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わが青春のフランソワーズ  作者: RYO太郎
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第二章  救国王侯同盟 その⑨


 そんなことを考えながら沈黙を守っていた僕の耳に、フランソワーズ様のぼやく声が聞こえてきた。


「それにしても兄上も存外、浅慮なところがあったのね。王族きっての良識家だと思っていたのに、まさか不満分子どもの神輿になるなんてガッカリしたわ。そう思わない?」

 

 そう声を向けられても僕も四将軍らも沈黙を守った。さすがにうかつに応じていい問題ではなかったからだ。

 

 そうはいっても事が事なので、いつまでも黙してばかりもいられない。

 

 僕はひとつ息をのんでフランソワーズ様に問うた。


「して、陛下。これからいかがされるおつもりですか?」

 

 すると、フランソワーズ様は不機嫌そうに僕を睨むように見すえ、


「これからどうする? きまっているじゃない、そのなんちゃら同盟とか称する連中をたたきのめして国都と城を奪い返すのよ。それ以外になにをするって言うのよ?」

 

 そんなことは言われなくてもわかっていますよ! 僕は胸の中で言い返してやった。

 

 つまり僕が訊きたいのは、国都を占拠する救国王侯同盟の軍勢をどうやって追い払うかというその方法論についてである。


「たたきのめして奪い返すのよ!」とフランソワーズ様は簡単に言っちゃってくれてるけど、相手は黒狼団のような半兵半賊のチャチな集団ではなく、正規の軍兵と私兵とが連合した大軍勢なのである。国都に残る国軍兵士にくわえ、同盟に参加した貴族の数からざっと推算しても、その兵力は五千はくだらないだろう。

 

 対するわれわれはというと、四騎士団合わせて二千の騎兵がいるだけ。グレーザー男爵の私兵を合わせても半分にも満たない。くわえて対盗賊団用に持ってきた武器や食糧も残り少なく、これではとてもじゃないが国都の奪還どころかまともに交戦するのも無理だろう。

 

 いかに知勇に優れた四将軍がいるとはいえ、倍以上の兵力を相手に正面きって戦えばまず勝算はないように思える。彼女たちの表情が硬く厳しいのもそのことを理解しているからだろう。むろん、僕が懸念しているくらいなのだから、当然、フランソワーズ様がそのことをお考えになられていないはずはないのだが……。

 

 僕はひとつ息を吐き、今度は別の懸念を口にした。


「それにしましても陛下。このままですとオ・ワーリ王国はふたたび割れて、内戦に突入してしまいます。ミノー王、いや、周辺国の介入を防ぐためにも、なんとか早期のうちにうまく解決しませんと……」

 

「なに言っているのよ、もうとっく内戦状態になっているわよ」


「……それは、どういうことで?」


「すべての貴族や騎士がそのなんちゃら同盟に参加しているわけではないのよ。クレイモア伯爵のようにこちらに通じている貴族もいれば、自分の領地に戻って私兵や傭兵をかき集めている貴族もいるらしいわ。対応は人それぞれだけど、なんちゃら同盟に対して対決姿勢を見せている点は一緒。これって、もう完全な内戦状態よね?」


「そ、そうでございましたか……」

 

 フランソワーズ様の言葉に、僕は内心で安堵の息を吐きだした。絶望的だった状況に希望の光が見えてきたからだ。

 

 全体の二割か三割か、具体的な数字はわからないがともかく女王に味方する貴族がいることは事実のようで、兵力で劣るこちらとしては願ってもないことである。


 彼らの持つ兵力を合わせれば、来たるべき戦いにおける勝算は今よりぐっと高まるだろう。あきらかに劣勢の女王に進んで与しようとはなんとも奇特な人々だなと正直思わないでもないが、一方で、彼らの気持ちもわかるような気がした。

 

 なにしろ謀反を起こしたのは、ダイトン将軍を筆頭にフランソワーズ様の下では「うだつが上がらない」面々ばかり。逆にフランソワーズ様の即位後、爵位が上がったり、重臣に取り立てられたり、所領が増えた人々にしてみれば、同盟が王権を握るようなことがあれば、せっかく手に入れた冨や地位も失うかもしれない。そんな恐れを抱いたのであろう。

 

 ならば、いかに劣勢だろうと自分たちを厚遇する女王に協力し、戦いに勝利してもらって現在の地位や財産をを守ってもらおう。彼らがそんな結論にいたったのは想像するにむずかしくなかった。

