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わが青春のフランソワーズ  作者: RYO太郎
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第一章  女王フランソワーズ一世 その⑤


 さて、そのカルマン殿下らが立つ文官列の反対側には武官の列がある。騎士団長とか憲兵隊長とか近衛隊長といった人々であり、その先頭に立つのは王国大将軍たるダイトン将軍だ。

 

 この年、五十歳になる中年の騎士で、背はそれほど高くないが全身の肉づきが厚く、真上から見るとほぼ円筒形というなんともごっつい体型をしている。灰色の濃すぎるほど濃い髭でおおわれた大きな顔はいかめしいの一語につき、かつ獅子のごとく肉食獣めいていた。

 

 そのダイトン将軍は先々代の王、つまりフランソワーズ様やカルマン殿下の祖父君の代から武人としてウォダー家に仕えていることもあって、国内ではオ・ワーリ随一の忠将だの名将だの猛将だのと、とにかく高い名声をはせていたのだが、先の内戦でそれがたんなる「虚像(メツキ)」であることがばれてしまった。

 

 なにしろ最初に与したアドニス王子には、その名声を信じて軍勢の主将を任されたというのに、カルマン軍との戦いでは一度も勝利することなく敗北の連続。「名将」という看板が嘘八百であることがばれてしまった。

 

 それでも敗死したアドニス王子に殉じ、潔く自身も散っていればまだ「忠将」として格好がついたものの、自軍不利と見るや側近をひきつれてカルマン軍にさっさと寝返るコウモリぶりを発揮。これまた虚像であることがばれてしまった。

 

 それでもそれでも、転向したカルマン軍で名誉挽回するだけの蛮勇を見せればまだよかったのだが、直後に勃発したフランソワーズ様ひきいる女王軍との戦いにおいても、蛮勇を見せるどころかコテンパンに打ちのめされたあげく、生命欲しさに勝手に戦場から離脱してそのまま自分の領地に逃げこむ恥さらしぶり。もはや猛将でもなんでもない、ただの「ヘタレ」であることが露呈してしまった。

 

 

 しかし、本当に驚くのはここからである。

 

 これは当時から王城勤めしていたフォロスから聞いた話なのだが、カルマン殿下を破って支配権を確立したフランソワーズ様のもとに、ダイトン将軍はまるで何事もなかったように涼しい顔で投降してきたというのだ。悪びれるどころか、それこそ当初から女王陣営に与していたような堂々とした態度で。

 

 そんな将才からっきしの、ツラの皮と皮下脂肪だけは人の三倍もあるコウモリ将軍を、フランソワーズ様はどういうわけか内戦後の人事で大将軍の地位を奪わなかったのだ。

 

 主席侍従官として召し抱えられて幾日が過ぎたとき。そのことを不思議に思った僕がフランソワーズ様に真意を訊ねたことがあったのだが、そのフランソワーズ様はというと、


「あの将軍にはまだまだ使い道があったからよ」

 

 と、意味ありげに微笑するだけだった。

 

 使い道がある? あのコウモリ将軍に? どんなことで?

 

 フランソワーズ様のお考えに、僕は心の底から懐疑的にならずにはいられなかった。僕が見たところ、あの将軍にはおそらく便所の掃除係ですら満足につとまるまいに……。

 

 そんな過去の経緯(いきさつ)に僕が思いをめぐらせていると、ふいにフランソワーズ様の声が耳を打ち、僕は思案の淵から脱した。


「皆の者には急な招集および登城、まことにご苦労です」

 

 というフランソワーズ様の挨拶に、参列者の間に同種の表情が連鎖した。すなわち「まったくだよ」とでも言いたげな、苦虫を噛みつぶしたような顔がである。この一点だけでも大半の参列者から、フランソワーズ様が全面的な忠誠を得ていないことがわかるというものだ。

 

 そんな彼らの心情を知ってか知らずか――おそらくは完全に気づいているはず――フランソワーズ様はとくに表情を変えることなく語を継いだ。


「今日、皆に集まってもらったのはほかでもありません。来月に迎える、私、オ・ワーリ王国女王フランソワーズ一世の即位一年をもって、国の文武官人事の刷新をはかりたいと思ったゆえです」

 

 なにげない語調でフランソワーズ様が招集の趣旨を切りだすと、参列者たちはそれまでの苦々しげな顔つきから一転、たちまち驚きに表情を一変させ、低いどよめきが各自の口から漏れた。

 

 そんな参列者たちの急変した態度をどこか愉しむかのように、フランソワーズ様はしばし黙して彼らの姿を眺めやっていたのだが、ふたたびその口を開いた。


「まずは文官の人事ですが、宰相の下に新たに三人の副宰相職を設けます。一人は国の財政面を、一人は国の立法面を、一人は国の人事面をそれぞれとりしきります。これにより現在の宰相の負担を減らし、円滑かつ効率的な国政を実現させるのがその狙いです」

