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わが青春のフランソワーズ  作者: RYO太郎
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第二章  救国王侯同盟 その①


 凶悪無比の盗賊団「黒狼団」が出現し、村々を襲うなどして暴れている。

 その一報をうけてフランソワーズは自ら盗賊団を掃討すべく、ランマルと四騎士団長をともない国都を発つ。

 だが、女王不在となった国都では、反女王勢力の人々が不穏な動きを見せていた……。





 世の中とは予期しないことの連続で成り立っており、だからこそ人生は面白いのだ。

 

 これは僕がまだ王立学院の学生だった頃、先生の一人だったある哲学者が口癖のように言っていた言葉である。


 奇妙に含蓄のあるその一語を僕は学院を卒業して以来、とんと忘れていたのだが、それを久々に思いだすことになったのはこの日の昼のことである。

 

 この日、僕は朝から取りかかっていた王城内の新たな人事案をとりまとめ、昼食後をみはからってフランソワーズ様に報告に向かったのだが、一連の報告を終えた後、紅茶を飲みながら雑談をかわしていたとき、ふいにフランソワーズ様から思いがけない話を向けられたのだ。


「縁談……にございますか?」


「そうよ」

 

 フランソワーズ様から「じつは縁談の話があるのよ」と、唐突に切りだされたとき。僕は自分への話かと思って困惑する一方、「また余計なことを……」と内心で苦々しく思わざるをえなかった。

 

 当然だろう。なにしろ僕はまだ十七歳という若さであり、すくなくともあと十年は気楽な独身貴族を愉しむことを決めていたのだから。


 ゆえに突然の縁談話に声をどもらせながらもやんわりと、かつ遠まわしに拒絶したのである。


「し、しかし、縁談と申されましても自分はまだ十七歳ですし、いくらなんでも所帯を持つのは早すぎるのではないかと愚考いたすところでありますからして……」


「なに勘ちがいしているのよ。お前のじゃないわよ、私の縁談話よ」


「あっ、そうでございましたか。陛下のお話で……って、ええっ、へ、陛下のご縁談!?」


 驚きにおもわず目を丸くさせた僕に、フランソワーズ様が鷹揚にうなずく。


「そうよ。お前はどう思う?」


「ど、どう思うと言われましても……」

 

 いきなり意見を求められても、正直困るというものだ。

 

 なにしろ自分の話ならともかく、ことはフランソワーズ様の、つまり一国の女王の御縁談に関わる話である。いくら側近とはいえ軽々しく私見を述べられるテーマではないので、僕は直接の返答は避けることにした。


「それにしましても、陛下。いつの間にそのようなお話を進めておられたのですか? このランマル、すこしも気づきませんでしたが」


「別に進めていたわけじゃないわ。ぜひにと私に話をもってきた人間がいるのよ」


「それは?」


「ミノー王国のドゥーク国王よ」


「えっ、あのミノー国王がですか?」


「そうよ。で、これがその親書。ドゥーク王の勅使とやらが昨日もってきたのよ。ごたいそうな漆塗りの箱に入れてね」

 

 そう言ってフランソワーズ様は、厚紙に包まれた一通の書簡をテーブルの上に投げた。

 

 そういえば昨日、ミノー王家からわがオ・ワーリ王家に対して、献上品が届けられたという報告をフォロスからうけた気がする。


 ミノー王国にかぎらず他国から献上品の類が届けられることはよくあることなので、僕はたいして気にとめていなかったのだが……。

 

 ともかく僕はテーブルの上の書簡を手に取り、厚紙を開けて中の文面に目を通した。

 

 すると、なるほど、たしかにそこにはフランソワーズ様に縁談を勧める文言がミノー国王の直筆で記されていた。


 しかもミノー王家と花押と国印まできちんと押されているあたり、どうやら正式な申し入れのようだが、だからといってこの縁談話、額面通りに受けとめるわけにはいかないのである。

 

 なにしろ話を持ちかけてきたのはあのミノー国王である。

 

 これが他の人間であれば「隣国の善意」として受け取れるが、すくなくともあの国王に「善意」とか「厚意」とか、その類の言葉が介在する余地はないのだ。

 

 すでに一章の中でも触れたとおもうが、北の隣国ミノー王国のドゥーク国王は先の王妃であるマレーヌ王太后の異母兄で、先年の内戦にて敗死したアジュマン王子とアドニス王子の叔父にあたる人物だが、先の農民蜂起事件において、その裏で農民たちを扇動している疑いがあることをヒルデガルド将軍が調べあげたことでもわかるように、わがオ・ワーリ王国にとって用心するにしくはない、きわめて要注意な人物なのである。

 

 真偽のほどは定かではないが、妹たるマレーヌ王太后をオーギュスト王に嫁がせたのも間接的にオ・ワーリ王国を支配するためだったとも言われ、これまた確証はないが、先の内戦でも当初は対立していたアジュマン・アドニス両王子が戦いの最中にいきなり和解して手を組んだのも、陰でドゥーク王の「仲介」があったからだともっぱらの噂である。

