第二章 救国王侯同盟 その⑤
フランソワーズ様と僕がヒルデガルド将軍のフェニックス騎士団とともに国都を発ち、目的地たるノースランド領に到着したのは、先陣として先に到着していたガブリエラ将軍ひきいるタイガー騎士団に遅れること五日目のことであった。
この頃にはすでに第二陣であるパトリシア将軍のドラゴン騎士団と、ペトランセル将軍のタートル騎士団もノースランド入りし、四騎士団そろって道中、件の盗賊団とはいっさい遭遇も交戦もすることなく無事に合流を果たすことができた。昨日のことである。その後、僕たちはこの地における当面の本拠地と定めた、領主グレーザー男爵が所有する屋敷のひとつに向かったのだ。
碧く澄んだ湖の畔に建つその屋敷で僕たちを丁重に出迎えてくれたグレーザー男爵は、真っ白な髪と眠たそうな細い目が印象的な齢六十を数える初老の貴族で……いや、彼の詳しい紹介はあえて割愛させてもらう。なにせ、この後一行たりとも描写されることのないキャラなので。ごめんね、男爵。
ともかく男爵の屋敷に腰を落ち着けたその日の夜。フランソワーズ様と僕、それに四騎士団長は夕食後、邸内にある広間のひとつに集った。件の黒狼団について話し合うためである。
じつはその黒狼団。先陣たるガブリエラ将軍が麾下のタイガー騎士団をひきつれて国都を発ったのと前後して、それまで領内の村々を襲うなど暴虐の限りを尽くしていたのが嘘のように、まるで霧のように忽然と消えてしまったのだ。
不審に思ったグレーザー男爵も自身の私兵を使って連中の足取りを追ったのだが、どこに雲隠れしたのか、今日にいたるまで消息はまったくつかめないでいるという。
「……というのが現在の状況にございます。われわれの動きに気づいたのか、賊たちの動向がまったく不明になりました」
昼間、部下の兵士を捜索に出したガブリエラ将軍が、どことなく申し訳なさそうな態で成果について報告すると、それまで無言で紅茶を飲んでいたフランソワーズ様はゆっくりとカップをテーブルに置き、ガブリエラ将軍に微笑を向けた。
「気にする必要はないわ、ガブリエラ。連中が行方をくらますことは、当初から予想していたことなのだからね」
そう言うとフランソワーズ様は、今度はヒルデガルド将軍に視線を転じ、
「ヒルダ」
「はい、陛下」
「明日にもそなたは麾下の騎士団をひきいて領北部帯に赴き、一帯の支配圈を確保しなさい」
「北部に?」
ヒルデガルド将軍が声を呑みこんで目をしばたたくと、またしてもフランソワーズ様は薄く笑ってみせた。
「わかるわね? そう、これは陽動よ。ガブリエラ、パトリシア、ペトランセルも同様に私のもとを離れてそれぞれ指定の地域に向かってもらうわ。私が単身でいることを知れば、賊どもはこの機とばかりに姿をあらわすでしょう。そこを待ちうけて一網打尽にするのよ」
フランソワーズ様の言葉に、四人の女将軍たちは視線を交錯させた。
ひと呼吸おいてヒルデガルド将軍が訊き返す。
「つまり陛下御自らがいわば囮となって、盗賊たちをあぶりだすとおっしゃるのですか?」
「そうよ、ヒルダ。そのためにグレーザー男爵にこの屋敷を提供してもらったのだからね。いざというときは焼いても壊してもかまわないという承諾つきで」
「焼いても壊しても……?」
その一語に四人の騎士団長はまたしても視線を交錯させたが、先刻と異なるのは理解の色が面上にあることだ。どうやらフランソワーズ様がこの屋敷を使ってなにを画策しているのか、聡明な彼女たちは明確に察したようである。
――フランソワーズ様の策。それはまず四騎士団からそれぞれ二十人ずつ集めて八十人ほどの「第五の騎士団」をつくり、護衛を兼ねた伏兵としてフランソワーズ様のお傍に残す。
そして四騎士団がそれぞれ指定された地域に向かったのと前後して、女王が男爵の屋敷にわずかな近習とともに滞在していること、近日のうちにも国都に帰還するつもりでいることなどの内部情報を「ごく自然な」形で領内全域に広める。
もし件の盗賊どもが噂されているようにミノー王国の兵士であれば、その情報を聞きつければ「今こそオ・ワーリ女王の首を獲る好機!」と考えて屋敷を襲撃してくるだろう。それを見越して屋敷内にあらかじめ大量の油と火薬をしかけておいて、盗賊どもが襲撃してきたところを屋敷もろとも「丸焼き」にしてしまおうというのが、フランソワーズ様が考案された盗賊殲滅作戦の全容である。
まあ、なんともフランソワーズ様らしい大胆でおおざっぱで血も涙もない(褒め言葉)作戦であるが、正直なところ国都を出立するに先だってフランソワーズ様からその策を告げられたとき、「そんなミエミエの策に賊たちが引っかかるかねえ」と作戦の成功に僕は懐疑的であったのだが、実際にはというと件の盗賊どもはまんまとこちらの策にかかったのである。
四騎士団がフランソワーズ様のもとを離れて屋敷を発った、まさにその日の深夜。まるで神々が無数の宝石を投げうったような満天の星空の下、奴らは姿をあらわしたのだ。
黒革造りとおぼしき甲冑と剣や槍で武装した、どう見ても盗賊には見えない五十人ほどの集団が小舟を使って薄闇と静寂が広がる湖面を音もなく進んできて、やがて湖岸に乗りつけるとすぐさま上陸して屋敷を取り囲む石塀の外に集結した。
敷地の内外に夜警の兵士が一人もいないことに不審を感じたのか。しばらくは用心深く塀の外にとどまって周囲の様子を窺っていた連中であったが、やがて縄梯子などを使って石塀を乗り越えて敷地内に侵入するとそのまま邸内へと乗りこんでいった。
屋敷のガラス窓というガラス窓が異音をともなって吹き飛んだのは、賊たちの姿がすべて邸内に消えてからまもなくのことである。