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わが青春のフランソワーズ  作者: RYO太郎
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第二章  救国王侯同盟 その⑭




 この日、例によって例のごとく朝からさまざまな仕事に追われていた僕は、もうすぐ日暮という時分にフランソワーズ様に召し出されたので、とりあえず残りの仕事は後まわしにしてブルーク城内にあるフランソワーズ様の部屋に急いだ。

 

 このブルーク城を接収したあの日から今日で五日が過ぎていた。

 

 この間、フランソワーズ様は自軍の拠点をカナン城からこの城に移すことを決め、それにともないカナン城に残してきた武器や食糧をすべてこの城に運びこむように命じた。同盟軍が先に運び入れたものと合わせてその量たるや凄まじく、城内の倉庫がはちきれんばかりである。


 これだけあれば半年どころか一年はゆうに戦いを続けることができるだろう。もっとも、そんなに長々と戦いを続ける気などフランソワーズ様にはないだろうけど。

 

 それにしてもである。フランソワーズ様がなぜ領境の代官所などにダラダラと留まっていたのか、今になって僕はようやく理解することができた。あえて同盟軍にこの城に先に入らせることで、彼らが国都から運んできた物資をそのまま「ぶんどる」つもりだったのだろう。

 

 まったくフランソワーズ様の深慮にはつくづく頭が下がる。けっして人使いが荒くて胸がバカでかいだけのゴーマンでコーマンチキな女王様ではないのである。声にだして褒めたらギロチン台送りが確定なので口が裂けても言えないが。

 

 それはさておき、僕が部屋を訪れたとき。フランソワーズ様は室内ではなく露台にいた。

 そこに置かれたビロード張りの肘掛け椅子に座りながら紅茶を飲んでいたのである。

 

 僕は露台の入り口まで歩を進めると軽く一礼した。


「ランマル、お召しにより参上いたしました」


「忙しそうね、ランマル」


「ええ、それはもう。なにしろ続々とお味方が増えておりますので」

 

 じつはあのウェミール湖畔での勝利の後、それまで女王軍と同盟軍いずれにも味方せずに日和見に徹していた「中立派」の貴族たちが、あの日を境にこぞってフランソワーズ様の下に駆けつけてきたのだ。

 

 おかげで城内は物資のみならず人間の数も膨張し、僕はその対応と処理のために朝から晩まで奔走する日々が続いていたのである。

 

 ま、味方が増えることは正直嬉しいし、今後の戦いのことを考えれば心強いので愚痴るつもりはないが、一方で釈然としない思いもある。


 救国王侯同盟を僭称する反女王勢力による国都占領からウェミール湖畔での戦いまで、女王の下に馳せ参じる時間は十二分にあったはずなのに、今頃になって忠臣面して押しかけてくる彼らに僕は心底から嫌悪感をおぼえずにはいられなかった。どちら側が有利とか不利とか、もしくは自分を高く売れるかとか、そんなヨコシマな打算を働かせていたのは想像にむずかしくない。

 

 そんな彼らのこずるい態度が僕には許せなかったのだが、しかし、そのことを口にするとフランソワーズ様は穏やかに微笑し、


「人間なんてそんなものよ。許しておやり」

 

 と、意外にも彼らの参陣をすんなりと認めたのだ。

 

 この女王様は妙なところで寛容なのである。


「それで陛下。御用はなんでございましょうか?」


「国都の情報が入ったのよ」


「国都の?」

 

 フランソワーズ様が言うには、つい先刻、国都に秘かに送りこんでいたわが軍の間者が密書を持って帰還したいう。送り主はいまやわが軍の「諜者」と化したクレイモア伯爵である。


「それで、国都の様子は?」


「伯爵によれば、連中、そうとう混乱しているようね。ま、無理もないけど」

 

 そう言ってフランソワーズ様は、口もとに皮肉っぽい微笑をたたえた。

 

 クレイモア伯爵の手紙には国都の様子、というより城内の同盟軍の様子が記されてあった。

 

