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わが青春のフランソワーズ  作者: RYO太郎
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第二章  救国王侯同盟 その③




「……以上が、グレーザー男爵からもたらされた報告にございます」

 

 ひととおりの説明を終えると、僕は静かに椅子に腰をおろした。そして眼球だけを動かしてさりげなく周囲を見まわす。

 

 ここは城内にある重臣専用の会議室である。例の黒狼団出没の報告を受けて今、フランソワーズ様の招集をうけた文武の重臣たちが集まり、撞球(ビリヤード)台にも似た長大な会議用のテーブルを囲んでいた。

 

 その顔ぶれはというと、上座席のフランソワーズ様から見て左側の席には宰相のカルマン殿下とダイトン将軍が座り、右側の席にはヒルデガルド、パトリシア、ガブリエラ、ペトランセルの四人の騎士団長が顔をそろえている。僕が着席したのと前後して、彼らはまるで示し合わせたかのようにフランソワーズ様に視線を向けた。

 

 一同の視線の先でフランソワーズ様は、硬く厳しい表情の彼らとは対照的になんとも落ち着きはらった態で紅茶を飲んでいたのだが、やがてカップをテーブルにおくとカルマン殿下に視線を転じた。


「それでは、まず宰相殿のご意見を伺いましょう」

 

 意見を求められたカルマン殿下は、明快な口調で即答した。


「賊が出没し、領民に被害が出ている以上はすみやかに軍を派遣し、一帯の治安回復をはかるべきと存じます」

 

 殿下のご意見にフランソワーズ様は小さくうなずき、


「宰相殿の考えには私も同意ですが、しかし、ただ軍を派遣するだけではまたしても彼らに逃走を許し、いずれまた出没するという、これまでのイタチごっこを繰り返すだけになるでしょう。いっそこの機に、かの盗賊団を完全に一掃すべきと私は考えます」


「すると、陛下にはなにか妙策がおありで?」

 

 どことなく猜疑の響きを含んだ声で訊ねたのはダイトン将軍である。

 

 いや、それは声だけではない。フランソワーズ様に向けられている将軍の表情はみるからに「ふん、できもしないことを言いよって」とでも吐き捨てたげである。

 

 それも当然かもしれない。なにしろダイトン将軍自身、これまでに何度か黒狼団討伐の任務を自ら買ってでたことがあるのだが、しかし、そのたびに討伐するどころか盗賊一人すら捕まえることができずに失敗に終わった過去がある。言うなれば、現在のイタチごっこ状態を許している当事者の一人と言えなくもないので、フランソワーズ様の物言いが自分への嫌みに聞こえたのだろう。

 

 そんな将軍の心情を知ってか知らずか、フランソワーズ様は微笑まじりに応じた。


「もちろんですわ、将軍。今度こそかの盗賊団を一掃し、ひいては、かねてから噂されていたミノー王国の関与を白日の下に晒してみせますわ。さすればわが国は大義名分を得られるのですからね。この機を逃す手はないでしょう」

 

 大義名分、という一語を耳にしたとき、僕の脳裏にある種の不安がよぎった。

 

 まさか、この女王様。アレを口にするつもりじゃないだろうな? 

 

 いや、いくらなんでもあんな荒唐無稽な寝言にもひとしいムチャクチャな構想を、こんな公の場で、しかも重臣相手に口にするほど、フランソワーズ様は愚かでも非常識でもノータリンでもイカレポンチでも(以下略)――ともかく僕は胸中で膨らみ続ける不安を必死にかき消そうとしたのだが、そんな期待や願望を平気で踏みにじるのが自分の主君であることをあらためて思い知ったのは、カルマン殿下がいぶかしげにフランソワーズ様に質したときである。


「今、陛下は大義名分とおっしゃられましたが、それはなんのことにございますか?」


「むろん、ミノー王国に攻め入るためのですわ。わが国に対してヨコシマな野心を抱くミノー国王の首級を獲り、それをもって栄光ある天下布武の第一歩にしましょうぞ。おっほほほ!」


