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陣魔術師と傀儡師 ―故意に落ちてきた美少年と恋に落ちました!?―  作者: 一花カナウ
 * 6 * 首都フェオーセル
19/32

(1)

 眼下に拡がるのは首都フェオーセルの街並み。まさかこんな場所から望むことになるとは思ってもみなかった。背の高い城壁に守られた街は格子状に整備され、とても美しい。飛行を目的とした移動用人形エーテロイド・マシンからの眺めは格別だ。

 街の中にはとりわけ目立つ建造物がいくつかある。一つはエーテロイド協会本部、もう一つは国立図書館、そして残るはあたしたちが目指す場所――クリサンセマム邸。

 ――そう、あたしは結局首都に向かうことに決めたのだった。その目的は別に式典で偉そうな文章を読み上げるためではない。あたしの中のわだかまりを消し去るためである。式典の話はそのあとだ。

 あたしの中のわだかまりを解消するためにどうしたらよいのかという話し合いが開かれた結果、まずは国立図書館の改革についてを知るべきだということになった。何故なら、あたしは曾祖父の研究がここまで広まった理由を知りたいと思っていたし、また陣魔術がおいやられてしまった原因を探りたいと思っていたからだ。

 そのためには国立図書館まで出向き、曾祖父が記したとされる二冊の本『エーテラーナ』『アストララーナ』のオリジナルを読む必要がある。つまり、首都に行かなければならない。ならば別々に行動するよりは足並みをそろえるべきだということになって――半ば強引に押し切られるかたちで――あたしは承諾した。だって仕方ないでしょ? 入院していたあの町からここまでの旅費が足りなかったんだから。切実な問題よ。

 ここにやって来るまでのあれこれに思いをはせているうちにアベルとテンそれぞれが操縦する飛行型移動用人形エーテロイド・マシンはクリサンセマム邸の広い庭に着陸した。

 いやはや、アベルが従えている人形マシンに乗るたびに思うけど、垂直離着陸できるってすごいと思わない? 普通は離着陸には長い滑走路を必要とするんだけど、アベルのそれは違うの。人形エーテロイドより一回りほど広い空間があれば空に飛び立つことができるのよ。洗練されているでしょ? だけどこの広い庭の前ではあんまり意味がないけどね。

 緑が生い茂る庭にふわりと降り立つと、屋敷の方から小さな影が駆けてきた。腰の辺りまで伸びているさらさらの銀髪はアベルのものと同じ。よく広がるスカートを翻し一直線に向かってくる。

「アベルお兄様!」

 感動の再会というより、半ば張り倒す勢いで少女は声を掛けた。

「やあ、レイナ。しばらく見ないうちに大きくなったね」

 のほほんとアベルは答える。それに対して少女は赤くなっている頬をいっぱいに膨らませた。

「大きくなったね――じゃありません! カイルお兄様の葬式にさえ顔を出さないとはどういう了見なんですかっ!」

 アベルは少女の文句をうるさそうに聞いている。まるでいつものことだからいちいち気にとめてなどいられないとでも言いたげな態度。その様子にカチンときたのかこなかったのか、少女はますます膨れた。

「聞いているんですかっ?」

 どこ吹く風のアベルに呆れたらしく、もうっと小さく呟いてようやくあたしの存在に目を向けた。

「――アベルお兄様が女性を連れて帰ってくるという噂は本当だったんですね」

 興味深そうにじっと彼女はあたしを見ている。なんとなくあたしも負けじと見つめ返す。

 それにしても彼女もまたできのいい演芸用人形エーテロイド・パペット並みに整った容姿を持っている。左右で瞳の色が異なるのは、アンジャベル家の人間に独特な痣があるのと似たようなものなのかしら。さらさらで真っ直ぐな髪は羨ましい。あたしの髪って太くて縮れぎみだからああはいかないのよ。

