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わが青春のフランソワーズ  作者: RYO太郎
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序章  ホンノー城の変 その②



 


「いったいどうしたんだ、マッサーロ? 夜の夜中に騒々しい奴だな」


「た、大変です、ランマル卿。なにが大変かって、とにかく大変なのです!」

 

 わかったような、わからないようなことをひと息に言い放つと、マッサーロは乱れた呼吸を直すべく深呼吸を繰り返した。まったく、胆力も体力もないくせに慌てるからだ。

 

 ま、ちょうどいい。マッサーロの奴が呼吸を整える間、僕も簡単な自己紹介をしておこう。

  

 僕の名前はランマルという。年齢はこの年で二十五歳になり、この国――オ・ワーリ王国においてフランソワーズ女王陛下の下で主席侍従官を務めている。

 

 主席侍従官とは、女王に近習する侍従官たちの長として彼らを統べる高官職のことだ。


 城勤めの官吏としては侍従官長に次ぐ地位であるが、その侍従官長はほとんど名誉職で実際の権限はほとんど無いにひとしいことを考えれば、主席侍従官の僕が実質的にナンバー・1の側近と言えるだろう。

 

 それほどの要職に僕は今から八年前、わずか十七歳という若さで抜擢されたのだ。これだけでも僕がマッサーロなんか(はな)もひっかけないほどのエリートであることがわかってもらえると思う。

 

 まあ、僕が珠玉(たま)のように光るエリートということはおいおい話すとして、ともかく僕が生まれたこのオ・ワーリ王国は、亜大陸のはるか東の洋上に浮かぶジパング島に点在する国のひとつで、この島にはほかにも二十ほどの国々がひしめいている。

 

 かつてこの島は《ジパング帝国》という統一王朝が千年以上も支配していたのだが、王位継承をめぐる争いというありがちな理由を端に、分裂、そして衰退という、これまたありがちな結末を迎えて滅亡。


 現在では、帝国の崩壊によって派生した中小の国々が乱立するという状況が二百年以上も続いている。わがオ・ワーリ王国もその過程で誕生した一国だ。 

 

 いい機会なので、わがオ・ワーリ王国についても詳しく説明しよう――と思ったのだが、どうやらマッサーロが呼吸を整えたようなので元の話に戻らせてもらう。


「で、なにがどうしたというんだ、マッサーロ?」

 

 僕がそう訊ねると、マッサーロはひとつ生唾を呑みこみ、


「と、ともかく城の外をごらんになってください!」

 

 などと必死の形相で訴えるもんだから、僕としてもそれ以上子細を質す気にはなれず、言われるままに部屋を出て廊下の窓から望む城の外界(そと)の様子を眺めやった。

 

 この地への行幸における女王の滞在先として定めたこの城――ホンノー城は湖の中に浮かぶ小島の上に建てられたいわゆる湖城というやつで、城の周囲には城名の由来ともなったホンノー湖の鉛色の水面が広がっている。


 今は夜なので無理だが、これが太陽の出ている日中だと鉛色の湖面に城の外観がまるで鏡に映ったかのように投影されて、幻想的な光景を堪能することができるのだ。

 

 それはともかく、マッサーロの言うままに城の外を眺めやったとき。僕の目に一番に映ったのは、夜空に圧倒的な存在感を見せる黄金色の円盤と化した満月だった。

 

 はぐれ雲ひとつない、まるで天上の神々が巨大な宝石箱を投げうったような満天の星空の中でそれに劣らぬ輝きを放つその姿は、まさに神々しいという表現がぴたりとはまる。


「おお、今宵は満月か。じつに美しいが、しかし、これではぐれ雲が一角を隠していればより趣が増すところなんだけどな。ほら、短歌にもあるだろう。照る月の、雲るごとに……」


「ま、満月どころではありません、地上(した)を見てください、ランマル卿!」

 

 唾を飛ばしてわめくマッサーロに「風情というものを知らん奴だ」と、内心で吐き捨てながらも空から地上に視線を転じたとき。最初に目に入ったのは城と湖岸とを結ぶ石造りの陸橋であり、次いで目に映ったのはその橋向かいにある湖岸帯であり、最後に目に飛びこんできたのはその湖岸沿いにひしめくように生え茂る木立と、その間隙で赤く輝いている小さな光点の群だった。

 

 それが松明(たいまつ)灯火(あかり)であることはすぐにわかった。

 

 まるで蛍の発光のように、木立の暗陰で淡いオレンジ色かかった炎がいくつもゆらめき、なんとも幻想的な光景をかもしだしている。


「うむ。普段はなにげなく見ている松明の灯火も、こうして満天の星空の下で見ると、なんとも趣を感じさせるから不思議……うん?」

 

 ……松明? なんであんな所に松明の灯火があるんだ? しかもこんな夜中に?

 

 ふと疑問づいた僕は軽く目をしばたたいてから、あらためて湖岸沿いを眺めやった。

 

 やはり目の錯覚などではなく、湖岸沿い、それも橋の出入り口付近を中心に広範囲にわたって灯火が点在している。それも十や百ではきかない。どうみても数千という数のだ。


 むろん松明の灯火が見えるということは、そこに松明を手にする人間の存在があるということだ。


 それじたいは容易に理解できるのだが、まったくもって理解できないのは、こんな深夜にどこの誰が何の目的で、松明を手に湖岸に集まっているのかということである。


「なんだ、こんな夜更けにいったい何事だ?」

 

 僕がいぶかしげにつぶやくと、傍らのマッサーロがとんでもないことを言いだした。


「ランマル卿、これはもしや敵襲ではありませんか!?」


「……敵襲?」

 

 マッサーロの意外な一語に僕は驚いてその顔に向き直ったが、すぐに察しがついた。

 

 ははーん。なるほど、こいつめ。深夜に松明を持った集団が突如として湖岸に出現したので、それで敵襲かなにかと勘ちがいして、慌てふためいて僕の部屋に駆けこんできやがったんだな。

 

 まったく、胆力はないくせにずれた想像力だけは豊かな奴だなと、マッサーロの「あわてんぼう」ぶりに僕はなんだか可笑しくなったが、就寝したばかりのところをたたき起こされた身としては正直笑えない。

 

 それでも寛大寛容な人間で知られる僕は、鼻で笑いとばしてやったのである。








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