「テンカフブ……?」

 

 興がった笑声をあげるフランソワーズ様をよそに、カルマン殿下とダイトン将軍、ヒルデガルド、ガブリエラ、パトリシア、ペトランセルの四将軍がそれぞれ「テンカフブってなに?」とでも言いたげな視線を交わしあった。

 

 ちなみに僕はというと、底知れない絶望と失意に今にも泡を吹いて卒倒寸前である。

 

 一方、重臣たちの態度に気づいたのだろう。フランソワーズ様はにわかに笑うのをやめ、


「そうでした、まだ皆さんには話をしていませんでしたわね」

 

 ……というわけで、よせばいいのにフランソワーズ様は、例の武力によって島に存在する国々をすべて制圧し、このジパング島にかつてのジパング帝国に匹敵する大帝国を築くという自身の野望をとくとくと語りだしたのである。

 

 当初、カルマン殿下を筆頭に列席者たちは、フランソワーズ様の話を場の空気を和ませるための冗談話とでも思っていたのか、とくに表情を変えることなく黙って聞いていたのだが、話が徐々に具体性をともなって進むと、それがジョークでも冗談でもない本気度百パーセントの「ガチ計画(プラン)」であることに気づいたらしい。


 フランソワーズ様が「というのが私の意図するところです」と話を締めるのと同時に、悲鳴にも似た声が室内に噴きあがった。


「と、とほうもない話だ! そのようなことができるはずもありませんぞ、陛下!」

 

 というダイトン将軍の当然かつ率直すぎる反応に、だがフランソワーズ様はなにも答えることなく、将軍の「常識論」をあしらうように微笑を浮かべただけである。

 

 そんなフランソワーズ様を正視しながら、カルマン殿下が将軍に同調する。


「将軍の申されるとおりです、陛下。かつてジパング帝国がこの島を統一できたのは、覇を競う相手が十国にみたぬ時代だったからです。ひるがえって現在のジパング島には七十を超える国々がございます。それをすべて征服するといのは机上の空論かと……」


「さよう。そのような絵空事の暴挙におよべば、わが国はぺんぺん草も生えぬ荒土と化すでしょう。お戯れもほどほどに願いますぞ、陛下」

 

 そうだ、そうだ。限度を知らないこの女王様にもっと言ってやってください!

 

 僕のような一介の侍従官が諫めたところで、この誇大妄想症を病んでいる女王様は歯牙にもかけないだろうが、宰相と大将軍という文武のトップに非難調で諫められれば、さすがにフランソワーズ様も自省するはず――と、思っていたのだが、フランソワーズ様の口から出たのは自省の弁ではなく巧妙な話題そらしであった。


「ま、この件に関してはいずれ話し合いの場をもつとして、今は黒狼団の対策について話し合いましょう。民衆にこれ以上の犠牲が出ないうちに。それでよろしいですわね?」

 

 カルマン殿下とダイトン将軍はともに沈黙した。

 

 この場合、沈黙とは「不承伏」の表現であって、実際、二人の表情はとても納得したようには見えなかったが、それ以上口に出してなにも言わなかったのは、とにかく今は女王による「将来の暴挙」よりも、盗賊一党による「現在の暴挙」の解決策を話し合うのが先決と判断したからだろう。


 二人は首肯し、話はすぐに実務的なことに入った。

 

 ところが、この件でもフランソワーズ様はまたまたとんでもないことを言いだして、またしても列席者たちを絶句させたのである。


「さて、急ぎ国軍を派遣するということで話はまとまりました。あとはその編成ですが……」

 

 そこでフランソワーズ様はひと口ワインを呑み、さらに後をつないだ。


「この私が四騎士団をひきいて出陣し、盗賊団掃討の指揮をとります」

 





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