第二章 救国王侯同盟 その⑥
その光景はまさに「凄絶」の一語に尽きた。なにが凄いかって、総三階建て造りの屋敷に備えつけられた百を超えるガラス窓が、けたたましい異音と苛烈な炎をともなって次々と吹き飛んでいくのだ。
むろん吹き飛んだのは窓だけではない。屋敷の屋根瓦や外壁までもが総毛立つような亀裂音をとどろかせながら裂け、そこからオレンジ色の炎が火柱となって噴き出すと、たちまち男爵の屋敷はもうもうたる黒煙に包まれた。火の爆ぜる音に風の吠える音が重なり、まるで見えざる火龍が暴れ狂っているようだ。
そんな爆発と炎上を続ける屋敷を、僕はその屋敷からほど近い場所にある椎や樺などの樹木が生え茂る高台の頂から遠眼鏡越しに眺めていた。
むろん、この場にいるのは僕だけではない。僕のすぐ後背には、わざわざこんな山頂まで運びこませた革張りのソファーに足を投げて座るフランソワーズ様の姿もある。
シャンパンの入ったグラスを手に炎と黒煙に包まれた男爵邸を遠くに眺めやるその表情は、さながら華麗な歌劇を鑑賞しているかのように恍惚としたものだった。
実際、今のフランソワーズ様は超がつくほどご機嫌だった。自身が考案した盗賊団殲滅作戦が成功したのだから当然かもしれないが、僕には多少なりとも異論というか不安があった。
なにしろ日没と同時に屋敷からこの高台に移り、夜、盗賊たちが屋敷を襲撃してくるのをひたすら待つ。それを連中があらわれるまで、フランソワーズ様は何日も続けようとしていたのだから。
幸いなことに盗賊どもが初日のうちに襲撃してきてくれたからよかったものの、あと何日こんなことを続けるハメになるのだろうかと内心ではヒヤヒヤしていたのだ。
ともかく僕はひとつ咳払いした後、後背のフランソワーズ様に声を向けた。
「どうやらうまくいきそうですね、陛下」
「あたりまえでしょう。誰が作戦を考えたと思っているのよ」
そう言って、フランソワーズ様は誇らしげに胸をそらせた。
それ以上胸をそらしたら薄地の絹服が破れますよと、僕は胸の中で毒づいたが、声にだしたのは別のことである。
「それにしましても、あの様子ですと生存者は期待できないかと……」
僕はふたたび遠眼鏡を覗きこんで屋敷に視線を走らせた。
屋敷はあいかわらずごうごうと猛火を噴きあげていたが、その火勢はあいかわらず凄まじい。
なにしろ、この離れた高台の頂まで火の粉が飛んできているのだ。あの様子では屋敷内の盗賊たちは一人残らず燃えて「ケシズミ」になることだろう。
ま、それが狙いなのだから別にかまわないのだが、しかし今回の作戦には連中の正体がミノー王国の兵士であることを明らかにするという別の目的もあるので、そのためにもやはり一人か二人くらいは生存者がいてくれないと困るのである。僕がそのことについて言及すると、
「うーん、そうね。ちょっと火薬と油の量が多かったかしらね」
と、想定以上の猛烈な爆発と炎にさすがのフランソワーズ様も困った様子であったが、
「ま、一人くらいなら運よく生き残るんじゃない?」
と、結局運まかせにしているのだから、なにをか言わんやである。
とはいうものの、そこはそれ、運の強さは並の人間の十倍はあるだろうわれらが女王様。心配していた生存者の件も結局のところ杞憂で終わった。仲間とともに邸内に侵入したものの、かろうじて爆発と炎に巻きこまれずに無事だったという盗賊の一人が、邸外に逃げだしてきたところを待ちかまえていたわが軍の兵士に捕縛されたのだ。
フランソワーズ様の前に引きすえられてきたその盗賊は、爆発に巻きこまれずに済んだというものの全身は火煙によって真っ黒にすすこけて、もちろん火傷も負っている。おまけに逃げる際に屋敷内の階段から転げ落ちて腕と足の骨が折れているとかで、口から血と苦悶のうめき声を漏らすその姿はどうみても半死半生という態であったが、それもうちのスイカップに言わせれば、
「口がきければ十分よ。どうせ後で首を刎ねるんだから」
とのことらしい。
そのフランソワーズ様自らが尋問役となって、さっそく盗賊への尋問が始まった。
縄縛りにされた姿でひざまずく盗賊の鼻先にサーベルを突きつけながら、フランソワーズ様がごう然たる一語を投げつける。
「さあ、白状おし。お前たちの正体は盗賊などではなく、ミノー王国の兵士ね?」
「ふん、なんのことかわからんね」
盗賊は吐き捨てた。感心なことに、この期におよんでまで白を切りとおすつもりらしい。
その理由がミノー王家への忠誠心なのかどうかは知らないが、この四方八方敵だらけの状況下でたいした度胸である。
いや、感心している場合じゃないんだけどね。賊の正体を突き止めるためにわざわざこの地に遠征してきて、おまけに屋敷ひとつを灰にまでしたのだから。このままこの盗賊に知らぬ存ぜぬを許したら、作戦のために屋敷を提供してくれたグレーザー男爵に申し訳ないというものだ。
ふてくされた態でそっぽを向く盗賊をちらりと見やった後、僕はフランソワーズ様にささやいた。
「いかがいたしますか、陛下。この者、自白する気などさらさらないようです。あまり気乗りはしませんが拷問にかけますか?」
「フフフ。まあ、私に任せておきなさい」
そう言ってフランソワーズ様はにやりと笑った。
なんとも意味ありげな薄笑い。フランソワーズ様がこの種の笑みを浮かべたときは、大抵において「ろくでもない」ことを考えていることが多い。そして、このときもまさにそうであった。
フランソワーズ様は手にしていたサーベルを鞘におさめると、盗賊に向かって口を開いた。
「どうやら、よほど痛い目にあうことが望みのようね。よろしい。その希望、このフランソワーズ一世がかなえてあげましょう」
どこか陽気な語調でフランソワーズ様がそう言うと、その声に不吉な響きを感じとったのか盗賊はびくっと身をすくませた。どうやらこちらが思っているほど肝の据わった人間ではないらしい。
「ご、拷問にかけるつもりか?」
「拷問ねえ……私はそんなつもりはないけど、人によってはそう受け取るかしらねぇ」
と、意味のよくわからないことをフランソワーズ様は口にしたので、当の盗賊は怯みと困惑を足して二で割ったような表情でフランソワーズ様にさらに質した。
「な、なんだ、なにをするつもりだ?」
「知りたい? じゃあ教えてあげるわ」
そう言うなりフランソワーズ様はくるりと身体をひるがえし、周囲を取り囲むわが軍の騎士たちに命じた。




