第一章 女王フランソワーズ一世 その⑥
広間内にやってきた四人の騎士をひと目見るなり、ある者は声を失い、ある者は顔をゆがませ、ある者は隣の人間と無言のまま視線を交わしあっている。態度こそ千差万別であったが、驚きのあまり「二の句がつげない」という点は共通していた。
彼らが驚いたのも無理はないと思う。なにしろ姿を見せた四人の「副将軍」たちは、全員が女性であったのだ。それもフランソワーズ様と同世代と思われる若い娘たちがである。
一人は濡れたような光沢の黒髪を背中まで伸ばした娘で、名はヒルデガルド。
一人は愛嬌のある丸い目と小麦色の肌が印象的な娘で、名はガブリエラ。
一人はフランソワーズ様のさらに上をいく長身の娘で、名はパトリシア。
一人は短く刈った赤みをおびたくせ毛が特徴的な娘で、名はペトランセル。
四人はこの年、同じ十九歳になる娘たちで、皆、フランソワーズ様の親衛隊の出身であるが共通しているのはそれだけではない。
四人とも女性ながらに傑出した武才の所有者であり、事実、先の内戦ではフランソワーズ様によって女王軍の部隊指揮官に抜擢されると、カルマン軍との大小数度にわたる戦いにことごとく勝利し、フランソワーズ様の覇権確立に多大な貢献をはたしたのだ。
たしかに全体の作戦を指揮したのはフランソワーズ様だが、それを部隊指揮官として忠実かつ確実に四人が戦場で実行したからこそ、先の戦いで女王軍は勝利をおさめることができたともいえるし、なによりフランソワーズ様本人がそれを認めている。
ゆえに今回の「副将軍・兼・騎士団長」へのウルトラ大抜擢につながったわけなのだが、だからといって「あのオヤジ」が納得するかどうかは別問題であり、そして案の定、納得するはずもなかった。
ざわめく広間内を颯爽とした歩調で進んできた四人の女騎士たちは、ほどなく階の前まで進みいたると、そこで片膝をついてかしこまった。あのオヤジ――ダイトン将軍がまたしても列から一歩踏み出てきて、段上のフランソワーズ様に噛みついてきたのは直後のことだ。
「へ、陛下! まさかこのような年端もいかぬ娘たちを、こ、こともあろうに光輝ある騎士団長にすえようなどとお考えではありますまいな!?」
「この状況から推察しますと、どうやらそのようですわね」
フランソワーズ様の返答も人を食っている。おかげでダイトン将軍は反論すべき言葉を見失い、今にも卒倒しそうな態で「あうあう」とあえぐだけである。
フランソワーズ様は正面に向き直ると、表情をあらためて四人の女騎士に声を向けた。
「事前の通達どおり、そなたたち四人を新設する四騎士団の将軍に任じます。ヒルデガルドはフェニックス騎士団の、ガブリエラはタイガー騎士団の、パトリシアはドラゴン騎士団の、ペトランセルはタートル騎士団の、それぞれ団長といたします。よろしいわね」
「ははっ。ありがたき幸せにございます」
異口同音にうやうやしく低頭する四人の娘たちを、文武の参列者たちはただただ声もなく呆然と見つめている。まさかの仰天人事に、さすがのカルマン殿下ですら呆気の態で彼女たちを見つめているほどだ。
そんな彼女たちに王国騎士団を奪われるダイトン将軍にいたっては、もはや怒りをとおりこして絶望のあまりほとんど喪心状態である。
そりゃまあ、名誉ある騎士団の指揮権を、よりによって自分の子供のような年齢の娘たちにごっそり奪われては、平静を保てというほうが無理かもしれないが。
ともかくも事ここにいたって広間内の参列者たちは、今日、緊急の国議とやらを招集したフランソワーズ様の真意をようやく察したようである。すなわち、人事という名目の「懲罰」を断行したということをだ。
事の発端は先月のことである。某地方の寒村で、そこに住む農民たちによる大規模な武装蜂起、いわゆる「一揆」が起きた。
直接の原因は大雨による河川の決壊で一帯の水田が使い物にならなくなり、代官所に年貢の軽減を訴えたもののまるで相手にされなかったことに憤った農民たちが、なかば自暴自棄になって抗議の一揆を起こしたのだ。
もちろん鎮圧のための国軍が現地に派遣されたのだが、宰相たるカルマン殿下に一揆の鎮圧を命じられた有力将軍の一人クレメンス将軍は、しょせん農民どもの悪あがきと事態を軽視していたのか、鎮圧するどころか逆に農民たちからしたたかに反撃をくらい、国軍の兵士に多数の死傷者をだす始末である。
この一件で農民たちはますます勢いづき、当地のみならず周辺の農村にまで騒動は拡大。結果、一揆の規模はあれよあれよという間に、当初の千人未満から数万人にまで膨れあがってしまったのだ。
さすがにここまで騒動が拡大すると、それまで「よきにはからえ」に徹してほとんど無関心だったフランソワーズ様もそ知らぬ顔はできず、僕を含めた周囲の説得もあって、しぶしぶではあったが代官所を通じて農民たちが願い出ていた年貢軽減を了承する触れをだした。
こうして、どうにかこうにかひと月近くもおよんだ一揆は収束したのだが、おさまらないのはフランソワーズ様である。
なにしろフランソワーズ様は、自尊心と矜持がドレスをまとっているような人である。自分の失態でその二つに傷がついたのならともかく、他人の失態で傷つけられてにっこり笑っていられる人ではない。
