめ。動物的直感でそのことを察した僕はフランソワーズ様に質した。


「もしかして、陛下がなにか手を打たれたので?」


「まあね。ちょっと古典的な方法だけど、連中には効果があったようね」

 

 というフランソワーズ様の口調と顔つきは、戦略家というよりは、ちょっとした賭け事に勝ちをおさめた博打打ちのものだった。


「古典的な方法と言いますと?」


「王城に居座るなんちゃら同盟の連中を挑発してやったのよ。何度もね」

 

 フランソワーズ様によれば、降伏勧告の使者にそれとはまた別の書状も持たせたという。

 

 その内容はというと、フランソワーズ様いわく――恥知らずにして不忠者の極みたる反乱軍の賊党たちよ。ネズミの糞ほどの勇気があるのならわれらとの決戦に挑んでみよ。すでにお前たちの醜態の限りは国民すべてが知るところであり、嘲笑と侮蔑にまみれたその名は永遠にわが国の正史に刻まれことになろう。これ以上、家門と先祖の名誉を貶めたくなければ、国都を出てわれらとの戦いに臨むべし。それに勝利することこそが唯一回避の道である……。


「ま、そんなところね」


「な、なるほど……」

 

 淡々と自らの「裏工作」を話すフランソワーズ様に、僕は内心であ然とするしかなかった。

 

 そりゃ、そんな挑発をされたら彼らも態度を硬化させて、降伏勧告など一蹴するわな、と話を聞いた今では納得するだけだが、どっこいフランソワーズ様の「裏工作」はこれだけにとどまらなかった。


 ひと口紅茶をすすり、さらにフランソワーズ様は言う。


「もちろん、それだけでは不足と思って、ことのついでに城下にもばらまいてやったわよ。連中をけしかけるためのビラをね」


「ビラ?」


「そうよ。なんちゃら同盟の貴族どもは去勢されたブタも同然の臆病者。吠えるだけしか能のない口だけ番長だ、とかね。間者を使ってけっこうな枚数を街中に流したから、もうほとんどの住民が目にしているんじゃないかしら」

 

 番長ってなんだろう? と、僕は聞き慣れない語彙に思ったのだが、それはともかく同盟側が動きだした理由がこれで完全に理解できた。

 

 ようするにフランソワーズ様の名ばかりの降伏勧告と、それに続く家柄を標的にした罵詈雑言にもともと感情の沸点が低かった彼らが「ふざけやがって!」と激怒し、女王軍との戦いを決断させたのだろう。

 

 フランソワーズ様の児戯めいた挑発と、そんな思惑ミエミエの挑発にいとも簡単に乗ってきた同盟側に、「争いは同じレベルの者同士でしか生じない」というオ・ワーリ王国に伝わる故事が僕の脳裏をかすめたが、まあ、それで国都での戦いが避けられたのだからよしとしよう。

 

 手にしていた紅茶のカップをテーブルにおき、フランソワーズ様は語をつないだ。


「斥候からの報告では、連中は現在、国都西端のラゴーレ地区に軍を集結させているとのこと。おそらくはアーセン城を拠点にして戦いに挑むつもりね」

 

 アーセン城は、国都の西端に建つ騎士団の駐屯所である。

 

 文字どおり騎士団が駐屯するためだけに築かれた城で、防壁や壕の類はなく、また砲台も備わっていない。おそらく同盟軍は籠城戦ではなく、野戦で勝敗を決するつもりなのであろう。

 

 本来、兵力で劣っている場合は籠城戦を挑むのが用兵学上のセオリーなのだが、フランソワーズ様の挑発に完全に頭に血がのぼっているのか、それとも兵力が少なくても野戦で勝利する自信があるのか。はたまた自棄(やけ)のやんぱちになっているだけなのか。どうもそのあたりが僕には理解できないのだが、ともかく城を出て戦ってくれるというのなら、こっちとしては願ったりかなったりではある。

 

 それまで無言を保っていたヒルデガルド将軍がはじめて口を開いた。


「それで陛下。想定する戦場はどのあたりになりましょうか?」


「もう定めているわ。ランマル、地図をお持ち」

 

 僕が持参した地図をテーブルの上に広げると、フランソワーズ様が白魚のような白皙の指で図上の一点をしなやかに指し示した。


「ここで連中を迎え撃ちます。奴らの墓場にふさわしい場所ですからね」

 

 フランソワーズ様が指し示した場所。それは国都の北西、ガナーズ領との領境に広がるアセナール平原だった。


 場所によっては多少の高低差はあるが、五フォートメイル(五キロ)四方にわたってほぼ平たんな地が広がる場所で、そこには一本の樹木も生えておらず、霧などの自然現象を除けば視界を遮るものはなにひとつない場所である。

 

 フランソワーズ様は顔をあげ、四人の騎士団長たちを見まわした。


「四騎士団長に命じます。各自、麾下の兵力を整え、戦いの準備に取りかかりなさい。出陣は明日の早朝といたします」

 

 誰が音頭をとったわけでもないのに僕と四人の騎士団長たちは同時に立ち上がり、そして同時にうやうやしく低頭した。かくして決戦の舞台は整ったのである。




  


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