(4)
「キース、その話は僕がするよ」
闇の中をすっと通って現れたのは鳥の姿をした演芸用人形――カイルだった。
「その名を知っているってことはまさか……いや、そんなことができるとは……」
戸惑う男にカイルは続ける。
「そういう術が傀儡師の魔術にはあるんだよ。世話になったな、キース=スノーフレークよ」
ひょいっとあたしの肩に下りてカイルは言った。
――この襲撃犯さんはキースって名前なんだ。
「な、なんで出てきたんだ、カイル! 俺たちの繋がりがばれたらあんたは……」
「知り合いなんですか?」
あたしはカイルとキースを交互に見ながら訊ねる。キースはかなり動揺しているようなのだが、一体どうしたというのだろうか。
「殺すように依頼したのさ」
「……は?」
カイルの答えはとても簡潔なものだったが――殺すように依頼したってどういうこと?
あたしはキースの表情を窺う。彼はすぐに視線を外した。
「正確には、僕が事故死できるように協力してもらったんだ」
「それって、自殺行為じゃないですかっ!」
もう何がなんだかわからない。
「そうだよ。僕は死ぬつもりで事故を起こしたのさ。だから死因は事故死じゃなくって自殺」
さらりとカイルは答えたがあたしは腑に落ちない。どうしてカイルが自殺しなくっちゃいけないのかも全く不明である。
「なんで自殺なんか……」
「カイル、あんたは黙っていろ。話がややこしくなる」
しばらく黙っていたキースが割り込む。
「なんだい? 僕には語る資格がないとでも?」
翼を大きく上下させる。肩を竦めたつもりだろう。
「――アンジェリカ、俺がカイルに会ったときにはすでに彼はエーテル乖離症を発症させていたんだ」
「!」
カイルの台詞を無視してキースが告げた言葉はなかなかに衝撃的だった。――カイルはエーテル乖離症を発症させていた?
「しかもそれがなんで起きているのかも、カイルは知っていた」
「ちょっ……どういうことなの? きちんと説明してよ!」
キースは言いにくそうに視線をさ迷わせる。
「次期当主の権利を持つということは、『エーテラーナ』『アストララーナ』の秘密を知るということと同義なんだ」
答えたのはカイル。
「知った上でどうするかは、当主になってから決める。お父様の場合は法を整備して図書館の改革を行なったわけだけど。――で、僕は僕で現状がどうなのか知っておく必要があるだろうと、各地を視察していたんだ。しかしそれが仇になった。メンテナンスを怠っていたからかな。気付いた頃にはあの飛行用人形の操作による負担が大きくなっていた。そう経たないうちにエーテル乖離症を発症させた」
――アベルに無理を言って強引に人形を直したとき、あちらこちらが消耗していてあたしはその全てを修理した。まさか、術者に対してそんなに負担をかけていたとは。だとしたらあたしの店を破壊したあの日、アベルが眠りこけてしまったのにも合点が行く。
「両親に申し訳なくって言えなかったし、協会がこの事実を隠している以上他の誰にも相談できなかった。そんなときにキースが現れた。しかもいきなり刃物をつきつけて、聞きたいことがあるときた。あれには結構びっくりしたね」
――あ、やっぱりキースってそういう血の気の多い人なんだ。
「俺はカイルにエーテル乖離症についてを訊ねた。俺の症状を説明した上でな。そしたらカイルはにこにこしながらこう答えた」
「僕と同じだねって言ったよな?」
「――本当にカイル本人なんだな」
キースは目を丸くする。
「そうだと言っているだろう?」
「不気味な術を編み出したものだ」
「僕に話すことは全て術者に筒抜けだよ」
言ってカイルはキースの肩に飛び移る。――そういえば、あたしたちの会話は全てアベルに聞こえているんだったわよね。いいのかなぁ、こんな話をしていて。
「――ってことは、もうばれているということか」