おまけに一連の事件に関して、市井の人々の間ではまるでフランソワーズ様の女王としての無能さが招いた騒動とまでささやかれる始末。そして、その種の声には超絶的な聴覚力を発揮するフランソワーズ様のお耳に届かないはずもなく、
「よくもよくも、この私の……女王の威厳に泥を塗ってくれたわね。この恨み、晴らさずにおくべきかあぁぁ……!」
と、怨嗟の声をふるわせて激怒。で、自分に恥をかかせた三人の当事者、すなわち鎮圧命令とその人選にあたったカルマン殿下。鎮圧軍の主将を務めたクレメンス将軍。そのクレメンス将軍を自分の腹心という理由からカルマン殿下に推挙したダイトン将軍を許すはずもなく、今回の「懲罰人事」につながったというわけである。
個人的な私怨が理由とはいえ、いずれにしても確かなことは、今回の一件は結果としてフランソワーズ様の権力基盤をさらに強固なものにしたということだ。
宰相の権限は事実上、新設される三人の副宰相に移り、大将軍の軍権もまた同様に四人の新しい騎士団長に剥奪された。文武それぞれの頂点に立つ二人の重臣は、もはやお飾りの人形も同様である。
彼ら自身はもちろんだが、二人を擁してひそかに女王の治世をひっくり返すことを夢見ていた反女王派の人々にしてみても、まさに悪夢のような展開であろう。
宰相の権力剥奪という衝撃の人事で幕を開けた一連の国議は、それでもようやく静けさを取り戻そうとしていた矢先。一人の衛兵が息せききって広間内に駆けこんできた。ただならぬ衛兵の態度にたちまち参列者たちがざわめきだす。
「お、おそれながら女王陛下に、急ぎご報告したいことがございます!」
「なにごとかえ?」
「はっ。北部アダン地方の代官所からの急使が、先ほど城に到着いたしました。急使の報告によれば今から五日前、同地方においてふたたび農民の蜂起が生じたとのことにございます」
「な、なんと!?」
衛兵の報告に、広間内を満たしていたざわめきがどよめきへと昇華した。
それも当然で、北部アダン地方といえば先頃農民の蜂起が起きた地域であり、たった今、そのときの対応を理由に二人の重臣が詰腹を切らされたばかりである。そこの農民たちがまたしても蜂起したというのだ。すでに収束したはずなのにふたたび蜂起とは、いったいなにがあったというのだろうか?
僕は階の上のフランソワーズ様をちらりと見やった。どよめく参列者たちとは対照的に、特に表情を変えることもなくいたって落ち着きはらっている。
ほどなく後背にある玉座にゆっくりと腰をおろすと長い足を組み、微笑をたたえながら何事かを思案しはじめた。どうでもいいですけど、そんな高い位置で足を組んだら参列者たちにドレスの中が見えませんかね?
ややあって、フランソワーズ様が衛兵に質した。
「それで、連中の今度の要求はなにかえ?」
「はっ。急使の者の話によりますれば、年貢額の大幅な引き下げと、さらには同地方の農村帯における自治を求めているとのことにございます」
自治だってぇ? 蜂起の理由を知って僕はさすがに驚いた。
古今東西、天災で食糧難におちいったり、年貢が高すぎて困窮したりといった理由を端に蜂起した事例は星の数ほどあれど、農民が自治権を求めて蜂起した話など聞いたことがない。
ともかく衛兵の報告に、フランソワーズ様の口もとに優美なまでの嘲笑が広がった。
「まったく、身のほど知らずの欲深い百姓どもにも困ったものね。ちょっと甘い顔を見せればすぐにつけあがるのだから始末におえないわ。でも、まあいいわ。四将軍の初陣を飾るにはもってこいかもしれないわね」
玉座の上で誰にともなくつぶやいたフランソワーズ様は、口を閉じるとまたしても思案の淵に沈んだがそれも長いことではなかった。
にわかに玉座から立ち上がると階の下でかしこまる四人の騎士団長たちを見やり、やがてその視線が一点で止まった。背中まで伸びた、美しい光沢のある黒髪の女騎士の姿が視線の先にあった。
「ヒルデガルド将軍!」
「はい、陛下」
「そなたに命じます。麾下の騎士団をひきいて、身のほど知らずの不埒な農民どもを懲らしめてきなさい。現地での作戦などはすべて任せます。よろしいわね?」
「はっ。勅命、つつしんでお受けいたします」
ヒルデガルド将軍は片膝をついたまま低頭するとすばやく立ち上がり、純白のマントをひるがえして謁見の間を歩き出ていった。
女王の勅命をうけて颯爽と広間を後にしたヒルデガルド将軍の姿に、参列者の中には鎮圧の成功を心から祈る者もいれば、逆に失敗を切に願う者もいただろうし、僕のようにすでに成功を確信している者もいただろう。
もしかしたら即位から一年が過ぎたこの時期にあってもまだ、自分は女王派なのか反女王派なのか、それすらよくわかっていない者もいるかもしれないが、いずれにせよ、遠からずもたらされるであろうヒルデガルド将軍からの鎮圧成功の一報に、オ・ワーリ国内の人々は明確に二種類の人間に分類されることになるはずだ。
すなわち、フランソワーズ様の治世がもはや盤石なものであることを喜ぶ人間と、その事実に絶望する人間とに……。