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陣魔術師と傀儡師 ―故意に落ちてきた美少年と恋に落ちました!?―  作者: 一花カナウ
 * 1 * 銀髪の少年
4/32

(4)

 冷水に浸したハンカチを彼の頬に当てて汚れを拭き取っていると、彼はようやく目を覚ました。

「ん……」

「やっとお目覚め? 破壊者さん」

「あっ」

 彼は慌てて身体の向きを変える。

「す、すみません。図々しくって」

「大した神経をお持ちのようね。あたしが上着をはいでやっても全く気付かないし」

 持っていたハンカチを冷水で満たした桶の中に落とし、繕っておいたローブを手に取る。

「え?」

 戸惑うような困ったような、そんな表情をあたしに向ける。

「直してみたんだけど、迷惑だったかしら?」

 洗う時間はなかったので埃まみれのままだが、それでも見映えは良くなったはずだ。

 彼はあたしが差し出したローブを手に取って目を丸くした。

「迷惑だなんてとんでもない。かなりしっかりと直してありますね。本職にしている人にも劣らない」

「……誉めすぎよ」

 さすがに照れる。修復はあたしの特技ではあるんだけど、ここまで誉めてくれた人は今までいない。結構嬉しいものだ。

「――さて、あたしにここまでさせておいて、名乗らないとは言わせないわよ? あたしはアンジェリカ=アンジャベル。あなたは?」

 照れ隠しも含めて訊ねる。

 それに対し彼は一度口を開きかけ、そこで黙ってしまう。

「本名を名乗りたくないなら偽名でもいいけど、あなたがクリサンセマム家の人間だってことは調査済みだからね」

「なっ……」

 彼は何度か目をぱちぱちとして驚きを隠さない。かなり素直な性格のようだ。感情がおもてに出やすいというか。

「修理費の請求先は協会本部だというし、そのローブにも紋章が入っていたわ。――全く無関係だったとしても、あの人形マシンもあなたもかなり目立つ。協会に問い合わせればすぐにわかると思うんだけど」

「参りましたね……」

 彼は立ち上がるとローブに腕を通す。悩むような表情を浮かべて。

「ごまかしていないで名乗りなさいよ」

 あたしがはっきり言ってやると、彼は降参したとでも言うように両手を肩の高さまで上げた。

「これは失礼を。――私はアベル=クリサンセマム。一応、エーテロイド協会現会長の息子です」

「なんでそんな人が協会に追われているわけ?」

 彼が名乗るとすぐに次の質問に移る。あたしが一番知りたいことはこの質問の二、三先にある。逃げられないうちに訊いておかなくてはと心が急く。

「とても個人的な理由ですよ。あなたには関係のないことです」

 台詞はやんわりとしたものだったが、これはつまり婉曲的に「話したくないから、教えない」という意思表示に相違ないだろう。――よし、そこはスルーしてあげるか。

「……んじゃ、なんであたしの店に突っ込んで来たの?」

「単純な操作ミスですよ。――あぁ、今回の件については大変申し訳ないことをしました。こちらは人形パペット屋ですよね? 被害を与えてしまった人形パペットについても弁償するつもりですので、きちんと慰謝料込みでご請求下さい」

 ぱたぱたと身支度を整えながら、アベルはなめらかな口調で説明してくれる。なんというか、妙に言い慣れているように感じるのは気のせいかしら。

「あ、いえ。それは別に構わないの」

「と、言いますと?」

「それはまた別のもので請求するつもりだから」

 口をすべらしたのが悪かった。あたしが歯切れ悪く回避すると、彼は不思議そうな顔を作ったものの追及してこなかった。ここはお互い様だ。

「それはそうと、あなた、怪我をしていませんでした? 確か……頬に」

 ――あ、あのとき頬を拭わずにアベルを助けるのを優先したんだっけ。すっかり忘れていたわ。

「気のせいじゃない? 頬に付いた汚れがそう見えたのよ」

 ここでもあたしは回避を選択する。なんせこれはあたしの切り札だからね。簡単に明かすわけにはいかないの。

「そうですか?」

 彼はあたしの顔をまじまじと見つめるが、目を皿のようにしても証拠なんてあるわけがない。ちゃんと鏡で確認したもんね。――ってか、そんなに見つめないでほしいんだけど。なんか恥ずかしい。

「あたしのことはいいとして、アベル、あなたは大丈夫なの? かなり派手に突っ込んで来たわけだし、痛いところとか変なところとかない? 見える範囲は手当てしたんだけど、やっぱ病院で一度診てもらった方がいいんじゃないかしら?」

 にらめっこに負けた猫みたいに視線をそらし、捲し立てるように問い掛ける。

「えぇ、お陰様で助かりました。病院に行くほどではありません」

「良かった」

 顔を上げてアベルに微笑む。彼の怪我を気にしていたのは本当なので、とてもほっとしたのも事実だ。

「さてと。そろそろおいとましますね。ご迷惑おかけしました」

 ぺこりと頭を下げると自身の指にはめられた指輪の感触を確かめている。指輪は傀儡師アストラリスト人形エーテロイドを操るのに必要なものである。彼のそれも従えている人形マシンとの契約を示すものだろう。