「まさかこの世に呼び戻されるとは思っていなかったからね。せっかく君と計画したのに意味がなくなってしまった。ごめんな」
「俺に話した計画は無駄になっただろうが――あんたの目的は達成できたろう?」
鋭い目でキースはカイルを睨み付けた。
「なんの話だい」
カイルは不思議そうな声を出す。
「とぼけるな。――俺はアベル君がアンジェリカのところに向かったのは、彼が図書館の改革の秘密を知っていたからだとばかり思っていた。しかし実際は違った。何故ならアベル君は協会が隠してきた事実を知らなかったからだ。ならばどうしてアベル君がアンジェリカの元に向かったのか」
キースの声に凄みが増した。
「俺が人形に陣を描いたからだ。あんたはアベル君をけしかけるために陣を描かせたのさ。彼がどうとらえるかはわからないが、見慣れない陣が人形に描かれていれば違和感を覚えるはずだ。誰かにその効果を聞きに行くだろう。あんたはそれを狙って俺を利用したんだ」
「面白い推理だが、それは偶然だよ。僕はそんなことこれっぽっちも考えてない」
「でなけりゃ、あんたには自殺する理由がないだろうが!」
そのときぶわっと風が起こり、あたしは思わずキースの手を放した。
「!」
あたしは見てしまった。キースの右手が風の中に消えて行くのを。
「――それは……本当なんですか、兄さん?」
屋敷側から震える声がする。アベルだ。
「ちっ……間が悪い」
キースはあたしから一歩分ほど離れてアベルと対峙する。
「間が悪いも何も、アベルは今までの会話、全部聞いていたのよ?」
ポケットに隠し持っていた通信機能付き人形のベルを取り出す。万が一あたしが強引に連れ去られた場合に備え、その通信用に持っていたのである。
「なるほどな。どおりで近くに気配がなかったわけだ」
「兄さん、答えて下さい!」
キースが納得する間も、アベルは問いかけていた。カイルはキースの肩に載ったままだ。
「…………」
カイルは黙っている。――テンの人形だから言いにくいのだろうか。
「兄さん……どうして……」
「――エーテル乖離症で命を落とすことは目に見えていた。生きている以上、いつかは必ず死ぬ。ある程度の覚悟はしていたつもりだ。しかしそのまま受け入れるには惜しいと思った。そこにキースがやってきたのさ。同じ症状を抱えている彼なら、このつらさを共有し理解してくれるだろうと思ったんだ。実際、その期待通りの働きをしてくれたよ」
言ってカイルはキースの肩から離れる。
「僕はアベルに次期当主の権利を譲渡したい。それは名だけではなく、エーテル乖離症の解決に努める者として受け取ってほしいんだ。そのためにはアンジャベルの血を引く者が必要だった。『エーテラーナ』『アストララーナ』を読み解くことができるのは血をひく者に限定されていたからね。それらをきちんと理解して欲しかったんだ。許せ、アベル」
「私はあなたを許せない。――なんで教えてくれなかったんですか? 発症したのは私と旅を続けるのを拒んだ頃でしょう? アンジャベル家の人間が必要だとわかっていたなら、ともに訪ねればよかったじゃありませんか。あなたは一人で背負いこんで卑怯だ!」
涙の混じる声でアベルは怒鳴る。
「許してもらえないならそれで構わないさ。結果的にお前は自分でその道を選らんだのだからな。好きなようにするといい。――では、失礼するよ。私の役目は果たされた」
「待て、カイル!」
飛び去ろうとするカイルをキースは慌てて引き留める。
「あんた、なんで呼び戻されたんだ? 望んで戻ってきたわけじゃないんだろう?」
「そうだよ。少なくとも頼んではいない。――ローズ氏は死因がはっきりしない人間を呼び戻しては、エーテル乖離症との関連を洗っていたんだ。こんなことをいつまでも続けていたら、彼の身も持たない。対応は急務だ。――じゃあな、キース。先に向こうで待っているよ」
屋敷の方へとカイルは飛び去る。残されたのはあたしとアベルとキース。