 

 その理由は両王子のいずれかにオ・ワーリ国王に即位してもらい、叔父である自分は「後見人」としてオ・ワーリ国政に「陰ながら」関与し、オ・ワーリ王国を自らの支配下におくためだったということらしいが、しかし、そんなドゥーク王の野望も二人の甥っ子の予想を超えた愚かさと、これまた予想を超えたフランソワーズ様の女王即位によって泡となって消えてしまい、そのフランソワーズ様の即位以後は、ドゥーク王の動向はまったくといっていいほど聞こえてこなくなった。

 

 妹のマレーヌ王太后が隠棲した上、二人の甥もこの世を去り、さらには直接的な血のつながりのないフランソワーズ様が女王に就いたことで、ドゥーク王の野心の火も消えてしまったのではないかと僕は見ていたのだが、先の農民蜂起の扇動疑惑にくわえ今度の縁談話である。僕が強烈すぎる「キナ臭さ」を感じたのは当然であろう。


 おまけにその相手というのが……。


「お相手はミノー国王の第四王子、アランド王子ですか?」


「そう、御年十七歳。お前と同じね。ま、年齢的には私と釣り合いがとれていないということもないわね」


「問題は年齢などではないと思いますが……」


「フフフ、たしかにそうね」

 

 興がったように笑うと、フランソワーズ様はすぐに表情をかえ、さらに僕に問うてきた。


「で、まじめな話、お前はこれをどう見る? 思うところを言ってごらん」

 

 そう問われたとき、僕の返答はすでに定まっていた。


「ミノー国王の思惑は明白すぎると思われます。すなわち、マレーヌ王太后やアジュマン・アドニス両王子で失敗したオ・ワーリ王国の間接支配という野心を、巧妙に形を変えて新たにしかけてきたにすぎません」


「つまり、今度はこの私を結婚させることで血縁関係を築き、女王の義父になることでオ・ワーリ王国を意のままに操ろうとたくらんでいる。そういうことね」


「さようです。ミノー国王にしてみれば尻の青い小娘女王の治世など――いや、これはもちろん向こうの主観ですが、ともかく陛下の治世にいずれつけいる隙がでてくるだろうと踏んでいたのに、即位一年がたった今でもつけいる隙が見いだせない。そこで業を煮やしたミノー国王は縁談という、ともすれば拒絶しにくい友好的な手段でふたたび野心の火を再点火させたものと思われます」

 

 すると、フランソワーズ様は紅茶を飲む手を止めて、


「いい線いっているけど、それだと五十点ってところね」


「は、五十点?」

 

 言葉の意味がわからず、僕は目をパチクリさせた。フランソワーズ様が語をつなぐ。


「いい? 百年生きたタヌキよりも狡猾と評判のあのミノー国王が、簡単に見透かされるような単純な画策をしかけてくるわけがないわ。今、お前が指摘したことは見抜かれて当然。むしろ見抜いてほしいとすら思っているにちがいないわ。そうすることで本当の目的から私たちの目をそらさせるためにね」


「本当の狙い……ですか?」


「そう。なにか裏の裏があると見るべきね、この縁談話には……」

 

 僕はひとつ息をのみ、おそるおそるフランソワーズ様に質した。


「それが事実だとして、かの国王はいったいなにを画策しているのでしょうか?」


「さあね。現時点ではそこまではわからないけれど……」

 

 そう言ってフランソワーズ様は薄く笑い、手にする紅茶をひと口すすった。

 

 そのフランソワーズ様に、僕は小さく息を吐きだしてからふたたび問うた。


「それで、陛下はいかが返答されるおつもりなのですか?」


「そうねえ……」

 

 そう応じたきりフランソワーズ様は、カップからのぼる湯気を見つめながらなにやら思案していたが、


「ミノー国王の真の狙いがいまひとつ明確でない以上、こちらも明確な返答は避けたほうがいいわね。そう『王室内で慎重に検討を重ねた上で、おってご返答いたします』といった感じでいいんじゃない。応否のどちらにも解釈できるようなあいまいな内容のね」


「かしこまりました。では、そのように処置いたします」

 

 僕は椅子から立ち上がって一礼すると、そのまま部屋を後にして自分の執務室へと戻っていったのだが、城内の廊下を歩きながら僕は、今のオ・ワーリ王国が、というよりフランソワーズ様が「内憂外患」の状況にあることを今さらながらに痛感していた。

 

 内を見ればダイトン将軍らの不満分子。外に目を向ければ野心的な異国の王。

 

 立場はちがえど両者に共通しているのは、フランソワーズ様を嫌悪し、隙あらばフランソワーズ様を玉座から引きずりおろそうと虎視眈々と狙っていることだ。

 

 まかりまちがえば両者が国や立場を超えて共闘し、フランソワーズ様を打倒するために手を組む可能性だってあるだけに、慎重な対応をするにしくはないのである。とくにあのミノー国王に対しては……。

 

 そんなことを考えながら廊下の角を曲がろうとしたとき――。





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