(2)
フェオーセルにやってきてから三日が経過。文句を言わせてもらうなら、よくも騙してくれたわねっといったところかしら。――あたしは今、幽閉状態にある。クリサンセマム邸に着いてから一歩も屋敷の外に出ていないのだ。いやはやまさかこうなるとは思っていなくってフラストレーション気味。その上――。
「会いたいからいろって言ったくせに一度も顔を合わせないってどういうことよ!」
寝る前にベルをつつきながら小言をブツブツと呟く。
何をしているのかよくわからないのだが、クリサンセマム家の連中と顔を合わせていなかった。お世話になっている以上、アベルの両親に挨拶をしておきたかったのだがそれも叶わぬくらいに慌ただしいらしい。食事もばらばらで――それはあたしを除け者にしているわけではなく――元から一緒に食べる機会がないのだと聞いた。せっかくの美味しい料理も同じ食卓を囲む人がいないというだけで味気ないものになってしまう。――アベルは小さい頃からそんな生活をしていたのだろうか?
一方であたしはこの屋敷で何をしているか。別に愚痴をこぼしながら独りで過ごしている訳じゃないのよ、これが。めまぐるしくあれだこれだとやることがあるのである。客としてもてなしを受けていないのではない。あたしがやるべきこと、それは本を読むための手続きだったり、式典で着ることになるドレス選びだったりする。
アベルはあたしのために図書館の特別管理室に入る準備は整えてくれたんだけど――彼の母親に一声掛ければなんとかなるらしい――その他の事務手続きについては利用者本人が行わなくてはならないわけで、これがまた面倒なのよ。仮にも『エーテラーナ』『アストララーナ』は厳重に管理されている本。それもできるだけオリジナルに近いものが良いとなっては、よほどの理由がない限りちょっとやそっとじゃお目にかかれないと思う。著名な研究者でさえなかなか読む機会が与えられないとも聞いているし。こんな個人的な理由で果たして許可がおりるものなのかしら。
もちろん、これであたしのわだかまりが解消されれば気兼ねなくアベルに手を貸すことができるし、陣魔術師との対立も緩和されることだろう。しかしそううまくゆくものだろうか。十六の少女が語る言葉で緊張状態が解かれるなんて考えられる? ろくに物事を知らない少女にそんな力があるなんて信じられる?
また、こうも考えられる。あたしのクリサンセマム家への想いが決定的なものとなり、彼らを受け入れることができなくなった場合、式典をもって宣戦布告をすることもできる。あの男側につくことだってあり得るのだ。あたしの言葉に力があるとすれば、それは充分に事態を混乱させることができるでしょう?
現在、あの男が言っていたと思われる集団が各地で協会に対し抗議活動を行なっているらしい。通信目的の移動用人形によって届けられる速報はその様子をこと細かに伝えていた。今のところ怪我人はいないとのことだが、いつどうなるかはわからない。
――しかしだ。果たして陣魔術師側に勝ち目があるのかは甚だ疑問である。数で考えても明らかに劣るのに、相手には国がついているのよ? もっと戦う相手を考えた方がいいと思うんだけど。
それと同時に、なんでこのタイミングで暴動を起こす気になったのかが引っかかる。カイル=クリサンセマムの死やエリザベス=アンジャベルの死に関連があるのだろうか。両陣営の象徴にあたる人物の死はそれなりに影響していそうなものだけど……。
「……寝るか」
大きく伸びをするとベッドに移動する。天蓋つきのきらびやかなベッドに身体を埋めると、あたしはそっと瞳を閉じた。




