英雄
「いいか、夢は大きくなくちゃあいけない」
子供のように目を輝かせ、阿呆みたいにそんなことを言う男。残念ながらこれが僕の叔父だ。
冷ややかな視線を送ってやると、訊いてもいないのに昔の話を持ち出してくる始末。
「叔父さんはなぁ、子供のころは本気で英雄になれるって信じていたんだ」
懐かしむように、鼻の下を人差し指でこすりながら遠い目をする叔父さん。
誰もそんなコト訊いてないから。と言わないのは、楽しそうに話す叔父さんに、水を差すなんてことしたくないから。
だから僕はいつも、聞きたくない夢の話を聞かされる。
別に聞きたくないだけで、叔父さんの話が嫌いなんてことは無いけれど、うんざりするような気持ちがなきにしもあらずといった、微妙な気持ちになるのが好きではない。そういった面から、僕は今日も半分だけ耳を傾ける。
「史上に出てくる英雄ってのに憧れて、本気でなれるなんて信じて……。いや実に、我ながら馬鹿というか、青臭かったなぁ、あの頃の俺」
そんなことをやっと思えるようになったのか。上出来だよ。だからもう、話は打ち切りにしてくれてもいいんだけど。
とはいえ、叔父さんに僕の気持ちが伝わるはずもなく、一口葡萄酒をあおって口内を湿らせ、口を開く。
「けどよ、英雄ってのはそう簡単になれるもんじゃないんだよな、これが」
そんなこと誰だって知ってるさ。
どんな偉業を成そうとも、英雄なんて呼ばれるのは極稀だ。というかそもそも、僕は生きた英雄なんて見たことがない。見聞きするのはいつだって、紙面の上の実在したのかもわからない者達の話だ。
そう、史実に残された、過去の人々だけ。
じゃあそんな人達が何をしたかって言うと、とにかく僕達のような現代人ができないようなことだ。
「でもよぉ、夢は大きく持つっつうのが俺の信念だからよぉ、俺は必至こいてなろうとしたんだよ」
「……」
「けどなぁ、やっぱり無理があるわな。夢を持つことと、実際にそれを達成させるのってのはまた別の話だ。俺みたいなやつがひょいとなれるのなら、とっくにこの世は英雄だらけだよな」
くしゃりと顔を歪めて笑う叔父さん。
まったく、よしてほしい。
叔父さんのその顔を見ていたら、ガラでもないことを口走ってしまう。つい、というやつだ。
「僕は、…………僕は叔父さんのこと、じゅうぶん英雄に足り得てると思ってるよ」
呟き、そして後悔した。
叔父さんの乾いた笑い声も止まり、静かになった部屋に響くのは、暖炉の中でパチパチと木が燃える音だけ。
僕のいきなりの言葉に大きく目を見開き、驚きを体現している叔父さん。
確かにガラじゃないとは言え、そんな珍妙な顔をされては傷つく。
僕は首に巻いたマフラーを口元まで上げ、椅子から無言のまま立ち上がる。
「行ってきます」
いたたまれない雰囲気から脱出すべく、いつもと変わらないトーンで言葉にする。
「あ、おいっ」
後ろから、我に返ったらしい叔父さんの呼びとめる声が聞こえたけれど、パタンと容赦なく木製の扉を閉め遮断する。
僕は、六歳の頃両親を亡くし、親戚に邪魔者扱いされ、半分路頭に迷いかけたことがある。
しかし、叔父さんは颯爽と……ではなく、慌ててやってくるなり、僕の頭を撫でながら、「こいつはウチで育てる」と、周りの反対を文字通り蹴散らして僕を引き取ってくれた。
だから僕は叔父さんに救われたと思っている。優しいあの大きくて温かい手に。
手をひかれ、歩いて帰った帰路でそれまで堪えていた涙を流しながら帰ったことを覚えている。
あの頃は素直に叔父さんをかっこいい人だと思えていたんだけどなぁ。
案外子供っぽい叔父さんに、今は呆れることが多いが、それでも彼は僕の恩人である。それと同時に僕の英雄なのだ。
「さてと、行きますか」
大きく冷えた空気を吸って肺に酸素を送り込み、吐きだす。
剣を構え、意気込みを呟くと同時に僕は地を蹴り駆けだした。