「おや? 挨拶はいいのですか?」

 あたしたちがじっと互いを見つめ合っていると、くすくす笑いながら人形マシンから降りたばかりのテンが声を掛けた。

 その声で少女は背筋を正した。

「紹介が遅れました。レイナ=クリサンセマムです。以後見知りおきを」

 優雅な身のこなしでスカートの裾をつまむとぺこりとお辞儀をする。

「初めまして。あたしはアンジェリカ=アンジャベルです。よろしくお願いします」

 対してあたしはごく普通に頭を下げた。いや、一般人には馴染みのない挨拶は咄嗟にできないものだわ。

「……アンジャベル?」

 レイナはあたしの挨拶に可愛らしく首をかしげた。

「えぇ、アンジャベル家の末裔ですよ。正真正銘の」

 補足はアベルから。非常にさばさばとした口調で。

 それを聞いたレイナはあたしを再び不思議そうな目で見つめた。

「こんな場所で立ち話もなんだ。さっさと中に入って休まないか?」

 テンの肩から飛び立ってカイルが提案する。

「――それもそうですね。案内しますわ」

「あ、私は一度ここで失礼しますよ。協会に顔を出さないといけませんから」

 レイナが言うとすぐにテンが告げる。やや急いでいるように見える。

「じゃあ僕はどうしたら?」

 カイルがアベルの頭の上に着地して――どうも彼はそこがお気に入りらしい――テンに訊ねる。

「アベル君に預けて行くよ」

「ですが、負担になりませんか? あまり人形エーテロイドから離れると操作に支障が出るのでは?」

 この質問はアベル。彼が心配しているように、傀儡師アストラリスト人形エーテロイドを動かしている間は物理的距離を広げないのが望ましいとされる。見えない場所にあるものを動かすのが容易ではないからというのはもちろん、術者から人形エーテロイドが遠ざかるに従ってより体力を奪われるからである。

「町から出なければ問題ないでしょう。それにカイル君に対してはなんの拘束もしていないので、操作なんてあってないようなものですし。――第一、私はカイル君を操るために契約を交わしたわけじゃありませんから」

 自身の契約指輪を見ながら、当たり前のことのようにさらりと答える。――さらりと言うわりには誰もが真似できる芸当ではないと思うんだけど。

「わかりました。あなたがそうおっしゃるのなら預からせていただきます」

 アベルは頭の上に載るカイルを面倒くさそうにちらりと見て頷く。

「そうと決まれば私はこれで。会長には協会に行ったとお伝えください」

「了承いたしました」

 レイナが答えると、エーテロイド協会本部長は足早に庭を去った。――こう表現すればわかりやすいと思うけど、テンの肩書きはエーテロイド協会本部長、つまりは会長の次に偉い人である。聞いてびっくりしたわ。タダモノではないとは思っていたけど、まさかそんな人物が迎えにくるとは思わないじゃない。それを頼む会長、アベルの父親もなかなかすごいと思うけど。

 屋敷の中はとても豪華な造りになっていた。天井はかなり高いし、床に敷き詰められた絨毯は毛足が長くふかふかしている。装飾品はいずれもきらきら輝いて見えた。――あたし、とんでもなく場違いなところにいるんじゃないかしら? どうも落ち着かない。

 あたしは幅のある廊下を歩くアベルの袖をついと引っ張った。

「何か?」

「やっぱりあたし、外に宿を取るわ。協会の施設に泊まれば安く済むし」

 小声でアベルに伝えるとあからさまに寂しげな気持ちをその表情に滲ませた。――だからそういう顔をしないでってば。

「あ、そうか。アンジェはエーテロイド職人でもあるのでしたね」

 ――忘れないでよ。今のこの生活じゃ、せっかくのトリプルも活躍の場がなくて錆び付きそうだけど。

「確かに施設は使えるでしょうけども、遠慮せずこの屋敷を使って下さい。部屋ならいくらでもありますから」

「いや、そういう意味じゃなくってね……」

 なんと説明したものかと考えあぐねていると、アベルは続ける。

「当分の間、様々な手続きのため屋敷を出られそうにないのです。あなたに会えないのは寂しい」

 ――こらっここでそんな台詞を使うなっ!

