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わが青春のフランソワーズ  作者: RYO太郎
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第二章  救国王侯同盟 その⑦



 フランソワーズ様は手にしていたサーベルを鞘におさめると、悦に入ったというか、なんとも舐めるような視線を盗賊に向けた。


「どうやら、よほど痛い目にあうことが望みのようね。よろしい。その希望、このフランソワーズ一世がかなえてあげましょう」

 

 どこか陽気な語調でフランソワーズ様が言うと、その声に不吉な響きを感じとったのか盗賊はびくっと身をすくませた。どうやらこちらが思っているほど肝の据わった人間ではないらしい。


「ご、拷問にかけるつもりか?」


「拷問ねえ……私はそんなつもりはないけど、人によってはそう受け取るかしらねぇ」

 

 と、意味のよくわからないことをフランソワーズ様は口にしたので、当の盗賊は怯みと困惑を足して二で割ったような表情でフランソワーズ様にさらに質した。


「な、なんだ、なにをするつもりだ?」


「知りたい? じゃあ教えてあげるわ」

 

 そう言うなりフランソワーズ様はくるりと身体をひるがえし、周囲を取り囲むわが軍の騎士たちに命じた。


「誰か、この者のズボンを脱がせよ。それと〈アレ〉をここに持ってきなさい」

 

 唐突な女王の命令に周囲の騎士たちもとっさの反応に窮したが、すぐに命じられたとおり数人の騎士が盗賊のもとに駆けより、はいているズボンを脱がせにかかった。


「やめろ変態!」だの「恥を知れ!」だのと、盗賊の男は悪態をつきながら必死に抵抗したが、縄で縛られている身では阻止することなどできるわけもない。かくして、あっという間にあられもない下半身丸出しの姿にされてしまったのである。

 

 怒りと屈辱に顔を真っ赤にさせる盗賊をニヤニヤしながら眺めやる(それもガン見!)フランソワーズ様のもとに、一人の騎士が〈アレ〉を手に抱えてやってきたのは、ほぼ同時のことだった。

 

 騎士が抱えてきた〈アレ〉。それは見事なまでに太く長く育った一本の大根だった。

 

 大根だって? いったい、なにをやらかすつもりなんだ、このネーチャン?


「あの、陛下。いったい、なにをなさるおつもりで?」

 

 さすがに不審になって僕は訊ねたのだが、フランソワーズ様は「まあ、見ていなさい」と端的に応じただけでそれ以上はなにも言わず、そのまま盗賊の顔に視線と声を落とした。


「待たせたわね。さっそくはじめるわよ」 


「お、おい、なにをする気だ?」

 

 それに応じたのは「邪悪」という表現がふさわしい笑みだった。


「この大根をお尻の穴に入れたらどうなるか、興味がわいてこない?」


「……えっ?」

 

 その反応は盗賊の男だけのものではなく、僕や周囲の騎士たちも同様だった。

 誰もがフランソワーズ様の言葉をとっさに理解しそこねたのだ。

 

 立場を超えた困惑の空気が一帯にたちこめる中、代表して盗賊が震え声で反問する。


「ど、どういうことだ……?」


「だから、これからこの大根をお前の小汚いお尻の穴に突き刺すと言っているのよ。これだけ太いとどこまで入るか楽しみよね。せいぜい響きのいいよがり声をあげなさい、このキンパツブタヤロー!」

 

 な、な、なんちゅうことを言いだすんだ、この女王(ひと)は!? フランソワーズ様のトンデモ発言にたまらず僕は胸の中で悲鳴をあげ、


「ちがいます、陛下。よく見てください、その男は黒髪でキンパツではありません!」


 という訂正の一語が喉もとまで出かかったが、余計な差し出口をきいて不興をかうのもばからしいので、すんでのところで声にだすのを思いとどまった。それに、そもそもからして本当の問題はそこではないような気もしたので。 

 

 それはさておき、さきほどまでふてぶてしい態度を見せていた「キンパツブタヤロー」こと盗賊の男も、事ここにいたってフランソワーズ様が本気であることを悟ったのだろう。その顔はみるみる青ざめ、ついには声と身体を慄わせはじめた。


