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わが青春のフランソワーズ  作者: RYO太郎
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第一章  女王フランソワーズ一世 その⑬





「よろしいのですか、陛下。あれではヒルデガルド将軍のお立場がなくなり、あまりにも不憫のような気がいたしますが……」

 

 そう僕が意見したのは、フランソワーズ様の執務室に戻ってからのことである。

 

 目の前には、見るからに「不機嫌」という言葉を絵に描いた態でソファーにふんぞり返るフランソワーズ様の姿がある。女官が運んできたグラスのワインを荒々しく呑み干すと、たたきつけるようにグラスをテーブルにおいてから僕に向かって吐き捨てた。


「私に無断で勝手に和睦なんかしたヒルダが悪いのよ。ちがうかえ?」

 

 底光りするような目でじろりと睨まれて、僕は内心で寒気をおぼえた。

 

 これ以上、なにか余計なことを言えば僕まで「粛正リスト」に名を連ねることになりそうな雰囲気だったので、僕は慌てて「は、はい。おっしゃるとおりです」と追従した。

 

 ヒルデガルド将軍、ごめんなさい。僕は本当にヘタレです。

 

 一方、フランソワーズ様はワインを呑んで多少高ぶっていた気持ちも落ち着いたのか。女官らに着替えをもってくるように命じると自ら飾っていた宝石をはぎとるようにはずし、さらに着ていたドレスも脱ぎ捨てて、下着姿でソファーにどかっと座り直してからふたたびワインをグビグビとあおりはじめた。

 

 かりにも一国の女王が、近習とはいえ異性の前で「ブラパン姿」のままワインをあおる。

 

 この異様すぎる光景に、だが、僕以外の人間は誰も異様とは思っていないらしい。

 

 目のやり場に困る僕などまるで存在していないかのように、女王は女王で大股開きでワインをあおり、女官たちは女官たちですまし顔で着替えの服を運んでくる。どうやら僕はフランソワーズ様だけではなく、お付きの女官たちからも「オトコ」とは見られていないようだ。チックショー!


「それにしても、ほんとヒルダにはがっかりさせられたわ。どんな神がかり的な戦術を駆使して不平農民どもを皆殺しにしたのかと楽しみにしていたら、ただ懐柔しただけなんてね。拍子抜けもいいとこよ」

 

 み、皆殺しって、あんた……。フランソワーズ様の容赦のない物言いに、僕は内心であ然とせずにはいられなかった。

 

 だってそうだろう。いくら蜂起したとはいえ、彼らはこのオ・ワーリ王国の国民である。その国民を皆殺しにしろとか平然と口にできるのだから、まったくこの女王様はどういう神経をしているのかね。

 

 まあ、農民たちは自業自得で片付けられるからまだしも、看過できないのはヒルデガルド将軍のことである。せっかく農民たちを説得して「無血戦勝」をおさめたというのに、凱旋してみれば女王に功績を全否定されたばかりか、もう一度戦ってこいと再討伐を命じられる始末。これではあまりにも将軍が不憫すぎる。

 

 ここはひとつ主席侍従官という要職にある者として、無情で横暴なスイカップ女王をたしなめてやろうと決意した僕は、毅然とした態度で、それでいておそるおそる口を開いた。


「しかしながら、陛下。将軍の機転で騎士団にも被害が出ませんでした。女王の軍兵を無益に損ねなかった点は評価されてもよろしいかと思うのですが……」

 

 すると、フランソワーズ様はまたしても底光りするような目つきで僕を睨みすえ、


「なに寝言を言っているのよ。戦いに犠牲はつきものよ。死者が出てこそ戦いでしょうが」

 

 し、死者が出てこそって、あんた……。フランソワーズ様の無情すぎる言いぐさに、僕はますますあ然とせざるをえなかった。

 

 そりゃ、あんたはこうして豪奢な城の豪奢な部屋の中で、下着姿でワインなんか呑んでいられる御身分だからいいでしょうが、すこしは戦場で命のやりとりをする兵士たちの身になったらどうなんですか、ねえ、どうなんですか(大事なことだから二度言いました)と、僕は心底思わずにいられなかった。


 しかし、よくよく考えてもみれば、側近たるヒルデガルド将軍にすら無情な態度を示すフランソワーズ様が、末端の兵士の身なんかに思いをはせるはずもない。


 それでも王立学院首席卒のエリートとしては言い負かされたま引き下がるのも癪なので、僕は別の角度からさらに説得をこころみた。


「それに騒動が起きたアダン地方ですが、昨年来の寒波で作物がほぼ壊滅的とか。そこに住む農民たちは日々の食べるパンにも事欠いていると聞きます。そのあたりのことも考慮してあげるべきでは……?」

 

 およそ人間の心というものがわずかでもあれば、この慈悲の心と博愛の精神に満ちた言葉の前では、どんなコーマンチキでも感動のあまり心と巨乳をふるわせ、たったひと言の反論すらできないであろう。

 

 そればかりか良心の呵責にさいなまれ、恥ずかしさのあまり赤くさせた顔を自分の巨乳にうずめて隠したい衝動に駆られるにちがいない。

 

 あるいは恥知らずな自分を戒めるべく、自らの巨乳を使って自分の顔を乳ビンタするかもしれないし、もしかしたら自分の巨乳を……いや、もうやめておこう。

 

 ともかく、さすがのフランソワーズ様も国民が飢えに苦しんでいると知れば、さすがに自省して再討伐命令も思い直すはず。僕はそう信じて疑っていなかったのだが、しかし、それが濃縮ハチミツ並に甘すぎる考えであったことをこの直後、僕は思い知ることとなった。


「パンがない? パンがなければお菓子を食べればいいじゃないの。ちがうかえ?」


「…………」

 

 僕は聞かなかったことにした。こんな常軌を逸したトンデモ発言が外部に漏れた日には、国民総決起のウルトラ大暴動が起きることは必至である。

 

 さすがに室内にいる女官たちも同様の思いにいたったしく、皆、なぜともなく室内の宙空に視線を泳がせたり、意味もなく部屋の中を動きまわったりして「私はなにも聞いていませんよ」的な態度を見せている。

 

 ま、暴動うんぬんはともかく、事ここにいたって僕も式典時のカルマン殿下同様、この女王様が一度こうと決めたらもはやなにを言っても馬の耳になんとやらであることがしみじみわかったので、僕は説得を断念すると仕事を理由に執務室を後にした。


 そしてヒルデガルド将軍が帰都の際に同行させた農民の代表者らを処刑し、さらに麾下の騎士団をひきいて国都を発ったという報告が僕のもとに伝えられたのは、次の日の朝のことである。

 

 夜が明けるか明けないかの時分に、まるで人目をはばかるようにひっそりと国都を発った彼女の心境がいかなるものであったか。神ならざる身の僕にはわかるはずもなかった……。






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