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わが青春のフランソワーズ  作者: RYO太郎
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第二章  救国王侯同盟 その④


 

 それはなにげない一語であったが、列席者たちの度肝を抜くには十分すぎた。


 ごっつい見た目ほど胆力のないダイトン将軍はもちろん四人の女騎士団長、さらには冷静沈着な為人のカルマン殿下ですらまさかの「親征宣言」に二の句がつげずにいる。


「陛下御自ら出陣されるというのですか!?」

 

 愛嬌のある丸い目をさらに丸くさせてそう訊ねたガブリエラ将軍に、フランソワーズ様は微笑してみせた。


「そうよ、ガブリエラ。奴らの正体を暴くにはこれがもっとも効果的でしょうからね」


「正体を暴く……?」

 

 困惑の顔を交わす僕たち列席者たちに、フランソワーズ様は微笑まじりに自らの意図するところを語ってみせた。


「黒狼団がたんなる賊の集団であれば、女王が自ら軍をひきいてきた話にこちらの本気度というものを察し、たちどころに退散することでしょう。しかし、もし逆に目の色を変えて戦いをしかけてくれば、おのずとその正体がわかるというものです。ちがいますか?」

 

 あっ、なるほど。そういうことか! フランソワーズ様の真意を悟った僕は、おもわず胸の中で驚嘆の声をあげた。つまりフランソワーズ様の親征の目的は、盗賊団を掃討することはもちろんだが、なによりも未だによくわかっていない連中の正体を暴くことが狙いだったのだ。

 

 たしかにフランソワーズ様の言われるとおり黒狼団がたんなる無法者の集団なら、女王親征の一報を聞けば、


「なに、女王が自ら軍をひきいてきたぁ? ヤッベー、奴らガチでマジじゃんかよ。こらさっさと消えたほうがいいな」

 

 と、しっぽを巻いて早々に逃げだすであろうが、もし黒狼団が噂されるミノー軍の別働隊であれば、


「なに、女王が自ら軍をひきいてきたぁ? ラッキー、マジでチャンスじゃんかよ。この機に女王の首を獲ってやんよ!」

 

 と、逃げだすどころか逆に目の色を変えて襲いかかってくることは必定。それを確かめるためにもあえてフランソワーズ様は自ら出陣し、自身を「餌」とすることで連中の正体を見極めようとしているのだ。


 そして、そんなフランソワーズ様の真意を知り、列席者たちの表情もそれまでの驚きと困惑から得心のそれに一変していた。


「すると、陛下自ら囮となって、賊の正体を暴くおつもりですか?」

 

 そう訊ねたカルマン殿下に、フランソワーズ様は鷹揚にうなずいてみせた。


「そのとおりですわ。いつまであのような無法者どもを放置しておくわけにはいきません、今回の出征でその正体を暴き、ことのついでに完全に殲滅いたします。この私の手で……」

 

 含みのある微笑でカルマン殿下に応えたフランソワーズ様はすぐに表情を変えて、反対側の席に視線を転じた。小麦色の肌をした女騎士団長の姿がそこにある。


「先陣はガブリエラ、そなたに命じます。麾下のタイガー騎士団をひきいてノースランド領にひと足先に赴き、賊たちの注意を引きつけなさい。その間、賊どもが攻撃をしかけてきたら一戦交えるもよし、私の到着を待つのもよし。判断は任せます」


「かしこまりました、陛下」

 

 フランソワーズ様の勅命に、ガブリエラ将軍は愛嬌のある小麦色の顔を破顔させた。

 

 なんといっても先陣は武人の名誉である。その上、女王から信頼を示す自由な手腕(フリーハンド)を与えられたらなおさらであろう。そのフランソワーズ様がさらに続ける。


「それからパトリシアとペトランセルは、第二陣として現地に向かってもらいます。その際、賊たちを包囲するようにパトリシアは西域から、ペトランセルは東域からそれぞれ迂回するように進軍してもらいます。いいですね?」


「承知いたしました!」とペトランセル将軍。


「御意にございます!」とパトリシア将軍。

 

 というわけで、黒狼団討伐のための陣容と作戦はおおかた固まったのだが、ひっかかるのはヒルデガルド将軍である。ほかの三人が任務と役割を与えられたのに対し、彼女だけここまで言及されていない。

 

 まさか、先の農民蜂起の一件を理由にヒルデガルド将軍を「干す」つもりなのか?

 そんな考えが脳裏をよぎり、僕はちらりと彼女に視線を転じた。

 

 そのヒルデガルド将軍も心なしか所在なげに沈黙を守っていたのだが、やがておずおずとした声でフランソワーズ様に質した。


「それで、陛下。私はなにを?」


「ヒルダには討伐軍の主将として本隊をひきいてもらいます」


「私が主将を?」

 

 おもわず目をみはったヒルデガルド将軍に、フランソワーズ様は微笑んでみせた。


「そうです。賊たちの正体がもしミノー軍兵士であれば、女王がいる本隊を直接襲撃してくる可能性もあります。その際、護衛の指揮官がそなたであれば私も安心して出征できるというもの。部隊の編成などは一任いたしますから準備が整いしだい報告してください。そなたの指示に従います」


「は、はい。承知いたしました、陛下!」

 

 嬉々とした態で応えるヒルデガルド将軍の姿に、僕は内心で安堵した。先の一見で将軍を干すのではないかという不安が杞憂であったからだ。

 

 たしかに一時は不和が生じたかもしれないが、やはりフランソワーズ様はヒルデガルド将軍を心底信頼しているんだなと思うと、なんだかこちらまで嬉しくなってくる。そうでなければ軍の主将を任せたり、自らの護衛をゆだねたりすることはしないだろう。

