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陣魔術師と傀儡師 ―故意に落ちてきた美少年と恋に落ちました!?―  作者: 一花カナウ
 * 3 * 真夜中の攻防戦
9/32

(1)

 夜もかなり遅い頃。辺りは当然真っ暗で、部屋の中も例外なく暗い。丁度月のない時間で、瞬くように輝く星々が外を照らしている。

 そんな窓の外を背景にして動く一つの影。彼はあたしに気付くなり、その身体をびくりとさせた。

「――先に断っておくけど、夜中に部屋を訪ねたくなるほど、あたしは寂しい女じゃないわ」

「そう信じていますよ」

 アベルは大袈裟に肩を竦めた。

 そっと旅支度を整えて、こっそり立ち去ろうとしたアベルをあたしが待ち構えていたという図である。

「置いていくなんてひどいわ」

 あたしは口を尖らせて批難する。夜目が利くあたしと違い、こうも辺りが暗いとアベルから表情はほとんど見えていないだろうけど。

「置いていくもなにも、私は認めていませんよ?」

「確かに、勝手について行くのはあたしよ? だけど、あの人形マシンの修理を依頼したこと、忘れたとは言わせないわ」

「あの人形マシンは置いていくつもりでした」

「それは嘘ね」

 しれっと答えるアベルにきっぱりと言い切る。

「どうしてそう思います?」

 興味があるらしく、やや馬鹿にするような挑発っぽさの感じられる口調。

「だってあの人形マシンに宿る疑似霊魂アストラルがとても穏やかだったから。あれは人形マシンを大切にしている証拠だわ」

「たったそれだけの理由で?」

「いいえ。もっと決定的なことがあるわ」

 自信満々に答える。彼が首をかしげたのがわかった。

「その指輪、あの人形マシンとの契約を示すものじゃないの?」

 暗闇の中ぼんやりと光を返すアベルの指。そこには昼間見た指輪が同じ場所にはめられていた。

「――鋭いですね」

 彼のこの台詞はあたしの推理が正しいことを肯定していると取って構わないだろう。たぶんこのときアベルは苦笑したのだと思う。

「今の状態で動かすなんて、あなた、傀儡師アストラリストとしての自覚が足りないんじゃない?」

「ですがあなたをこれ以上巻き込むわけにはいきません」

 あたしの厳しい口調に負けず劣らずアベルは断言する。

 ――ったく、結構強情なタイプなのね。仕方ない、もう少しあたしのことを明かすか。

 ふぅと小さくため息。

「――そんなの構いはしないわ。あたしがあなたの厄介事に巻き込まれているなら、あなただってあたしの厄介事に巻き込まれていることになるのよ?」

「私の仕事を増やさないで下さい」

 笑顔がひきつっているだろう様子が口調からも読み取れる。

「増やした分くらい、あたしが手伝うわよ」

「お断りします」

 一歩もひかない。決意は固いようだ。

 もちろんあたしだってひくわけにはいかない。少なくとも人形マシンの修理は必須なんだから、彼をこのまま行かせるわけにはいかない。エーテロイド職人として、これだけは絶対に譲れない。

「なんで? そんなに困ることなの?」

「あぁっもうっ!」

 いらいらとした感情が滲む声。焦っているようにも感じられる。

「こんなことならもっと早く離れるべきだった!」

 額に片手を当てて、心底悔しそうに言い放つ。

「残念だったわね、相手があたしで」

 狙った獲物は簡単に見逃してあげない主義であるもので、と心の中で呟く。

「全くですよ。――気付かれると思っていたからこそ……」

 アベルは何か言いかけて、そこで止める。

「気付かれると思っていたから? ……それなのにどうして?」

 あたしが待ち構えているだろうことを予想していながら、どうして彼はこんなに慌てているのだろうか。何か予測していなかった事態が発生したってこと?

「――あなた、陣魔術師エーテリストでしょう?」

 いきなりあたしが隠していたことを指摘する。しらを切るべきか一瞬迷ったが、あたしは素直に認めることにする。

「そうよ。――だけど、どうしてそう思ったの?」

 陣魔術師エーテリストという名で呼ばれる職業がある。魔法陣を使って魔術を駆使する人々に対する総称だ。今は傀儡師アストラリスト人形エーテロイド疑似霊魂アストラルを入れる――一般的にこの作業を人形エーテロイドと契約するという――ときに使う魔術や、エーテロイド職人が人形エーテロイドを作るときに使う魔術の中にその片鱗が窺えるだけで、魔法陣を魔術として使ったり研究したりする人はほとんどいないらしい。

 あたしの家系――正確にはアンジャベルの血筋――は陣魔術師エーテリストの家系であり、お母さんも祖父母も、そのずっと前のご先祖様も、陣魔術が歴史に登場するようになったあたりから続いている陣魔術師エーテリストの一族なのだ。家に魔法陣に関した書物が数多く保管してあるのもそのためである。

「この家のいたるところに魔法陣が隠されていたものですから。人形パペット屋で私の人形マシンを隠せたのも、その能力があったからですよね?」

 ――あれだけ大っぴらに使えば、見る人が見ればさすがに気付くわよね。ばれないとは思っていなかったけども。

「えぇ、その通り。その部屋にも陣が仕込んであったわ」

 見破ることができたとしても、そう易々と無効化できるわけがない。この家に描かれている陣はあたしが描いたものじゃなく、今のあたしじゃ全く足下にも及ばないだろうお母さんが描いたものだからね。

 ――だとしても、そこまでわかっているならわざわざこんな夜中に出て行こうとはしないはずだ。第三者による介入があって、緊急に立ち去らなきゃならないほど切迫した気配は微塵もない。アベルはそれなりの賢さを持っていると思うから、何かしらの方策を立てた上での行動に違いないのだろう。あたしは何か見落としているのかしら?

「それも気付いていました」

「陣の効果については見抜けなかったってところかしら?」

「えぇ、確かにあなたがおっしゃるとおりですよ」

「――で、あなた、何か隠しているでしょ?」

 アベルが素直に認めたところで、あたしは鎌をかける。

「!」

 明白な動揺が伝わってくる。しばしの沈黙。

「……訊くか訊くまいか、迷っていることがあるんじゃない?」

 焦らされるのは苦手だ。何事もはっきりさせたいのがあたしの性格。あたし自身、回りに隠している秘密は多いんだけど、その反動かしらね。でも誰だって人に知られたくないことぐらい一つや二つはあるものでしょ?

「……あなたを少々侮っていました」

 開き直ったらしい。諦めたってことかしら?

「ごまかさないで言ってごらんなさいよ」

 あたしが詰め寄るとアベルはため息をついた。

「……夕食、しっかり食べましたよね?」

「食べたけど、それが?」

 突然何の話だろう?

 あたしは頷いたあとで首をかしげる。

「――どうして薬が効かないんです?」

「!」

 次に言葉を失ったのはあたしのほうだ。――く、薬?

 あたしは完全に動揺していた。口をぱくぱくさせて、だけどそこに声はない。――全く気が付かなかった。一体どこに薬が? ってか、何の薬を盛られていたのよ、あたしは? 愉快なくらいなんともないんだけど?

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