表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
陣魔術師と傀儡師 ―故意に落ちてきた美少年と恋に落ちました!?―  作者: 一花カナウ
 * 9 * 託された明日
32/32

(2)

 そして式典当日の朝がやってきた。初夏を感じさせる日射しが柔らかい。とてもいい天気だ。式典にはふさわしい。

「うわぁ……」

 あたしの部屋に入るなり、アベルは感嘆の声をもらした。あたしのドレス姿が目に入ったのだろう。昨日約束した通りに迎えに来たようだ。彼も彼できちんと正装――エーテロイド協会の役員が主に着ているような、型の違う制服に身を包んでいる。

「どう? やっぱり似合わないわよね」

 さすがに卒倒することはなかったが、かなり緊張する。汚したら大変そうだし、引っかけたりしたらどうしようなんてことで頭がいっぱいだ。そのせいもあって、式典での文句をきちんと言い切れるかどうか不安になる。一方で、思っていることをありのままに宣言すればいいのだから大丈夫だと自分に言い聞かせる。飾らない言葉で素直に話せばきっと伝わるはずだと。

「何言っているんですかっ! とっても綺麗ですよ!」

 ぐっと拳を握りしめ、これでもかってくらいに感情を込めてアベルが誉める。――誉めても何も出ないわよ?

「ドレスが良いもの。肌触りも最高だし」

 くるりとその場で回るとスカートの裾がふわりと揺れた。どう考えても、人形パペット屋での収入では決して手に入らない品だ。この金額分の働きをするために、あたしは何をしたら良いものかしら。すんなりもらうのだけは、父方の商人の血が許さないのよ。

「アンジェだから綺麗なんですっ!」

 頬を赤くして、あたしの台詞に不満げな様子で力説する。

「……謙遜したあたしが悪かったわよ」

 ――だからこれ以上体温が上がることを言わないでちょうだい。

 昨日の午後は式典の予行練習が行われた。お陰でおおよその流れは掴めたし、本番には出席できないカイルも喜んでいた。そのあとはクリサンセマム家の身内のみでカイルを送り出したらしい。らしいというのも、家族水入らずのところにあたしがお邪魔するのも変なので――アベルもカイル本人も誘ってくれたのだけども――丁寧に断ったからである。だって、クリサンセマム家の一員を名乗るにはまだ早いでしょ? それに、カイルの件についてはちょっぴり罪悪感があったからね。

「――あ、外してくれたんですね」

「うん。アンジャベル家の人間として、今日は出席したいから」

 首を覆う部分は外している。髪も上のほうでまとめてもらったから痣がしっかり見えているんだけど、あたしはもう恥ずかしいなんて思わなくなっていた。だって、あたしがあたしである証だもの。隠したりしたら、今まで命を繋いできたアンジャベル家の人たちに悪いわ。

「あれ? その指輪……?」

 あたしの首から下がっているチェーンに気付いたらしい。ちょうど鎖骨のあたりで金属の光を放つ指輪がチェーンに通されていた。

「これとお揃いよ」

 呪いのごとく外れない右手の薬指にはめられた指輪を、ネックレスに見立てた指輪の隣に並べる。

「じゃあこれは……」

 目を丸くしてアベルはあたしを見つめる。

「お母さんの指輪よ。朝食後に戻ったら、机の上に手紙が添えて置いてあったの」

 おそらくキースの仕業だろう。自分で届けたのか、誰かに届けさせたのかはわからない。でも手紙は彼本人のものに違いない。――陣を描くときの几帳面さが文字に出ているからきっとそうよ。

 昨日、今日と協会に伝えられた各地の様子はとても平和なものだった。暴動は今のところ起きていないらしい。キースが伝えてくれたからだろうか。会えるなら礼を述べたいところなんだけど……もう無理かな。その分、ここであたしが頑張らないとね。

「どうも持ち歩いていたらしいわよ。渡しそびれたからって書いてあったわ」

 用件のみの簡素な文面はいかにも彼っぽく思えた。他の一切の近況報告も名前さえも書かないあたりが特に。今回の手紙には魔法陣の封はなかった。

「そうですか……」

 どこかつらそうな気持ちが表情に出ている。アベルも気にしていたのだろう。

「――お母さんの形見だからって思ったんだけど、外した方がいいかしら?」

「いえ、そのままで良いと思いますよ。むしろつけたままのほうが良いかもしれません」

 やんわりと笑んでアベルが答える。

「そう? ならつけていくわ」

 ――お母さん。あたし、必ず解決策を見つけ出してみせるから。エーテル乖離症で死ぬ人を一人でも減らせるように。

「さてと。準備はできましたか?」

「えぇ」

 あたしはとびきりの笑顔を作って頷く。覚悟はできている。

「では参りましょうか」

 あたしの正面にまわると、アベルはすっと手を差し出す。

 ――この手を取ったらあたしは……。

「はい」

 ――行くしかないんだ。

 あたしはしっかりとその手に自分の手を重ねる。

 ――ここからが大事なんだ。あたしは、いや、あたしたちは出発点に立ったばかり。ここから踏み出す一歩が未来の明暗を分かつ新たな幕開けになるのだろう。独りではできないかもしれないけど、アベル、あなたがいれば大丈夫だよね? あたしは信じるよ。

 あたしたちは人々が今か今かと待っている会場に向かって歩き出した。


《了》


ここまでのお付き合い、ありがとうございました!

よろしければ、ポイント評価や感想をつけてくださいませ。

今後の参考にしたいと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