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わが青春のフランソワーズ  作者: RYO太郎
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第二章  救国王侯同盟 その⑪

 かくして翌日。フランソワーズ様を大将とするわれら女王軍四千は、国都を救国王侯同盟から奪還すべく日の出とともにカナン城を進発したのである。

 

 ただ、そうはいってもカナン城は武器や食糧を供給する後方拠点として重要な城。完全に無人にするわけにもいかないので、先の黒狼団討伐の章から出ているのにもかかわらず、いまだ詳しい描写をされない気の毒なグレーザー男爵を臨時の城主に任命して、百人ほどの守備兵ととも城の警備を任せることになった。 

 

 そんな男爵に見送られて城を発った僕たちは、行軍の速さには定評があるガブリエラ将軍が先頭を征き、軍勢全体を牽引したこともあって、昼前にはカナン領を超えて隣領シュベルニー領に入り、夕刻前にはさらに隣のアンボワーズ領の領境にまで到達することができた。

 

 まだ陽の沈まぬうちに、この地一帯を取り締まる代官所を臨時の陣屋とすることもできたので、なかなかに順調な進軍といえよう。

 

 しかし、問題はその後である。代官所に滞在して丸一日が過ぎようとしているのに、どういうわけかフランソワーズ様は軍に最進発を命じることなく、この地にとどまり続けているのだ。

 

 この代官所にはてっきりひと晩の宿代わりとして寄ったものと考えていたので、朝になったらふたたび行軍を開始するものと僕は思っていたのだが、しかし夜が明けて昼が過ぎ、陽が暮れて夜になってもフランソワーズ様が動くことはなく、結局、この代官所で二日目の夜を迎えることになった。

 

 では、来たるべき同盟軍との決戦のために戦略なり戦法なりを思案しているのかといえば、そんなことはない。昼は四将軍をひきつれて遠乗りに出かけたり、夜は夜で自らに付き従う貴族の子弟たちに持参したワインやチーズを振る舞うなどして酒宴を催したりと、とても戦いのことを考えているようには見えない。

 

 そんな緊張感も切迫感もないフランソワーズ様の態度にさすがに不審、というよりは不安になった僕は、夕食後、寝所に入ったフランソワーズ様を訪ね、この地にとどまっている理由を質してみた。

 

 部屋に入ったとき、フランソワーズ様はワイングラスを傾けながらテーブルの上に広げた地図を真剣な表情で見つめていた。


 その姿を見たとき。先に滞在していたカナン城でもたびたび地図をとりだしてはそれを熱心に見ていたことを僕はふと思いだしたのだが、口に出して訊ねたことはむろん別のことだ。


「あの、陛下。ひとつお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「なにかえ?」


「なにゆえこの地にとどまっておられるのでしょうか。斥候からの報告によればクレマンス将軍ひきいる同盟の軍勢は国都を進発後、周辺の地方領を次々と占領しながらこちらに向かっているとのこと。彼らの支配下におかれた領地の数はすでに十に達しているようで、これ以上、彼らの支配地域が増えては、今後に支障が出るのではありませんか?」

 

 こんな所でのんびりしている場合ではないでしょうと、僕は暗に言ってやったのだが、それに対してフランソワーズ様は手にするワイングラスをテーブルにおき、ソファーに座り直してから僕に言った。


「ランマル、私たちは陣取り合戦をしているのではないのよ。連中がどこの領をどれだけ占領しようが、最終的には国都を奪還すればすべて片づく話じゃないの。ちがうかえ?」


「それはわかりますが、しかし、このままでは……」


「いいのよ、これで。()いては事を仕損じると言うでしょう」

 

 と、ふたたびグラスを手に取りワインをグビグビ。まったく、なにを考えているのやら……。

 

 そのとき、部屋の扉がふいに叩かれ、侍従武官を務める一人の騎士が姿を見せた。


「夜分、失礼いたします。おそれながら女王陛下にご報告申しあげます」


「なにごとかえ?」


「はっ。今しがた斥候からもたらされた報告によりますと、クレマンス将軍麾下の反乱軍三千は、本日夕刻にアンボワーズ領内にあるブルーク城に到着し、そこを拠点に一帯の制圧に着手しはじめたとのことにございます」


「なに、もうそんな所にまで!?」

 

 騎士の報告に僕は驚いた。


 ブルーク城といえば、僕らのいるこの代官所からは馬で駆けて約半日ほどの距離にある。つまり同盟軍は、目と鼻の先にまで進軍してきたことになるのだ。

 

 地理的に考えても明日、いや、もしかしたら今宵のうちにも刃を交える可能性だってあるわけで、僕が驚きのあまり心身をこわばらせたのも当然であろう。

 

 もちろん、これあるを覚悟してのここまでの進軍であったわけなのだが、しかし、実際に戦いというものが現実味をおびてくると、僕のような知的エリートの非暴力義者は緊張と動揺でついブルってしまうのである。

 

 一方、騎士の報告を無言で聞いていたフランソワーズ様は小さくうなずき、


「わかりました。では、ヒルデガルド、ガブリエラ、パトリシア、ペトランセルの四将軍に伝えなさい。明朝、この陣屋を発ち、全軍をウェミール湖に向かわせなさい、と」


「……ウェミール湖?」


フランソワーズ様の一語に、僕は記憶をたぐって該当する湖を脳裏に探しもとめた。


それはアンボワーズ領内にある湖のひとつで、南北に一フォートメイル(一キロメートル)、東西に二フォートメイル(二キロメートル)もある国内では比較的大きな湖だ。たしか同盟軍の拠点になっている例のブルーク城も、正確な距離はわからないがウェミール湖とは数フォートメイルほどの距離にあったはずだ。

 

 命令をうけた騎士が退室したのをみはからい、僕はフランソワーズ様に訊ねた。


「陛下、ウェミール湖に全軍を集結させよとはどういうことですか? かの湖になにかあるのですか?」


「別にないわよ。ただ、そこを戦場に想定しているだけ」


「戦場……でございますか?」

 

 僕にはますます訳がわからない。湖を戦場に想定しているって、こちらには水軍の類はまったくないのである。それどころか渡し船の一隻すら持っていない。たぶん、同盟側も同様であろう。なのに、どうして湖などを戦場に考えているのだろうか……。


 思案の淵から脱すると、僕はちらりとフランソワーズ様を見やった。

 

 あいかわらずテーブル上の地図をくいるように見つめる姿が視線の先にあった……。




   


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