(1)
彼を自宅に連れていき、客間に通す。さすがに協会の連中があたしの家までやってくることはないだろうから、ここにアベルを匿うのは悪くないだろう。店のほうだと現場の確認をするかもしれないから見つかる可能性があるもんね。
「ま、適当にくつろいでいて。あたしは修理の準備のために材料や道具を仕入れに行ってくるから」
辺りを見回して落ち着かない様子のアベルに声を掛ける。
「……あの」
「ん?」
出掛けようとしたところで足を止めてアベルに視線を向ける。
「ご両親はお留守なんですか?」
家に他の人間の気配がないのに気付いたらしい。
「えぇ。独り暮らしなの。お父さんは去年死んじゃったし、お母さんは旅に出てるから」
お父さんの話題になったときに彼は申し訳ないとでも言いたげな表情を浮かべたが、お母さんの話題を出すと彼は首をかしげた。
「旅を? あなたのお母様はエーテロイド職人か傀儡師なんですか?」
旅をする人間が限られているがゆえに、おそらく誰でもこう考えるだろう。趣味で旅行ができるほどにお金があるようには見えないだろうし、道楽で旅行を楽しめるほどその行程は楽ではない。首都近郊に住む人たちならば少しは話が違ってくるかも知れないが、ここは首都からかなり離れた街である。それなりに栄えているとはいえ、首都の様子とは雲泥の差であった。
「えぇ。そんなところよ」
アベルの問いに、あえてあたしは断言を避ける。
「そうでしたか」
彼なりに納得してくれたらしい。彼の視線が別の場所に向く。
「じゃあ、お留守番よろしくね。まだ協会の人間がうろついているかもしれないから、見つかりたくなかったら外を出歩かないこと。良いわね?」
「はい。ご忠告ありがとうございます」
アベルがあたしに向かって微笑むのを確認するとドアを開けた。
お父さんがこの世を去ってから一年が経った。今みたいに花の美しい季節で、丁度その頃に開かれたエーテロイド職人試験の優秀者表彰式を断らざるを得なかったのも去年の話。表彰式は首都のエーテロイド協会本部で毎年行われており、あたしは家でのごたごたで、数日を必要とする表彰式の日程をこなすことが出来ないと判断したわけである。行くまでにもお金と時間が掛かるからね。
だけど、お父さんを恨んではいない。あたしがトリプルを取得したことを伝えるまでにはぎりぎり間に合ったし、とっても喜んでくれたんだもの。それに、お父さんはあたしに大切な名前を与えてくれたんだから。
――だからあとはお母さんに報告するだけ。お母さんはあたしがエーテロイド職人になったことを喜んでくれるかしら? 今、どこにいるのかしら?