「や、やめろ、俺にはそんな趣味はないぞ……」


「今はそうでも未知の刺激を感じることで、未知の自分を発見できるかもよ。ウフフ」

 

 フランソワーズ様の恐ろしいところは、こういう台詞を「しらふ」で言えるところだ。

 

 さらにフランソワーズ様は、この後、キンパツブタヤローがたどる「近未来」をとくとくと当人に向かって語りはじめた。

 

 いわく、お尻の穴に大根を突き刺したまま国都に連れ帰り、街の大通りを引きまわし。その際「このキンパツブタヤローは、大根を突き入れられた快感で昇天しました」というビラを集まってきた街の群衆に配るという。

 

 ケツ穴に大根を突き刺したまま市中引きまわし。おまけに嘲笑を誘うことまちがいなしのビラ付きときては、もはや生き恥以外の何者でもない。いや、そんな晒し者にされるくらいなら、いっそ殺された方がマシレベルの屈辱だろう。

 

 この男が矜持も誇りも持たないただの盗賊ならまだしも、名誉ある国軍兵であればとても耐えられないだろう。そして、その種の心理的計算がフランソワーズ様の「脅迫」に含まれていることは明白だった。


「わ、わかった。しゃべる、しゃべるよ!」

 

 さんざん脅されたあげく盗賊の男はついに観念し、自分が知りうるかぎりのことをすべて話すと言いだした。これでようやく国都に帰れると僕は安堵の息を漏らしたのだが、自白をひきだした功労者たるフランソワーズ様はというと、自らの功を誇るどころか「なによ、つまんないわね」と、大根を手に不満顔でぼやく始末。まったく、なんて女王様だよ。

 

 ともかく男はしゃべりだした。

 

 今さらの感はあるが、とにかく自分たちはミノー王国のれっきとした兵士であること。

 

 オ・ワーリ国内で盗賊団として暴れまわるように軍の上役から命じられたこと。

 

 もしフランソワーズ女王が討伐軍をひきいて出征してくるようなことがあれば、どのような手段を用いてもその首を獲るように命じられていたこと。さらに成功した暁には、将軍の地位を恩賞として与えると約束されていたこと、などをだ。

 

 とりあえず男を代官所の牢に放りこんでおくように命じると、僕はあいかわらず不満そうな顔を浮かべているフランソワーズ様に声を向けた。


「陛下。これからどうなさるおつもりで?」

 

 そう質したとき、一瞬、フランソワーズ様の顔に意外そうな表情が浮かんだのは、僕の問いかけの真意を察したからであろう。

 

 つまり僕が訊きたいのは、ミノー王国が関与していることが明らかとなった今、この先ミノー王国に対してどんな対応をするのかということである。

 

 いくらフランソワーズ様とて、これを理由にいきなり軍事行動に出ることはないはず。かといって不問にするはずもない。どのような答えが返ってくるかと僕は息をのんだのだが、フランソワーズ様の返答は僕にとって意外すぎるものだった。


「とりあえずあの男は、生かしたままミノー王国に引き渡しなさい」


「えっ、引き渡す?」

 

 さすがに僕はあ然とした。これほどの労力と時間を費やしてようやく捕らえた大事な「生き証人」を引き渡せとは、なにかの冗談かと思ったのだ。しかし、どうやらそうではないようだ。


「あの賊を引き渡せば、自分たちの計略がこちらに知られたことをミノー国側は悟るわ。それに対してあのタヌキがどういう反応を見せるか、まずはそれを確認することが大事よ。向こうの動きを見極めてからでも遅くはないわ。それに……」


「それに?」


「それにおそらく、ミノー王国なんかに構っていられなくなる事態が、早晩、この国で起こるかもしれないしね」

 

 それに対する僕の反応は「無」であった。フランソワーズ様の言葉の意味をとっさに理解できなかったのだ。そして、その言葉の意味するところを僕が理解できたのは、この日より二日も後のことであった。






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