 あれからどうもこんな感じで口説かれているわけだが……あたしもあたしで変に意識しちゃっているから返事に困る。襲撃事件をきっかけにこうも立場が変わるとはね。あれまではあたしがアベルに都合上言い寄っていたけど、今はできるだけ距離を置きたいし。

 ――それに、あたしはアベルの本心がわからないから。疑っているわけではないと思うけど、あの男が言っていたことの意味には結論が出ていない。面と向かってアベルを問い詰める勇気が今のあたしにはなかった。

「それはあなたの都合でしょう? あたしには関係ないもの」

 目を見て言えないので視線をそらす。

「さすがにクリサンセマム邸では休めないかね?」

 アベルの頭上から声。カイルはあたしの顔を覗き込むような格好で訊ねる。

「…………」

 肯定を意味する沈黙。

「だが、君にもここでやってもらいたいことがある。そのためにもここにいてほしいのだが」

「と言われましても、まだあたしは式典の件、承諾していませんよ?」

「意見の件はどうであれ、是非とも出席して欲しいんですけど……」

 あたしの問いにアベルが答える。

「だから何度も言っているけど、クリサンセマム家の行事に参加する義理はないんだからねっ! あたしが首都に来たのは調べもののためなんだから、ここでお世話になるのもおかしいでしょう?」

「いいじゃないですか。私の客人には違いないのですから。歓迎しますよ?」

 ――だからそうじゃないんだってばっ!

 しかし文句はあれど、うまい台詞が浮かんでこない。あたしは面倒になってしぶしぶ頷く。

「――わかった。余計なことを聞いたわ。ごめんなさい。おとなしくいう通りにするわよ」

「そう拗ねないで下さいよ。代わりに国立図書館での手続きはやっておきますから」

「う、うん……」

 いろいろ納得できないが、ここでアベルを困らせても仕方がないだろう。あたしは小さくため息をついた。

「そうだ。アンジェにこれを預けておきますね」

 アベルはおもむろにローブのポケットから何かを取り出し、あたしの手のひらに載せる。――人形パペット

「通信用にお使い下さい。常時起動状態にしておきますから」

 言って彼は契約指輪を自分の左手にはめた。

「なかなか可愛らしい趣味だこと。あなたが選ぶ人形エーテロイドは機能性重視だと思っていたけど?」

 指輪がはめられるや否や、手のひらに載せられたねずみ型の人形パペットはぺこりとあたしに向かって頭を下げた。

「このコも機能性重視に違いありませんよ。通信機能以外に標準仕様でじゃれつくという設定がされているくらいで、他はなんにもできませんから。サイズが小さいのも操作コストを考えてのものですし」

「ふうん」

 指先でつつくとくすぐったそうに小さな身体をよじる。とても可愛い。

「名前は?」

「ありませんよ。自由に呼んでやって下さい」

 アベルがあまりにも興味なさそうに言うので、あたしはひらめいた。

「よし、じゃあアベルンで」

「……もう少しひねって下さいよ」

 ――あ、さすがにそれはダメか。

「そうねぇ……なら、間を取ってベルでどう?」

 気を取り直して提案する。アベルは少し考えていたが小さく頷く。

「いいんじゃないですか?」

「本当にど真ん中を取ったな」

 頭の上に載るカイルがあたしたちのやり取りを笑っている。――うるさいなぁ、あたしにネーミングセンスを求めないでよ。

 そうこうしているうちにレイナは豪華な装飾が施された扉の前で立ち止まった。アベルとの会話で気持ちが落ち着いてきたはずなのに、扉の前に立つと急に緊張してくる。

 ――大丈夫、怖いことなんてないわよ。特別閲覧に指定された曾祖父の二冊の本『エーテラーナ』『アストララーナ』を読んで、必ずこの胸のわだかまりを消し去るんだから。

「さあ、どうぞ」

 あたしは自分に言い聞かせると、震える足で一歩を踏み出した。

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