第一章 女王フランソワーズ一世 その⑨
大将軍たるダイトン将軍を筆頭に側近のクレメンス将軍、同じく側近で前憲兵隊長のエストラド将軍などの大物武官にくわえ、先王時代に宰相を務めていたペニシュラン侯爵、同じく先王時代の宮廷大臣ヒルトン伯爵という、これまた大物文官のお歴々。
そのほかの出席者も、宮廷に出入りする名のある貴族や将軍ばかりで、まだ宮廷勤めして半年ほどの僕ですら見知った顔ばかりだ。
まあ、現在のフランソワーズ様の治世下では国政の中枢からはずされて「昔の名前で出ています」感も否めないが、それでも先王時代には国政を動かしていた大物宮廷人たちであり、その名にはすくなからず重みがある。それを考えればまさにそうそうたる顔ぶれといえよう。
その不満分子の面々だが、このときすでにかなりの酒量が入っていたようで、席に着くなり彼らは女王への弾劾を口々に吐きだしはじめた。
「女王の専横、もはや放置しておけぬ!」
というダイトン将軍の怒号が、この陰気な宴の幕開けだった。
たちまち賛同のうなずきと糾弾が列席者たちの間に連鎖する。
「将軍の言われるとおりだ。あの女王め、われら由緒正しき名門をないがしろにするのにも程があるというものだ」
「このままでオ・ワーリ王国の伝統も栄華も、女王をはじめとする成り上がりどもに食いつぶされてしまうぞ」
「そもそもフランソワーズ一世とは何者だ? つい一年ほど前までは、内親王として嫁ぐのを待つだけの身であった。それが女だてらに先王無き後の混乱につけこんで、いまや人もなげに振る舞っておる!」
なんとも威勢のいい糾弾の声であるが、同時に彼らの声には陰惨な響きがあった。
フランソワーズ様の女王への即位によって、それまで握っていた特権や地位を奪われたあげく、国政の中心から追いやられて、しかもそれを回復できない者たちの声だ。
フランソワーズ様が女王になられたことでオ・ワーリ王国に新たな時代が到来したというのに、それを認めることができない。かといって以前の時代に戻すだけの実力も意思も、なにより度胸がない。冷や飯を食わされている者同士、酒の力を借りて女王を罵倒し「昔はよかったなあ」と懐古するだけ。僕に言わせればミジメの一語に尽きる。
もっとも、そんな彼らにもさすがに現状を冷静に分析するだけの「オツム」はあるようで、女王への糾弾(というよりたんなる愚痴)がひととおり出尽くすと、かわってフランソワーズ様の側近たちの話題に移った。
「しかし女王もそうだが、新たに騎士団長に就いたあの四人の小娘ども。あまく見ることはできぬぞ。事実、先の内戦でも数々の戦功をあげて、女王軍に勝利をもたらした功労者たちというではないか」
「とりわけヒルデガルドという娘は侮れん。傑出した用兵家として女王の信任も一番厚いというではないか。先の内戦で女王軍があれほど圧倒的な勝利を治められたのも、あの娘の働きがあってこそと聞く」
「うむ。たしかにあの小娘どもは成り上がり者ではあるが、その才幹は軽くは見れぬ。怒りに身を任せてうかつな行動にでれば、われわれもとうてい火傷ではすまぬ」
こらこら、誰か大事な人間を忘れていませんかね? 不満分子たちの会話を聞いて、僕は心から不満をおぼえずにはいられなかった。
たしかに四人の女騎士団長たちは、いずれも傑出した武勇と知略の所有者ではある。そのことに異論はない。が、そんな彼女たちすらかすんで見えるほどの才幹を有する側近が、女王にいることを忘れてもらっては困る。
そう、女王第一の側近にして王立学院創設来の天才と謳われ、神がかり的な事務処理能力と三日三晩の徹夜業務も屁のカッパという不屈の精神力を兼ねそなえた、ウルトラタフガイな主席侍従官の僕を忘れるとは、やはり負け犬どもは物事の本質というものが見えないらしい。まったく、度しがたい連中である。
それはさておき、僕はこのあたりで帰城することにした。
糾弾会を目の当たりにした結論として、彼らにフランソワーズ様への不満や憤りは山ひとつ分ほどあるにしても、それを解消するための行動にでる勇気はスプーン一杯分もないことがわかったからだ。
