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わが青春のフランソワーズ  作者: RYO太郎
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第一章  女王フランソワーズ一世 その⑦


 それはかの衝撃人事を断行したあの国議の日から数えて、ちょうど十日後のことである。 


 その日、僕は部下の侍従官たちと昼食をとった後、自分の執務室であいかわらず山のように積まれた仕事の決裁をしていたのだが、その最中、フランソワーズ様から突然の呼び出しをうけたのだ。

 

 僕がフランソワーズ様の執務室の扉を開けて中に入ったとき。部屋の中でフランソワーズ様は、あいかわらず胸元が大きく開いたドレス姿でソファーに足を投げてふんぞり、いや、腰をおろし、一枚の紙片を手にしてそれを見つめていた。


「お呼びでございましょうか、陛下?」


「まあ、座りなさい、ランマル」

 

 僕がソファーに腰をおろすと、フランソワーズ様がさっそく話を切りだしてきた。


「先刻、ヒルダから連絡が届いたわ」

 

 ヒルダとは、先頃、フェニックス騎士団長となったヒルデガルド将軍の愛称である。


「ヒルデガルド将軍から報告が?」


「そうよ。不平農民どもを鎮圧したとね」


「それはそれは……」

 

 鎮圧成功の一報に、僕の中に軽くない驚きが生じた。 

 

 それも当然である。なにしろ勅命をうけて、麾下のフェニックス騎士団をひきいて国都を発ってからまだ十日ほどしか経っていない。現地との距離や移動時間を考えれば、おそらく現地に到着してから農民たちの暴動を鎮圧するまで五日とかかっていないはずだ。

 

 フランソワーズ様いわく「味をしめた」農民たちが戦わずして白旗を揚げたとも考えられないし、となると、ヒルデガルド将軍が自己の武力と知略によって早期に鎮めたわけで、その手腕にはあらためて感嘆するしかない。


「さすがはヒルデガルド将軍ですね。いや、見事なものです」


「でも、彼女が本当に見事なのは、用兵の手腕に優れているだけではないわよ」


「と、おっしゃいますと?」


「今回ほどの規模ではないにしても、今年に入ってからやたらと農民どもが騒動を起こしていることはお前も知っているわよね?」


「はい、承知しておりますが」


「しかも、そのほとんどが国土の北部帯ばかりで、ということもね」


「御意ですが、それがなにか?」

 

 いまひとつフランソワーズ様がなにを言いたいのかよくわからなかった僕は軽く眉をひそめたが、すぐにフランソワーズ様自身がその疑問を解いた。


「北部帯の農民だけが暴動が起こすことに、ヒルダはかねてから不審を感じていたようで、鎮圧任務と平行して彼女なりに現地で調査をしたようよ」


「将軍が調査を?」


「そう。で、その結果、昨今、頻発している農民たちの蜂起の陰には、どうやらミノー王国が一枚からんでいることを突き止めたらしいわね」


「……ミノー王国?」

 

 フランソワーズ様が口にした国名に、僕は軽く両目をしばたたいた。

 

 ミノー王国とは、わがオ・ワーリ王国から見て北に位置する隣国のひとつであるが、そのミノー王国とわがオ・ワーリ王国とはたんなる隣国同士という単純な関係ではない。

 

 ま、両国の関係はおいおい話すとして、ともかく今は、フランソワーズの発した看過できない一語について質さねばなるまい。


「つまりミノー王国が陰からわが国の農民たちを扇動し、一連の暴動を操っているとおっしゃられるのですか?」


「ヒルダはそう見ているようね。ま、私もだけど」


「…………」

 

 フランソワーズ様の返答に僕は沈黙で応えたが、この場合、沈黙は「まさか」という不同意の表現ではなく、「またあの国か!」というひそかな得心と不快のそれである。


 それというのもミノー王国というのは、先王オーギュスト十四世の御代よりわがオ・ワーリ王国に対して、なにかと「ちょっかい」をかけてくる札付きの「要注意国」なのである。

 

 とくに現国王ドゥーク三世の即位後はその「ちょっかい」の度合いにも拍車がかかり、先王妃マレーヌ王太后の異母兄にしてオーギュスト十四世の義理の兄という立場を悪用し、わが国の国政にあれやこれやと「助言」と称して「干渉」を繰り返してくるなど、わがオ・ワーリ国内では「鼻つまみ者」として悪名をはせている人物なのである。

 

 ただ義弟たるオーギュスト王が亡くなり、実妹のマレーヌ王太后も隠棲してからはその「干渉」もぴたりとなりを潜め、僕自身、ドゥーク王の存在など今日までとんと忘れていたのだが……。


「たしかにミノー王国が先王オーギュスト十四世の御代より、なにかとわが国にちょっかい、いや、干渉の手を伸ばしてきていることは私も承知しております。しかしながら同国は、先の正王妃マレーヌ王太后の出身国。わがオ・ワーリ王国とは縁戚関係にあり、現ミノー国王ドゥーク三世は陛下にとりましても叔父上様にあたられるお人ですよ」


「そのとおりよ。だから?」


「だ、だからと申されましても……」

 

 とっさの返答に窮した僕を見すえつつ、フランソワーズ様は含みのある微笑を漏らした。


「私の治世をひっくり返したいと思っているのは、なにも国内の人間ばかりではないということよ」


「な、なんと……」

 

 その一語で僕は、フランソワーズ様の真意というものを理解することができた。


 ようするに先の王位をめぐる内戦とその後のフランソワーズ様の即位で、オ・ワーリ王国の混乱は当分続くとみたミノー国王が、またしても「よからぬ誘惑」に駆られて謀略の手を突っこんできている。そうフランソワーズ様は言いたいらしいのだが、しかし、その考えに僕はいささか疑問がある。

 

 先述のとおり先の正王妃マレーヌ王太后はミノー王国のご出身。現国王ドゥーク三世の異母妹であり、先の内戦で亡くなったアジュマン王子とアドニス王子は甥にあたる。

 

 その二人の甥たちを、先の内戦で敗死に追いやった(近習に謀殺された?)のはカルマン殿下であって、フランソワーズ様はむしろ、そのカルマン殿下を敗北せしめて二人の王子の仇討ちをした人とも言えなくもない。


 カルマン殿下が国王として即位したのならともかく、結果として両王子の無念を晴らしたフランソワーズ様を玉座から追い落とす積極的な理由が、ミノー国王にあるとは思えないのだ。

 

 しかし、調査にあたったヒルデガルド将軍もミノー王国の関与というものを強く確信したからこそ、その旨を報告してきたのだろう。

 

 あの美しく聡明で、誠実で生真面目な為人のヒルデガルド将軍が、ありもしない事実をあるとは言うはずがない。迷うところではあるが、ここはやはりヒルデガルド将軍の調査が正しいとしよう、うん。

 

 となると、問題はフランソワーズ様の対応になるのだが……。





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