 ――おっと、まだ訊いていない大切な話が残っているんだったわ。

「待って」

 あたしは声を低めて引き留める。アベルは怪訝な顔をした。

「まだ何か?」

「あの人形マシンにはメンテナンスが必要だわ。何の処置もせずにここを発つのは勧められない」

「ですがいつまでもここにいるわけにはいきません。ご迷惑をおかけすることになる」

「だけど、今の状態で外に出たりしたら、いずれ近いうちに墜落することになるわよ? それをわかっていて行かせる人間がどこにいるかしら?」

 あたしの言い分は出任せではない。きちんと診断した結果に基づくものである。

 アベルはあたしがあまりにも断定的に喋るので妙に思ったようだ。わずかに首をかしげる。

「やけに詳しいようですね」

「これでも歴としたエーテロイド職人だからね。階級はトリプル、分野は修復。――なんならライセンスも見る?」

 何を隠そう、あたしは人形エーテロイドを作ったり直したりするエーテロイド職人なのだ。一生懸命頑張った甲斐もあって、未経験で得られる最高の階級を取得している。――そんでも今は人形パペット屋なんだけどね。

「えぇっ! その歳でトリプルを? じゃあ、この店は……」

 こんなに目一杯びっくりしてもらえると告白のしがいがあるものだ。

「この店、元はお父さんのものだったの。いろいろあって、今はあたしがやっているんだけどね。だから職人としての仕事はメインじゃないの」

「折角トリプルをお持ちなのに勿体無い」

 心から残念がっているような表情でアベルが言う。

「あたしが自分で選んだ道だもの。後悔はしてないわよ。――で、提案したいことがあるんだけど、聞くだけ聞いてくれない?」

「何です?」

 警戒しているらしい。アベルはビクッと身体を震わせた。

「あの人形マシン、あたしに修理させてくれない?」

「え……いや、そうもいきません。あなたにそこまでしてもらうわけには……」

「もちろん、タダでやるほどお人好しじゃないわよ」

 あたしがはっきり告げて不敵に笑むと、アベルは見てわかるくらいあからさまに身を退いた。

「……わ、私に何を要求するつもりなんです? お金は要らないみたいなことも言ってましたよね?」

 ようやくあたしの意図に気付いたらしい。――それにしても、ここまで感情が素直に表面化されると見ていて飽きないわね。しばらく楽しめそうだわ。

 あたしはそこで告白に踏み切ることに決める。気持ちもしっかり切り替えて、真剣な表情を作って。……ここからが大事。

 小さく息を吸い込んで、あたしは告げた。

「連れてって、あたしを。一目惚れしたの」

 念を押すつもりで飛びっ切りの笑顔を作る。さて、彼はどう出るかしら?

 因みに『一目惚れ』というのは嘘である。ついて行きたい理由をごまかすための言い訳なのだが、これ以上いい台詞が思い浮かばなかったのだから仕方がない。どうしても彼をこのまま行かせたくなかったし、あれこれ考えている余裕がなかったのだ。それにアベルの様子を見る限りでは、悪いようにはしないだろうとも思う。こればかりは自分の人を見る目を信じるしかないし、彼を信用するしかない。

「つ……連れていけ、ですって? 正気ですか、あなたは?」

 ぽかんとした様子で、あたしの台詞を反芻しているようだ。また、突拍子もないあたしの台詞に様々な疑いを持っているようにも感じられる。

 そりゃ、店を破壊した人間に対して、一目惚れしたから連れていけと大真面目に言い切る神経の持ち主がどれほどいるものか疑問である。もっとマシな言い訳があれば、よりもっともらしく言いくるめられただろうに。あたしは自分のアイデアとセンスにうんざりし、早くも後悔し始めていたのだった。

「あら、本気で言っているのよ。どうかしら?」

 笑顔はそのままに、あたしはアベルの問いに頷いて返す。

 彼は笑顔を引きつらせたような表情を浮かべる。

「いや、それはお断りします。今は協会に追われる身。あなたを気に掛ける余裕はありませんので」

 はっきりと告げると逃げるように歩き出す。逃げるように、じゃなくって本気で逃げるつもりだ。

「待ちなさい!」

 素早くアベルが着ていたローブを掴むと、彼はしぶしぶ立ち止まった。

「私は先を急いでおります。もう行かないと」

「あたしは真剣な話をしているんだからね! 無視するなんて許さないんだからっ!」

 頬を膨らませて彼を睨む。それなりにあたしは必死だ。あたしにとって切実な問題の手掛かりをアベルは持っている。だから逃すわけにはいかない。

「無視だなんてとんでもない。ただ私は――」

人形マシンにメンテナンスが必要だって説明したこと、忘れているでしょ?」

 アベルの台詞に割り込んであたしは指摘する。

 すると彼はなるほどなという顔をした。忘れていたようだ。

「今すぐに人形マシンを動かすのは認めない。だからあたしがあの人形マシンを修理することは了承して。あたしの腕をみてから連れていくかどうかを決めるのも悪くないんじゃない?」

 あたしの訴えに対し、アベルはただあたしの目をじっと見つめ、しばらく黙っていた。真意を探っているかのような双眸。

 あたしは特徴的な彼の瞳から目をそらさずに見つめ返した。先にそらした方が負けるような気がして。

「……わかりました。あなたに私の人形マシンの修理を依頼します」

 先に視線をそらしたのはアベル。あたしの勝ちだ。

「はい! きちんと直して見せるわ」

「ですが、このこととあなたの同伴を認めることとは話が別ですからね」

 あたしの浮かれた台詞に対し、アベルはぴしゃりと一言。――うむ、しっかりしているわね。

「わかっているわよ。――そうと決まれば一度退却ね」

 掴みっぱなしだったローブを解放する。

「あれ? すぐには取り掛かれないんですか?」

 きょとんとして首をかしげるアベル。

「きちんと修理するには準備が必要なの。あたしのうちに来てくれない?」

 そんなわけで、あたしは浮かない顔をしているアベルを半ば強引に説き伏せたのだった。

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