 どうやらウェミール湖畔でのまさかの敗北と、それに続くブルーク城の陥落やクレマンス将軍の戦死――正確には部下に反乱を起こされて処刑された――がよほど衝撃だったらしく、同盟に参画した反女王派の貴族たちの間には深刻な動揺が広がっているという。

 

 そんな中にあって同盟軍の主将たるダイトン将軍などは、あいかわらず気勢をあげて女王打倒を声高に叫んでいるらしいが、ほかの貴族や配下の将兵たちは彼ほどに士気を保てないようで、占領後に城内を支配していた活気はいまや霧のように消えてしまっているという。

 

 また盟主であるカルマン殿下は、日々、一人で執務室にこもることが多くなっていて、その心情はうかがい知れないという。ときどき妹のエマ様が部屋に呼ばれることはあるらしいが、なにを話されているのかも同様に不明とのことだった。

 

 僕はひとつ息を吐き、フランソワーズ様に質した。


「それで陛下。この先どうされるおつもりで?」


「きまっているじゃない。国都と王城を奪還するのよ。それ以外になにがあるのよ」


「は、たしかに……」

 

 僕は納得したようにうなずいてみせたが、本当のところ、僕が訊きたいのはすこし意味が異なる。

 

 先の勝利を取り引き材料に彼らに降伏を勧めるのか、それとも国都が炎につつまれても同盟軍との戦いを続けるのか、ということである。

 

 降伏を勧めれば無意味な血が流れずにすむ。しかし、おそらくフランソワーズ様は謀反を起こした彼らをお許しにはなられないだろう。すくなくとも盟主のカルマン殿下と主将のダイトン将軍には、命をもって罪をあがなわせるはず。

 

 また彼らに与した貴族や将兵たちも命はとらないにしても、かわりに爵位や領地の没収は避けられないだろうし、はたして彼らがその条件をのむかというと、おそらく無理だろう。となればやはり国都を戦場とした一大決戦は避けられないという結論になる。はたしてそれでいいのかと僕は思うのだが……。

 

 思案の淵を脱してふと顔をあげたとき。フランソワーズ様が僕を正視していることに気づいた。

 

 これまであまりお目にかかったことのない、奇妙なまでに真剣な光が双眸にあった。


「あの、なにか?」


「お前の考えていることはわかるわ、ランマル。兄上のことでしょう?」

 

 とっさの返答に窮して沈黙していると、フランソワーズ様が続けて言った。


「はたして兄上は、国都を火の海にしてでもこの戦いを続けるのかどうか。お前が心配しているのはその点でしょう?」


「は、はい。そこまで殿下がなさるとは思えないのですが……」


「兄上にその気がなくとも、ダイトン将軍やほかの貴族たちはやるかもね」

 

 僕が危惧しているのはまさにそれである。

 

 とくに最強硬派たるダイトン将軍などは、たとえ首を刎ねられて生首だけになっても「女王を倒すんじゃい!」と主戦論を唱えそうである。その強硬論にカルマン殿下が否応なく引きずられてしまう可能性はおおいにあるのだ。


「ところで、ランマル。これからのことだけど……」

 

 その声にふたたび思案の淵を脱した僕はフランソワーズ様を見やった。


「戦力の再編が終りしだい、国都に向かって進軍を開始するわ。いつまでも時間をかけていたら、あのタヌキがよからぬ誘惑に走りそうだからね」

 

 フランソワーズ様が何者を指しているかはもはや説明不要と思うので、あえて某タヌキ氏の実名公表は控えさせてもらう。


「ランマル、四騎士団長を呼びなさい。今後の戦略を彼女たちと話し合うから」


「はっ、かしこまりました」

 

 部屋をあとにして廊下に出ると、窓から差しこむ朱色かかった陽射しが廊下中を赤く染めあげていた。


 僕はしばしその場に立ち止まり、廊下の窓から望む暮れゆく外の景色を眺めていたのだが、ふと国都におられるエマ様の顔が思い浮かんだ。身内、しかも自分の兄と姉とが刃を交えているこの状況下で、今頃、なにを思われているだろうかと。

 

 もっとも、いくら想像の翼を広げても僕には皆目見当もつかなかったが……。


     




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