 

 フランソワーズ様が言い終えるのと前後して、先ほどとは比較にならないほどの驚きと困惑のどよめきが広間内に生じた。

 

 期せずして彼らの視線が注がれたのはカルマン殿下にである。

 

 それも当然であろう。なにしろフランソワーズ様の決定は、表面的には負担を軽くさせるためとかなんとか言ってはいるが、そのじつ、現在、宰相が握っている人事、財政、立法の権限をその手から奪い、新たに創設する副宰相職にゆだねるというものなのだから。

 

 これが意味することはひとつ。カルマン殿下から宰相としての権力を剥奪して、ただの「お飾り宰相」にするということだ。殿下に参列者の視線が注がれたのはそういう理由からである。

 

 しかし、権力を奪われる格好の当のカルマン殿下はというと、ざわめく参列者たちとはことなりとくに表情を変えることもなく、段上のフランソワーズ様を正視している。内心ではどう思っているかはわからないが、このあたりはさすがに大人の対応といったところか。


「さて、次は武官人事についてですが……」

 

 静かにフランソワーズ様が語を発すると広間内からたちどころにざわめきが消え、彼らの視線がふたたび段上のフランソワーズ様に集中した。


「さきほどの文官人事と同様、こちらも新たな職権を新設いたします。現在、国軍を統べている大将軍の下に新たに四人の副将軍職を設け、それにともない王国騎士団を四隊に分割し、四人の副将軍に兼務させます。創設理由は言うまでもなく大将軍の職務負担の軽減、および国軍組織の円滑かつ効率的な運用のためです」


「ぶ、分割ですとぉ!?」

 

 フランソワーズ様が言い終えるやいなや、吠えるような声が広間内にあがった。参列者たちの視線が集中した先には、なにやら血の気を失った顔の発声者――ダイトン将軍の姿がある。

 

 将軍に視線が注がれた理由はむろん、先刻のカルマン殿下と同じである。

 

 先のフランソワーズ様の発言は、大将軍としてあらゆる軍権を握るダイトン将軍の手から権力だけではなく指揮する兵まで剥奪する。そう言っているのだから。

 

 なにしろ国軍の主力たる王国騎士団の指揮権を失うということは、もはやダイトン将軍の手には歩兵しか残らないことを意味する。将軍が血の気をなくすのも道理というわけだ。

 

 もっとも理性の人たるカルマン殿下とはことなり、こちらは黙って権力を奪われる気はないようであった。武官の列から荒々しく一歩前に踏み出すと、段上のフランソワーズ様を睨みつけるように見あげ、強い髭をふるわせながら抗弁の一語を放った。


「お、お言葉ながら陛下。軍というものは分散させては意味がありません。兵力は集中させてこその兵力ですぞ。指揮権の分散化などもってのほかにございます!」

 

 度しがたい小娘め! とでも言いたげな、否、あきらかにそう主張する表情が怒りにひきつったそのいかつい顔にはあったが、そのていどのことを意に介するようなフランソワーズ様ではない。冷ややかすぎる目つきでダイトン将軍を見すえると、同様の声音ですかさず言い返した。


「兵力の集中が重要なのは戦場での運用においてですよ、将軍。平時にあっては指揮系統の簡略化、組織間の意思伝達の速度向上をはかることこそ、いざというときに国軍を円滑に動員して有事に対応できるというものです。ちがいますか?」

 

 またしてもどよめきが生じたが、今度のは驚きや困惑のものではなくあきらかに賛同のそれだった。誰もがフランソワーズの考え方のほうが理にかなっていると判断したのだ。

 

 そんなこともわからないから何度も戦いで負けるのだ。負け癖のついたコウモリ野郎は執務室で書類の決裁だけやっていろ。ダイトン将軍を見やるフランソワーズ様の目はそう主張していた。いや、僕が勝手にそう解釈しているだけかもしれないが……。


 ともかく、さしものダイトン将軍もフランソワーズ様の考えを支持する「場の空気」というものに気づいたようで、


「ぐぬぬ……!」 

 

 と、歯ぎしりまじりではあったが黙りこんでしまった。

 

 もっとも、沈黙はしたもののその面上からは女王へのあからさまな不満、怒り、苛立ちといった「負の感情」が水蒸気のごとく噴き出ていた。内心はともかく表面的には平静を装うカルマン殿下とは、人間の器というものにおいて雲泥の差だ。


「それではさっそくですが、これより新たに選任する副将軍の叙任式をおこないます」

 

 フランソワーズ様の宣言の後に楽奏隊のラッパ音が続き、その音響に重なるようにして広間の扉が開いた。銀色の甲冑と王家の紋章が入った白いマントを身に着けた四人の騎士が広間に入ってきたのは直後のことである。


 期せずして参列者たちの視線がその四人に注がれたのだが、ほどなくして彼らの表情は不格好に凍りついてしまった。


「な、なんと……!?」

 




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