であれば、こんな負け犬どもの遠吠えをいつまでも拝聴している暇はない。城の執務室には、決裁しなければならない仕事が山ほど僕の帰りを待っているのだから。
しかし、その場から離れようとした間際。不満分子の誰かが発した次の一語を聞きとがめた僕は、おもわず足を止めてしまった。
「なんとかカルマン殿下を動かせないものだろうか?」
†
翌日の昼。フランソワーズ様に昼食の伴をするよう言いつけられた僕は、その席上で昨夜の糾弾会で見聞き知ったことを伝えた。
予想を超えて大物ばかりだった不満分子たちの顔ぶれに、さしものフランソワーズ様も驚かれるのではと思ったが、僕が参加者たちの名を伝えても驚くどころか、逆に興がった様子で冷笑を浮かべたものである。
「ふふん、ダイトン将軍にクレメンス将軍、ペニシュラン侯爵にヒルトン伯爵……ま、だいたい予想できた顔ぶれね」
フランソワーズ様は紅茶をひと口飲んでからあらためて僕に訊いてきた。
「それで、具体的な行動を示すようなことは言っていなかったのね?」
「はい。具体的にどうするかということまで考えていない、というより行動に移す覚悟がない。そのように自分には思われました」
「ま、そんなところでしょうね。名門意識はフジ山並に高いけど、オツムの程度は総じて低い連中だから。まして女王に逆らう度胸なんて連中にはないわ」
「御意……」
首肯してみせた僕は、このとき正直迷っていた。
ほかでもない、不満分子の誰かが発した例の「カルマン殿下を動かせないか?」という一語を、フランソワーズ様に伝えるべきかどうかをだ。
ここでいう「動かせないか」とは、つまり自分たちの仲間に引き入れ、いや、もっと踏みこんで言えば反女王勢力の中心に担ぎたいという魂胆のことである。
なんといってもカルマン殿下には、ほかの不満分子たちにはない「前国王の長子」という、とてつもないネームバリューがある。不満分子たちが現状を変えるべく、
「われら名門に冷や飯を食らわせる女王は許せん。皆で協力して女王を打倒しよう!」
などと叫んでみたところで説得力はゼロで、当然、賛同する者もゼロ。哀れみの嘲笑を浴びせられるのがオチだろう。しかし、
「カルマン殿下こそ正統な王位継承者。フランソワーズ女王を打倒し、殿下に王位を!」
とでも主張すれば、現在の殿下の境遇に同情する者の中には、正統という言葉に刺激されて賛同する者も出てくるかもしれない。それによって不満分子たちは反女王勢力を結集するうえで、それなりの大義名分が持てるのだ。これはなかなかに脅威といえよう。
それでも僕が報告することをためらったのは、不満分子たちが酔った勢いで、しかも本人不在のところで勝手に口にしただけということもあるが、なによりカルマン殿下のお立場に配慮してである。
もちろん件の発言は、不満分子たちの一方的な願望でカルマン殿下にはなんの関係もない話だが、「不満分子たちが殿下を仲間に引き入れようとしています」なんてことを伝えたら最後、フランソワーズ様のことだ。災いの芽は根から絶つべきとばかりに、殿下から宰相の権限だけではなく地位そのものまで剥奪しかねない。
そうなれば不満分子のみならず、反女王とまでいかないもののカルマン殿下の境遇に同情する人々の反感まで買いかねない。中にはそれを機に女王陣営から離反する者がでるかもしれないし、そんな彼らをフランソワーズ様がお許しになられはずがない。
より強硬な態度をとるのは明白で、その強硬な態度はさらなる反発を生み、それに対してさらに苛烈な態度でのぞめばもはやオ・ワーリ国内は泥沼、いや、底なし沼状態になってしまう。
いまだフランソワーズ様の治世が盤石とはいいがたい現在、そんな状況だけはなにがなんでも避けねば……。
そんなことを考えていた僕がふと顔をあげたとき。視線を転じた先でフランソワーズ様が、なにやら物言いたげな表情で僕を見つめていることに気づいた。
「あの、なにか?」
「それで、あとはなに?」
逆に問われて僕は戸惑った。
「は? あとはなに、とは?」
「お前の中には、まだ私に報告しなければならないと思っていることがあるんじゃないの。おそらくは兄
上絡みのことで。ちがうかえ?」
「――――!?」