 

 そのフランソワーズ様がおもむろに反対側の席に視線を転じた。


「宰相殿と大将軍殿には、私の不在の間、文武の長としてそれぞれ国都を守っていただきます。よろしいですわね?」


「かしこまりました」とカルマン殿下。


「御意……」とダイトン将軍。

 

 二人が言葉少なに応じると、フランソワーズ様が片手を軽くあげた。

 会議の終了と退室をうながす合図である。

 

 誰が音頭をとったわけではないが、カルマン殿下をはじめとする列席者たちはいっせいに立ち上がり、一礼をほどこして次々と部屋を去っていった。

 

 静けさが訪れた部屋にはフランソワーズ様と僕だけが残った。会議終了後も残るように言われていたからだ。

 

 カルマン殿下らと入れ替わるように部屋に入ってきた女官たちが、テーブルに二人分の紅茶をおいてふたたび部屋から出ていくと、フランソワーズ様がおもむろに声を発した。


「ランマル。聞いてのとおり、今回の賊討伐には私も出陣するわ。ヒルダからいつ出征の要請がきてもいいように準備をしておきなさい」


「かしこまりました。すぐに着手することにいたします」

 

 軽く低頭して応じると、僕は会議中、ずっと胸の中にしまいこんでいた疑問をフランソワーズ様に向けてみた。


「それにしましても陛下。例の誇大妄……いや、天下布武のお話ですが、なにも大事な親征前に、しかもこのような席でお話になられることはなかったのでは?」

 

 ただでさえ黒狼団の出現という厄介な事態に直面しているのに、それに対処する会議の席でその上をいく厄介な話を持ちだす必要はないでしょうと、僕は遠まわしに苦言をていしたわけなのだが、当のフランソワーズ様はというと意外そうな表情を浮べて僕を見やり、


「なに言っているのよ。国都を発つ前に彼らに伝えておかなければ意味ないでしょう」


「はい?」

 

 言葉の意味がわからずに僕はおもわず目をしばたたき、さらに問うた。


「国都を発つ前にとは、どういう意味でございますか?」


「あら、お前にはわからないの、私の胸の内が?」


「胸の内……でございますか?」

 

 はい、さっぱりわかりません。あなたのその、まるでスイカがすっぽり収まっているようなバカでかい「胸の外」ならよくわかりますが。


「ま、いいわ。それよりも出陣の準備のほうを頼んだわよ」


「承知いたしました。陛下ならびに四騎士団長のご武運、心よりお祈りしております」


「なに他人事みたいに言っているの。お前も一緒に来るのよ」


「はい?」

 

 一瞬、僕は間の抜けたというか、歯間から空気が漏れたような声を出してしまった。

 

 しかし、人間、あまりに突飛なことを突然言われたら間の抜けた反応(以下略)。


「ぼ、僕も、いや、私も今回の戦いに随行するのですか!?」


「そうよ。臨時の主席侍従武官に任命してあげるから、私についておいで」

 

 侍従武官とは、君主が王城の外で活動する際、それに随行して奉仕する、言うなれば侍従官の武官バージョンなのだが、それはともかくありがた迷惑すぎるフランソワーズ様の突然の人事に、僕は魂の底から動揺せざるをえなかった。


「お、お言葉ながら陛下。このランマルめは文官であり普通の侍従官であり、つまりは城勤めの人間でありますからして……」

 

 ようするに盗賊団討伐などというデンジャラスなことには関わりたくないと、もつれる舌を必死に制御して訴えたのだが、フランソワーズ様の返答は悪い意味で僕の意表をついた。


「だからこそよ。お前も城の中ばかりで仕事をしていないで、ときには外に出て見聞を広めるようなこともしないとだめよ。お前だって、頭でっかちのもやし侍従官で終わりたくないでしょう?」


「も、もやし……?」

 

 フランソワーズ様の失礼な言いぐさに、僕はむかっ腹を立てた。

 

 もやしで悪うございましたね。僕は腕力だけが自慢の、それこそ脳ミソまで筋肉でできている粗野な武官連中とは人種がちがうんですよ、人種が!

 

 そう、僕は汗臭い肉体労働とは無縁の知的エリートなのである。それもそんじょそこらのエリートではなく、王族の姫君のハートをキャッチするほどのスーパーエリートなのだ。

 

 そんな選ばれし人間である僕がなにが悲しくて血生臭い戦場に、しかも盗賊団討伐などという野蛮な行為に参加しなければならないのか。まったくこの女王様は、部下の価値というものをどう考えているのかと内心で激オコせずにはいられなかったが、しかしながら王族の姫君も虜にするナイスガイであろうと超のつくエリートであろうと、結局のところアゴでコキ使われてナンボの宮仕えという現実の前では、返答はイエスしかないのである。

 

 僕は内心で吐息し、軽く低頭した。


「承知いたしました。それでは私も従軍の準備をいたします。それにしましても、相手は神出鬼没を得意とする盗賊集団。これを完全に殲滅するとすれば、かなりの時間を要しますね」

 

 そう僕が懸念を漏らすと、フランソワーズ様は薄く笑い、


「あいかわらず心配性ね、お前は。心配しなくても、それほど日数をかけずに賊どもを討伐する策があるわ。軍議の席ではあえて言わなかったけどね」


「えっ、それは?」


「つまり、こういうことよ」

 

 透きとおるような碧眼を妙に熱っぽく輝かせながら、いぶかる僕にフランソワーズ様は説明をはじめた……。


 




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