 

 僕が沈黙を守ってそんなことを考えていると、ヒルデガルド将軍が声を発した。


「陛下。そういう事情ならばすぐに軍をひきいてこの地を出立し、一刻も早く彼らの勢力と合流すべきではないでしょうか。手元の物資も残り少なく、時間を費やせば費やすほどわれわれは不利になります。また、相手は大軍とはいえ寄り合い所帯。その雑多な武力が意思統一されたものになる前に戦いに持ちこめば、兵力で劣ろうとつけいる隙もあります」

 

 さすがは名将と呼び声高いヒルデガルド将軍である。核心を突いた彼女の意見に、僕は心から感心せずにはいられなかった。

 

 たしかに同盟軍は国軍と貴族の私兵団による、言うなれば急ごしらえの混成軍団。大兵力というのも逆に働いていきなりの実戦でスムーズな連携などできるはずもない。ただ時間が経てばそんな彼らにも連帯感みたいなものが生まれてくるだろうから、そうなる前に戦いに持ちこみ、連携の悪さを突くべきだというヒルデガルド将軍の戦術論はまさに理にかなっており、フランソワーズ様も受け入れてすぐに行動に出るはず。僕はそう信じて疑っていなかったのだが、それに対するフランソワーズ様の返答はというと、


「まあ、そう慌てなくてもいいんじゃないかしら。こちらもいろいろと準備を整えないといけないしね。急いては事を仕損じると言うでしょう」

 

 という、どこか他人事のような、なんとものんびりしたものだった。

 

 時間との勝負というヒルデガルド将軍の指摘は、兵法のド素人である僕にすら理解できる話なのに、「慌てなくてもいいんじゃない」とはどういう了見なのだろうか。時間が経てば経つほど、こちらが不利な状況になることが理解できないフランソワーズ様でもあるまいに。

 

 だいたい「準備を整える」なんて言っているけど、国都が占領されている今、いったいどこでどうやって整えるつもりなのか。もし味方についた貴族たちが武器と食料を携えてこの地に馳せ参じてくるのを待つという腹づもりなら、とんだ極楽とんぼだと言わざるをえない……。

 

 そんなことを考えていた僕の鼓膜を、フランソワーズ様の声がふいに刺激した。


「それよりもランマル、すぐに檄文(げきぶん)の用意をしなさい」


「檄文……?」

 

 唐突にそう命じられたので、僕は困惑のあまり目をパチクリさせた。


「そうよ。なんちゃら同盟に与していない各地の貴族や騎士に檄文を発して、持てる兵力をともないカナン領に集結せよ、とね。むろん、私たちもそこに向かうのよ」


「カナン領……?」

 

 フランソワーズ様の意外な指示に、僕はまたしても目をパチクリさせた。

 

 カナン領とは、国土の西部にある天領のひとつである。


 天領とは王家が国都以外に所有している地方領のことで、そのひとつであるカナン領は国土の西端に位置する、周囲を鬱蒼たる深い森林帯に囲まれた辺境の小さな領地だ。僕の記憶では、今はもう使われていない深い森に囲まれた古城がひとつあるだけで、ほかにはなにもないへんぴな場所のはずだ。


「なにゆえカナン領などに兵を集めるのですか?」


「なにゆえ? きまっているじゃない、そこを拠点にして国都へ進撃するのよ。それ以外になにがあるって言うのよ?」

 

 だからぁ、そんなことは言われなくてもわかっていますって! 僕はまたまた胸の中で言い返してやった。

 

 ようするに僕が訊きたいのは、どうして国都を奪還するための戦いなのに、その国都から遠く離れた辺境の地に兵を集めるのかってことなんですよ。わざわざそんな場所まで移動せずとも今いるこのノースランド領に呼び集めれば済む話なのに、なんでそんな手間と時間がかかることをせにゃならんのですか……って、もうメンドクセーからいいや。

 

 はいはい、とにかくカナン領に集結するように檄文を送ればいいんですね。わかりました、仰せのとおりにいたしますよ、ケッ!

 

 理解不能な指示を下すフランソワーズ様に僕はなかば投げやりな気分になっていたが、ふとそのフランソワーズ様に視線を転じたとき。その顔にはなにやら意味ありげな、それでいて妙に自信に満ちた微笑があったのである。





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